31.再び学校へ
『――力をつける事、そして仲間を集めろ』
ボルさんはそう言った。
私たちのレベル上げは必須。
加えて、私たち以外のスキル持ちを集める事。
ベヒモスと戦う上でこの二つは必須だ。
あの化け物――ベヒモスを放置すれば、どれだけ被害が出るか分からない。
でもやるしかないんだ。
『仲間を集める際には我々の事は極力話さない方がいい。我々のような会話が成り立つモンスターは稀だ。スキルで従わせた事にしてもいいが、君と我々の力量が違い過ぎる現状では、疑念を生みかねない。我々(モンスター)に対する嫌悪感は、そう簡単に拭い去れないだろうからな』
ボルさんは私以上に、自分たちの立ち位置を把握していた。
『我々の説明は、君が信頼できる仲間を集め、力をつけてからだ』
「分かった」
戦力になってくれそうな人たち。
思いつくのは――、
「……九条ちゃん、やっぱり学校に戻らない?」
「そう、ですよね……」
やっぱり人を集めるなら、一度学校へ戻るべきだろう。
もしかしたらまだ誰か残っているかもしれない。
でも正直に言えば、私はあそこに行きたくなかった。
あんなことがあった場所だ。
心のどこかで再びあそこへ戻ることを拒否していた。
「辛いのは分かるよ……。でも、やっぱり確認しておくべきだと思う」
「はい……」
『そこで何かあったのか?』
私はボルさんたちに学校でベヒモスによって引き起こされた悲劇を説明した。
『そうか……。すまないな、辛いことを思い出させた』
「いえ、大丈夫です……」
「みゃぁ……」
ハルさんを抱きしめていると、気持ちが落ち着いてきた。
「信じてもらえるかな?」
「昨日の人たちの誰かが生き残っていれば、大丈夫だと思います」
大池さんと共に行動していた消防隊の人たちやあの兄弟。
彼らが生き残っていれば、仲間になってくれるはずだ。
『では我らはナイトメアの影に潜り傷をいやす。ひとまずは頼んだぞ?』
「はい、ゆっくり休んでください」
ボルさんとベレさんはナイトメアの影に沈んでいった。
あれだけの激闘だったのだ。やはりかなり体力を消耗していたらしい。
「ミャー」
よろしくねー、とボルさんのナイトメアが肩に乗ってきた。
興味深そうにナイトメアを見つめるハルさん。
「みゃぁ?」
「ミャァー、ミャムゥー」
「……みゃん」
「ミャミャ、ミャァー」
……言葉は通じているのだろうか?
猫の姿になってるけど、モンスターなんだよね?
あ、それを言っちゃえばハルさんも猫又か。
もうすぐ日が暮れる。
私たちは急いで学校へと向かった。
何度かモンスターと戦闘になったが、無事に学校へとたどり着くことが出来た。
目の前に広がる惨状に私は目を覆いたくなった。
「ひどい……」
破壊され、瓦礫の山と化した校舎。
グラウンドはベヒモスの足跡と破壊跡で大きく抉れ、隣接する道路や建物も軒並み破壊されていた。
それは文字通り『災害』の爪痕であった。
(それでも……結構人が残ってる)
瓦礫となった校舎の傍には人の姿がまばらに確認できた。
誰もがこの世の終わりのような表情を浮かべている。
「お腹空いた……。お母さん、お腹空いたよー」
「誰か手伝ってくれないか? 瓦礫の下に俺の家族が――」
「うえぇえええん! もうやだああああああ!」
「死ぬんだ……ひひ、ひひひひひひ」
既に『壊れている』人もたくさんいた。
私と先輩はなんとか話が出来そうな人を探す。
すると、瓦礫の傍に見知った顔を見つけた。
向こうも私たちに気付いたらしい。
「……アンタ、昨日の。……生きてたんだな」
「上田君、だったよね……?」
「ああ……」
昨日、応接室で話し合いをしたスキル持ちの兄弟。
その弟――確か、上田俊君、だったはず。職業は『拳闘士』だったっけ?
上田君の目の下には大きなくまが出来、げっそりと痩せこけていた。
「上田君……お兄さんは?」
「兄貴……?」
上田君は一瞬、何を言われたのか分からないような表情を浮かべた。
ふと、私は彼が何かを握りしめている事に気付いた。
「……ぁ」
それは――人間の腕だった。
肘から上が消失した人間の腕を、彼は握りしめていた。
腕には腕時計が付けられており、私はソレに見覚えがあった。
「それ……」
「ああ、兄貴だよ。……俺庇って、死んじまった」
「――」
言葉が、出なかった。
何と声をかけていいか分からなかった。
ぼんやりと彼は兄だった人の腕を握りしめ、ボロボロと涙を流した。
「俺……全然役に立てなくて……あに、兄貴がさ……頑張って、みんなを逃がそうとして、ひっく……でも途中で、あい、アイツに潰され――あ……ああ、ああああああああああああああああああああああああああああああ!」
堰を切ったかのように、上田君は叫び声を上げた。
私と先輩はどうしていいか分からずオロオロしていると、消防隊の人がやってきた。
「アナタは昨日の……」
消防隊の人は私たちの姿を見て驚いた表情を浮かべた。
「無事だったんですね」
「はい、なんとか……」
「そうですか、良かった……。ちょっと失礼……上田君、悪く思わないでくれよ」
「あああああ――――ぁ……」
消防隊の人は、彼の額に手を当てる。
すると、上田君はふっと大人しくなり、意識を失った。
「今のって……?」
「私のスキルです。昨日、アナタがあの蛇の化け物を倒したとき、私たちもレベルが上がり、スキルを手に入れたんです」
「そうだったんですね……」
どうやらあの蛇を倒したときの経験値は、私だけでなくあの戦いに参加していた消防隊員たちにも入っていたようだ。
「他の方々も生き残ったんですか?」
「いえ、私を含めてほんの数名です。今はみんなで手分けして救助に当たっています」
自分たちだって傷だらけのボロボロなのになんて凄い人たちなんだろう。
少なくとも私なんかよりもずっと強い精神を持ってる。
『――こういう時こそ人の本質が見える。九条あやめよ、この人間は信用できると思うぞ?』
影の中からボルさんの思念が届く。
もう大丈夫なの?
というか、どうして影の中に居るのに外の様子が……?
『まだまだ回復はしていないが、気になるからな。ナイトメアの眼を借りている』
どうやらナイトメアを経由することで、影の中からでも外の様子は把握できるようだ。
信用できる、か。そうだね、私もそう思う。
「あの、すいません。ちょっとだけ時間を貰えませんか?」
「……? なんでしょうか?」
「はい、実は――」
私は消防隊の人に事情を話すことにした。
信じてもらえるか分からないけど、それでも話さないと先には進まないから。
話し終えた後、消防隊の人は顔から血の気が引いていた。
「で、ではあの化け物がまだこの近くに……?」
「はい、もし目覚めれば、また大量の人間を食べるはずです」
ベヒモスは『巨獣防壁』を解いた後は、弱った肉体を回復させるため、あらゆる生物を食らうとボルさんは言っていた。
「そんなの一体どうすれば……?」
「方法はあります」
「……?」
「私が教えます。モンスターの弱点やスキルの取得方法、効率的な経験値の稼ぎ方も全部」
そう、手探りではなく、『最短』を選ぶ方法が私にはあるのだから。
『検索』をフルに使い、私たちはこの六日間で強くなってみせる。




