16.急変
通された場所は応接室だった。
校内はどこも人がごった返しているが、ここは誰も入れないようにしていたらしい。
「まあ、こういう時に話をするために必要かなと思いまして」
「……あの先生とか当直の人は?」
「とっくに逃げました」
「あー……」
消防隊員が駆けつけた時には、既に大勢の人が居たらしいが、指揮を執る人とかは誰もいなかったようだ。
職員室や当直室には誰かが居た形跡はあったから、おそらく逃げたのだろうと。
ただ近くにある中学校や高校の方は、先生方も協力してくれているらしい。
こっちは様子を見に行った隊員たちが確認したそうだ。
「職員室や当直室はあの例の大きな木が部屋を突き破って生えていましたし、驚いて逃げたのでしょう。仕方のない事です」
確かに、急にあんなのが地面から生えてきたら誰だって驚くよね。
校舎のあっちこっちにも生えてるし、建物が崩れないか心配だ。
「それで、早速で悪いのですが、教えていただけませんか。君の――いや、君たちの使っていた力は一体どういうものなんですか? そっちの少年が最初スキルだなんだと言ってた時は、世迷言かとも思ったのですが……」
消防隊の人は、私の隣に座る少年と青年に申し訳なさそうな視線を送る。
あー、消防隊の人たちも信じてなかったのか。体育館でも揉めてたしね。
「だから嘘じゃねーって言ったじゃんか!」
「俊!」
「……言ったじゃないですか、です」
「すまなかったね。この通り、謝らせてくれ」
「いえ、構いませんよ。信じていただけたなら別に問題ないですから」
頭を下げる消防さんに、青年の方が対応する。
「それにモンスターを倒したのはそちらの女性です。結局、偉そうなことを言っておいて、俺たちもあまり役には立てなかったんですから」
てことは、この二人自発的にあの戦いに参加してたのか。
凄いなぁ。自分からモンスターと戦うなんて、私よりもよっぽど勇気があるよ。
「えーっと、お二人もモンスターを倒したんですか?」
「ああ、はい。俺とコイツはここへ来る途中で、ゴブリン――緑色の小鬼みたいなモンスターに出くわしたんですが、二人で何とか倒したんです。その時に経験値を獲得しましたってアナウンスが頭の中に流れて……」
「あ、それ私も同じです。それでなんか『ステータスオープン』って言葉が頭に浮かんで、それを口にしたら、変な透明なパネルみたいなのが出てきて」
「俺たちも全く同じです。それでスキルとか職業とか、コイツ――弟の方がゲームに詳しかったんで、いろいろ試してみたら、職業とスキルを獲得したんです」
「おうっ」
弟君の方がドヤ顔をする。
確かにゲーム得意だとああいうのってすぐ理解できそうだものね。
兄弟仲もよさそうだし、羨ましいなぁ……。
「……ちなみにお二人はどんな職業を選んだんですか?」
「俺は『冒険者』で、弟が『拳闘士』です。俺は止めた方がいいって言ったですが、コイツは聞かなくて……」
「だって『拳闘士』ってなんか強そーじゃんか。実際、兄貴よりも俺のがステータス高くなったし」
「素手で戦う分にはな。お前、武器とか持てなくなったじゃないか」
「うっ……いや、でも荷物とか持つ分には問題ねーし……」
ダメもとで聞いてみたが、二人はあっさり教えてくれた。
へぇー、冒険者と拳闘士かぁー。
冒険者の方は確か私の選択欄にも在ったなぁ。
お兄さんの方はかなり真面目そうな感じだし、無難そうなのを選んだのだろう。
弟さんはヤンチャっぽいし、拳闘士って確かに合ってそう。
(一応、どんな職業なのか調べてみるかな)
おーい、検索さーん、教えてくれませんかー。
……………………。
返事がない。
あれ? 検索さんやーい、聞こえてますか?
まさかのストライキ?
……いや、違った。そういえば思念入力オフにしてたんだった。
もう一回、オンにしておこう。
えーっと、ステータスを開いて、思念入力をオンにして、と。
これでよし。
すると、青年の方の視線がこちらを向いていた。
「その動き……やっぱり、アナタもスキルを持ってるんですね」
あ、しまった。
つい、普通にステータスをいじる動きをしてしまった。
「えっと……はい。そうです」
まあ、これは隠すことでもないし頷く。
すると青年さんはにこっと笑って、
「そういえば自己紹介がまだでしたね。俺は上田と言います。上田敏夫。こっちは弟の俊です」
「よろしくっ!」
「あ、これはどうもご丁寧に。私は九条あやめと言います。よろしくお願いします」
頭を下げる二人につられて、私も頭を下げる。
「私は中央消防署の大池と申します。皆さん、どうぞよろしくお願いします」
最後に消防隊の人が挨拶をする。
上田兄弟に、大池さんね。うん、私覚えた。
「それで、九条さんの使っていたあのスキルは一体どんなスキルなんですか? それとあの剣は?」
「そうそう! あのすっげー剣ってどうやって手に入れたんだよっ……ですか?」
兄ににらまれ、口調をただす弟君。
うん、上下関係がしっかりしてるね。
「えーっと、まず私の選んだ職業は『聖騎士』という職業でして、あの剣は――」
……なんて説明すればいいんだろう?
落ちてたのを拾いましたって素直に説明しても信じてもらえるだろうか?
どうしたものかと悩んでいると、
「みゃー!!」
不意にハルさんの声が聞こえた。
「うぉっ!?」
「なんだ、この猫? どっから入ってきたんだ?」
「……ハルさん? どうしてここに? す、すいません、その子、ウチの猫です」
ハルさんは私を見つけると、膝にぴょんと乗っかってきた。
そのままぺしぺしと前足で私の胸をたたく。
「みゃぁー、みゃあみゃぁー」
「ハルさん、どうしたの? そんなに慌てて? ちょ、叩いちゃだめだって」
ぐっすり寝てたと思ったのに、随分アクティブじゃないですか。
そんなに胸叩いちゃ駄目だよ。
「……兄貴、あの猫超羨ましい」
「この馬鹿っ」
「痛っ」
何やら弟君がまた叩かれてる。
一方で、大池さんはドアの方を見て不思議そうに首をかしげていた。
「鍵は閉めてたはずだが……?」
扉の方を見れば確かにしまっていた。
開く音もしなかったし、どうやって入ってきたんだんだろう?
「みゃぁー」
ハルさんは次に私のポケットを叩く。
「……もしかしてこれが欲しいの?」
「みゃ」
私はポケットに入れた魔石を取り出すと、ハルさんは頷く。
この子、まさか私が魔石を手に入れたから、急いで起きてここへ来たってわけじゃないよね?
おいおい、なんて食いしん坊さんなんだろうか。
でも駄目です。上げません。
さっきは油断して食べられちゃったけど、こんな物騒なもの飼い主として上げるわけには――
「みゃあっ」
「あっ」
ハルさんは恐ろしく素早い動きで、私から魔石を奪い取ると、これまた凄まじい速さでボリボリと噛み砕き、飲み込んでしまった。
「あー、もうっ! 何やってるのよ、ハルさんっ! そんなの食べちゃ駄目だって言ってるじゃない」
「みゃーう、にゃぁー」
ハルさんは床に背中をこすりつけるような動きを何度かした後、ぴょんっと起き上がって私の方を見た。
な、なにさ……? 私はこれでも怒ってるんだよ?
「みゃぁー」
するとハルさんは扉の近くまで走ると、振り返って私の方を見る。
もしかして……ついて来いって言ってるの?
「えっと、ハルさん、ごめんね。私、この人たちとまだもう少しお話ししなきゃいけないの。だからちょっと大人しく――」
「みゃあーー! ふしゃぁーーっ!」
するとハルさんは猛烈に反発した。
ともすれば焦っていると思えるほどの必死さで。
「ど、どうしたのさ、ハルさん? ちょっと大人しく――」
なんとかハルさんを宥めようとした――次の瞬間だった。
ズンッ!!! と凄まじい音と共に、部屋が大きく揺れた。
「え……?」
何、今の揺れ?
大池さんたちも驚いたような表情を浮かべる。
すると再びズンッ!! と地面が揺れた。
「な、何だ……?」
「地震……?」
「いや、それにしては何か――」
おかしい。
地震なら、こんなおかしな揺れ方をするだろうか?
ズンッ! ズンッ! ズンッ! と断続的な揺れはさらに続く。
「みゃぁー! みゃあーーー!」
ハルさんの必死な声に合わせるかのように、その揺れは一定の間隔を刻んでいた。
そう、それはまるで巨大な『何か』の足音のような……。
私は背筋が凍りつくような寒気を覚えた。
「そ、外に出ましょう、すぐにっ」
「え、ええ!」
私たちは急いで外に出るのだった。




