52.最初にキノコを食べた人って尊敬する
その一言に私は酷く混乱した。
お肉……モンスターの?
ワイズマンワームのお肉……え?
「……え? あの……え?」
「あ、お皿新しいの出しますね。どうぞ」
少年は私の動揺など気にするそぶりを見せず、予備のお皿とお箸を渡してくる。
首だけ動かして横を見れば、先輩も同じような反応だった。
「あ、あやめちゃん、これ……モンスターのおに――」
「分かってます。分かってますから皆まで言わないで下さい」
それまで美味しく頂いてたお肉の視方が変わってしまう。
悪いのは私達だ。
何のお肉か確認する事も無く、バクバクと貪った私達が悪いのだ。
「みゃぅー?」もぐもぐ
「ミャァー?」モグモグ
そんな私達の気持ちなど知ってか知らずか、ハルさんとメアさんはもりもりお肉を食べている。きちんと猫が食べても大丈夫なようにタレや胡椒を使わずただ焼いたお肉だ。その辺の細かい心遣いにまた心が痛む。
「……あれ、どうしました?」
私達の箸が止まったのを見て、少年が首を傾げる。
「あ、流石にお肉だけじゃ飽きちゃいますよね。ほら、野菜も焼けましたよ」
「あ、はい……」
うん、まあ野菜ならいいか……。
半分にカットされた椎茸を頂く。
お肉のダメージが大きいけど、うん……美味しい。
「あれ? 先輩、食べないんですか?」
「……」
しかし先輩はお皿の上の椎茸をじーぃっと見つめている。
椎茸、嫌いなのだろうか?
確かに椎茸って独特の風味だし、苦手な人はいるよね。
でもこの椎茸、今までに食べた事ないくらい、癖も無くてあっさりしてて美味しいよ?
まるで椎茸じゃないみた――…………ぁ。
「…………」
箸が止まる。
自分の学習能力の無さが嫌になる。
「あの、これって椎茸ですか?」
「え、違いますよ?」
少年は当然のように、
「マイコニドっていうキノコ型のモンスターです」
「うええええええええええええええええええええええええええ!」
「ちょっ!? どうしたんですか、いきなり」
「どうしたもこうしたもないですよ! なんですかこれ! アナタ、なんてもんを調理してるんですか?」
「え?」
意味が分からないと、少年は小首を傾げる。
しかし徐々にその顔が青ざめてゆく。
「も、もしかして美味しくありませんでした?」
「味は美味しかったよっ!」
今まで食べた焼肉の中で一番おいしかった!
でも違うの! 言いたいのは味じゃないの!
「なんでモンスターなんて調理してるんですか!」
「え、なんでって……」
少年は少し考え込む仕草をして、
「いや、イケるかなーって思って……」
「思いませんよ、ふつう!」
どこをどう考えれば、イケると思うのさ!
思いっきりアウトだよ!
「いや、でもモンスター肉って凄いんですよ? 栄養価も豊富だし、食べれば僅かですが経験値も入ります。それに食材によってはステータスが上がったり、スキルが手に入ったりといいことずくめですよ?」
「そう言う事を言ってるんじゃないって! てか、そんな適当な事言って。そんなの分かるわけないでしょう?」
「分かりますよ、きちんと『鑑定』しましたから」
「『鑑定』ってそんな――あ、そうか、ワイズマンワーム……」
すっかり忘れてたけど、ワイズマンワームは倒せば、低確率で『鑑定』が手に入るモンスターだ。
この少年もワイズマンワームを倒しているのだ。『鑑定』を持っていてもおかしくはない。
「……『鑑定』」
私は網の上で焼かれるお肉に鑑定を使う。
『ワイズマンワームの肉』
やわらかく美味。牛肉、豚肉、鶏肉に比べ栄養価が高く、特にタンパク質、ビタミンB群は牛肉の五倍以上。刺身でも美味いが、火を通すと肉質が変化し、より旨味が増す。
尻尾、頭の先端部分の肉は硬いが、良い出汁が取れる。
食べると僅かに経験値が手に入る。
少年の言ってる事は本当だった。
しかも検索さん並みに詳しく説明してくれてる。
考えてみれば、鑑定と検索って能力が似てるよね。
≪……希少価値の低い素材、食材は鑑定のレベルが低くとも詳しい情報が入手可能です。また鑑定はレベルをあげなければ、スキルの効果、他人のステータスなどを把握することも出来ません。レベルの低い情報に踊らされて、己のスキルの価値を見誤っては困ります≫
あ、すいません。
そうですよね、検索さんの方が断然凄いですよね。
……もしかして検索さん、怒ってます?
≪質問の意味が理解出来ません≫
≪あくまでシステムアシストとしてスキル所有者への進言を行っているだけです≫
そ、そうですか……。
でも最近、検索さんと普通に話してるから、ついスキルだって事を忘れちゃうんだよね。
凄く頼りになる仲間だと思ってるし。
≪――――≫
と、話が脱線してしまった。
私は少年に向き合う。
「……確かに栄養も豊富だし、経験値も入るみたいだね」
「ああ、やはりお姉さん方も鑑定を持ってらっしゃるんですね。先ほどのワイズマンワームも名前を知っていましたし」
それは検索さん情報だけど、あえて言う必要はないか。
「でもだからって食べる必要はなくないですか? モンスターを食べるなんて、正直気持ち悪いですし……」
「気持ち悪い?」
私の言葉に、少年は不思議そうな表情を浮かべた。
「見た目が気持ち悪い食材ならいくらでもありますよ? ナマコとかホヤとか。それにワイズマンワームだって、見た目だけならウナギや蛇と大差ないじゃないですか」
「大差あるよ!?」
雲泥の差だと思うよ?
だが少年は納得してないのか、首をひねる。
「うーん、でも確かにモンスター食材に忌避感を抱く気持ちは分かります。でもそれって結局、食べ慣れてるかどうか程度の問題だと思うんですよ。例えば、エビやカニなんて食べ慣れてるから何も感じませんけど、見た目だけならモンスター並みに凄い見た目をしてると思いませんか? ウナギや蛇だって私達が普段見慣れているからそう感じるだけでしょう?」
「いや、それは……」
言われてみれば、そうかもだけど……。
「人は慣れに敏感な生き物です。食べ慣れたものを見れば食欲が湧き、食べ慣れない食材を見れば吐き気や嫌悪感を抱く。それは悪い事だとは思いません。人間の防衛本能みたいなものですからね」
「だ、だったら――」
「でも――未知の味に対する興味と好奇心もまた人の本能です」
そう言って少年は、焼けたワイズマンワームの肉を自分の皿によそう。
「安心と好奇心。人間の本能はこの矛盾する二つで構成されています。自分は、好奇心がとても強いんです。だから『どうしてモンスターを食べるのか?』に対する自分の答えは一つです。食べてみたいと思ったから。ただそれだけですね。そして美味しいものは、誰かと一緒に食べたいと思い、お二人に提供した次第です。気分を悪くしたのであれば、謝ります。すいません」
「…………」
少年の主張に、私は何も言い返せなかった。
私の主張はあくまで忌避感からくる感情論でしかない。
いや、嫌なモノは嫌としか言えないんだけど、こうもそれっぽい事を言われるとなんか言い返せなくなる。
「なんか、凄く大人びてるね……」
「はい……どっちが子供なんだよって思わされました……」
流石にモンスター食を受け入れるのは抵抗があるけど、この子が悪意を持って私達にモンスターのお肉を食べさせようとしたわけじゃないのはよく分かった。
「モンスター肉についてはまあ、その……美味しかったし、納得はしました。でもついでにもうひとつ教えて欲しいんだけど、どうしてこんなところで子供が一人でバーベキューなんてしてたの?」
「え、子供?」
すると少年はちょっと恥ずかしそうな表情を浮かべた。
「あの……自分、こう見えてもう成人してます。今年で二十八になります」
「二十八!?」
私より六つも年上!?
「あと自分、女です」
「女性!?」
そう言って、少年――いや、彼女は鞄から身分証を取り出した。
名前は三木栞。
生年月日……ほ、ほんとだ、私よりも六つも年上で、しかも女性……。
(世の中って広いなぁ……)
そう思わずにはいられなかった。
三木栞 28歳 女性
見た目は子供、実年齢は大人。




