48.幕間 無職、調理に殺人鬼
モンスターが世界に溢れて四日が経過した。
遮断された情報網、崩壊した建物、常識も道徳も何もかもが塗り替えられてゆく混沌の中で、それでも人々は逞しく生き延びようとしていた。
そして――、
≪経験値を獲得しました≫
≪経験値が一定に達しました≫
≪ウエスギ ヒナタのLVが9から10に上がりました≫
「むぅ……、ずっと頭に響くこの声はなんなんだ……?」
数日前からずっと頭の中に響くその声に、彼女は眉をひそめる。
最初は幻聴かとも思ったが、どうにもそうではないらしい。
自分を襲ってくるモンスターを退治している内に、どうやらこの声はモンスターたちを倒した時に聞こえるというのが分かった。
≪初期職業が未設定です≫
≪職業を選択してください≫
「本当にうるさい……どうにかならんのか」
頭の中に『ステータスオープン』という謎の言葉も浮かぶが、そんな得体のしれない言葉を口にする気は彼女には無かった。
「はぁ、休暇を利用して四国に旅行に来たというのにとんだ災難に巻き込まれたものだ……」
町のどこを見渡しても、化け物、化け物、化け物ばかりだ。
人助けをしながら、モンスターと戦い続けるのも流石に疲れた。
「ギィ……」
「ギギャ」
「ん?」
すると物陰からゴブリン達が姿を現した。
デカいのが一体に、小さいのが三体。
ゴブリン達は彼女を見つけると、武器を手に襲い掛かってきた。
「――うるさい」
「ギギャッ!?」
近づいてきたゴブリンを拳で沈める。
「ギッ……?」
「ギギィ……」
「ギュァ……」
仲間が瞬殺されたのを見て、残りのゴブリン達は警戒を強める。
だが逃げるつもりは無いようだ。
そんなゴブリン達を見て、彼女ははぁーとため息をついた。
「……そっちから襲い掛かって来たんだ。悪く思うなよ」
一分もかからない内に、彼女はゴブリン達を皆殺しにした。
≪経験値を獲得しました≫
≪経験値が一定に達しました≫
≪ウエスギ ヒナタのLVが10から11に上がりました≫
≪職業選択を行わずLV10を超えた事を確認しました≫
≪スキルを使わずモンスターを50体討伐したことを確認しました≫
≪上記の条件を素手のみで遂行した事を確認しました≫
≪一定条件を満たしました≫
≪スキル『絶戮』を取得しました≫
≪スキル『修羅』を取得しました≫
≪スキル『猛攻』を取得しました≫
≪職業の選択が不可能になりました≫
≪LV30に到達するまで職業を選択する事は出来ません≫
≪既存のJPを全てSPに変換します≫
≪SPを110ポイント取得しました≫
「あーもう、うるさい! いいかげんにしろーーー! だいたい職業、職業って私は無職じゃなーーい!」
頭の中に響くアナウンスにうんざりしながら、彼女は空に向かって叫ぶのであった。
≪経験値を獲得しました≫
≪熟練度が一定に達しました≫
≪調理がLV3から4に上がりました≫
「んー、やっぱゴブリンは駄目だなぁ……。煮込んでも大して柔らかくなんないし、酒や香辛料使っても臭みが抜けない……」
その人物の背後には大量の調理器具、そして捌かれた『様々な食材』が乱雑に置かれていた。
ゴブリンの味にうんざりすると、口直しとばかりにタッパーに保存しておいた調理済みの肉を頬張る。
「むぐむぐ……うん、やっぱ一番美味いのはワイズマンワームかなぁ……。豚や牛よりも旨味が格段に強い。昨日倒したマイコニドも良い出汁が取れるし、スライムも普通の葛よりずっとまろやかなとろみを出せるし、中々面白い食材だよなぁ……」
ぶつぶつと独り言を呟きながら、メモを取る。
そこにはびっしりと今までに調理した食材の味や栄養価、調理法などが記されていた。
「まさかモンスターがあふれる世界になるなんてなぁ……。まあ、色々大変だけど、未知の食材を調理できるし、実質プラスかなぁ……」
そんな事を呟きながら、再び食材を求めて、外に出るのであった。
≪経験値を獲得しました≫
≪熟練度が一定に達しました≫
≪同族殺しがLV3から4に上がりました≫
頭の中に声が響く。
彼は目の前で血を流して倒れる男性を見つめる。
「ああ、殺してしまった……」
彼の手には血に塗れたナイフが握られていた。
今しがた自分が刺殺した男性を見つめ、彼は震える。
そっとナイフを地面に置くと、彼は涙を流しながら祈りをささげた。
「ああ、神よ、罪深きこの身をお許しください……。私は『また』人を殺しました。出会ったばかりの男性を、モンスターに襲われていた無力な私を助けようとした勇敢な男性を殺してしまいました。ですが、この男性が悪いのです。とても刺しやすそうな背中をしていたこの男性が悪いのです。誘惑に負け、思わずモンスターと共に刺し殺してしまったこの身をお許しください……」
彼は誘惑に負けた自分が許せなかった。
だが殺してしまった物は仕方ない。だからこうして懺悔をして神に許しを請うのである。
はい、祈りました。これで罪は許されました。リセットです。
ナイフに付いた血を拭い、再び歩き出す。
「さあ、懺悔は終わりました。次は出来れば若い女性か、子供を殺したいですね……。世に溢れたモンスターよりもよほど殺すべきだ。ああ、神よ、感謝します。私に人を殺す喜びを与えてくれた事を」
その顔には確かな笑みが浮かんでいた。
邪悪で醜悪などす黒い笑みが。
殺戮者は血塗られた道を自ら作り、その上を歩み続けた。
彼らはいずれ出会う事になる。
己の運命を変える、とある『聖騎士』の女性と。




