38.システムの恩恵は全てに平等に与えられる
さて、レッド・スライムで楽々レベルアップ作戦はとん挫してしまったので、次のモンスターを探す。
「そう言えば、検索さんによれば、私達の周辺って結構色んなモンスターが居るらしいんですよね」
『ほう……』
私の説明にボルさんは興味深そうな声を上げる。
「他の町だとゴブリンとか、レッサー・ウルフとか割と数の多いモンスターが殆どで、マイコニドとかワイズマンワームとか、そんなにいろいろな種類のモンスターは居ないらしんですよ」
ベレさんたちの異世界に居たモンスターたちがこの世界でどういう分布になってるのか、流石に検索さんでも分からなかったけど、どうにもこの周辺はモンスターの種類が豊富らしい。
正直嬉しくないけど、そのおかげで色んなスキルが取得出来るのも事実だ。
『まあ、我々の居た世界でもゴブリンやウルフ、オークは数の多いモンスターだったからな。繁殖力も高く、環境適応も優れていたので、大抵どの地域にもこれらのモンスターは居たぞ』
「繁殖力で言ったら虫とかのモンスターの方が高そうですけど……」
『確かにな。だが、繁殖力が強いと言う事は、それだけ個体としての強さは低いといっているようなものだ。無論、成体になればある程度、外敵にも対応できるだろうが、そもそも繁殖力に優れた種は成体まで成長できる個体が少ない。その前に他のモンスターに狩られるのが殆どだ』
「その辺はモンスターも普通の自然界と一緒なんだねぇ……」
「ですね……」
先輩の言葉に私も頷く。
モンスター同士の生存競争も確かに過酷なのかもしれない。
『だがどの種族にも例外はいるものだ。特に繁殖力の優れた種族は、それだけ特殊な個体が生まれる確率も高くなる』
「特殊な個体……」
それってあのレッド・スライムとか、そういうのだろうか?
でもあれはどっちかと言えば、強いと言うよりゲームに出てくるボーナスキャラみたいな感じがしたけど……。
『そうだ。通常種にはあり得ぬ強さや、特殊なスキルを持つ特殊個体。えてしてそう言う個体はネームドになりやすい』
「ネームド……」
検索さんによれば、文字通り名前を持つ特殊なモンスターの事。
名前を持つモンスターは通常の個体よりも、遥かに強くなるらしい。
そう言えば、あの倒された方のベヒモスもネームドだったんだっけ?
名前は確か……エアーデ、だっけ?
「あれ? てことは、ボルさんたちもネームドって事ですか?」
『……いや、違う。我々はあくまで自分達でそう名乗っているだけだ。本来の意味でのネームドではないのだよ』
そういうケースもあるのか。
「ん? ということはハルさんも……?」
『ああ。ハルは元々名前を持ったまま『猫又』という種族に進化しただけだ。我々と同じあくまで自分でそう名乗っているだけだな』
「そうなんですね」
『もし自在にモンスターに名を与えられる存在が居るとすれば、それは神かもしくは君の言うカオス・フロンティア――そのシステムに介入できる者だけであろうな』
システムに介入か……。
そう言うスキルもあるのかな?
検索さん、分かります?
≪……システムに関する質問は検索対象外です≫
えー、なんだ。てっきり教えてくれると思ったのに。
≪――ザザ……ザザザザ≫
ん? 今なんか、ノイズ音みたいなのが聞こえたような……?
気のせいかな?
『そう言えば、オーク族の特殊個体にも中々面白い奴が居たぞ。赤銅色の肌を持つ巨体でな。桁外れの膂力を誇り、我々のリーダーであるアガですら、一対一では勝てん相手だった』
アガさんって、この魔剣の持ち主だった骸骨騎士さんだよね?
単独でベヒモスを倒せる力を持ってるのに、それが勝てないってどんな化物だよ。
『まあ、その分オーク種の弱点も色濃く受け継いでいたがな。雨のせいで勝負はつかんかった。文字通り水入りだな』
「なんで雨のせいで……?」
『オーク種は水に弱いのだよ。全身が濡れればそれだけで強さが半減する。『水呪』と呼ばれるオーク固有のスキルだ』
「……」
水に濡れるとステータスが半減するスキル……そういうのもあるのか。
スキルって本当にいろんな種類があるのね……。
「あ」
「ん? どうしたんですか、先輩」
ぴこんっと先輩の頭上で電球が光るイメージが見えた。
「ねぇあやめちゃん、それならあのベヒモスのスキルをその『水呪』ってのに変えちゃえばいいんじゃない?」
「あ、先輩、それ良い考えですね」
先輩のアイディアに私も賛同する。
この辺は河原や水辺も多いし、そこに誘い込んでからハルさんの『変換』でベヒモスのスキル――例えばあの強力な固有スキル『巨獣礼賛』なんかを『水呪』に変えてしまえば、かなり有利に戦えるんじゃないだろか。
『ほう、それはよいアイディアだな。戦術としては悪くない』
『けっ……いいじゃねぇか』
ボルさんやベレさんも賛成のようだ。
というか、ベレさんなんで舌打ちしたんです?
「よし、じゃあその作戦でいきましょう」
『――いや、それだけでは足りん』
「え……?」
良いって言ってくれたくせに、ボルさんから待ったがかかる。
『万が一、ベヒモスに勘付かれる可能性もある。我々と奴との戦いを思い出せ。たった一つの切り札だけで渡り合える相手だと思うか?』
「……」
『戦術は常に複数用意しておくべきだ。たった一つの切り札に頼る作戦では、その一つを崩された時点で負けが確定する。切り札を活かすための小太刀は言わずもがな、第二、第三の切り札を用意しておかねば、我らの二の舞だぞ?』
「はい……」
確かにそうだ。
ボルさんたちはベヒモスとの戦いの際に様々な戦術を用意していた。
スケルトンの軍勢による置き土産や、ダメージの肩代わり、互いをカバーし合うような戦術、それらを駆使してもあの化け物はその上を行った。
ボルさんたちにはそれが痛い程理解しているのだろう。
私達に同じ失敗をしてほしくない、何としてもあの化け物を倒したいと言う思いが嫌という程伝わってきた。
『戦法自体は悪くないのだ。我々も存分に知恵を貸そう。時間は待ってはくれないのだからな』
「はいっ」
その後、私達はモンスターを倒してレベルを上げながら、対ベヒモスに向けた作戦を練るのだった。
ちなみにこの日の戦闘で、私はLV16に、先輩はLV10に、ハルさんが猫又LV5に上がった。
明日はボルさんにいよいよ魔剣ソウルイーターの使い方を教えてもらう予定だ。
ベヒモスが復活するまであと五日。
それまでに何とか準備を済ませないと。
――まだ時間はある。
この時の私達は、そう思っていた。
――痛い。
そのモンスターは苦しんでいた。
じくじくと肉体を蝕む黒い炎。
焼かれる痛みと共に、募らせる憎悪。
許せない。絶対に許せない。
――殺してやる。
あのスケルトンたち、そして――あの魔剣を持った人間を。
スケルトンたちは自分に傷を負わせた。
許せない。
あの魔剣を持った人間は自分の仲間を殺した。
絶対に許せない。
必ず食い殺してやる。
憎しみが、憎悪が、復讐心が。
どす黒い渦を巻いて、そのモンスターの中で膨れ上がる。
≪――を――……た≫
……何だろう?
今、何か変な声が聞こえた気がした。
今まで聞いたことがなかった奇妙な声。
誰も入ることが出来ない自分だけの空間に滑り込む異物。
≪――が一定に――ました≫
まただ。
また聞こえた。
いったいこの声は何だ?
≪――熟練度が一定に達しました≫
今度は更にはっきりと。
頭の中に声が響いた。
≪一定条件を満たしました≫
≪スキル『呪術耐性』を取得しました≫
その瞬間、肉体を蝕む黒い炎が急速に弱まってゆく。
「ゴゥ……?」
肉体の急激な変化に、そのモンスター――ベヒモスは歓喜する。
この声が何者かは知らぬが、自分にとって都合のいい存在であれば問題ない。
ガラスが砕けるような音が響く。
体を動かす。
問題ない。
この程度であれば、行動に支障はない。
「ゴゥゥ……!」
腹が減った。
喰いたい、喰いたい、喰いたい。
存分に喰らおう。
存分に殺そう。
さあ、復讐を始めよう。




