22.心を殺せ
重い足取りで河原に向かう。
「あやめちゃん、本当に戦うの……?」
「……仕方ないです、先輩。今後の事を考えれば、『鑑定』スキルは必須。それを弱いモンスターを倒すだけで手に入るんですから、やらない手はないです」
「そう思うなら、私の後ろに隠れてないで出てきてほしいなぁー」
「……」
先輩が何か言っているが、聞こえなかった。
うん、先輩の背中はちっちゃいけど、凄く大きいなぁー。
「ねえ、あやめちゃんっ、絶対聞こえてるよね?」
「大丈夫です。先輩ならやれます」
「いやあやめちゃんの方がレベル10も上だよね!? てか、私まだモンスターと戦ってすらいないんだよ!?」
大丈夫。
先輩の職業は魔術師だ。
遠距離からの魔法攻撃で、虫が近づく前に撃退できる。
「先輩は火属性を選んだんですよね? ほら、遠くからこう、ぱぁーっとやっちゃって下さいよ」
「た、確かに虫には火が有効そうだけどさぁー。こういう時だけ、調子よく言わないでよぉ……」
「みゃぁー?」
虫が嫌いな私と先輩と違って、ハルさんはのんびりマイペースだ。
ぬぅー、こういう時はハルさんが羨ましいよ。
「さて、そろそろですね」
「うん……」
そうこうしている間に、河原に到着だ。
この辺はあのデカい木も生えていないので、比較的元の風景のままだ。
先輩はふんっと鼻を鳴らすと、両手でほっぺをぱんっと叩く。
「うぅー、ここまで来たら覚悟決めたぁー! 私頑張るもん!」
「その意気です、先輩。……あ、ちなみにワイズマンワームは体の表面から繊維質を溶かす白いドロドロした液体を出すみたいなので気を付けてください」
「なんでこの土壇場でその情報言ったのっ!? 先に言ってよっ!?」
だって言ったら絶対先輩が躊躇すると思ったんだもん。
大丈夫、先輩。頑張れ、先輩。
先輩ならきっと勝てる。
服を溶かされて白濁塗れになるとか、絶対にない! …………と思う、多分。
「ぴぎゃー」
あ、そうこうしてるうちに茂みからレッサー・キャタピラーが現れた。
相変わらずうねうねと気持ち悪い外見だ。
更に二匹、三匹とレッサー・キャタピラーはその数を増やす。
「うぅー気持ち悪いっ、気持ち悪いいいい! こっち来ないでーーー! 火球ッ!」
先輩の手の平から野球ボールサイズの火の玉が発射される!
凄い、これが魔術……!
「ぴぎゃー」
「ぴぅー」「ぴぃぃー」
轟々と燃え盛る火球は見事、レッサー・キャタピラーたちに命中し燃やし尽くした!
≪経験値を獲得しました≫
ん? 経験値のアナウンス?
私、なんにもしてないけど?
≪パーティーメンバーとして参加した戦いでは経験値は各メンバーに等分に分配されます≫
あ、検索さんが答えてくれた。
成程、パーティーで戦えば、経験値は共有されるのか。
わぁーい、やったー。先輩のおかげでただで経験値ゲットだー。
やったね、ハルさん、経験値が増えるよ。
「みゃぁー♪」
「うぅ~~~……」
ハルさんと一緒に喜んでいると、先輩の恨みがましい視線が飛んできた。
はい、すいません。調子に乗りました。
「っって、先輩! 後ろ、後ろ!」
「えっ――きゃああああああああああああっ!?」
仲間がやられて驚いたのか、茂みから大量のレッサー・キャタピラーたちが姿を現した。
更に、その後ろの地面がうぞうぞと蠢いている。
そして次の瞬間、一際巨大なミミズが姿を現した。
「キッシャアアアアアアアアアアアアッッ!」
で、出た……! で、デカい……。
間違いない、コイツがワイズマンワームだ。
うげぇー、なんて気持ち悪い。
しかも検索さんの言う通り、表面から白いテラテラした液体が滴っている。
「せ、先輩! 火球! 火球!早く!」
「い、イエッサー!」
何か変な掛け声とともに、先輩は火球をワイズマンワームとレッサー・キャタピラーの群れに放つ。
「ぴぎゃあー!」
「ィィィ……」
「ピョビァァァぁぁぁ……」
断末魔の叫びをあげて次々にレッサー・キャタピラーが燃えてゆく。
でもまだ大物が残っている。
「ビギャアアアアアアアッッ!」
「うあああああ! 火球――――ッ!」
ワイズマンワームに先輩の火球がヒットする。
苦しそうに悶えているが、まだ死んでいない。
そういえば、胴体にある白い部分を斬ればいいって検索さんが言ってたな……。
「先輩、あれですっ。あの白い部分を狙って下さい!」
「え、む、無理だよぉ。的が大きいから何とか当たるけど、狙って打つなんてまだ無理ぃぃー。ていうか、キモイ! こわいぃーーーーー!」
先輩も本当にもうギリギリのようだ。
くっ、駄目か……。
万事、休す……。せっかくここまで来たのに……!
≪……魔剣ソウルイーターによる攻撃を推奨します≫
うるさいよ、検索さんっ!
それってつまり私にあのミミズに近づけってことでしょ!
無理だって!
そもそもソウルイーターは折れちゃったじゃん!
≪魔剣ソウルイーターは蓄積された魂を消費することで自己修復を行います。修繕には時間を要しますが、既に万全の状態でクジョウアヤメの体内に収納されています≫
そうですか! ありがとう! でも嫌だ!
「うあぁぁあああ! あやめちゃん! あやめちゃーーん! あのミミズ、こっちに向かってきたああああ!」
「えっ? あっ……きゃああああああああ!」
「みゃぁ?」
「ピギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
ワイズマンワームは燃え盛る体を揺らしながら、私たちへと突撃してきた!
びちゃびちゃと白い液体が周囲に撒き散らされる。
うわぁー! キモい、キモい、キモいぃぃいいいいいい!
「―――」
その瞬間、プツンと、私の頭の中で何かが切れた。
「ピギャアアアア――――…………ァ?」
白い部分を両断されたワイズマンワームは、ボテッと地面に落ちて消滅した。
≪経験値を獲得しました≫
倒した。
もう完全に何も考えずにソウルイーターを振るった。
ああ、そうか。簡単なことだったんだ。
苦手意識を持つから駄目なんだ。
意識するな、認識するな、感情を持つな。
――心を殺せば、何も問題ないのだ。
びちゃっと白い粘液が顔に飛び散る。
私はそれを無表情でぬぐった。
「ふふ、ふふふふ……」
「あ、あやめちゃんが壊れた」
「みゃ、みゃぁー……」
壊れてませんよ、失礼ですね先輩。
ハルさんも震えないでよ。傷つくじゃない。
しかしワイズマンワームを倒したけど、『鑑定』は取得できなかった。
一定確率って言ってたし、数をこなさないとダメってことか。
「ピギャアアアアア!」
「ピギャアアアアアアアアア!」
「ピギョギギャアアアアア!」
お、仲間がやられて怒ったのか、更に大量のワイズマンワームが現れた。
願ったりかなったりじゃないか。
「ふふ……ふははははは! 獲物がこんなに! せんぱぁーい、スキル手に入れるまでがんばりましょうねー。あ、レベルも上がるし一石二鳥ですねぇーあははははは」
「怖いよ、あやめちゃんっ! 正気に戻って!」
「みゃぁっ、フシャーッ!」
私は正気です、はい。
その後、私と先輩はワイズマンワームを狩り続け、十五匹目を倒したところでようやく『鑑定』スキルを取得することが出来た。
レベルも13に上がった。いい感じに心が死んだ。
さて、休憩と鑑定の検証も兼ねてお昼にするか。
ここでの出来事は早く忘れるとしよう。
エロいシーンがあると思ったか?残念だったな!




