45.ベヒモス攻略戦 その6
意識を集中する。
大丈夫だ、落ち着け私。
すぅっと息を吸い込むと、大声で叫んだ。
「ベヒモスーーーー! こっちよーーーーー!」
「みゃぁー」
「グルゥゥ……? ――ッ!?」
結構距離が離れてるし、聞こえるか不安だったけど、ちゃんとベヒモスは反応してくれた。
私が復活した事にかなり驚いたのか、一瞬動きを止めてこちらを凝視する。
てか、ハルさんは真似しなくても良いんだよ。声、ちっちゃいんだから。
「けひゅっ……みゃぅー……」
ほら、咳しちゃって。
慣れない事はしちゃ駄目だよ。
「あ、あやめちゃーーーんっ!」
『ミャァー!』
ベヒモスに追いかけられていた先輩とナイトメアさんも、私に気付く。
「うわあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛! あやめちゃんっ! あやめちゃあああん! よがっだ! よがっだよぉぉおおおおおおー!」
「先輩っ! ナイトメアさんっ!」
先輩はぶんぶんと手を振ると、Uターンしてすぐにこっちに向かって来る。
――ベヒモスを連れて。
「うわぁああああ! あやめちゃん! あやめちゃあああああああんっ!」
「グォォオオオオオオオオオオオオオオンッ!」
「いや、先輩、後ろ! 後ろ、気を付けて下さい!」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった先輩と、その背後から迫るベヒモス。
めちゃくちゃシュールな光景だった。
「へ? 後ろ……? あ――きゃあああああああああ!? ナイトメアちゃん! もっと! もっとスピード出して! 追いつかれちゃう! はりー! はりーだよっ!」
『ミャ、ミャー!』
壮絶なデッドヒートを繰り広げる先輩とベヒモス。
『ベレ、右側に回れ』
『おうっ』
そんな先輩を気にする事無く、ボルさんとベレさんは攻撃に徹している。凄いなぁー。
するとボルさんから声が届いた。
『――あやめよ』
「は、はい、ボルさん……」
『油断し過ぎだ、この馬鹿垂れが』
「はい……すいません」
『戦場では、油断した者から死んでゆく。攻撃を弾いて終わりではない。敵を倒すまで気を抜く事など許されぬ。分かったな?』
「……はい」
凄く怒気のこもった口調だった。
それはそうだろう。
一瞬の油断で私は全てを台無しにしてしまうところだったのだから。
『――だが、無事でよかった』
「ッ……」
『君の相棒に感謝しろ。こんな奇跡は二度も起きないのだからな』
「……はい」
凄く優しい口調。
やっぱりボルさんは良い人だ。
『それで君の言っていた作戦はもう実行できるのか?』
「え、あ――はいっ、出来ます!」
私は周囲を少し見渡し――『ソレ』を見つける。
うん……多分、大丈夫なはず。
『では、君が指示を出せ。我々もそれに従おう。いいな、ベレ?』
『ちっ……』
反論しないって事は、ベレさんも賛成してくれるようだ。
「それじゃあ、ベレさん! 私が合図したら、ある物に向かって思いっきり槍を投げて下さい!」
『ある物だぁ……?』
「はい、アレです!」
私は視界の端にあるソレを指差す。
『……なんだ、ありゃ? まあいい、了解した』
ベレさんは見慣れないそれに首を傾げたが了承してくれた。
うん、多分あれって、ボルさんたちの世界には存在しない物だよね。
「はわっ、はわわわわ! あ、あやめちゃあああああああんっ!」
「グォオオオオオオオンッ!」
「ッ――!」
先輩とベヒモスが迫る。
「先輩! 私の後ろに!」
「う、うんっ!」
先輩を乗せたナイトメアさんが、私の後ろに回り込む。
同時に、ベヒモスの巨体がすぐ目の前まで迫っていた。
「ゴォォォアアアアアアアアアアアア!」
「ッ!」
ベヒモスの爪が迫る。
――怖い。
でも目を逸らしちゃ駄目だ! 恐怖を跳ねのけろ!
私は盾を前に突き出し、ベヒモスの攻撃を弾いた。
「ッ――! グゥゥォォオオオンッ!」
だが浅かったのか、弾かれてもすぐにベヒモスは次の攻撃に移った。
今度はその大きな口を開け、私たちを飲み込もうとする。
でも――甘いっ!
「ソウルイーター! 解放!」
その瞬間、私はソウルイーターの力を解放した。
手に持った盾が数倍に広がり、私たちを飲み込もうとしたベヒモスを再び弾いた。
(やっぱり――盾の大きさは変えられるんだ)
前の所有者アガさんの盾は、最初に私が具現化した盾より大きかった。
ソウルイーターの盾は所有者に合せて大きさを変えるんじゃなく、所有者の任意で大きさを変えられるんだ。
(でもなんでだろう……? 目覚める前よりずっとソウルイーターの使い方が理解出来る……)
まるで頭の中に『使い方』だけじゃなく『経験』も流れ込んできているみたいだ。
使い慣れてない武器なのに、まるで長年連れ添ってきたような感覚。
どうしてか分からないけど、今は好都合だ。
「ゴァァ……」
攻撃を弾かれ、天を仰ぐベヒモス。
(――胴体ががら空き!)
「先輩!」
「うん! 火球!」
次の瞬間、先輩の放った火球がベヒモスの胴体に命中する。
「ゴァァァアアアアアアアアアアアッ!?」
大出力の一撃。
これにはベヒモスも悲鳴を上げる。
『まだだっ!』
『喰らえ!』
更にボルさんとベレさんが追撃を仕掛ける。
無数の矢が刺さり、魔槍によって腹部を穿たれ、ベヒモスの表情が苦悶に歪む。
これでかなりの手傷を負わせたはず。
いかにベヒモスと言えど、無視できないダメージ。
「ゴルゥゥゥ……」
するとベヒモスの体がうっすらと光り輝いた。
(――来た! この瞬間を待っていた)
その瞬間、私はベヒモスへ再び接近する。
「ハルさん、今だよ! ベヒモスに『変換』を!」
「にゃぁー!」
私の肩にしがみついていたハルさんがベヒモスの体へと飛び掛かる。
スキルが完全に発動してしまえば、ハルさんの変換は失敗する。
「――間に合ってっ!」
「みゃぁー!」
任せて、とばかりにハルさんの体が光り輝いた。
「……ガ、ガァ?」
逆にベヒモスの体からは光が失われる、
ベヒモスは混乱したような呻り声を上げた。
「残念だけど、『巨獣礼賛』はもう使えないよ。ハルさんが別のスキルに『変換』したから」
ハルさんに変換して貰ったのはベヒモスの持つ二大スキルの一つ『巨獣礼賛』。
一日に一度、ベヒモスの肉体を巨大化させ、傷を癒すという反則的な効果を持つスキル。
先輩やボルさんたちの攻撃を何度も浴びれば絶対にこのスキルを使うと思っていた。
(だから、それを別のスキルに変換した)
ベヒモスにとっての最大の回復手段でありパワーアップのスキル。
それを変換してしまえばベヒモスの戦闘力は格段に落ちる。
(もう一つのスキル、『巨獣防壁』はインターバルがあるからまだ使えない)
これでベヒモスの持つ二大スキルは封じられた。
後は変換したあのスキルで駄目押し!
「ベレさん、今です! あの赤い栓を撃ち抜いて!」
『任せろ!』
私の指差す方向。
そこにあった『ソレ』に向けて、ベレさんの魔槍が放たれる。
ベレさんの槍は寸分違わず、ソレを撃ち抜ぬく。
その瞬間、地面から勢いよく水が噴き出した。
『なんだ……? 地面から水が溢れ出しただと?』
『一体これはどういう事だ……?』
ボルさんたちにはソレが何か分からなかったのだろう。
勢いよく噴き出す水を眺めて首を傾げている。
「あれは消火栓って言って、私たちの世界の火を消すための給水設備です」
『給水設備……? だがそれが何の役に――ッ』
ボルさんの言葉は最後まで出なかった。
目の前の光景に目を奪われたからだ。
「グォォ……グガァアアアアアアアアアアッ!?」
水を浴びたベヒモスが全身から煙を上げ苦しみだしたのだ。
ベヒモスには自分の身に何が起きたのか分からないだろう。
ハルさんの変換で書き換えたスキルの名は『水呪』。
オークと呼ばれるモンスターたちが持つ水に弱くなる呪いのスキルだ。
それを『巨獣礼賛』と変換した。
(あの時、全くダメージを受けなかった『水』に苦しめられる気分はどう?)
世界が変わった最初の日、ベヒモスは臆することなく立ち向かった消防隊員の大池さんを虫けらのように殺した。
消防車の放水なんてコイツにとっては水浴び程度にしか感じなかっただろう。
でもその水が、今ベヒモスを窮地に立たせている。
「グゥ……グォォオ……」
ベヒモスはかなり苦しんでいるが、まだ死んでいない。
水呪の効果は強力だが、その個体を死に至らしめる程じゃない。
だから、もうひと押しが居る。
(……大池さん、ごめんなさい)
これから行う方法は、アナタにとっては弔いにはならないかもしれない。
でも、これが一番確実な方法だから……。
だから――、
「……ハルさん、あの水に変換を」
「みゃぁ」
今度はベヒモスが全身に浴びた『水』に変換を行う。
その瞬間、周囲に異臭が漂い始めた。
「ッ――この匂いって……」
先輩も気付いたようだ。
ハルさんが水を何に変換したのか。
「ボルさん、ベレさん、離れて下さい!」
『うむ』
『ああっ』
二人が距離を取ると、私は先輩の方を見る。
「先輩、お願いします」
「うん――火球」
その瞬間、ベヒモスを中心に巨大な爆発が起こった。
「ゴォォォアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」
ベヒモスの悲鳴が木霊する。
そう、ベヒモスの全身に浴びせた水を、今度は『ガソリン』に変化させた。
変換を使えるのは、一つの対象につき一回だけ。
ベヒモスの『巨獣礼賛』を『水呪』に変換し、水を浴びせダメージを負ったところで、今度はその『水』をガソリンに変換し止めを刺す。
これが私の考えた水と火の二重作戦。
「……あれだけの火を消すには、大量の水を浴びなきゃいけない。でも今のベヒモスは『水呪』の影響で水を浴びれば浴びる程、肉体は傷付き、弱体化する。……詰みだよ」
「ゴァ……アガァァァ……」
黒い煙を上げながら、ゆっくりとベヒモスは地面に倒れたのだった。
本編捕捉
『水呪』は本編のハイオークさんも持ってるスキルです。というか、オーク種は必ずこのスキルを持ってます。
あと種族によって弱点となる属性などはスキル『○呪』という形でそれぞれの種族の与えられています。LVが上がるほどに受けるデバフも強くなります




