59.蛇って予想以上に素早く動くから怖いよね
「わああああああああああああ!!」
「きゅいー♪」
浜辺を走る私と、それを追いかけるリヴァイアサン。
ヤバい、ヤバい、ヤバい。
リヴァイアサンから感じる強さは、大分で出会ったあのベヒモスと同等かそれ以上。
それにベヒモスの時はいくつもの偶然が重なり、ボルさんたちという強力な仲間が居て、ようやく勝利することが出来たのだ。
そのベヒモスと同等のモンスター相手に、私たちだけではどう足掻いたって勝てるわけない。
(シェルハウスに避難する……いや、それは絶対に駄目だ)
シェルハウスの『認識阻害』はあくまで敵に認識されなくなると言うだけで、シェルハウス自体の存在が消えたわけじゃない。
私がシェルハウスの中に避難すれば、リヴァイアサンは当然周囲を探すだろう。
シェルハウスは小さな巻貝だ。耐久もそれ程高い訳じゃない。
あの巨体で圧し掛かられれば、簡単に破壊されてしまうだろう。
そうなったら、今後の拠点も失ってしまう。
(け、検索さん、リヴァイアサンから逃げる方法、もしくは撃退する方法ってないんですか? もしくはリヴァイアサンの弱点とか)
≪――リヴァイアサンに明確な弱点はありません≫
無いんですか!?
≪リヴァイアサンは物理攻撃、魔法攻撃どちらも隙が無く、聴覚も優れています≫
≪補足すれば、『変換』による『水呪』戦法もお薦めはしません≫
≪リヴァイアサンはベヒモスのように回復系のスキルを持ってはいませんが、代わりに耐性スキルの取得能力が非常に高いのです。いずれかのスキルを『水呪』に変えたとしても、すぐに耐性スキルを取得されてしまうでしょう≫
うわぁー、最悪。何その厄介な特性。
私達とは相性最悪じゃない。
じゃあ、この場を何とかする方法は無いんですか?
≪――でしたら≫
「あやめさん、先ほどから凄い揺れですが、一体何が――ってえええええええええっ!?」
検索さんが何かを言い終える前に、栞さんが姿を現す。
外の様子が気になったのだろう。
「きゅ、きゅぃー……?」
栞さんは背後に迫るリヴァイアサンを見て、一気に表情を青ざめた。
すぐさまダッシュして、私と一緒に走る。
リヴァイアサンは突然現れた栞さんに一瞬驚いて動きを止めるが、すぐにまた私達を追いかけてきた。
「なんですか、あれ! なんでリヴァイアサンがここに居るんですか!?」
「知らないですよ。なんか偶然、シェルハウスを置いた場所がリヴァイアサンの巣だったみたいで……」
「そんな偶然あります!? 映画やドラマじゃあるまいしっ」
「あるからこうして追いかけられてるんですよーー! うわぁぁーーんっ」
涙目になりながら必死に走る。
栞さんも頑張って走る。
「ち、ちなみに先輩は……」
「七味さんなら朝食のお皿洗いをしてもらっているのでまだ出て来る事はありません。私かあやめさんが戻るまで、絶対外に出てこないように伝えてあるので大丈夫だと思います」
「グッジョブ、栞さんっ」
この状況で先輩が出てくれば絶対に大変なことになる。
でもヤバい、そろそろ息が上がってきた。
「きゅぃー♪」
対してリヴァイアサンは余裕綽々で私達に追従する。
なんで砂浜でもあんなに早く移動出来て――あ、よく見たら砂と体が重なる部分に『水』を発生させていた。成程、ああすれば水上となんら変わらない速度で移動できるのか――って感心してる場合じゃない。
「きゅー♪ きゅきゅーい♪」
攻撃を仕掛けてくる気配はない。……もしかして私達が疲れるのを待っているのだろうか?
だとすればかなり知恵が回る。
「……ん? あのリヴァイアサン、もしかして……」
すると栞さんが何かに気付いた。
何度か後ろを振り向きつつ、何かを考える。
すると栞さんは走るのを止め、リヴァイアサンに向き合った。
「ちょ――栞さんっ!?」
「リヴァイアサン! これでも食らえー!」
そう叫んで栞さんは何かをリヴァイアサンに向けて放り投げた。
「ッ――きゅいー♪」
するとリヴァイアサンはピタリと動きを止め、栞さんの投げた物の方へと向かう。
栞さんが放り投げたモノ――それはゴブリンの死体だった。
「きゅい♪ あむ、あむ……きゅいきゅいー♪」
リヴァイアサンはゴブリンの死体に近づくと夢中で食べ始めた。
「ご、ゴブリンの死体を食べてる……?」
リヴァイアサンは私達に一切意識を向ける事無く、ゴブリンの死体に食らいついている。
余程お腹が減っていたのか、あっという間に食べ終えてしまった。
「追加です。おりゃー」
その瞬間、栞さんは更にゴブリンの死体を二体、三体と投げる。
「きゅい! きゅいー♪ きゅー♪」
放られたそれをリヴァイアサンは嬉しそうに食べる。
ぱくぱくと喰いつく様は、なんというかイルカショーのイルカと飼育員さんみたいだ。
「あやめさん、これはちょっと重いのでお願いしてもいいですか?」
「え、あ、はい……うぇ!?」
栞さんの足元に雑に置かれたそれはオークの死体だった。
大柄の力士さんくらいの大きさである。
うへぇ、気持ち悪い。
(た、確かに今の私のステータスならこれでも投げれるけどぉ……)
それとこれとは話が別だ。
「早くです。その大きさなら、ゴブリンと違ってすぐには食べ終えない筈です。それに気を取られてる内に逃げましょう」
「う、うぅー……分かりました! えーい!」
私は覚悟を決めて、オークの死体をリヴァイアサンの方へと放り投げる。
足首の部分を持って、こう、ハンマー投げみたいな感じに。
オークの死体は良い感じに弧を描いてリヴァイアサンの近くに落下した。
「きゅいー♪」
これにリヴァイアサンは大喜び。
嬉しそうにオークの死体に齧りついている。
「今の内です」
「そ、そうですね……」
栞さんの機転でリヴァイアサンの注意を引けた私達は、何とかその場を離脱することが出来たのだった。
「――ハァ、ハァ……ここまでくれば大丈夫ですかね」
「おそらくは……」
あの後、私と栞さんはリヴァイアサンが見えなくなるとすぐにシェルハウスからメアさんを呼び出した。
かなり距離を稼げたし、出来る限り海沿いから離れたルートを走って貰ったのでもう安心だろう。気配も感じられないし。
ちなみに先輩に事情を説明する時間は無く、未だにシェルハウスの中である。ごめんなさい、先輩。後でちゃんと説明します。
「それにしてもどうしてあのリヴァイアサンがお腹を空かせてるって分かったんですか?」
「んー、なんて言えばいいんでしょう……? 何となくあのリヴァイアサンが以前見た時に比べて元気が無いように見えたので……」
「元気がない、ですか……?」
「はい。この世界って、モンスターの死体は基本消滅するじゃないですか。それで餌が取れなくなってお腹を空かせてるんじゃないかって思ったんです。お腹が空いてる時の目って人もモンスターもそれほど変わらないですし」
「……凄い観察力ですね」
あの状況でよくそこまで冷静に観察できるものだと感心してしまう。
「それじゃあ私は七味さんに事情をお話ししてくるので、あやめさんは外で待っていてもらっていいですか?」
「分かりました」
シェルハウスから外の様子を確認できない以上、外に誰かいなきゃまたリヴァイアサンの二の舞になってしまう。
やっぱり『窓』の設置は急務だね。
≪…………≫
ふと検索さんの何か言いたげな気配がした。
「あ……」
そう言えばすっかり忘れてた。
話の途中で栞さんが割り込んできて、なんやかんや上手くいっちゃったから、結局検索さんの話を最後まで聞けなかったんだ。
≪――無事にリヴァイアサンから逃げ切れたようで何よりです≫
あの……検索さん、怒ってます?
≪否定≫
≪そのような感情は持ち合わせていません≫
≪ですが誰かにものを訊ねておきながら、その問答を忘れてしまう行為は人としての道義に反すると一般的に定義されます≫
ごめんなさい。
本当にすいませんでした。
ち、ちなみに検索さんのリヴァイアサンからの逃げ方ってどんな方法だったんですか?
≪もうリヴァイアサンから逃げ切った以上、聞く必要はないでしょう≫
やっぱり怒ってるよー。
何度も謝ってようやく検索さんは機嫌を直してくれた。
やっぱり感情あるよね、検索さん。
(……それにしてもあのリヴァイアサン、なんか変だったなぁ……)
多少冷静さが戻って来たおかげか、私は先ほどの逃走劇の不自然さを思い出していた。
あの時、どうしてリヴァイアサンは攻撃をしてこなかったのだろう?
獲物である私達を弱らせたいなら、追い立てるだけじゃなく、適度に攻撃を仕掛けた方が効果的なはず。
(……よくよく思い返してみれば、あのリヴァイアサンからは『敵意』を感じなかった気がする……)
ヤバいと感じていたのは、あくまでモンスターとして規格外の強さを持っていたからであって、私達に害を成そうとする『悪意』や『敵意』を感じ取ったからじゃなかったのだ。
(もしかしてただじゃれてただけとか……? いや、まさかね)
流石にそれは無いだろう。
それに栞さんが機転を利かせてくれなければ、私達がリヴァイアサンの餌になってたかもしれないんだし。
まあ、無事に逃げ切れたんだし、深く考えるのはよそう。
今後は遭遇しないように細心の注意を払えばいいんだし。
この時の私はそう考えていた。
でも私達はまたリヴァイアサンと遭遇することになる。
それもお互いが全く望まぬ形で――。
リヴァイアサン「……キュイ?(´・ω・`)」




