19.勝てない相手
私は八島先輩にスキルや職業の事を教えた。
それと私がそれを手に入れた経緯も。
先輩は最初、信じられないような顔をしていたが、それまでの出来事を思い出したのか、私のいう事を信じてくれた。
「スキル……職業……まるでゲームみたいだね」
「そうですね。私も最初はそう思いました」
「あやめちゃんはゲームとかするの?」
「……学生の頃に少しだけ。多分、私よりも妹の方が詳しいです」
あの子、昔からゲーム得意だったのよね。
F〇とかドラク〇とか、スマブ〇とか有名どころは一通りやってた気がする。
今思えば、もう少し一緒に遊んでおくべきだったかなぁ。
「ふーん、妹居たんだ」
「はい。今年で高校二年生になります。私と違って活発で凄く明るいいい子ですよ」
「そうなんだ……」
先輩は、はぁーっとため息をつく。
「私、あやめちゃんの教育係なのに、九条ちゃんの事全然知らなかったなぁ……」
「別に気にすることでもないと思いますけど……?」
「気にするよ。気になるもん」
そういうものですか。
先輩はすっと立ち上がると、私の方を真っ直ぐ見つめた。
「あやめちゃん、私にモンスターの倒し方を教えてください」
「先輩……ッ」
頭を下げる先輩に対し、私は――
「分かりました、一緒に強くなりましょう」
力を合わせて、強くなることを誓った。
服も乾いた。
そろそろ動くとしよう。
(とりあえずは、私たちでも倒せそうなモンスターの捜索だよね……)
モンスターと言ってもその強さはピンキリだ。
あの骸骨みたいに石を投げただけで倒せる奴もいれば、あの巨獣のような手も足も出ない化け物も居る。
倒せそうなモンスターを見つけて倒す。
倒せなさそうなモンスターとの戦闘は避ける。
当たり前だが、これを徹底しよう。
(そういえば、あの巨獣はどういうモンスターなんだろう?)
思念入力はオンにしている。
検索さん、教えてくれますか?
≪――検索に該当する思念を確認しました≫
≪モンスター『ベヒモス』について≫
≪飽くなき食欲を持つ獰猛なモンスター。生まれてから死ぬまで成長し続ける。レベルが高く、大きい個体ほど寿命も長くなる。額に生えた角はベヒモスにとっての強さの象徴であり誇り。夜行性で、昼間は地中に潜り、日が沈むと活動を開始する。嗅覚が鋭く、その爪と牙で大抵のモンスターは噛み砕くことが出来る≫
ベヒモスって言うのか、あのモンスター。
でもいいことを知った。
夜行性ってことは、少なくとも今はアイツに襲われる心配はない。
夜にどうするかは問題だけど……。
「あやめちゃん、さっきから黙ってどうしたの?」
「あ、すいません、先輩。ちょっと調べ物をしてました」
「例の『検索』ってやつ?」
「はい、あのモンスターについて調べてみたんですが――」
私はベヒモスの情報を先輩に伝える。
「めっちゃ便利だね、そのスキル」
「はい。私も最初にこれを手に入れられてよかったと思います」
検索さん、マジ便利です。
「うーん……」
「どうしたんですか、先輩?」
「ねえ、あやめちゃん、そのスキルであのモンスター……えっとベヒモスの弱点とか調べられないの?」
「あ、確かに。やってみます」
検索さーん、あのモンスターの弱点を教えてください。
≪検索に該当する思念を確認しました≫
≪ベヒモスの弱点について≫
≪――特になし≫
…………え? 無いの?
≪ベヒモスには弱点と呼べるものは特にありません≫
≪冒険者の間では会敵しないことが最適解であると言われています≫
マジですか……。
本格的にどうしようもない相手だった。
「ど、どうだったの? 何かわかった?」
キラキラと期待の眼差しを向ける先輩の瞳が、とてもキツかった。
弱点がないことを伝えると、先輩はめちゃくちゃがっかりした表情を浮かべた。
……すいません。
「ともかくレベル上げをしましょう。一体でもモンスターを倒せばレベルが上がるんですし」
「そ、そうだよね。うん、頑張るよ、私」
頑張るぞいとポーズをする先輩、ちっちゃ可愛い。
とりあえず先輩でも倒せそうなモンスターって言うとやっぱスケルトンだよね。
あれって昼間は活動してるのかな?
幽霊とかお化けみたいに夜にしか出ないモンスターとかじゃないよね?
≪スケルトンは昼夜問わず活動が可能です≫
≪ただし、夜または墓地で行動する場合、20%ステータスが上昇します≫
へぇー、環境で強さが変わるモンスターなんだ。
夜だと強くなるのか……。でも強くなっても石一発で死んだよね?
じゃあ、やっぱり昼間の今ならもっと弱くなってるってことだ。
「先輩、とりあえずスケルトンってモンスターを探しに――ッ! 先輩! 足元!」
「へ……? いやあああああああああっ!」
私に言われて先輩は足元を見て悲鳴を上げる。
そこには手のひらサイズの大きな芋虫が居た。
うねうねと動くさまは物凄く気持ち悪い。
ゾゾゾゾゾと鳥肌が立つ。
「いや、来ないで! あっち行ってよーー!」
「先輩! こっち来ないでください! 近づかないで!」
「あやめちゃーん! 取って! これ取ってよーーー!」
「無理! 無理! 無理! 無理です、先輩!」
出来ない。無理です。
私、虫だけは大の苦手なんです。
来ないで、こっち来ないで!
先輩は好きだけど、今の先輩はダメ!
「みゃぁ?」
のんきに声を上げるハルさん。
虫が平気なハルさんが羨ましい。
「いやー! 上ってきた! 上ってきたよこの子――! いやああああ!」
先輩は靴に付いた芋虫を必死に払おうとする。
すると靴がスポンと脱げて、巨大芋虫と共に飛んでいく。
「――ピギャッ」
綺麗に弧を描いて落下した巨大芋虫はそのまま地面に叩き付けられて動かなくなった。
「え……し、死んだ?」
すると、芋虫の死体が消え、小さな石が残される。
ま、まさかモンスターだったの?
≪レッサー・キャタピラー≫
≪人の手のひらほどの大きさの虫型のモンスター。草食で大人しく、人に危害を加えることはないが、畑の作物を食い荒らす為、人々の間では害虫とされている。非常に打たれ弱く、簡単に討伐できる≫
「あ、あれ……? 今なんか変なアナウンスが聞こえたんだけど……?」
「……」
思わずポカーンとなってしまった。
どうやら意図せずして先輩はモンスターの討伐に成功したらしい。
「よ、良かった! やりましたよ、先輩! これで先輩もスキルを獲得できます!」
「ほ、本当? やったーーー……ぁ?」
「あれ? どうしたんですか先輩? そんなに離れて?」
てっきりすごく喜ぶと思ったのに、何故か先輩は青い顔をして私から距離をとる。
どうしたんだろうか?
≪――追記≫
ん?
≪レッサー・キャタピラーは非常に弱いモンスターであるが、その分繁殖力に優れています。そのため、一匹見つければ、十匹は居ると言われています≫
何そのGみたいな説明。
そんなの今は関係な――え? ちょっと待って。お前、今なんて言った?
≪レッサー・キャタピラーは非常に弱いモンスターであるが、その分繁殖力に優れています。そのため、一匹見つければ、十匹は居ると言われています≫
思わず二度聞きしてしまう。
律儀に答えてくれる検索さん。
「…………」
ギギギ、と首だけ動かして私は自分の足元を見る。
「……………ぁ」
もぞもぞと大量の芋虫が蠢いていた。
うわぁー、いっぱいいるー。
こんなにたくさん、一体どこに隠れてたのかなぁ?
…………。
……。
「「――いやあぁぁああああああああああああああああああああああっ!!」」
「みゃぁー?」
私と先輩は悲鳴を上げて一目散にその場を離れた。
すいません、いくら弱くて討伐が簡単でも虫は無理です。