50.次の舞台へ
学校を出発して数時間後、私と先輩は海に来ていた。
眼前に広がる瀬戸内海の景色を眺めながら、先輩は口を開く。
「あやめちゃん、本当にここを通って四国に向かうの? 福岡じゃなくて?」
「はい、検索さんに色々調べてもらったんですが、福岡、下関って経由して本州に行くよりも、大分から、海を渡って四国に向かった方が良いみたいなんです」
「え、えぇー……」
私の言葉に先輩は困惑した表情になる。
まあ、そうだよね。
私も最初、検索さんに教えて貰った時はそんな表情になったもん。
「いや、あやめちゃん、確かに単純に比較すればそっちの方が近いのは分かるよ? でもさ、海だよ? いくら近いって言ったって愛媛県の一番近い海岸まで最短でも十キロ以上あるんだよ?」
「はい、でもナイトメアさんなら問題ないそうです」
「ナイトメアちゃん?」
『ミャァーウ』
ナイトメアさんが私の足元で前脚を上げる。
任せて! と言っているようだ。
「ナイトメアさんには水上を走るスキルがあるので、海であろうと問題なく移動できるそうです」
『みゃぅ』
ナイトメアさんは猫の姿のまま砂浜を駆けると、そのまま海の上も走り続ける。
へぇー、改めて見ると凄い光景だなぁー。
先輩も驚いてるみたいだ。
「す、凄い、忍者みたい……」
「え? 忍者って水上を走るんですか?」
「走るよっ! だって忍者だもん」
「……」
先輩の中で忍者はどういう存在なんだろう?
すると検索さんの声が脳内に響く。
≪職業『忍者』はスキル『忍術:水面歩行の術』を使用することで水面を移動できます≫
出来るんだ! 忍者、凄っ!
てか、忍者って職業なんだね。
そんな面白職業を取ってる人が居れば、ちょっと会ってみたいかも。
まあ、それは置いといてだ。
「先輩、これで分かったでしょう? ナイトメアさんに乗って移動すれば、水上も問題ない訳です」
「でもモンスターはどうするの? 海にもモンスターは居るんでしょ?」
「襲われたら、その時はハルさんの『変換』で適当にスキルを『水呪』に変えてしまえば問題ありません」
「あ、成程……」
確かに先輩の言う通り、海にもモンスターは居る。
だがそれも、ハルさんが居れば問題ない。
『水呪』は水が弱点になるスキルで、全身が濡れるたびにHPが減り、ステータスが弱体化する。
ベヒモス戦の時のように、ハルさんの『変換』で相手のスキルのどれかを『水呪』に変えてしまえば、後は勝手に自滅するのである。
海に住むモンスターにとってこれ以上ない攻撃手段と言えるだろう。
「改めて反則みたいな効果だね……」
「はい、本当に頼りになります」
「みゃぅ!」
ハルさんも前脚を上げて、「任せて!」と返事をする。
「そう言えばあやめちゃん、ナイトメアちゃんはパーティーに入れないの?」
「あ、確かにそうですね……」
ボルさんから預けられたって手前、まだパーティーに入れてなかった。
一応、確認しておこう。
「……ナイトメアさんは私達のパーティーに入りたい?」
『ミャゥ!』
ナイトメアさんは勿論! と頷く。
≪ナイトメアが仲間になりたそうにアナタを見ています。仲間にしてあげますか?≫
そして脳内に響くアナウンス。
当然、イエスを選択する。
≪申請を受理しました。ナイトメアが貴方のパーティーに加入しました≫
よし、これでナイトメアさんがパーティーに入った。
「ねえ、あやめちゃん。せっかくだしナイトメアちゃんにも名前つけてあげない?」
「そうですね。この感じだと元々付けてた名前も無さそうですし。ナイトメアさんがよければ、名前を付けてもいい?」
『ミャーゥ♪』
ナイトメアさんはコクコクと頷く。
付けて欲しいらしい。
「うーん、それじゃあ、ナイトメアだから『メア』さんとか?」
「あやめちゃん、安直過ぎない?」
「そ、そうですか? ナイトメアさんはどう思う?」
『ミャゥー♪』
あ、気に入ってくれたみたいだ。
良かったぁ。一応、パーティーメンバーの項目を確認しておく。
パーティーメンバー
ハル 猫又 LV4
ヤシマ シチミLV11
ナイトメア LV8
何気にナイトメアさんのレベルが高い。
私達が名前を付けても、表示はナイトメアのままなのか。
≪ネームドになる条件は、各種族ごとに異なります≫
≪またその名前も、それまで呼んでいた呼称とは別名になる可能性が高いです≫
そうなんだ。
そう言えば、ボルさんもそんな事を言ってた気がする。
――我々はあくまで自分達でそう名乗っているだけだ。本来の意味でのネームドではないのだよ。
――もし自在にモンスターに名を与えられる存在が居るとすれば、それは神かもしくは君の言うカオス・フロンティア――そのシステムに介入できる者だけであろうな。
それだけこの世界のモンスターに取って名前とは重要な要素なのだろう。
ハルさんは元々、こっちの世界の動物だから、表示も元々の呼称でステータスにも表示されてるみたいだけど。
まあ、普通に呼ぶ分には問題ないか。
「それじゃあ、メアさん、早速お願いします」
『ミャゥー♪』
私の呼びかけに応じて、メアさんは姿を変える。
それまでの子猫の姿から、私と先輩が乗っても問題ない大きな馬の姿――え、あれ……?
「……なんか違くない?」
「違うねぇ……」
『ミャゥー?』
変化したメアさんの姿は馬じゃなった。
どっちかと言えば、大きなひよこみたいな姿だった。
色は青色で、足首がちょっと燃えてるけど、この姿はどう見ても――、
「これってチョコ――」
「待って、あやめちゃん。なんかそれ以上は言っちゃいけない気がする」
「え? あ、はい……」
何故か、その名を口にしようとしたら先輩に止められた。
でも何でこの姿なんだろう?
≪ナイトメアは馬の形態が瞬発力が高く、鳥の形態は持久力が高くなります≫
≪二人を乗せて海を渡るのであれば、こちらの方が良いと判断したのでしょう≫
あ、成程そうなんだ。
どうやら、私達の事を考えてこの形態になってくれたらしい。
ありがとう、メアさん。
毛並を触ってみると凄いモフモフで気持ち良かった。
『ミャーゥ』
すると馬に擬態した時のように、霧で出来た鞍と手綱が具現化した。
ここに乗れという事なのだろう。
私と先輩が跨り、最後にハルさんが私のリュックに乗れば準備はオッケーだ。
「それじゃあ、行きますよ」
「おー!」
「みゃぅー♪」
『ミャァーー!』
メアさんは私達を乗せて、海へと駆け出した。
「うわぁー、すごーい」
「ほ、本当に水面を走ってるよー」
シュバババババッ! と猛スピードで水面を走るメアさん。
水しぶきをあげながら走るので、私達の後ろには虹が発生し、爽快感が凄い。
「あ、あやめちゃん見て、見て! スライムが浮いてる」
「ホントだ、浮いてますねー」
先輩の指さす方を見れば、大量のスライムがぷかぷか浮いていた。
まるで越前クラゲの大量発生みたいだ。
「どうする、戦う?」
先輩が杖を構えて聞いてくる。
うーん、色違いのスライムは居ないけど、一応経験値にはなるし、狩っておいて損はないだろう。
と思ったら、検索さんの声が頭に響いた。
≪海上のスライムは放置することを推奨します≫
え? 放置ですか?
その意外なアドバイスに私はちょっと首を傾げた。
≪海上に浮かぶスライムは全て、とある強力な個体の一部です。下手に刺激すれば、その個体を呼び寄せる恐れがあります≫
強力な個体……? ボスモンスターみたいな奴って事?
でも『水呪』があれば大丈夫なんじゃ?
≪小手先でどうにかなる相手ではありません≫
≪下手に手を出せば、九州全域が水没する可能性があります≫
≪但し、こちらから手を出さなければ何もしないので、放置することを推奨します≫
そ、そんな恐ろしいモンスターが居るんだ……。
うん、分かった。
海のスライムには絶対手を出しません。
「先輩、スライムは手だし無用です。なんか、検索さんが絶対戦っちゃ駄目だって」
「そ、そうなんだ。分かった」
あ、危なかったー。
てか、九州全域を水没させられるって、そんな凄いモンスターも居るんだ……。
でも手を出さなければ問題ないって言ってるし、何もない事を祈ろう。
……あと一応、佐々木さん達にもメールでこの情報を送っておこう。
「あ、陸地が見えてきましたよ」
「ホントだ」
そんな風に話をしてる間に、もう陸地が見えてきた。
さあ、四国に到着だ。




