51.焼肉
さて、四国に到着だ。
地図を広げて場所を確認する。
私達が今居るのは佐田岬半島という、愛媛県にある四国で最も西に位置する半島だ。
(出来れば今日中に松山市までには向かいたいな……)
かなり距離はあるが、メアさんの力を借りれば何とかなるだろう。
最悪、八幡浜市や大洲市辺りでもいい。野宿だけは避けたかった。
(夜にモンスターに襲われたら厄介だもんね……)
街中にもモンスターは居るので、確実に安全という訳じゃないが、それでも山林で過ごすよりかは幾分マシだと思う。私や先輩、サバイバルの経験皆無だし。
問題は人目の方か。
出来れば、チョコ◯姿のメアさんに乗ってるところはあまり他人に見られたくないんだよね。モンスターと一緒に居る人間ってだけで不審がられるのは目に見えてるし。
(あ、でもモンスターを従わせるスキルを持ってるって言えば、言い訳にはなるかな……?)
検索さん、その手のスキルってありますか?
≪職業『魔物使い』の『モンスター契約』を使えば、モンスターを支配下に置く事が可能です≫
それなら万が一、見られた時はそのスキルを持ってるって事にしよう。
まあ、とりあえずこの辺ならまだ人気は少ないし問題ないと思うけど。
「メアさん、まだ大丈夫?」
『ミャゥ』
メアさんは「まだまだ余裕―」と力強く頷く。
どうでもいいけど、鳥の姿でも鳴き声は猫なんだね。違和感が凄い。
「よし、それじゃあしゅっぱーつ」
「おー」
「みゃー」
『ミャァー』
メアさんに跨り、私達は国道を走る。
周囲にはモンスターの気配も少なく、順調に進んだ。
「そう言えば、先輩はポイントの振り分けとかちゃんとしました?」
「うん、ちゃんとやってるよ」
ふと気になって聞いてみたが、先輩もちゃんとポイントは使っているようだ。
「私はあやめちゃんと違って、持ってるスキルも少ないからそんなに悩む事も無いしね」
先輩の現在のステータスはこんな感じだ。
ヤシマ シチミ
LV11
HP :34/34
MP :115/115
力 :18
耐久 :16
敏捷 :17
器用 :19
魔力 :85
対魔力:85
SP :1
JP :1
職業:魔術師LV4
固有スキル なし
スキル
火魔術LV4、魔術強化LV3、MP強化LV2、初級魔道具作成LV3、鑑定LV1、メールLV1、魔物殺しLV2、不倶戴天LV4
「基本的には、火魔術と不倶戴天を伸ばすようにしてるよ。一番使うスキルだからね」
「ええ、それが良いと思います」
それにしても先輩の職業は『魔術師』だけなのか。
もしかしたら、私の『魔剣使い』みたいに何か別の職業を取得してるかと思ったが、予想が外れたようだ。
≪ヤシマ シチミはまだ魔杖に正式に認められていません。武器に認められた場合、『魔杖使い』の職業が取得可能になります≫
あ、やっぱり似たような職業があるんだね。
でも先輩もベヒモス戦ではかなり魔杖を使いこなしてたと思うけど、私と何が違うんだろう?
≪武器の所有者となる事、武器を使いこなす事、武器に認められることは同じではありません。また武器に認められるかどうかが、所有者の資質によるところが大きいです≫
所有者の資質ね……。
ちなみに、武器に認められる条件って何なんですか?
≪武器との対話を行う事です≫
武器との対話……。
そう言えば、ベヒモスの戦いの最中に誰かと会話したような気がするけど、もしかしてアレが魔剣の声だったのだろうか?
正直、必死だったしよく覚えてないんだよね。
でも私にも出来たんだし、先輩にも出来ると思う。
検索さんに聞いた情報を先輩に伝えると、「頑張ってみる」と言ってくれた。
それからしばらく走り続けていると、先輩が何かに気付いたように私の肩を叩いた。
「ん……? ねえ、あやめちゃん、なんかすごくいい匂いしない?」
「いい匂いですか……あ、本当だ」
どこからか焼肉のような香ばしい匂いが漂ってきた。
私は手綱を引いて、メアさんに止まってとお願いする。
「近くで誰かバーベキューでもしてるんですかね?」
「えー、こんな状況でそんな事する人居るのかな……?」
「ですよね……」
こんなモンスターがあふれる世界で、呑気にバーベキューなどするなんてとてもじゃないがあり得ない。
でもあり得ないからこそ、気になった。
「あっちの方ですかね」
周囲を見回し、私は匂いと人の気配のする方を指差す。
海岸の方だ。
「メアさん、ちょっと向こうにお願いできる?」
『ミャゥ』
臭いと気配のする方向へ向かうと、防波堤に誰かが居た。
メアさんから降りて近づく。
(……子供?)
そこに居たのは小さな子供だった。
十歳くらいだろうか?
中性的な顔立ちで、男の子か女の子か分かりにくいけど、髪も短いし多分男の子……かな?
少年は、バーベキュー用のコンロを広げ、のんびりとお肉を焼いて食べている。
「……お、美味しそうだね……」
先輩の言葉に、私も思わず生唾を飲む。
確かに物凄く美味しそうだ。
網の上には肉だけでなく、魚の切り身やホタテ、エビ、それにアスパラやキャベツ、玉ねぎなどの野菜も良い感じに焦げ目がついて凄く美味しそうです、はい。
何でこんなところに子供が一人で居るのかとか、そのクーラーボックスとかコンロはどうやって準備したんだとか、いろいろ疑問は湧くけど、それ以上に私達は目の前で焼かれるお肉に釘付けになった。
ここ数日、満足のいく食事をしていない事もあって、その破壊力は凄まじかった。
ハルさんや猫の姿に戻ったメアさんも涎を垂らしている、
すると子供もこちらに気付いたようだ。
「……お腹空いてるんですか?」
「「……」」コクコク
少年の問いに、思わず頷いてしまう私と先輩。
完全に不審者だ。
だが少年は、私と先輩を不審がる素振りも見せず、足元の袋から紙のお皿と割箸を差し出してきた。
「どうぞ」
お皿と箸を渡されポカンとする私と先輩。
「味、薄ければこっちにタレもありますから」
「あ、はい……」
少年は手際よくお肉を焼くと、私と先輩のお皿によそう。
「良いんですか?」
「食事は皆で食べた方が美味しいですから」
「は、はぁ……それじゃあ、ありがたく頂きます……」
良いんだろうかと思ったが、お肉の魅力には勝てなかった。
私と先輩はお皿に盛られたお肉を口に運ぶ。
「ッ―――!?」
その瞬間、脳裏に電流が走った。
お、美味しい……。食感はカルビに近いけど、肉の旨味が全然違う。
噛めば噛むほど肉汁が溢れ出し、じゅわっと広がる油も全然くどくない。濃厚なんだけど、飲み込んだ瞬間、さらっと消えて、また次が食べたくなる。ニンニクと鷹の爪も良い感じにアクセントになってる。今まで食べた焼肉の中で断トツで美味しかった。
「どんどん焼くので、一杯食べて下さい」
美味しそうに食べる私と先輩の表情を見て、少年は嬉しくなったのか、どんどんお肉を焼いていく。
「あ、あやめちゃん、どうしよう、箸が止まらないよ。あむあむ、ごくん」
「はい、凄くおいしいですね、むぐっ! むぐぐぐ!」
私と先輩は夢中でお肉を頬張る。
この少年が何者なのかとか、なんでこんなところに一人で居るのかとか、色々疑問が湧き上がるが、そんなのこの焼肉の前では些細な事だ。
(本当に美味しい。あれ……? でもこのお肉って、何のお肉なんだろう?)
牛や豚、鳥とは明らかに違うし、私は食べた事ないけど鹿とか猪とかのお肉だろうか?
「遠慮せずにどんどん食べて下さい。もし足りなければ、すぐに追加で準備できますから」
「準備……?」
「はい」
すると少年は足元に落ちていた小石を砂浜に向けて投げた。
すると次の瞬間、私達も良く知るモンスターが砂浜から現れた。
「……ワイズマンワームッ!」
私と先輩は、その姿を見て、すぐに臨戦態勢になる。
まさかこんなところで、このモンスターに再会するなんて。
「お姉さん方も、あのモンスターの事を知ってるんですか?」
「え?」
少年は意外そうな顔を浮かべ、私達の方を見る。
「なら、話が早いですね。ちょっと待ってて下さい」
いつの間にか、少年の手には包丁が握られていた。
彼は地面を蹴ると、一気にワイズマンワームへと肉薄する。
「ふんっ!」
「ピギャアアアー!」
一閃。
少年はワイズマンワームを瞬く間に瞬殺した。
(す、凄い……)
余りにも見事な手並みに、私は思わず見入ってしまった。
間違いなく何かの職業、そしてスキルを持った者の動きだった。
少年は砂浜に落ちたワイズマンワームの肉片を拾うと、こちらへ戻ってくる。
「はい、追加分です」
「……追加分?」
少年の言葉が理解出来ず、私と先輩は首を傾げる。
「ですから、お肉の追加ですよ。まだ食べますよね?」
その言葉に、私と先輩の手がぴたりと止まる。
今、なんつった?
「あの……つかぬことをお聞きするんですが、もしかして私達がさっきまで食べてたお肉って……?」
「? ですから、これですよ。ワイズマンワーム。美味しかったでしょう? 本当は一日ほどタレに浸けた方が旨味が増すんですが、このままでも十分に美味しいんですよ」
何を今更と、少年は不思議そうな顔をしながら、ワイズマンワームの肉を手際よく一口サイズに切り分けてゆく。
「「……」」
私と先輩は無言で顔を見合わせる。
ぽとりと、手に持った紙皿とお箸が地面に落ちた。
検索さん『無論、知ってましたが、聞かれなかったので答えませんでした』




