26.日常を蝕む違和感
その後、私たちは順調にモンスターを倒した。
マイコニド三体、ゴブリンが五体。それとスライムが四体。
「ふぅー、割と何とかなるもんだねぇー……」
「そうですね」
「みゃぁー」
ゴブリンとスライムは初めて戦うモンスターだったが、普通に倒すことが出来た。
(ゴブリンは完全にクレイジーエイプの下位互換だったなぁ……)
数は多かったものの、攻撃手段は素手や手に持った小さなナイフのみ。
私のソウルイーターの方が間合いは広いので近づく前に斬るか、先輩の火球が当たって終わりだった。
むしろ驚いたのはスライムの方だ。
斬撃無効、打撃も無効。おまけにハルさんの幻覚も一切効果がなかった。
唯一、先輩の使う火魔術だけが弱点だったから良かったものの、それがなかったら普通に勝てない相手だった。
(まあ、向こうからは何もしてこないし、相手にしなければいいのだけど……)
襲ってこないし、敵意も感じない。
ただぷるぷる震えているだけ。逆に倒したこっちが罪悪感が湧いたくらいだ。
次に見かけたら、スライムは放置でいいか。
(でも結構モンスター倒したのに、レベルは上がらなかったなぁ……)
先輩はLV5に、ハルさんはLV2に上がったが、私は上がらなかった。
LVが上がればその分、必要な経験値も多くなるようだ。
「それにしてもこの辺はモンスターも人もあんまし居ないねー」
「そう、ですね……」
この辺は住宅街の外れとはいえ、随分と閑散としていた。
人の気配も、モンスターの気配も少ない。
もっと騒ぎになっているかと思ったけど、それにしても静かすぎるような……。
「もしかしてモンスターもどこかに隠れてるのかな?」
「いや、先輩流石にそれは――」
……無い、とは言い切れないかも。
私たちがこの状況に混乱しているように、モンスターたちもこの状況に混乱して様子見をしているのかもしれない。
『知性』のあるモンスターならば、下手に人を襲わず、状況の把握を優先してもおかしくはない。
そんなモンスターが居れば、の話だけど……。
(それにしても人まで少なすぎるのはおかしくない……?)
モンスターが現れて昨日の今日だよ?
もっと混乱が起きててもおかしくないのに、どうしてこんなに静かなんだろう?
昨日のうちにモンスターに殺されまくったのならもっと死体が転がっているはずなのに、その痕跡すらないって流石におかしいような……?
(人知れず、人が消えてる……? はは、いくらなんでもそれはないか……)
モンスターが現れた代わりに、人々が消える。
一瞬、怖い想像をして背筋がざわついた。
「……ん?」
ふと、民家を突き破って生える巨木に目がいった。
相変わらずデカい木だ。
風に揺れて、木々がざわめくさまを見ていると、なんかそれほど気にすることでもないような気がしてきた。
「……先輩、とりあえず今は、自分たちの足元を固めましょう。些細なことを気にしてたら、行動に支障が出ますよ?」
「え、些細な事……かなぁ? うーん、まあ、それもそうだよね。うん。確かに、気にし過ぎかもしれないね」
「ええ」
「……みゃぁ?」
なんでそれが気になったのか分からないけど、とりあえず今はそれよりも力をつける方が先決だ。
≪……≫
一瞬、検索さんが何か言いたげな気配を感じた。
どうかしたのだろうか?
まあ、気にすることでもないか。
「それじゃあ、先輩、次は――ッ! 先輩、隠れてっ」
「ふぇ? んぶっ!?」
先輩の口をふさぎ、私は近くの民家の陰に身を潜めた。
「むー? むーむーっ」
「先輩、静かにしてください」
「ッ……」
私の様子が尋常でない事に気付いたのか、先輩はコクコクと頷くと大人しくなった。
(ヤバい……凄く嫌な感じがする……)
寒気が、冷や汗が止まらない。
何かが居る……。それもとんでもなく『危険な何か』が。
「……」
先輩とハルさんと体を寄せあい、息を殺して身を潜めていると、遠くから物音が聞こえてきた。
ガシャッ、ガシャッという金属がぶつかり合うような音。
ゴツゴツと地面を叩く大量の足音。
カタカタと何かが軋む音。
「キキキッ」
「カカッ、カカカカッ」
「キシッ、カカカカカ」
物陰から様子を伺うと、スケルトンが居た。
それも一体や二体ではない。
数えるのも馬鹿らしくなるほどの大量のスケルトンがイワシの群れのように道路を闊歩していた。
「キシッ、カカカッ!」
更にそれらを指揮するように一際大きなスケルトンが数体混じっている。
私のアパートの前であの黒い恐竜――ベヒモスと戦っていた骸骨騎士に似た姿だ。
やはりベヒモスだけでなく、あの骸骨騎士にも同種の個体が居たらしい。
骸骨騎士たちは、首のない馬に跨り、先頭を歩く。
それはまさしく死の軍勢と表現するにふさわしい様相だった。
(……あんなの無理だ。勝てるわけない)
雑魚のスケルトンなら私たちでも勝てるかもしれないが、あの骸骨騎士は別格だ。
今の私たちじゃ逆立ちしたって勝てない相手、それも複数体だなんてありえない。
スケルトンの軍勢は時折周囲を見回しながら、道路を闊歩する、
……何かを探している?
「先輩……しばらくの間、ここでじっとしていて下さい」
「え……、あやめちゃん……?」
先輩は、まさかという表情で私を見つめる。
私はコクリと頷き、
「私は……あのスケルトンたちの後をつけます」
「む、無茶だよっ。危険だって」
「危険なのは分かってます。けど……あれを放置したままにしておく方が危険です」
巨獣も危険だが、あのスケルトンの大群も危険だ。
せめてどこに向かうのかだけでも知っておきたい。
「大丈夫です。危なくなる前に逃げますから」
「みゃぁ」
するとハルさんが私の肩に飛び乗ってくる。
どうやら付いてくる気満々のようだ。
引きはがそうとしても離れないぞと、ハルさんはがっちりしがみついてくる。
「……ありがと、ハルさん」
「みゃぁー、にゃおん」
お礼を言うと、ハルさんは「当然のことだ」とばかりに、尻尾をぺしぺししてくる。
こういう時はほんと男前だなぁ。
「うー……だ、だったら私も行くよっ。私だけここでじっとしてるなんて出来ないもん」
「先輩……」
「で、でも危なくなったらすぐ逃げよ? ね?」
「勿論です」
安全第一。これ絶対です。
静かに、こっそりと、私たちはスケルトンの大軍の後をつけるのだった。




