28.ベヒモスVS骸骨の軍勢
「ウォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンッッ!」
咆哮と共に、ベヒモスが穴から這い出る。
すると、骸骨騎士たちは愉快そうに骨を鳴らした。
「キハッ!」
最初に動いたのは槍を持った骸骨騎士だった。
手に持った魔槍ソウルイーターが禍々しいオーラを放つ。
(なにあれ……槍が大きくなってる)
見間違いじゃない。
骸骨騎士の握りしめた槍が、どんどん大きくなってゆく。
やがてその大きさは、電柱よりも遥かに長く、巨大なドリルのような形状になった。
それを軽々と構え、骸骨騎士は大地を蹴る。
「ゴァウ?」
「カカカッ!」
一瞬にして、骸骨騎士はベヒモスへと接近する。
巨大な槍が流星のように瞬き、ベヒモスの肉体へと突き刺さった!
「ゴゥ……ゴゥウウアアアアアアアアアアアアッ!?」
ブシュゥゥゥと穿たれた箇所から血の雨が降り注ぐ。
にわかには信じがたい光景だ。
あのベヒモスの硬い皮膚を軽々貫通するなんて。
開いた穴から向こう側の景色が見える。
「カカカカカカカカッ!」
次に動いたのは、杖を持った骸骨騎士だ。
目の前でぐるぐると杖を回すと、それに合わせて骸骨騎士の周囲に無数の炎柱が発生する。
それらは蛇のように互いに絡まり合い、一つの巨大な火球を形成する。
それは先程の獄炎球よりも更に巨大なものだった。
「カッカカカカッカ!」
周囲の景色を歪め、降り注いだ血も全て一瞬で蒸発させた大火球は、先ほど槍の骸骨騎士が攻撃した箇所へと放たれる。
(そうか、あの槍の攻撃は傷をつけるだけじゃなく、あの炎を内部へ届かせる為のものでもあったのか)
見事なコンビネーションだった。
骸骨騎士の放った炎は内側と外側、両方からベヒモスの体を焼き尽くす!
「グォ……オォォオオオオオオオオオオオッ!?」
ベヒモスが口から黒煙を吐く。
全身を焼かれる痛みに、体を悶絶させる。
(凄い……あの化け物に傷を負わせるなんて……)
私なんて最初の一撃で吹き飛ばされたのに……。
あの骸骨騎士たち、なんて強さなの。
「グゥゥ……ウゥゥゥオオオオオオオオオオッッ!」
だがそれで倒れるベヒモスではない。
体に槍で穴を開かれようと、そこから炎で焼かれようとも、その四本の足はしっかりと地面を踏みしめていた。
反撃だとばかりに、ベヒモスは巨大な爪と角で骸骨騎士たちを叩き潰そうとする。
「カカッ!」
だが槍の骸骨騎士はそれを真正面から受け止めた。
いつの間にか槍は元の大きさへと戻っている。
衝撃でアスファルトに亀裂が走るが、それでも骸骨騎士は潰れない。
「ゴゥォ……!?」
「カカカッ!」
これにはベヒモスも予想外だったらしい。
さらに力を込めて押しつぶそうとするが、骸骨騎士は潰れない。
それどころか、徐々にベヒモスの手を押し返そうとさえしている。
「――――アキャッ」
「――カカ……」
「ァ――……」
周囲に居たスケルトンたちが次々とガラスのように砕け始めた。
衝撃の余波でダメージを負ったのだろうか?
いや、でもなんか違う気がする……。
≪スキル『肩代わり』≫
≪アンデッド系上位種モンスターが好んで使うスキルです。自身のダメージをパーティーメンバーに肩代わりさせることが出来ます≫
検索さんが補足してくれる。
ダメージを肩代わりさせるスキル……、そうかそのおかげで骸骨騎士は無傷でベヒモスの攻撃に耐えれているわけか……。
でも代わりに周囲にいたスケルトンたちがどんどん砕けてゆく。
五十匹以上居たスケルトンが一気に三分の一近くも減った。
「ッ……!? ゴァアアアッ!」
だが再びベヒモスが悲鳴を上げる。
見れば、左目に矢が刺さっていた。
「カカカカッ!」
見ればいつの間に移動したのか、ビルの上に弓の骸骨騎士が佇んでいた。
更に弓の骸骨騎士は、三本の矢を同時に放つ。
その瞬間、ベヒモスの周囲にいた三体のスケルトンがその巨体に張り付いた。
「キャカッ」
「カ――」
「ァカ――……」
弓の骸骨騎士が放った矢は、張り付いた三体のスケルトンへと命中する。
(――外した? なんで?)
頭が砕かれたスケルトンたちは、あっさりと絶命する。
だがその瞬間、黒い霧のようなものが発生し、ベヒモスへと吸い込まれた。
「ゴァ……ゴフッ……!」
再び苦しみに悶えるベヒモス。
今度は何が起こったって言うの?
≪スキル『置き土産』≫
≪アンデッド系上位種モンスターが好んで使うスキルです。死後に発動し、指定した対象に呪い(デバフ)を付与します。LVや対象によって効果は異なりますが、凡そステータスの減少、スキルの一定時間の使用不可、毒や麻痺などが発生します≫
死んだ後に発動するスキル……。
じゃあ、あのスケルトンたちはそのスキルを発動させるためにわざと死んだってこと?
信じられない……。
スキルの効果や、そのために仲間を殺したことだけじゃない。
(あのスケルトンたち、矢が放たれた『瞬間』にベヒモスに張り付いた)
それはつまり、偶然ではなく『意図的』にスキルを発動させたという事。
あのスケルトンたちは死ぬために、ベヒモスへと張り付いたのだ。
その事実に私は戦慄した。
(やっぱりあのスケルトンたちは何かが違う……)
統率された軍隊のように、群れで行動するモンスター。
高い『知性』がなければ、そんなことは不可能だ。
「カカカッ!」
「ゴァウッ!」
動きの鈍ったベヒモスに槍の骸骨騎士が特攻を仕掛ける。
再び巨大化させた槍で、今度はベヒモスの胸を貫こうとする。
≪ベヒモスの急所――魔石は胸の中央に存在します≫
急所……それってつまり勝負に出たってこと?
確かにあの一撃が決まれば、骸骨騎士たちの勝ちだ。
――だが、
「グゥゥ……ゴガァアアアアアアッ!」
寸でのとこでベヒモスはこれを弾いた。
槍の軌道は逸れ、首筋部分を軽く穿つだけに終わる。
「キガッ!?」
そのままカウンターで振るった尾によって、骸骨騎士は吹き飛ばされ民家に激突した。
「グルルルルル……フゥーフゥー……」
ベヒモスは追撃を仕掛けなかった。
乱れた呼吸を整えるように、その場を動こうとしない。
「フゥー……フゥー……ォォオオオオ――オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!」
怒り狂ったようにベヒモスは叫ぶ。
すると驚くべきことが起こった。
先ほどまで骸骨騎士たちが与えた傷がみるみる塞がってゆくのだ。
それだけじゃない。
体が倍以上に膨れ上がり、その皮膚がビキビキと岩のように固まってゆく。
アレは……スキルなの?
≪巨獣礼賛≫
≪ベヒモスが持つ二つの種族スキルの内の一つです。一度限り肉体の傷を全快にし、『肥大化』『硬化』、『狂化』の三つのスキルを発動させます≫
≪スキル『肥大化』≫
≪肉体を脹れあがらせるスキル。体重も増加するが、運動能力は変わらない。大きさはLV依存≫
≪スキル『硬化』≫
≪肉体を硬質化させるスキル。硬度はLV依存≫
≪スキル『狂化』≫
≪理性と引き換えに全ステータスを上昇させる。失う理性、ステータスの上昇率はLV依存≫
とんでもないスキルだった。
おまけに種族固有のスキル……あの化け物も本気になったってことなのだろう。
「ゴカアアアアアアアアアアアアアッ!」
「――カカッ!?」
次にベヒモスが狙ったのは、杖を持った骸骨騎士だ。
咄嗟に杖を構えるが、弾丸のようなスピードで突貫するベヒモスの前にはあまりに遅すぎた。
「――カァ……ッ」
杖を持った骸骨騎士は吹き飛ばされ、体の半分が砕け散る。
その瞬間残ったスケルトンたちが全て砕け散った。
今のダメージを肩代わりしたのだろう。
それでもダメージの全てを相殺できなかったようだ。
「ゴルルルルル……」
「ッ……! カカカカカ!」
最後に残った弓の骸骨騎士は数十本の矢を同時に放つ。
それはまさしく矢の雨だった。
だが、それでもベヒモスの体には傷一つ付かない。
デバフを付与させるためのスケルトンも全滅した。
「グォォオオオオオオオオオッ!」
ベヒモスはそのまま弓の骸骨騎士の足場となっているビルへと突貫する。
爆弾でも爆発したかのように、ビルが散壊した。
「……冗談でしょ?」
骸骨騎士たちが圧倒的有利に進めていたと思っていた戦況は、たった数秒で覆された。
巨大な竜巻でも通ったかのような破壊の爪痕。
その中心で悠然とたたずむ巨獣――ベヒモス。
「化け物め……!」
あんなの……あんなの反則もいいところだ。
私はあんなのに勝つつもりでいたのか?
無理だ。どれだけレベルを上げても、アレはその埒外にいる存在だ。
そう確信してしまうほどの、圧倒的な力の差。
(ああ、こんなことなら早く逃げればよかった……)
でももう遅い。
もうじき日も沈む。
ベヒモスは本来夜行性のモンスター。
夜はあの化け物の独擅場だ。
今の私たちが逃げ切れるとは思えない。
(先輩……ハルさん……ごめんなさい)
私が後をつけようと言ったばっかりに、二人を巻き込んでしまった。
ああ、でもせめて、二人が逃げる時間くらいは稼がないと。
そう思い、二人を置いて前に出ようとした。
その瞬間だった――、
「カ、カカッ……」
瓦礫の中から、一体の骸骨騎士が姿を現す。
その手には、折れた杖が握られていた。
体も半壊し、立ち上がることすら難しいはずなのに。
その骸骨騎士はベヒモスを見つめていた。
「カカ……ハァ……」
少しだけ下を向き、ため息をするような仕草をした後、杖を持った骸骨騎士は駆けだした。
眼下の炎が一際激しく燃え上がる。
「カアアアアアアアアアアアッ!」
「ゴァァアアア!」
当然、ベヒモスはこれを迎え撃つ。
折れた杖から放たれた火球。
渾身の力を振り絞ったのだろう。
それは強化されたベヒモスの皮膚を僅かだが焦がした。
「――――」
だが、そこまでだった。
次の瞬間、ベヒモスの前足が骸骨騎士を叩き潰した。
パキンッと何かが砕ける音が響く。
「え……?」
私は一瞬、『その意味』が理解できなかった。
「笑った……?」
踏みつぶされる寸前、あの骸骨騎士は笑ったのだ。
カタカタと骨を鳴らし、ベヒモスをあざ笑うかのように。
その意味を、私は即座に理解した。
「……置き土産」
死後に発動する、アンデッドのスキル。
次の瞬間、ベヒモスの足元から黒い霧が発生した。
それは触手のように蠢き、ベヒモスの体を覆い尽くしてゆくではないか。
「グォ……グォオオオオオオオオオオオッ!」
ベヒモスは悲鳴を上げる。
見れば、黒い霧に触れた箇所が少しずつ爛れ腐ってゆく。
ベヒモスは必死に振り払おうとするが、黒い霧はどんどん増すばかりで一向に晴れそうにない。
あれがあの骸骨騎士の残した置き土産なのだろう。
文字通りの命がけの一撃は、ベヒモスの体を蝕んでゆく。
「カカ……」
「カカカ……」
すると、離れた場所から槍と弓を持った骸骨騎士たちが現れた。
ボロボロだが、まだ生きていたらしい。
「グ、グォォオオオオオオオオオッッ!」
これにはベヒモスも身の危険を感じたらしい。
二体の骸骨騎士から距離をとるように後ずさる。
だが逃げ切れるわけもない。
「カカカカカッ!」
再び槍を持った骸骨騎士が特攻を仕掛ける。
今度こそとどめを刺すつもりなのだろう。
巨大化した槍がベヒモスの胸を貫こうとする。
「グ、グォォォオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!」
だがその瞬間、ベヒモスの体が光り輝いた。
「ッ……!?」
ガキンッ! と、骸骨騎士の放った槍が何かに阻まれる。
それは透き通るような青い水晶だった。
ベヒモスを守るようにその全身を巨大な水晶が包み込んでいる。
「何あれ……?」
≪巨獣防壁≫
≪ベヒモスの持つ二つの種族スキルの内の一つ。外部からの攻撃を完全防御する水晶を発生させる。この水晶はあらゆる攻撃を防ぐ力があるが、その間、ベヒモスはその場を動くことも攻撃することも出来ない。また巨獣防壁は一度発動すると、再発動まで発動時間の倍のインターバルを必要とする≫
すぐに検索さんが補足する。
なんだそれ。あの化け物はそんなふざけたスキルまで持ってたのか。
「カッ……! カカッ! カカカカカッ!」
「カカ……」
弓の骸骨騎士の制止も聞かず、槍の骸骨騎士は何度も水晶を攻撃するがびくともしない。
一方でベヒモスは水晶内で黒い霧に蝕まれてはいるが、それでも命に別条はなさそうだ。
おそらくは骸骨騎士の残した『置き土産』の効果が切れるまで、あの水晶の中でやり過ごすつもりなのだろう。
本能のままに暴れまわるだけかと思いきや、存外に知恵が回る獣のようだ。
「……ガァッ!」
やがて壊すのは無理だと判断したのか、槍の骸骨騎士は攻撃をやめた。
(な、何はともあれ、これで逃げる時間が稼げる……)
早くここから離れよう。
今なら逃げることが出来る。
「カカ……」
ん?
今一瞬、あの弓の骸骨騎士、こっちの方を見なかったか?
き、気のせい……だよね?
だがそう思った次の瞬間、頭の中に電流のようなものが走った。
「ッ……! な、なに?」
「九条ちゃん、どうしたの?」
「いえ、今何か……?」
頭が痛い。
何かが無理やりつながったような不思議な感覚がする。
『――ルカ?』
何?
これ、声……?
『聞こえルカ? そこに隠レテいる人間たちヨ?』
え、なにこれ? 誰の声?
先輩とハルさんが心配そうに見つめる中、私は突如頭の中に響く謎の声に困惑する。
『聞こえているのだろう? 隠れてないで出てきてくれないか? 危害を加えるつもりはない。話がしたい』
まさかと思い、瓦礫の隅から骸骨騎士の様子を窺った。
すると弓を持っている方の骸骨騎士がひらひらとこちらを見つめながら、手を振ったではないか。
――まさかこの声、あの骸骨騎士の声なの?




