30.残された時間
「あ、あやめちゃーんっ」
「みゃぁー!」
隠れていた先輩とハルさんが出てくる。
「大丈夫? 大丈夫なんだよね? 何か途中からずーっと一人で喋ってるから、私もう駄目かと思って……」
「大丈夫です、先輩、心配をおかけしてすいません」
あー、そっか。
骸骨騎士さんたちの思念は頭の中に直接届くから、先輩から見ると私がずっと一人で喋ってるように見えたのか。
「いざとなったら、私が盾になってどうにかあやめちゃんとハルちゃんだけでも逃がさなきゃって思って、良かったぁー、良かったよぉぉー」
「……ありがとうございます、先輩」
子供みたいに泣く先輩を抱きしめていると温かい気持ちになる。
本当に私は良い先輩に恵まれた。
「先輩、実はですね――」
私は先輩とハルさんにも骸骨騎士――ボルさんとベレさんの事を話した。
「――うぇっ⁉ ほ、ほんとだ! ホントに頭の中に声が響くよ! しかも声優さんみたいな凄く綺麗な声だよっ」
「みゃ、みゃぁーっ」
モンスターが喋る事や理性がある事に先輩は凄く驚いていた。
というか、ハルさんにはどういう風に聞こえているのだろうか?
≪念話は相手に自分の考えを直接伝えるスキルです。相手に届いた時点で、相手の理解出来る言語に自動的に翻訳されます≫
おっと、検索さんが補足してくれた。
なにそれ、凄く便利。
てことは、仮にハルさんが『念話』を覚えれば、ハルさんと会話もできるって事か。
あ、ちょっとそれ良いかも。
ハルさんとお話してみたい。
検索さん、ハルさんが『念話』を覚える方法ってありますか?
≪――現時点では個体名ハルの念話取得は不可能です≫
あ、無理なのか。
残念。
≪但し、進化を重ねれば適性が生まれ『念話』を取得することも可能になります≫
そうなんだ。
じゃあ、結局レベルを上げて強くなるしかないって事か。
「みゃぁ?」
「何でもないよ、ハルさん。これからも頑張ろうって事」
「みゃぁー!」
ハルさんは任せてとばかりに鳴き声を上げる。
とても可愛い。
「でもさ、これからどうするの?」
「どう、とは?」
「ボルさんとベレさんの事。私は……その怖いけど、あやめちゃんが決めたのなら、一緒に居ても問題ないけど、他の人達に見られるのはマズイでしょ?」
「あー……そうですよね」
確かにそれは問題だ。
『ふむ……確かにこの世界に我々の様な存在が居なかったのであれば、我らを連れてる君たちの存在はさぞ奇妙に映るだろうな……』
『けっ、なんで俺らがテメーらの眼なんぞ気にしなきゃいけねぇんだ』
『納得しろ、ベレ。郷に入れば郷に従えだ』
ボルさんは少し考えた後、
『――ナイトメア、出てこい』
するとボルさんの『影』が広がり、首のない馬が姿を現した。
全身が黒く、尻尾や蹄、鬣が青白い炎に覆われている姿は迫力満点だ。
これってここに来るまでに乗ってたヤツだよね?
どこに行ったのかと思ったら、そんなところに居たのか。
≪スキル『潜影』≫
≪影の中に潜る事が可能なスキルです≫
『影』に潜るなんて、凄いスキルだ。
凄いなぁ、色んな物とか入れられそう。
≪影の中にモノを収納するスキルは別のスキルになります≫
≪『潜影』はあくまでスキル保有者が影の中に潜る事しか出来ません≫
そうなんだ。
影を操るスキルも色んな種類があるんだね。
「ブルルルル」
『どう、どう。良い子だ』
ナイトメアと呼ばれた首のない馬は嬉しそうにボルさんに体をすり寄せる。
『この子は影に潜るスキルを持っている。これを使い、我々は普段は君たちの影に隠れよう』
「そんなこと出来るんですか?」
『出来るとも。但し、我々が影に入る間は、この子が外に出ることになるがね』
え、それって結局何も変わってないんじゃ?
だが、私の考えを読んだのか、ボルさんはふっと笑ったような仕草をした。
『大丈夫だ。見ているといい。――ナイトメア』
「ボルルルルルッ!」
ナイトメアは大きく嘶くと、その体を輝かせた。
数秒の後、光が収まるとそこには小さな子猫が居た。
え? これ、もしかしてさっきのナイトメアなの?
『ナイトメアは固有の姿を持たない霧のモンスターだ。生き物であればどんな姿になる事も可能なんだよ』
「ミャァー♪」
子猫に変化したナイトメアはてくてくとボルさんの体をよじ登り、肩の位置に収まる。
よく見れば、耳や尻尾の先が青白い炎に覆われていた。
「か、かわいぃー……」
先輩、既にナイトメア――いや、子猫メアにメロメロになっていた。
おずおずと手を伸ばすと、子猫メアはぺろぺろと先輩の指を舐める。
「はわぁ~……、可愛い。可愛いよぅ。私、この子飼いたいっ」
「駄目です」
『残念だが、この子は私の大事な相棒だ。理由もなく他人に譲り渡す事は出来ん』
「はぅ……」
ボルさん、そんな真面目に答えなくていいですから。
あと先輩もなんで本気で落ち込んでるんですか。
『おい、漫才はそこまでにしとけ、てめぇら』
ベレさんがツッコミを入れる。
その手には槍と、折れた杖が握られていた。
『おい、女。もう一回、魔剣を構えろ』
「え、あ、はい……」
ソウルイーターを構えると、ベレさんは折れた杖をコツンと当てる。
「あの、さっきもやってましたけど、これって……?」
『……俺ら流の弔い方だ。武器にはな、そいつの生き様が詰まってんだよ』
ベレさんは少し寂しそうにそう説明する。
「あの……この剣、良いんですか?」
『あ? 何がだよ?』
「いえ、だってこれ、アナタ達の仲間の使ってた……」
『だから、どうした? 今はてめぇが持ち主だろうが。アガが死んで弔った以上、とやかく言うつもりはねぇよ』
いや、でもアナタさっき武器にはその人の生き様――いや、骸骨だから生き様なのか分からないけど、詰まってるって言ってたじゃないですか。
そんなホイホイ他人が使ってもいいんですか?
『……ソウルイーターはただの武器じゃねぇ。てめぇはあのアガの後任としてその剣に認められた以上、俺が口を挟むつもりはねぇよ。ソイツはもうてめぇのもんだ』
「あ、はい……。ありがとうございます?」
『――但し、雑に扱ったら穿つ』
「も、勿論ですっ」
もう一回折ってるなんて絶対言わないでおこう。
殺されちゃう……。
『ともかく今後の方針だ。おい、ボルッ! リィンの『置き土産』はどのくらいもつんだ?』
『……おそらく三日ってところだろうな。その後、奴があの水晶の中で動けるまでに回復するのに更に三日ってところか……』
合計六日。
つまり、それまでに――
『それまでに我々は奴に対抗できるだけの戦力を整えなければいけない』
「はい……」
その間に逃げる事も出来るかもしれない。
でもそうしたら少なくともこの周辺の人々はベヒモスに食い荒らされる。
あの消防隊の大池さんのような犠牲者が生まれる事になる……。
あの光景を思い出し、私は身を震わせる。
あんなのは……嫌だ。もう見たくない。
だから私達はこれから六日間で死に物狂いで強くならなければいけない。
あの化け物を――ベヒモスを倒すために。
捕捉
ナイトメアは様々な生物に擬態できますが、物に擬態する事は出来ません。




