57.シェルハウス
シェルハウスの中は、何もない真っ白な空間だった。
広さは六畳ほどだろうか。
「何もないですね……」
「だね。入口とか出口も無いよ……? どうやって出るのこれ?」
「台所や流し台もないです」
三人で周囲を見回す。
念の為、ハルさんとメアさんには外で待機して貰っている。
すると頭の中にアナウンスが響く。
≪部屋の設定を行って下さい≫
「部屋の設定……?」
すると目の前にステータス画面に似たものが現れる。
『シェルハウス設定項目』
インフラ
部屋の拡張・増築
家具・インテリアの配置
どうやらこれを使って部屋の中をアレンジするようだ。
「先輩、栞さん、ちょっと良いですか?」
「ん、どうしたの、あやめちゃん?」
「何か見つかりましたか?」
私は二人に今しがたの出来事を説明する。
二人にも同じような画面が現れないか確認したが、二人は首を横に振った。
「これって多分、あやめちゃんがシェルハウスの持ち主って事になってるんじゃない?」
「確かに、最初にシェルハウスに触れたのはあやめさんですし、その可能性は高いですね。とりあえず色々調べてみては?」
「そうですね。ちょっと待って下さい」
栞さんに言われ、各項目を調べてみる。
ついでに検索さんにも確認し、それぞれの内容が判明した。
インフラ設備はシェルハウス内で電気、ガス、水道が使えるようになる。
拡張・増築はシェルハウス内の部屋を広くする、部屋数を増やす。
家具・インテリアの配置はシェルハウス内で使える家具やインテリアを作成する。
こんな感じだった。
字面の通りだったけど、これって想像以上に便利だった。
外の世界では使えない電気とかガスも使える上、テーブルや椅子、トイレにお風呂、ベッドなんかもシェルハウス内限定とはいえ生成できるなんてとんでもない機能だ。
「凄いね。でもどうやって使うの?」
「えーっと、設備を充実させるには魔石が必要みたいですね」
例えば電気なら魔石(極小)×10が必要になる。
部屋の拡張なら一坪広げるのに魔石(極小)×5、家具ならテーブル(四人掛け)なら魔石(極小)×3といった具合だ。
電気とかガスがどこから供給されてるのか分からないけど、その辺はたぶんスキルとかと同じ仕様なんだろう。不思議設定である。
「魔石ならさっきのアル・コラレの分が結構あるよ」
先輩はリュックから魔石の入った袋を取り出す。
ハルさんたちには悪いけど、今回はこっちに使わせてもらおう。
「あ、自分も今まで倒したモンスターの魔石は捨てずにとってますので、もしよかったら使って下さい」
「本当ですか、ありがとうございます」
栞さんも魔石を取っておいてくれたのは僥倖だ。
しかも手渡されたソレはかなりの量だった。
二人から頂いた魔石を画面に近づけると、魔石は光の粒子となって消えた。
≪魔石が補充されました≫
≪現在ストックされている魔石は『ゴブリンの魔石(極小)×15』、『ワームの魔石(極小)×33』、『マイコニドの魔石(極小)×10』、『ウルフの魔石(極小)×2』、『スライムの魔石(極小)×8』、『スケルトンの魔石(極小)×5』、『アル・コラレの魔石(極小)』×37です≫
頭の中にアナウンスが響く。
どうやらこれでシェルハウスの設定をいじれるようになったようだ。
魔石(極小)は合計で110個。
栞さんが魔石を捨てずにとっておいてくれたのは嬉しい誤算だった。
「これだけあれば、かなりの設備を拡張出来ますね。水道、電気、ガスは決定として、お二人の希望はありますか?」
「私、お風呂! お風呂に入りたい!」
「自分は可能であればキッチンを」
「キッチンとお風呂ですか……。あとトイレも必要ですよね。必要な魔石の数は『お風呂』が40、『キッチン』が30、『トイレ』が10……うん、ギリギリ足りますね」
私の言葉に二人はぱぁっと笑顔になる。
やったー♪と両手を合わせる先輩と栞さん、可愛い。
私も久々にお風呂に入れるのは嬉しい。
さっそく項目をタップして、それぞれの設備を拡張させる。
すると四畳ほどの広さのキッチンと、別の部屋に通じる扉が二つ現れる。
一つ目の扉を開けてみると、中には広々としたバスルームが広がっていた。
「うわぁー凄い、脱衣所もちゃんとあるし、洗面台やシャワーも付いてるよっ」
「三人一緒でも入れるくらい広いですね……。あ、シャンプーとリンス、石鹸もあります」
シャンプーや石鹸は初回サービスみたいで、次回からは補充する必要があるらしい。ちなみに追加でサウナ、水風呂なども増設可能だそうだ。綿棒やティッシュ、扇風機やドライヤーなど、アメニティに関する充実っぷりも凄い。
「トイレの方は……あ、良かった洋式だ」
トイレの方も確認してみたが、洋式トイレだった。
ちゃんと換気扇も付いてるし、お風呂と同じように初回特典でトイレットペーパーも付いている。至れり尽くせりだ。
次にキッチンを確認する。
こちらは栞さんが主役だ。
「……ガス式コンロが三つですか。火力は十分ですね。調理台も奥行きがあり、たっぷりと水が使えるシンクも及第点です。換気扇も業務用で使われるのと似ていますし、ふふふ……これは腕が鳴りますね」
増設されたキッチンを確認して、栞さんがメラメラと燃えていた。
嬉しいのは分かるけど、モンスター調理は出来るだけ控えて欲しいです。
「それじゃあ今日はもう遅いですし、お風呂沸かしてご飯にしますか」
「賛成ー♪」
「じゃあ自分は晩御飯作るので、お風呂はお二人からどうぞ」
「よろしくお願いします」
お風呂を沸かしている間に、私は一旦シェルハウスの外に出でて、ハルさんとメアさんを迎えに行く。あ、ちなみに外に出る方法だけど、出たいって念じれば出れるみたい。
「ハルさーん、メアさーん、お待たせしてごめんねー」
「みゃーぅ」
『みゃっ』
ハルさんとメアさんは「気にしないでー」と足元にすり寄ってくる。凄く可愛い。
「それにしても、これ本当に凄いアイテムだよね……」
私は足元にあるシェルハウスを持ち上げる。
手のひらに乗るほどのこんな小さな巻貝なのに、中にはあんな凄い空間が広がってる。
おまけに『認識阻害』が掛かっているから、モンスターに襲われる心配もない。
旅の拠点としてこれ以上ない便利アイテムだ。
「……念のためにどこか目立たない場所においておこう」
いくらモンスターに襲われる心配が無いとはいえ、万が一には備えないといけない。
あくまで『認識されない』だけで、モンスター同士の戦闘や自然災害とかの巻き込まれ事故までは防げないからだ。
私はシェルハウスを海岸から少し離れた人気のない場所に置くと、周囲に人がいない事を確認してから、ハルさんたちと共に再び中に入った。
するとキッチンからいい匂いが漂ってきた。
「おかえりなさいです。少し揺れましたが、外で何かありましたか?」
「あ、すいません。ちょっと人気のない所に移動させました」
「ああ、そう言う事なら仕方ないです。安全第一ですから」
「てことは、やっぱり外の振動とかは中に伝わってるんですね」
「はい。でもあやめさんやハルさんたちの声までは届いてませんでしたよ?」
声までは届かないのか。もしかしたらその辺は設定でいじれそうな気がする。
あと中からだと外の様子も確認できないし、窓とかも作りたいな。増築の項目で『窓設置』というのが画像つきであったし。
ただ一番小さい窓でも魔石(極小)が十個必要なので、これは明日以降だ。
頑張ってモンスターを倒さなきゃ。
「あー、さっぱりしたー♪ お風呂空いたよー」
先輩は一番風呂を堪能したらしい。ほかほかと湯気が立ってる。
「じゃあ次は私が入らせてもらいますね」
「うん、凄く良いお湯だったよ。明日は一緒に入ろうねー♪」
「はいはい、分かりましたから、ちゃんと頭拭いて下さいね」
「むふー♪」
余程機嫌がいいのか、先輩は私にされるがままになっている。
先輩の髪をドライヤーで乾かしてあげてると、栞さんがくすくすと笑った。
「なんだか仲のいい姉妹みたいですね」
「じゃあ先輩が妹ですね」
「私の方が年上だよっ!?」
納得いかなーいとじたばたする先輩はどう見ても小学生にしか見えなかった。
その後、久々のお風呂を堪能し、栞さんの作った夕食――メニューはカレーだった――を食べて、久々にゆっくり眠る事が出来た。
「はぁー、普通にご飯が食べれて、普通に眠れるだけでこんな幸せだなんて思わなかったです」
「だよねー」
「自分もこんな生活が出来ると思っていなかったので、お二人に出会えて良かったです」
やっぱり生活の基盤は大事だよね。
美味しいご飯と温かいお風呂のおかげで、また明日も頑張ろうと思えた。
……なんか順調すぎるのが逆に不安だけど……。
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