39.最悪のタイミング
夜が明けて、翌日。
私と先輩はボルさんたちと共に人気のない公園へとやってきた。
『周囲に人の気配もない……。ここなら外に出ても問題あるまい』
そう言ってボルさんはナイトメアさんの影から姿を現す。
相変わらず見上げる程の背丈で、威圧感が凄い。
声だけだと、普通に紳士で優しいお父さんって感じなんだけどね。
「体の具合はどうですか?」
いや、アンデッドに体の具合を聞くのもどうかと思うけど。日本語って難しい。
ボルさんはナイトメアさんの影から槍を取り出し――あ、その槍そんなに伸びるんだ。へぇーチーズみたい、
ボルさんはぶんぶんと槍を振り回した後、何度か手を握る。
ついでに槍の風圧で先輩がたんぽぽの綿毛みたいに飛んだ。
急いで回収する。
『……六割ほどの回復といったところか……。まあ、動きに支障はない』
「そうですか……」
まあ、あれからまだ二日しか経ってないしね。
なんかあの戦いから二か月くらい経った気がするよ。
「――ってあれ? ベレさんはどうしたんですか?」
まだ影の中で休んでいるのだろうか?
するとボルさんが首を横に振る。
『……ベレには昨日の夜から別件で動いてもらっている。故にここには居ない』
「別件……?」
『ああ、ベヒモスとの戦いに向けて準備だ。さて、あやめよ。今日は君にその魔剣の本来の使い方を教える』
「あ、はい」
準備ってのが何なのか気になったけど、それは訓練が終わってからでいいか。
気合を入れて姿勢を正す私を見て、ボルさんはふっと笑ったような気がした。
「な、なんですか?」
『いや、すまない。アガの事を思い出してしまってな。奴もそんな風に生真面目なところがあった』
昔を懐かしむような口調。
アガ――それは、ボルさんの仲間で、魔剣ソウルイーターの本来の所有者。
単騎で、あのベヒモスを倒した最強のアンデッド。
正直、その経歴を知るにつれ、プレッシャーが増す。
そんなすごい人が使っていた武器を、私なんかが使いこなせるだろうか?
『使い方を教える前に一つ確認したい。君は、アガの戦いをその目で見ていたと言ったな?』
「はい」
『では君とアガとで、戦い方に何か違いはなかったか?』
「……?」
戦い方に違い……?
なんだろう?
『言っておくが、力や速力と言った地力の事ではないぞ? あくまで戦い方に関してだ』
「戦い方……?」
私はあの骸骨騎士――アガさんの戦い方を思い出す。
うーん、普通に剣を振り回してたようにしか見えなかったけど……。
斬撃が飛ぶとか、凄いビームが出るとかそういう目立った技もなかった。
ただ普通に剣で戦っていただけだ。
でもボルさんがこう質問してくるってことは、何かあるってことだよね?
私は必死に記憶を手繰る。
何かあったかなぁ……私とアガさんの戦い方の違い。
「うーん……あ」
『何か気付いたか?』
「えーっと、その……私は両手で剣を使ってたけど、アガさんは片手で剣を使ってた……とか?」
『……』
ボルさん、無言。
だってそれくらいしか思いつかなかったんだもんっ。
『……まあ、当たらずとも遠からずといったところだな』
「……へ?」
意外なリアクションに私は面食らう。
『ではあやめよ、アガは何故片手で剣を使っていたのだ?』
「それは……もう片方の手に盾を持ってたからですよ。凄く大きな盾でベヒモスの攻撃を防いで――」
『その通りだ』
「え……?」
『盾で弾き、剣で斬る。シンプルな攻撃手段ではあるが、それこそが魔剣ソウルイーターの本来の戦い方だ。魔剣ソウルイーターは両手剣ではない。片手剣なのだ』
「え、でもこんな大きい剣片手で持つなんて無理ですよ。それに盾なんてどこに――」
そこまで言いかけて、私はふと思い出す。
そう言えば、アガさんが使っていた『盾』はどこにいったんだろう?
アガさんとベヒモスの戦いの後、回収したのはこの魔剣だけだ。
盾はどこにも落ちてなかった。
あの時は動揺してそれどころじゃなかったけど、よく考えればあんな大きな盾だけが消えるなんて不自然だ。
もしかして――、
『気付いたか?』
ボルさんは骨しかない指で、私の持つ魔剣を指差す。
『――盾はその魔剣の中にある』
「――」
『全てを断つ魔剣と全てを弾く盾。魔剣ソウルイーターはこの二つが揃って初めて真価を発揮するのだ』
ボルさんの説明に私はごくりと唾を飲む。
確かにアガさんはベヒモスの攻撃を何度も防いでいた。
全てを弾く盾というのもあながち誇張ではないかもしれない。
「なので君にはまず盾を具現化し、片手で剣を振るう訓練をしてもらう」
「わ、分かりました」
「あの、その、私は……?」
おずおずと先輩が手を上げる。
先輩も何かアドバイスが欲しいのだろう。
『七味は単純に地力を上げるべきだ。あやめの魔剣と違い、君の魔杖は純粋に所有者の魔術――スキルの威力を底上げする。故に所有者が強くなればなるほど、魔杖の効果も高まる』
「は、はいっ」
ボルさんの説明に、先輩は頷く。
『ナイトメア、彼女のレベル上げに付き合ってやれ』
「ミャァー」
ボルさんの足元に控えていたナイトメアさんが、先輩の方にてちてち向かう。
可愛いけど、これでも先輩よりもずっと強いんだよね。
『この周辺のモンスターと戦って来るといい。何かあれば、ナイトメアがすぐに知らせる』
「あ、あの一緒に居てくれないんですか?」
『私はあやめの方を教えなければならん。それに周囲にはそれほど危険なモンスターの気配はない。君でも問題なく倒せる』
「で、でも……」
先輩はちらちらと私の方を見てくる。
やっぱり心細いのだろう。
「大丈夫ですよ。それに先輩は『不倶戴天』のスキルも持ってますしモンスター相手でも十分戦えます。何かあれば、すぐに駆けつけますから」
「ぜ、絶対だよ?」
「勿論です」
私は即答する。
先輩を助けに行かないんてそんなのあり得ないよ。
「相手があのミミズとかでもだよ?」
「…………勿論です」
……まあ、でも実際時と場合によるし。
それに何でもかんでも手を貸したら先輩の成長の妨げになっちゃうかもだし。
「今迷ったよね!?」
「迷ってないです、頑張ってください、応援してます」
「凄く心がこもってないよー」
そんな感じに説得して、ようやく先輩は動いてくれた。
レベル上げ頑張って下さい。
ぶっちゃけ先輩のレベルが上がって『不倶戴天』のスキルも上れば、相当な戦力になる。
なんとか先輩には頑張ってほしい。
『さて、では説明を再開しよう』
「はいっ」
『魔剣に眠っている盾の出し方だが――』
「はい……」
『……』
「…………ボルさん?」
どうしたんだろうか?
ボルさんはどこか申し訳なさそうな表情――いや、骸骨だから表情は無いんだけど、眼窩の炎がどこか申し訳なさそうに揺らいだ気がした――を浮かべて、
『……すまんが、分からん』
「えっ!?」
『いや、本当にすまん。偉そうに講釈を垂れていて申し訳ないが、これに関しては私にもわからんのだ』
「ええー……、ここまで説明しておいてそれはないですよ、ボルさん」
『返す言葉も無い。アガは最初から当たり前の様に盾を使っていたからな。剣と盾が揃って初めて機能するというのも奴から聞いた話なのだ』
アガさん、どんだけ規格外だったのさ……。
『だが、あやめよ。君には分からなくても、知る事が出来るスキルがあるだろう? それで調べることが出来るのではないか?』
「あ、確かにそうですね。やってみます」
まあ、確かに分からない事は検索さんに聞けば何とかなるか。
という事で検索さん、教えてくれますか?
≪――現在、魔剣ソウルイーターの拡張機能は停止しています≫
≪拡張機能を解放する為の条件を満たして下さい≫
条件……?
何をすればいいんですか?
もしかしたらまた無理難題が出るかも……。
私は緊張しながら、検索さんの言葉を待った。
≪解放条件≫
≪魔剣ソウルイーターへの魂の捕食 達成率99.8%≫
魂の捕食……?
そう言えば、前に検索さんがこの剣、敵を殺せば殺す程切れ味が増すとか言ってた。
達成率99.8%ってことはあと何体くらいモンスターを倒せばいいんですか?
まさか二千体くらい……?
≪あと二体です≫
あ、割とすぐ出来そう。
てことは1%で十体、100%だと千体か。
最初に検索さんが内蔵されてた魂は九百九十二体って言ってたっけ?
その後、折れた刀身を修理するのに大分魂を消費して、今またスライムを大量に倒して補充されたって感じかな。
『魔物殺し』のスキルを手に入れるためのスライム狩りだったけど、それが良い方向に繋がったようだ。
「ボルさん、意外と簡単に盾出せそうです」
『そ、そうなのか? それは良かった』
モンスターの種類は何でもいいみたいだし、とりあえず適当に二体狩れば盾を出せるようになる。
うーん、今更だけどこの数日でモンスターを倒す事への忌避感が全然なくなってきたなぁ……。
自分の変化にちょっとびっくりだよ。
「じゃあ、とりあえず先輩の所に行って一緒に――」
モンスターを倒しましょう、と。
そう言いかけた――次の瞬間だった。
「――――ォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!」
叫びが、木霊した。
遠く離れた場所からでもはっきりと聞こえる程の咆哮。
ビリビリと大気が、手足が震える。
「い、今の叫びって……」
ボルさんの方を見る。
『――』
ボルさんは答えなかった。
ただ静かに叫び声のした方向を向いていた。
『――ベヒモス』
ややあって、ボルさんがそう呟く。
「そんな……」
まだ時間があると思っていた。
やれることはある、強くなる時間は残されていると。
でもそれは間違いだった。
私たちの予想より遥かに早くベヒモスは復活した。
(嘘でしょ……まだ戦いの準備なんて殆ど出来てないのに――)
だがもう遅い。
最悪のモンスターとの戦いは、最悪のタイミングで訪れたのだった。




