32.膨れ上がる想い
ベヒモスの復活までに戦力を集める。
そう意気込んでみたのは良いけど……。
「もう無理……どうせみんな死ぬんだ……」
「やだぁ……帰りたい……おうち帰りたいよぉぉ……」
「自衛隊は何をやってるんだよ! 俺たちを早く助けてくれよおおおおお!」
「あは…あはははは! あははっはははははっははは!」
ベヒモスの残した爪痕は、想像以上に人々の心を抉っていた。
異常な日常、命の危機、親しい人の死。
たった一日。
でも人の心を壊すには十分過ぎる時間だった。
『けっ、脆いもんだな、人間はよ……。たかが一回や二回死にかけたくれえですぐ壊れやがる』
『止めろ、ベレ。彼らは我々とは生きてきた環境が違う。価値観が違えば、精神も変わる。むしろこの混乱の中で、気丈に立ち上がれるあやめや七味の方が異端なのだ』
……ボルさん、それ褒めてるんですか?
そもそもボルさんたちはアンデッドだから元から死んでるじゃないですか。
あ、あとボルさん、先輩の事ちゃんと名前で呼んであげるんですね。ありがとうございます。先輩の名前、八島七味です、はい。
『こん中で使えそーなのは、精々さっきの男とガキぐれーか。それでも今のままじゃ戦力どころか足手まといだがな』
『時間もない。もっと行動範囲を広めて戦力を集めたいが、余り時間を掛ければベヒモスの復活に間に合わない』
「ですよねぇ……」
先程の消防隊員――佐々木さんが言うには、現在のスキル持ちは佐々木さん、上田君を含めて十人ほど。
しかもその内八人はLV1、一番高い上田君でLV3。
ちなみに私はLV14、先輩がLV5、ハルさんが猫又LV2だ。
「ベヒモスと戦うのに、最低どれくらい戦力が必要なんですか?」
『……かなり甘く見積もって、LV15以上が三十人は欲しいな』
『加えて防御、回復役は必須だ。俺らの中じゃリィンがその役を受け持ってたが、アイツと同じ仕事がテメェらに勤まるとは思えねぇ。だから数でカバーしろ』
三十人ってかなりの数だ……。
それを四人……いや、一人減って三人でカバーし合ってたって事を考えると、ボルさんたちとの力の差を改めて思い知らされる。
『だが君にはそれをカバーできる大きな力がある。それを活用するしかないだろう』
ボルさんの言う大きな力。
「……『検索』」
『にわかには信じがたいが、全てのスキル、取得方法、周辺に生息するモンスター、その特性、力の差、全てを調べる事が出来るのであれば、それを活用しない手はない』
「そう、ですよね……」
『まあ、その為にはまずここに居る者達を立ち上がらせる必要があるわけだがな……』
「……そうですよね」
本当にスキルや職業の事を話しても信じて貰えるだろうか?
既にスキルを取得してる人たちなら問題ないが、まだモンスターを倒したことが無い人も大勢いる。
「……本当にボルさんたちの事は話さなくていいんですよね?」
『ああ。我々がベヒモスと戦い、弱らせた後、適当に逃げた事にでもしておけばいい。ただでさえ受け入れがたい状況なのだ。その上、我々が力を貸すと言っても信じて貰うのは難しいだろうし、下手をすればあやめや七味の身に危険が及ぶだけだ。それは我々の望む事ではない』
「ありがとうございます……」
会ったばかりの私達の事まできちんと考えてくれるボルさん、本当に優しい。
声も性格もイケメンだし、アンデッドでなければ惚れてしまいそうです。
「九条さーん」
「あ、佐々木さん」
ボルさんたちと念話をしていると、佐々木さんが仲間を連れてやってきた。
ひい、ふう……あれ? 二人足りない?
「他の仲間も集まりました。先ほどの説明、彼らにももう一度してもらっても良いですか?」
「いいですが、他の方々は?」
「残りの二人は自衛隊の駐屯地へ向かってます。何事もなければ今日の夜には返ってくると思います」
「分かりました。それではみなさん、聞いて下さい――」
私は先ほど、佐々木さんに話したのと同じ説明を、他の消防隊員さんたちにも話した。
ベヒモスの事や、その場所、おおよその復活時期についても。
佐々木さんと同じく誰もが信じられないと言った表情を浮かべた。
「検索……。本当にスキルの効果や取り方が分かるのですか?」
「はい。確認が必要であれば、佐々木さんのスキルや職業の名前を教えて下さい。職業を選択した際の取得スキルやその効果を正確に言い当ててみます」
実際に私が言い当てると、彼らも信じてくれたようだ。
「す、すげぇ……」
「おい、これが本当なら今後の行動がかなり楽になるんじゃないか?」
「ああ、とんでもないスキルがあったもんだ」
「セルフウィキぺ持ちとかチートすぎるんですけど……」
「め、女神さま……ハァハァ……ちっぱい……ハァハァ」
「罵ってほしい……ふひ、ふぅー、靴を……靴を……」
みんな、縋る様な目で私を見つめてきた。
若干二名、おかしな眼差しで見つめている人も居たがスルーした。
ゴミを見るような目つきをしたら、逆に喜ばれたので今後は全力でスルーすることにしよう。あと私はこれでもCカップだ。小さくはない。
「それじゃあ、説明の通り、怪我人の手当て、救助、それと近くの河原でワームを倒してレベル上げだ。いいな」
「「「「「「はいっ!」」」」」」
佐々木さんたちはローテーションを組んで、レベル上げ、救助、休憩を行う事にした。
救助した人の中にも、モンスターと戦う覚悟がある人が居れば説得し、レベル上げに参加して貰う。
河原に居るレッサーキャタピラーは戦闘力が低い分、高い繁殖力を持つモンスターで雑魚狩りにはもってこいだ。
ついでにワイズマンワームも狩れるだろうし、彼らの中から『鑑定』が取得出来る人が出てくれば儲けものだ。
……私はもう二度と戦いたくないけど。
「……ちなみに佐々木さん、上田君の容態はどうですか?」
「難しいですね。兄を失ったショックが大きすぎる。体は元気でも、精神的にはまだまだ回復は見込めないでしょうね。病院も機能していない以上、現状我々にはどうする事も出来ません」
「そうですか……」
「それに彼はまだ子供です。無理強いをさせるつもりはありません」
「それは勿論です」
本音を言えば、一緒に戦って欲しかった。
戦力は多ければ多いほどいい。
でも、無理強いは出来ない。
家族とも離れ離れの状況で、兄を失ったショックは余りに大きいだろう。
(家族かぁ……)
私も、家族の事を思い出せば泣きそうになる。
お母さん、お父さん、妹の葵ちゃん、それに……、
「……カズト君……」
皆に会いたい。
膨れ上がるその想いを、私は必死に堪えるのだった。




