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天翔けるは白銀の鷲 第三シリーズ  作者: 滝沢 あきら
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天翔けるは白銀の鷲 第三シリーズ

   第十章 信用される馬鹿もいる


 一日置いて次の日、「鷲の戦士団」の表敬訪問を受けた一同は、その後顔をつき合わせて作戦会議をはじめた。

 「一応、俺のことは『失われた同胞』として対応してくれるみたいだけどー」

 「彼らがどう動くかはまだ未知数よね」

 「『大神殿』の脇にある『ジャガーの戦士団』の詰め所…ここの」

 「祭司」は、地図でその場所を示した。

 「ここに集まる兵士の数が、夜毎に増えているんです」

 「『ジャガーの戦士』の配下か」

 「子飼いの兵ですね。命令には必ず従うと見ていいでしょう」

 「で、こっちの『鷲の戦士団』の詰め所にいる人たちは」

 「『王者』の親衛隊って意味合いが強い戦士団ですね。戦士の長が『ジャガーの戦士』なんでどうしても二の次にされてくすぶってはいますが…こちらに協力してくれるかどうかは、わかりません。働きかけても、中立ぐらいがせいぜいでしょう」

 「あとは『祭司』さんの人望次第ってことね」

 

 「鷲の戦士団」に話をしようとする「祭司」と共に宮殿を出たサイキたちは、その途中にある一際巨大なピラミッドに目を止めた。

 「これが、『大神殿』ね」

 一応「南に行ってくれ」と言われてからしばらくの間、楓は少し「このあたりのこと(『果ての地』での話だが)について調べていたのだ。…学校と舞鳥市立の図書館、それにネットでは大した資料は探せなかったが。

 「この大神殿は『青き蜂鳥の王者』が大祭司として祭儀を行う場なんで、わたしは直接関係がないんですがぁ」

 「あ、そうなんだ」

 「『王者』は大祭司にして全ての戦士の頂点に立つ存在ですから。だから祭儀もしますし、戦いの指揮も執ります」

 「てっぺんに二つ建物があるけどー」

 「『双子の神殿』で、一つは『青き蜂鳥の精霊』に、もう一つは『雨の精霊』に捧げられていますぅ」

 「あー、雨は大事だよな、やっぱ」

 農耕をするとなれば死活問題である。

 「すごい…『果ての地』では歴史になってる場に、私いるんだ」

 「そっち」でこの地がどんな騒ぎになったのかは、とても言えないが。


 「すげーな、ここ」

 午後、サイキは一人、市場の雑踏の中を歩き回っていた。

 「にぎやかねえ」

 いや、一人ではない。

 楓は、サイキが背負った袋の中に隠れていた。

 「めんどくさいな、これ」

 「私を見せたら大騒ぎになって買い物どころじゃなくなるでしょう」

 とは言うものの、楓もこっそり顔を出してしげしげとあたりを見回していた。

 「それにしても大きな市場ね」

 行ったことはないが、「果ての地」の都会の市場もこんなだろう…いや、ここの方が活気があるかも、と思う楓である。

 「『暦の精霊の地』の産物でないものはないって言うからなー。他の…『守護精霊の地』とか、まわりの地の品物も商人部隊が運んで来てるってさ」

 「その上、税としての貢物も取り引きされている、と」

 「えーと、『四脚の物は机以外』ってやつか?」

 「それ絶対市場の表現じゃないわよ」

 楓は改めてあたりを見回した。

 「まあ、このにぎわいも他の地方の貢物がもとだと考えると複雑だけど」

 「でも、ここで商売してる人がみんな悪い人な訳じゃないしな」

 そこに、声がかかった。

 「よう、久しぶりだな」

 まるっきり顔を知らない男に声をかけられ、二人は戸惑う。

 「これならどうだ?」

 ひょいと顔を撫でると―顔が変わった、いや戻った。

 「あーっ!コヨーテのおっさん!」

 「しっ、大声を出すな」

 顔だけ変えた男は、サイキの口をふさいだ。

 「来てたんですか?」

 「こっちにも縁があるもんでね」

 中年男はにやりと笑ってみせた。

 「ついでにお使いを頼まれた訳だ」

 「私たちに、協力しろと」

 「まあ俺には陽動ぐらいしかできんがな。やって欲しいことができたら指示してくれ。連絡は『鹿の巫女』ならできるだろ」

 にやにや笑ってまた顔を変え、人ごみに消えていく。

 「相変わらずマイペースな人ね」

 楓がくすりと笑い…目をこすった。

 「うー、完徹したからなあ…眠いよお」

 「だからって機嫌悪くならんでくれよ、楓」

 「う…大丈夫、ちゃんと日が昇った後に仮眠したから」

 「最近毎日だからなあ。まあ、今晩は早めにしっかり寝ような、短くてもしっかりさ」

 「うん…()()()()だもんね」

 袋の中で、また目をこする。

 そこに。

 「あーっ!こいつ偽の『苦い豆』掴ませたぞ!」

 座って商売をしていた一人が、素っ頓狂な声を上げた。

 「やべっ!」

 七面鳥を抱えた男が、脱兎のごとく逃げ出す。

 「だ、誰か!捕まえてくれーっ!」

 「よーし、やったるか!」

 商人の声に応じて、サイキがぱっと駈け出した。

 「ちょ、ちょっとサイキ!止めとこうよ、この市場には警備の人がちゃんといるんだし!」

 楓の声が袋からするのも気に留めず、サイキは人混みの中を素早く走り抜けた。

 逃げる男の背中が目に入った、と思うや飛びかかり、地面に叩きつける。のびた男の手から七面鳥がこぼれて、鳴きながら駆けずり回った。

 「いや、助かりました」

 商人たちが駆けつけてきて、サイキに礼を言う。

 「…豆の皮だけ本物で、その中に粘土を詰めてあるのね」

 楓はその間に袋から出て、男がばらまいた「偽の豆」を調べていた。

 「ここにも贋金ってあるんだ、驚いたわ」

 「いや助かった、最近こういう手合いが多くて」

 「そ、そんなに褒められるとなー、照れちまうぜ」

 「馬鹿、目立ってどうするのよ」

 急いで袋に戻った楓が、サイキのしっぽ髪をつんと引っ張った。

 「痛ってえ…わかったよ、じゃこのへんで」

 慌てて立ち去ろうとするサイキの目が、ギャラリーの一人に止まった。こっちを見てにやっと笑い、人混みの中に消えていく。

 「おっさん…余裕かましてくれるぜ」

 「早く行こう、サイキ」

 「お、おお」

 立ち去ろうとする彼に、やんやの歓声が浴びせられた。

 「…この人たちを、巻きこみたくないね」

 「…ああ。『蛇の壁』の中で済めばいいよな」

 囁きかける楓に応え、サイキは市場を後にした。

 二人は、気づかなかった。

 市場の片隅から、立ち去る二人を見つめる目があることに。

 憧れにも似たまなざしで、ずっと見送っていたことに。


 市場から帰って。

 楓は、机の上で「祭司」から借りた絵文書(もちろん『猿の書記』のとは別)を読んでいた。

 「この文字とこの文字が同じ音で…うーん、難しいなあ」

 しっかり持ってきていたノートを引っ張り出してメモした。

 「幸い、こっちの言葉はなぜか文法が日本語と同じで助かるけど」

 絵文書の上を移動しながら読んでいった。

 「私には大きすぎるのがねえ」

 「お、やってるな」

 そこにサイキが顔を出す。

 「うん。古い暦についてで…面白いわよ、けっこう」

 「すごいな、『祭司』さんがいなくても読めるようになったんだ」

 「文字のかたちは随分違うけど、古代文字に近いから」

 わからない所もあるけどね、と続ける。

 「色々調べていったら、面白くなっちゃって」

 「ここまで来てまで勉強かよー」

 「面白いんだって」

 楓は文書から顔を上げ、笑った。

 「こう、学校の勉強は時々嫌になることもあるけど…知りたいこと、わかりたいことがあって、それを調べていくのって大変だけど楽しくて。強制されてないからなんだと思うけどね」

 「そんなもんかな。俺は何であれ勉強はめんどくさいけどっ」

 「そりゃ、あなたの『やりたいこと』は勉強の中にはないから」

 「必要なのはわかるけどさ。俺にしてみりゃ、義務でもないのに勉強するってすごいよ」

 「そうかな」

 好奇心の赴くままに調べているだけなのだが。

 「学校は楽しんでるけどさ。部活も、みんなといるのも面白いし。でも、俺のやらなきゃいけないことはあそこにはない気がして。『彼方の地』にずっといたい訳でもないけど」

 「いいんじゃないの?サイキ、二つの世界の架け橋になろうとしてるんだし。両方経験するのは大事よね」

 「うん、それはそうなんだけどさ…あのさ楓」

 「え、何?」

 問いかけの視線を向けられて、サイキは固まった。

 「いや、その、何だ…いいんだ、何でもないっ」

 「…?」

 何かじたばたする彼を、楓は不思議そうに見つめた。

 「ほんとに楓は変わんないな、どこに行っても。でも、早く寝た方がいいんじゃないのか?寝不足なんだろ」

 「下手に早く寝ると、肝心な時に眠れなくなりそうで。もっと眠気ためて、しっかり眠ったほうがリズムが整うわ」

 「楓がいいならいいんだけどさ」

 「…()()()()、だもんね」

 「ああ」

 「…でももう、冬休み終わってるよね…三学期はじまってるー」

 「ま、樹さんが何とかごまかしてくれるさ。今はこの乗りかかった船を何とかしないと」

 「わかってるけど…うー」

 楓はぷーっとふくれた。「果ての地」の学生として、学校生活は何よりも優先したいのである。

 「何ご機嫌斜めになってるんですか、『果ての地の娘』さん」

 そこに「祭司」が顔を見せた。

 「ほら、見てくださいよ。この『翠の石』は、もっと南の昔滅びた都の一つ『大きな水』から商人が運んできたものなんですよぅ」

 「それって考古学者が発掘すべきものでは」

 楓は美しく彫刻された石板を見ながら呻いた。

 「あれ、気に入りませんかぁ?戻すんだったら南へ行く商人に頼みますけど」

 「滅んだ都、か」

 「ええ、そこの都は滅びましたが、住民の子孫たちはまわりの森の中でけっこう楽しく暮らしてるようですよぅ」

 「そうなんだ…まあ、それはともかく」

 三人、うなずき合う。

 「―()()()()、ですねぇ」

 「こうしてのんびりしていられるのも、今で最後ですね、『祭司』さん」

 「ああ、そうだよなー。楽しかったな。『精霊の集う都』にも行ったし」

 「あの時は大変だったわね」

 二人、思い出してくすっと笑う。

 「もう、こっちはすっごく心配したんですよ!」

 通りがかったカノコが、心底怒った声で口をはさんだ。

 「あ、悪い悪い。でも俺たちだって、好き好んでああなった訳じゃないしー」

 「それはわかっているんですがっ」

 巫女は納得していないようだ。

 「お二人は色々巻きこまれますねぇ」

 「祭司」が苦笑した。


 その夜。

 「お願いでございます!」

 「ええいうるさい!とっとと消えろ!」

 ()()()()()()()()一同を、そんなやり取りが叩き起こした。

 「どうしたんです?」

 「衛兵が、こんな時間なのにお目通りを願う者を捕えた、と言っておりまして」

 侍女の一人が答えた。

 「わたしに会いたい、と」

 外を見ると、兵士の足元に老人が一人這いつくばっていた。

 「お願いでございます!話を聞いてくださいませ…っ!」

 「―通してあげなさい」

 「し、しかし、あまりに無礼で」

 「いいんです。ご老人、話を聞きましょう」

 衛兵を制して「祭司」が声をかけると、老人は更に這いつくばった。

 「まあ、奥へどうぞ」

 「まことにもったいなきお言葉!」

 老人はへこへこしながら、宮殿に入った。

 「で、どうしました?大丈夫、ここにいるのは信用できる人たちです。話してください」

 「…お願いでございます!」

 老人はいきなりひざまずいて、「祭司」の足にしがみついた。

 「息子を、息子を助けてください!」

 「…どういうことですか?詳しく話してください」

 「うちの息子は、名誉ある『ジャガーの戦士団』に入れさせてもらっていたのですが…こっそりその息子から連絡が入りまして」

 涙ながらに語った。

 「『ジャガーの戦士』さまが明日の朝、兵を挙げると。『戦士団』やまわりの都市国家を動かし、自ら『青き蜂鳥の王者』を追い落として指揮権を奪うと…!」

 「それって!?」

 「クーデターってこと…?」

 「何とか、この行いを止めて欲しいと息子は伝えて来ました」

 「わかりました。何とかしましょう」

 いつもの頼りなげな口調は、影をひそめていた。力強く言い切る。

 「その挙兵はかならず止めます。あと、息子さんが助けを求めたら無傷で保護するよう取り計らいましょう」

 「ありがとうございます!…あと、これを息子がひそかによこしたのですが」

 老人は小さく折り畳まれた文書を取り出した。

 「何が書いてあるか、わたくしには読めないのですが…『祭司』さまにお渡しするようにと」

 「…これは!」

 「祭司」はさっと顔色を変え、忙しく文書をめくりはじめた。

 「一種の暗号になっていますが、『ジャガーの戦士』が配下に出した秘密文書です。反乱計画を記した…最後に、彼らに協力を約した各地の有力者の名簿です」

 「連判状みたいなものかな」

 「これは、各都市の長かそれに近い者が、反乱に加わっている動かぬ証拠です!」

 「これを『王者』に渡せれば、名前のある者は軒並み失脚だな」

 サイキもそのへんはわかっている。

 「その息子さん、『ジャガーの戦士団』の中でも相当位の高い人じゃないのかな。こんな文書を入手できるなんて」

 それにしても…と楓は考える。

 「でも、どうしてこんなことを…完全に上司に逆らうことなのに。ばれたら、命すら危ういんじゃ」

 「市場の警備をしている時、見かけたようですよ…あなた方を」

 老人のまなざしは、サイキと楓に向いていた。

 「え!?私たち?」

 「贋金男を捕まえなすったでしょう」

 「あ、あのこと」

 やたら恥ずかしかった記憶しかないが。

 「任務でもないのに、心のままにやるべきことをする姿が、『上の命令で動くしかない自分には眩しかった』と。『この人たちなら信用できる』と伝えて来ました」

 「そんな大したこと、してないのに」

 なのに…どうやら、上司に逆らう後押しになったらしい。

 「どうぞよろしくお願いします!」

 老人は何度も頭を下げつつ、侍女に送られて去って行った。

 「これまでは憶測でしたが」

 「祭司」は息をついた。

 「動かぬ証拠が手に入りましたねぇ」

 「向こうの動きも、速いなあ」

 「わたしが帰還したことで、焦っているのかもしれませんね」

 表情を引き締め、続ける。

 「計画書によると、夜陰にまぎれて湖のまわりの各都市国家の船団が兵を乗せて湖を渡り、『ジャガーの戦士団』と合流、各重要地点を制圧にかかる、と」

 「何とか…何とか、先手を打たないとね」

 「このままでは、大勢の血が流れるでしょう。それだけは止めさせないと」

 「…あ。でも、この計画を逆手に取れば、不意をつけるかも」

 楓は考えこんだ。

 「向こうは『祭司』さんが力を一切使えないと思って、油断してるよね。あと、こっちの『力を使えないはず』の手札を使って」

 全力で頭を働かせる。

 「こんなんでどうでしょう」

 しばらくして、説明をはじめた。

 「『海の戦士』さん、前に『確かめた』って言ってたよね?」

 「確認した。大丈夫だ」

 うなずく。

 「やってみる価値はあると思うんだ。無駄な血を流さないためにも」

 「えー、でも俺、『憑依』まで使ってフルで闘いたいなあ」

 「街中でそんなことされて、たまるもんですか!あなたの『憑依』モード、どんどん大きくなってるじゃないの!」

 「だって、俺の実力が上がって、『精霊の力』を沢山引き出せるようになってきたってことだもーん」

 自慢げに言うサイキに、楓は全身で怒りを示して突っかかっている。一同はそれを微笑ましく見つめた。

 「こんな七面倒くさいことしなくても、俺は元気いっぱいなんだし『ジャガーの戦士』とさしで勝負すりゃいいじゃないかー」

 「勝てると決まったことでもないでしょうに!」

 「―それなんですけど」

 「祭司」がいつになく真剣な面持ちで声を上げた。

 「なるべくなんですけど、大騒動にならないように…ことを無かったことにできるように、内密に解決したいんですよね」

 「えーっ!?」

 「だから、挙兵を止めると言ってもあくまで内輪で、もみ消せる範囲で収めたいんです。なので『憑依』などはなしにしたく」

 「そこまでしてかばうのかよ!」

 「人々を不安にさせたくないんです!」

 日頃の気弱な口調はどこへやら、一歩も引かない。

 (こんな人だったんだ)

 まあ、本当に気弱なだけだったら「加護を受けた者」にはなれないのは知っていたが。

 「内々にことを収めたいんですよ」

 「ここまで事態が進んでいても、ですか?」

 「挙兵自体は止め切れなくても、『都』全体を巻きこまなければ、公にしなくて済むのではないかと。『ジャガーの戦士』も、変な野心さえなければ優れた人材です…根っからの悪人では、ないのですよ」

 「…まあ、『祭司』さんがそう言うなら」

 ついに、サイキが折れた。

 「一応雇い主だもんな。あんまり逆らうもんじゃない」

 「…ありがとう」

 彼女はほっとした様子を見せてにっこり笑った。

 「無理を言っているのはわかっていますが、よろしくお願いしますぅ」

 元の口調に戻って、ぺこんと頭を下げた。

 「本当は、私たちが力を貸すのも、あんまり褒められた話じゃないいんだよね」

 「でも、全面戦争になるのを止めようとしているんだぜ、俺たちは」

 いいことじゃん、と言いたげなサイキだが。

 「それでもよ」

 その問いに、楓はきっぱりと答える。

 「私たちは、悪いことをしている…そう、自覚すべきだわ」

 「悪いこと…かよ!」

 「異分子である私たちが、この地の政治に介入するんだから」

 「しかし、わたしが頼んだことですし」

 「それでも、正しくはない」

 「祭司」を遮って、さらに続ける。

 「どんなに『正しいことのため』にしたとしても、ここの人々が自分で決めるべきことに介入するんだってことは、許されないことだって認めた方がいい」

 「そうだな、俺たち悪い奴だなっ!」

 サイキがきらっと目を輝かせた。

 「でもやらん訳にいかんだろ。やろうぜ、悪いこと。力の限り、やってやろーじゃん!」

 「まあ、しないと困るのはここの人たちだってのは、わかるしね」

 サイキと楓で、こつりと拳を(大きさに極端な差があるが)合わせて、笑いあった。

 「やろうぜ」

 「やれること、やろう」

 「…もちろん、それ相応の見返りは欲しいけどなっ、『祭司』さん。悪いことと知っててやるんだからさー」

 「わかりましたぁ。何とかします」

 サイキの押しつけがましい視線に、「祭司」は苦笑した。

 「いずれ、伝説に残るような品々をあなたの村までお届けしますよ」

 「やったあ!これで俺も『もてなした人』になれるかもー」

 「何取らぬ狸の皮算用してるのよ。まだはじめてもいないのに」

 「もう、俺の脳内狸が飛び交ってるよ」

  「全くもう」

 「とにかく、やれることは全部やりましょう」

 「祭司」は動きはじめた。

 「時間が正確にわかることが、この作戦の条件です」

 それがなければ崩れ去る作戦であった。

 「鍵は『果ての地の娘』さん、あなたですからね」

 「そりゃ、正確に時間がわかるの時計を持ってる私だけだし」

 「…それだけのことじゃないんですけどねぇ」

 彼女は苦笑して、続ける。

 「できればこの『都』の人々も、避難して欲しいところなんですがぁ」

 「近しい人たちだけでも、逃げて欲しいよね。…そう言えば『祭司』さんのご家族って」

 いて当然なのに、今まで思いつかなかった。

 「ええ、夫は随分前に亡くなりまして」

 「こ、子どもさん、とかは」

 「息子と娘がいまして、今修行に出しています」

 彼女はかなり照れくさそうに言った。

 「遥か南の、『泉のほとりの都市』にいるはずですぅ。あそこも『翠の羽毛蛇』の信仰が盛んな地でして。修行の成果を見て、どちらかが次代の『翠の羽毛蛇の祭司』となることになっています」

 精霊と心を通じ合わせる能力などを見てどちらかに決めたいと言う。

 「そうでしたか…子どもさんが」

 「こんなことになっているので、しばらく会っていませんが。元気に修行しているはずです。…南に落ちのびなかったのも、実はそのせいで」

 「巻きこみたくなかったんですね」

 だからと言って「守護精霊の地」に逃げてこっちを巻きこまんでも、とは思うが…家族を大事にする心は、わかる。

 「じゃあご家族は心配ないとして…あとはここで働いているみなさんと、ジュウくんよね。無事に逃がさないと」

 「みんなで避難してもらいましょう。対岸の都市に信頼できる友達がいますから、そこに身を寄せてもらいます。大丈夫、指一本触れさせませんよ」

 「サイキ兄ちゃん、楓さん」

 ずっとついて来ていた少年が不安げに見上げてくる。

 「心配しないで。少なくともあなたを危険な目に遭わせたりしないから」

 「こっそり逃がすから問題ないさ」

 「ぼくはいいんだけど…本当に楓さん、兄ちゃんたちと一緒に行って大丈夫なの?」

 「私が同行しないと、たぶん勝てないから。でも大丈夫」

 不安でないことはないが、楓はにっこり笑ってみせた。

 「俺がしっかり守るから、心配するな」

 今決めないといけないことは、このぐらいか。

 「よし、とりあえず…寝よっか」

 「呑気な話だけど…正しいのよね」

 体力と気力を温存しておくのが重要であった。

 そんなことを話している間に、「祭司」は一人の侍女を呼んだ。

 「―これを」

 先程の書類を、渡す。

 「『王者』に渡して…で、できれば逃げるようにと伝えてください。…まあ、あの方のことですから、実際ことが起こってからでないと動かれないとは思いますがぁ」

 「お、俺はどうなるんだーっ!」

 絶賛捕虜生活中の「犬の案内者」がわめいた。

 「お前は、ことが一段落したらおっ放してやるよ」

 「おとなしくしてなさいね」

 「…あ、『コヨーテの戦士』フサさんからの伝言が来ました」

 カノコが声を上げた。

 「『言われた通り、近いうちに『祭司』がまた落ちのびると言う噂を広めたぞ。あとはどうするんだ?』とのことです」

 「あ、じゃあ伝えて。こういう作戦なんだけど」


   第十一章 激闘続きの馬鹿もいる


 夜だが、ようやく少し明るくなってきた頃。

 小さなアラーム音が、暗がりの中で流れた。

 「ん…うう」

 目をこすりながら起き上ったのは、楓だ。

 「カノコさん、起きて」

 彼女は隣で眠っているカノコをつつく。…いや、本人としては力いっぱい押しているのだが、身体の大きさゆえにつつく程度になっていた。

 「うく…時間、ですか」

 「みんなも起こして。動き出さないと」

 起き上がった巫女と共に、動き出した。

 「痛ってえ!耳引っ張ることないだろー楓」

 サイキが耳をさすりながら文句を言うが。

 「だっていっくら耳元で大声出しても起きないんだもん。私、朝弱いのに必死で起きたんだからね。感謝して欲しいぐらいだわ」

 「夜が明けたら自然に目は覚めるけどさ。まだ暗いんだもんなー」

 「―もうすぐ、夜が明けます」

 「祭司」が外を見ながら呟いた。おぼろな月光が窓から差しこんでいる。

 「作戦開始ね。先手を打たないと」

 全員、うなずいた。

 「…外には」

 サイキが宮殿の外をちらっと見る。

 兵士が二人、出入口の脇に立っていた。

 「警備のためだって言ってるけど」

 「『祭司』さんの見張りも兼ねてるわね。ただでもさっきのご老人の件で警戒してるだろうし…はいそうですかと通してはくれないと思うわ」

 そこに。

 「お、来たか」

 「「いかにも!」」

 薄闇から滲み出るように、二人の男―「光と闇の戦士」が現れた。

 「こやつが闇に溶け込まずに苦労したわ」

 「何を言う、俺は月の光に溶け込んでおったわ。お前こそ淡い光にも溶け込めずにいたくせに。動きづらくて仕方がなかったぞ」

 「何だと!」

 「えーい止めろっ!喧嘩してる場合じゃないだろう!」

 サイキが一喝した。

 「とにかく、外の見張りたちを何とかしてくれ。俺はまだ力を温存したい」

 「「わかった!」」

 二人は宮殿入口に立つ兵士にそれぞれそっと近づく。

 「光の精霊よ!我が前に立つ者に(まばゆ)き罰を!」

 「闇の精霊よ!我が前に立つ者に(くら)(いまし)めを!」

 兵士の前に「光」と「闇」が湧き上がり、襲いかかった。

 「ぐわっ!」

 ほとばしる光を食らった兵士は、目をやられたらしく痛みにのたうち回り、

 「な、何っ!?何がどうした?」

 闇に包まれた方の兵士は何も見えなくなったらしく、うろうろとそこらを歩き回り出した。

 「すげーな、真逆の精霊なのに効果は一緒かー。まあ手間が省けて助かるけど」

 時を同じくして。

 ぼぅん!

 街の中で、薄桃色の光が柱となって噴き上がった。

 間髪入れずに大音声が響く。

 「敵だ、敵襲だ!みんな急いでこっちに来てくれ!」

 「あの声…コヨーテのおっさんだ」

 「幻惑の力を、思いっきり使ってるんだわ」

 幻の騒動を起こし、そのまま逃げる―いざとなったら変装して群衆の中に紛れればいい。陽動にこれほど適した能力もないだろう。

 「よし、俺たちも行くぞ!楓、準備はいいな」

 「大丈夫!」

 楓はサイキの肩に乗り、二人は月光の中に足を踏み出した。

 「ありがとう、二人とも。あとは逃げてもいいからさ」

 「「そんな!闘いにも加わりたく存ずる!」」

 「だってあんたたち、弱いんだもん。危なっかしくて見てられないよ」

 「「それは…!」」

 二人して固まる。サイキなどとの圧倒的な実力差は、本人たちにもわかっていた。

 「だから、逃げてくれ。故郷に帰れる算段がついたら、呼び戻すから。なっ?」

 それだけ言い置いて、サイキは走り出した。

 「では、わたしたちも打ち合わせ通りに」

 「祭司」が後に続き、カノコ、「海」の二人も宮殿を出る。

 「…わかってるよね!別行動して…それも、一塊になっていたかったのに離れ離れになってしまった感じを出して。気取られないように!」

 「具体的に無茶な注文出しますねぇ、『娘』さん」

 文句を言いつつも、みんなで広場に降り立った。


 「コヨーテの戦士」フサの陽動で、かなりの兵士が出払っているはずだが。

 見ると、警備の兵士やら一般の兵士やらがわらわらと出てきて広場に集まり出した。

 「一番の精鋭は押さえてるはずだけど、まだこんなにいるのか」

 統制は全く取れていないが、各々武器を手にしてこっちを警戒している。

 「思ったよりは出て来てるわね。さすがに、朝からクーデターを起こそうとしているだけあるわ」

 「まあいい。突破すればいいだけの話だ!」

 サイキがにやりと笑った。

 「行くぞ!楓!」

 彼女がしがみついているのを確認して、彼は兵士の中に突っこんだ。

 「おらあ!怪我したくなかったらどいてろ!」

 槍を小枝のように振り回し、道を切り開いて行く。

 「うっかり殺さないでね!」

 「めんどくさいなあ…まあ死なせる気はないけどー」

 兵士たちは吹っ飛ばされるか逃げ出すかのどちらかで、彼の進路から外されていった。

 そこに。

 「何だ?」

 ひらり、と視界の隅を、何かがかすめた。

 「蝶々…?」

 色とりどりの蝶が、次第に数を増して舞い飛ぶ。

 よく見ると、その羽根は半ば透き通っていた。

 「これも、精霊の造る幻影!?」

 「―私は、『古の蝶の精霊』に仕える者」

 細身の若者が、身体に蝶をまとわりつかせながら現れた。

 「古の秩序を取り戻さんとする『ジャガーの戦士』に味方する者なり」

 「くっ…こいつは足止めできんかったか」

 「『ジャガーの戦士』の意に沿わぬ者は排除すべし」

 歌うように語るその手に、群れ飛ぶ蝶が集まっていった。

 「『蝶の精霊』よ!この者たちを滅せよ!」

 舞い飛ぶ蝶のかたちをした力の奔流が、サイキに襲いかかる。

 「くっ…!」

 槍を振るうぐらいならいいが、ここでサイキの「精霊の力」を消耗させたくなかった。しかし、蝶などと言うかたちを取っていても、その戦闘能力が低いと言うことにはならないのは楓も知っている。

 「どうしよう!?」

 思わず目を閉じかけた。

 しかし―何の衝撃も、来なかった。

 「え…?」

 恐る恐る確認してみると。

 「鳥…!?」

 巨大な鳥の幻影が、サイキと…後ろのカノコや「祭司」たちを包んでいた。

 その向こうには、吹き飛ばされたらしい「蝶の精霊に仕える者」が転がっている。

 そして、自分たちの前には。

 見覚えのある人物が、肩に派手な色合いのインコを乗せて立っていた。

 「管理人さん!?」

 そう、交易所で一行の面倒を見てくれた人だった。

 「ななもいるよー」

 インコがその存在をアピールする。

 「せ、精霊の気配…!」

 カノコが呻いた。

 「そんな…交易所では、感じ取れなかったのに!?」

 「色々あってな。気配を隠すのは得意なんだ」

 相変わらずぼそぼそと喋る。

 「ななすごいでしょー、かくせるんだよー」

 「ナナと私とで、一組の『七のコンゴウインコの精霊』の加護を受けた者なんだ」

 ぼそっと続けた。

 「ナナちゃんと!?」

 「こんな『加護を受けた者』は、『彼方の地』広しと言えども私たちぐらいだろう」

 「ななえらいのー、ほめてー」

 「え!じゃあ、あなたは」

 「かつては『偽なる太陽の使者』と呼ばれていた」

 ぶっきらぼうに問いに答えた。

 「今はしがない管理人だがな」

 「『祭司』さんは知ってたんですか?」

 「いえ、そういう方が放浪していると言う噂は耳にしましたが…まさかこの方だとは」

 「ナナ、力を借りるぞ」

 管理人がインコの身体に手を置く。

 「いいよー」

 インコがそう答えると。

 その身体から、極彩色の光が放たれた。巨大な色とりどりの翼が、ナナの羽ばたきに合わせて動く。

 幻影のインコの身体に包みこまれたサイキたちには、どういう仕掛けか全く影響がないのに。

 「うわあっ!」

 まわりの兵士たちは、羽ばたきに吹き飛ばされてころころ転がっていた。

 「す、すごい」

 「あそぼー、かえでー」

 「後で遊んであげるから!今はがんばって、ナナちゃん!」

 「なながんばるー」

 インコが鋭く鳴くと、幻影の嘴から衝撃波が放たれ、前方の兵士たちが吹き飛ばされた。道ができる。

 「―行け」

 「いいんですか!?」

 「いまはすすむときー」

 ナナが舞い上がって言う。

 「そうだな、今は進む時だ」

 サイキが力強くうなずいた。

 「そうね、早く進まないと」

 「行くぞ!」

 サイキは楓と共に走り出す。

 「管理人さん、ナナちゃん、無事で…!」

 楓の叫びが遠ざかっていった。

 二人を追おうとする兵士もいたが、

 「ここより先には行かせぬ!」

 再び、衝撃波が彼らを転がした。

 「さいき、かえで、がんばれー」

 インコが舞い降りて叫ぶ。

 「もうひと勝負だ!力を貸してくれ、ナナ!」

 「がんばるぞー」

 「遥か昔に追放され、流れ流れて交易所の管理などをしていたが…ここは一つ、彼らに賭けよう。戦争を止めると言う彼らに」

 翼が、一層激しく羽ばたいた。

 「『偽なる太陽の使者』推して参る!」


槍を振り回すサイキとくっついている楓の二人が先行し、「祭司」やカノコ、「海」の二人を含むメンバーは次第次第に離されていった。

 「ちょっと!『祭司』さんたち、はぐれちゃった!?」

 楓が大きな声で叫んだ。

 「あー、急ぎすぎたか俺たち…でも、みんなには『はぐれたら諦めて船着き場から落ちのびてくれ』って言ってあるし、大丈夫だろ」

 …二人を良く知る者((ウー)とか)なら、どこかにわざとらしさを感じただろう会話を、交わした。

 「作戦通り、ね」

 その上で、楓はサイキにだけ聞こえるように囁く。

 「そうだな」


 「もう逃がさんぞ!」

 そう、「祭司」たちは今「蛇の壁」を出ていて、「都」岸辺の船着き場に来ていた。兵士たちがじりじりと近づいて来る。

 「ここは拙者が!」

 「海の戦士」が兵士たちの前に進み出た。

 「幸い、ここの船着き場は塩水湖に近いのでござる」

 「それがどうした!」

 普通、飲み水にできないだけで戦闘に全く関係ないはず、なのだが。

 「う、うう…うおおおおお!」

 「海の戦士」が腕を振り上げ、唸ると―船着き場のさらに先、堤防の向こうの湖面が激しく波立ちはじめた。

 「母なる潮水よ!」

 吼えると、塩水が渦を巻き…ついには竜巻のように噴き上がった。

 「我は海を畏れ、敬う者…力を使わせたまえ!立ちはだかる者に罰を与えたまえ!」

 兵士たちめがけて腕を振り下ろす!と、塩水の竜巻がその方向に突き進み、彼らを巻きこんで押し流した。さらにまわりの兵士たちも、次々と餌食になっていく。

 「うむ、確かめた通りでござった。『海の精霊』の力は潮水さえあれば有効!」

 …ただの思いこみなんじゃないかという気はするが、精霊に呼びかけて力を引き出す…と言った行為には、多少思いこみが影響するのである。

 「すごいですねぇ。でも、あの人たち大丈夫でしょうか」

 「押し流しただけでござるよ。さて、進まれよ。拙者らはこれから、こちらに向かってくるはずの船団を足止めするでござる」

 「転覆などは、なしでお願いしますぅ」

 「承知!」


 「一体どうなっておるのだ!?」

 その頃、「ジャガーの戦士」は側近を怒鳴りつけていた。

 「あの女どもが動きだしただと!?見張りの者はどうした!」

 「それが、突然目つぶしをくっらたらしく」

 「そもそも、『ジャガーの戦士団』は何をしている?当然真っ先に鎮圧に向かうべきであろう!」

 「そ、それが…知らせは届いたはずなのですが、『戦士団』が伝えてよこしたことには、『鷲の戦士団』が『ジャガーの館』のまわりをがっちり取り囲んでいて動くに動けないと。『鷲の戦士団』は積極的に攻撃は仕掛けて来ないものの、無理に『館』を出ようとすれば攻撃も辞さない様子だと」

 「何と!?」

 「祭司」が説得し(『失われた同胞』と見なされているサイキの存在も大きいが)、攻撃はしないまでも封鎖を頼んだ結果なのだが、「ジャガーの戦士」にわかる訳もなく。

 「それに、各都市国家の船団はどうした!そろそろ着いてもいい頃だぞ!」

 「それが…湖上で大渦が発生しまして。どうしても『都』に近づけないと」

 「海の戦士」が、塩水湖の部分に渦巻きを造り出しているのである。もちろんそれも知る由もなかった。

 「それも、あいつらの企みだと言うのか…!」

 「ジャガーの戦士」は歯ぎしりした。

 「全てに先手を打たれているではないか!」

 地団太を踏まんばかりに怒り狂う。

 「も、申し訳ありませぬ!」

 側近はもう這いつくばっていた。

 「このような作戦、あの平和ボケした『祭司』の発案とは思えぬ…北の地より軍師でも招いたのか!?そのような情報は来ておらぬのか!」

 「は、はあ…しかし、北の地では争いはたいてい一騎打ちで解決すると聞いておりますが。このような策を立てる者がおりますかどうか」

 「…それすらわからぬとは…!」

 「戦士」はぎりぎりと歯を噛みしめた。

 まるでゲーム(パトリ)の支配領域が雪崩を打って敵に奪われるように、張り巡らせた糸が次々と切られ、追い詰められていく。

 「こんな…こんなことが!」


 「このぐらいの敵なら、楓が一緒でも余裕だぜ!」

 サイキと楓は、兵士たちを蹴散らして進んだ。槍と拳でなぎ倒していく。

 「怪我あんまりさせないようにね」

 「無茶言うなよ。歯の一本ぐらいならいいだろ、なっ?」

 そんな軽口が叩けるほど、一般の兵士たちとは実力差があった。

 ついに「ジャガーの戦士」の宮殿までたどり着く。

 「ここだな」

 「そうね」

 ほの明るい空に、宮殿が黒々とそびえていた。

 「どうやら、うまく行ったみたいね」

 「楓の作戦通りに行ったな」

 彼女が提案したのは、「相手の半歩先を行く」作戦だった。

 クーデターを起こすための「動き」を、起こる寸前で止める。要所要所に手勢を配し、まだ何もできていないうちにその「起こり」を止めていた。

 それだけで、「ジャガーの戦士」の勢力は力を大きく削がれていた。

 「『鷲の戦士団』のみんな、張り切っちゃって。血を見る訳でもなく、『ジャガーの戦士団』の鼻を明かせるってことで」

 「出入り口をふさいじまえばこっちのもんだからなあ」

 別に、大軍勢で制圧しているのではないのである。

 しかし、船団を「海の戦士」一人に足止めさせたり、「ジャガーの館」を封鎖するだけで効果を上げている。

 「楓、いい軍師になれるぜほんとに」

 「そんなに大したこと、してるつもりないんだけどな。ただ、将棋や囲碁なんかで布石を打つとかを参考にしてるだけで」

 「いや、充分だって」

 「それはそれとして―サイキ」

 「おうっ!」

 楓の囁きに応え、サイキが羽手裏剣を左手から頭上に放った。

 銀の光が「都」の空に駆け上がり、ぱっとはじけた。かなり遠くからでも見えたはずだ。

 「楓、時間は」

 「あ、うん」

 彼女は左腕に目をやった。

 「あと十五分…()()()()、よね」

 彼の耳に小さく、しかし鋭く囁きかけた。

 「よーし!行っくぜー!」

 宮殿の階段を、少年は駆け上がった。



 「そ、それでは!わたくしは今一度兵士たちをまとめられるかどうか試して参りますので!」

 宮殿の一室から、へこへこしながら男性が逃げるように退出していくのが、ちらっと見えた(二人は知らないが、側近である)。

 「あの部屋に『ジャガーの戦士』がいるのね」

 「今あいつ、一人…かな」

 サイキと楓は廊下で囁き交わす。

 「―()()()()()()()

 楓は腕時計を見た。

 「()()()…じれったいなあ」

 サイキが苛立たしげに呟く。

 そのまま、五分。

 「そろそろよ。行こう、サイキ」

 二人が部屋に駆けこむと。

 「―貴様か」

 仁王立ちする「ジャガーの戦士」と、ばっちり目が合った。

 「そうだ。俺たち、だ」

 「こんな夜更けに…無礼極まりないな」

 「へっ、でもそんな格好してるってことは、俺と闘う気満々ってことだろ?」

 「―そのように守護精霊の気配を隠さずにこちらに来れば、否応なしに気づかされると言うものだ。さっきは様子を窺っていたらしいが、丸わかりだぞ少年よ」

 「やっぱりなー」

 「わざわざこの時に来るとは怖いもの知らずだな。時は夜…我が守護精霊『黄金のジャガー』が最も強くなる時だ!」

 「へっ、もう夜じゃねーぜ」

 サイキは不敵に笑った。

 「夜明け前…だ!」

 「まあ良い。倒すだけだ」

 「ジャガーの戦士」は、身の丈に匹敵する木の柱にびっしりと黒曜石の刃が埋め込まれた武器を手に取った。

 「―教えて」

 楓が呼びかける。

 「どうして、クーデターなんて考えたのか」

 「人に指図されたくなくなったからだ!」

 怒りがほとばしるような声音だった。

 「もともと『王者』の一族など、遥か北の地よりさまよい歩いてきた新参者に過ぎぬのに…奸計を用いていつの間にかこの地の頂点にのし上がりおって!」

 「そりゃ、むかつく気持ちもわかるけどさー」

 「でも、だからって大勢の人を巻きこんでも!」

 「貴様らに何がわかる!誇り高き『ジャガーの戦士』が味わう屈辱を!やむを得ず先祖は『仙人掌(サボテン)の都』に、『蜂鳥の一族』に降りその配下に成り下がったが、もはや従わぬ!」

 「それでも!大勢の人が苦しんだり血を流すなんてことを、俺たちは認める訳にはいかない!」

 「儂を止めるか、『銀の鷲の戦士』よ」

 「ああ、止めるさ!こてんぱんにぶっ倒して、間違ってることをわからせてやる!」

 サイキは楓を、部屋の隅に連れて行った。

 「楓、ここを動くなよ」

 壁際に座らせ、向き直る。

 「もはや不覚は取らん…!」

 黒曜石の刃を構える「ジャガーの戦士」の瞳に、黄玉(トパーズ)の輝きが湧き上がった。まるで獣のごとく剣呑な光を放つ。

 「こっちも、負ける気はないぜ!」

 槍を手にして、銀の光を身体から立ち昇らせる少年と、肉食獣の殺気をまとう男は睨み合いながらじりじりと動き出した。

「『守護精霊の地』に攻めこめば、より強き『戦士』と闘えるとは思っていたが…その願いは、早くも叶えられたか」

 「治において乱を求める、ってこと?」

 「そんな理由で、俺の故郷を攻めようとしたのかよ!」

 「そんな理由だ…だが、それだけで充分だ」

 青銅の穂先の槍を構えるサイキと、黒曜石の刃の棍棒を手にした「ジャガーの戦士」。

 まず動いたのは、「戦士」の方だった。

 まさに獣を思わせる、力強くも優美な動作で飛びかかる。切っ先のない棍棒の、植え込まれた刃が迫った。

 「げっ!」

 サイキは空間を薙ぐ一撃をぎりぎりで避け、カウンターで槍を繰り出した。

 「はっ!」

 「戦士」は呼気を洩らし、瞬時に動いて槍をかわす。

 密林の王者ジャガーの、動きだった。

 ガキッ!

 次の瞬間、壮絶な音が響いた。

 「ジャガーの戦士」の振り下ろした刃を、サイキの槍が受け止めたのだ。

 青銅の穂先で受けたので、黒曜石の刃が数枚折れている。

 「今回は上手く行ったが」

 サイキは槍を手元に引き戻す。

 「柄の所で受けてたらへし折られてたな」

 「―あなたがクーデターを起こしてまで、守ろうとしているものって、何?」

 突然、腕時計をちらっと見た楓が、呼びかけた。

 「知れたこと」

 「戦士」は吼える。

 「古き文明を栄えさせてきた、この『月の湖』一帯の秩序と、誇りだ!」

 「…そう。わかったわ」

 「楓!?」

 「あなたの守りたいものの中に、この地で暮らす人々は入っていないのね」

 「何だと…!」

 「『蜂鳥の王者』が人々のことを考えて治めているかは良くわからない。でも、少なくとも戦争を起こそうとしているあなたに、好き勝手させる訳にはいかない!」

 「楓、良く言った!」

 「小娘が…聞いたような口を、利きおって」

 「ジャガーの戦士」は吐き捨てる。

 「よーし、今度はこっちから行くぜ!」

 サイキが槍をぶん!と振った。

 お互い全身に光をまとい、身体の強度と反応速度を極限まで上げている。

 まさに、二頭の獣のぶつかり合いだった。

 「サイキっ!」

 楓が鋭く叫んだ一瞬後。

 「愚か者が!」

 「わっ!」

 ついに、棍棒の一撃がサイキの槍を両断した。

 「やってくれるぜ…ならこれならどうだ!」

 橙の光がはじけ、「遺産」の槍が左手に握られる。

 「それが音に聞く『遺産』か」

 数合打ち合った「ジャガーの戦士」が、忌々しげに槍を見やった。

 「なるほど、驚くべき硬さだな」

 黒曜石の刃がかなり砕けてしまっていた。

 「そりゃどうも」

 「だが、その強度に頼り過ぎだ、少年よ」

 言うなり、彼は棍棒を大上段に振りかぶる。

 「それを越える力を持ってすれば、貴様を倒すなどたやすい。―来い、『黄金の絶望』よ!」

 黄金の太陽が、宿ったかのように。

 もはや刃の多くが砕けた棍棒に、黄金色の輝きが湧き上がって絡みついた。眩い黄金の大太刀と化す。

 「この一撃は、いかなる防御をも打ち破る。『遺産』とて、例外ではない!」

 「本当かどうか、確かめてやろうじゃないか…!」

 サイキをよく知る者なら。

 その台詞に、わざとらしさを感じ取ったかもしれない。 

 しかし、少なくとも「ジャガーの戦士」は、その「よく知る者」の中に入ってはいなかった。

 「良かろう。その実に刻むがよい!」

 黄金の輝きが、刃と化して振り下ろされた。

 「『遺産』よ!」

 サイキが叫び、槍にしていた「遺産」を楯に変じて受け止めようとする―が、

 「何っ!?」

 黄金の刃は、「遺産」の楯を()()()()()

 「言っただろう、打ち破ると!この一撃を受けられるのは『翠の楯』のみ!」

 「そういうことかよ!」

 ぎりぎりで直撃をかわすものの、その息は荒い。

 「無駄だ。一度この力を呼び出したからには、貴様に食らわせなくては止まらない…!」

 大きく前に踏みこみ、神速の一撃を放つ。

 サイキの動きは僅かに遅れた。銀のバリアを展開するも、あっさりと斬り裂かれる。

 (かわせない…っ)

 楓が思わず目をつむりそうになった時、

 「何だこれ!?」

 サイキの素っ頓狂な声が響いた。

 慌てて交錯する二人に視線をやると。

 振り下ろされた黄金の刃と、サイキの身体の間に。

 「え!?」

 翠の羽根でかたちづくられた丸い楯が、浮いていた。「ジャガーの戦士」は懸命に棍棒を振り下ろそうとするが、金属光沢を放つ翠の羽毛は柔らかく受け止めて放さない。

 見る見るうちに、翠の光が黄金に絡みつき…相殺されて、消えていく。力を失った棍棒が下に落ち、床で最後の黒曜石が砕けた。もちろんサイキはさっさとその軌道から外れている。

 「これは…!」

 「そうですよ」

 声は、部屋の外からした。

 「『祭司』、貴様か…!だが、暦の巡りによれば、貴様は今この力を使えないはず!」

 「ジャガーの戦士」が驚愕の表情で叫んだ。

 「確かに、暦の巡りではそうです」

 入って来た「羽毛蛇の祭司」は、うなずいた。

 「でも、今この時だけは、使えるんです。―見てください」

 言って示す。窓の、外を。

 「これは!?」

 東の空に一際強く輝く、星が一つ。

 「明けの明星、か!」

 「そうです。あの星は、我が『羽毛蛇の精霊』の化身と呼ばれ、日が昇る前に輝くその時だけは、暦の巡りが悪くても力が使えるんです」

 「馬鹿な!」

 もちろん、「ジャガーの戦士」もそのことを知らぬ訳ではなかった。しかし。

 「明星が昇る、ほんの僅かな間に…!」

 呆然と呟く。

 「その時に合わせて我が『黄金の絶望』を()()()()だと!?」

 僅かでもタイミングが合っていなければ、「鷲の戦士」は真っ二つになっていたはずだ。

 「儂がその時に放つように、計算していたとでも…!?」

 この少年に、そこまでの計算ができていたとは思えない。

 先程、声をかけていたのは。

 「!」

 「ジャガーの戦士」ははっとして、今サイキが駆け寄って抱き上げた「果て人」の少女を睨みつけた。

 「お前か…!」

 「…!」

 怒りに燃える目で見つめられ、楓は固まる。しかし、目を逸らすことはなかった。

 「あの愚にもつかぬ問答も、時間を調整するためのものか!」

 「そう思ってもらって、かまわないわ」

 怒気を叩きつけられながらも、ひるまず答えた。

 「もう『黄金の絶望』は使えません!あとはあなたに任せます!がんばってください、サイキさん!」

 それは、はじめて「祭司」が彼の名前を呼んだ瞬間だった。

 「おうっ!」

 「くっ…!」

 慌てて武器を構え直す「戦士」だが、

 「遅い!」

 「遺産」の槍が一閃して棍棒をはじき飛ばし、穂先がぴたり、と彼の胸元に突きつけられた。

 「う、ぐ…」

 「あなたの負けです」

 「祭司」が静かに言った。

 「焦りましたね、『ジャガーの戦士』。わたしが暦の巡りで真の力を振るえないと踏んで、早めに奥の手を見せた。それが敗因です」

 「お、おのれ、おのれ、おのれ…!」

 「サイキさんとわたしが同時に来なかったことで、油断しましたね。そうでなければ、あっさり必殺の技を見せるあなたではないでしょう」

 「図られたか!」

 そう、全てにおいて行動を読まれていたのだ。

 「もう、『王者』にも連絡は行っています。今からでも遅くない、『王者』の前で弁明してください。今なら『都』の貴族たちも、一般の人々も何が起きたかよくわかっていないはずです。今ならなかったことにできます。わたしも同行しますから」

 「まだ…まだだ!まだ、真に負けた訳ではない…!」

 「ジャガーの戦士」の身体から、黄金の炎が立ち昇りつつあった。

 「こうなったら、この『都』を全て灰燼に帰してでも!」

 「止めてください!そんな行為に走れば、あなたはもう『ジャガーの戦士』の資格を失くしますよ!それどころか犯罪者です!」

 「もはやそんなこと、どうでも良いわ!」

 その炎が壁を、天井を崩していく。

 「『祭司』さん、楓を頼む」

 「きゃあっ!」

 ぽんっと投げられた楓を、「祭司」はきちんと受け止め、胸に抱いた。

 「確かに、預かりました。命に代えても守り抜きますぅ」

 そのまま部屋を駈け出し、宮殿から脱出するのを見て。

 「行くぞ…!」

 サイキは、力を解放した。


 「しっかりつかまっててください!」

 宮殿を飛び出し、階段を駆け下りてできるだけ距離を取って、やっと「祭司」は振り向いた。

 「我に加護を与えたもう『黄金のジャガー』よ…!」

 黄金の炎が噴き上がり、宮殿の屋根を突き破る。

 がらがらと石材が崩れ落ち、広場にいた兵士たちが慌てて飛び退いた。

 「我に加護を与えたもう『銀の鷲』よ!」

 サイキにも石が降りかかる…が、銀の光にはじかれた。

 「おい、あれは!」

 宮殿から立ち昇る白銀と黄金の輝きに、あちこちにいた兵士たちも否応なく気づかされた。指差して口々に騒ぎ出す。

 「『ジャガーの戦士』さまだ!『戦士』さまが『憑依』されるぞ!」

 「やばい!みんな退避だ、逃げろ―っ!」

 彼らはわっと逃げ出した。我先に「蛇の壁」を乗り越えて街中に逃亡する。

 「自分たちの大将がすることに、怯えて逃げ出すってのが何とも」

 「巻きこまれたら死ねますからねぇ」

 まあ、人のことは言えないのだが。

 蜘蛛の子を散らすように兵士たちは逃げ、そのうちに「蛇の壁」の中の広場には人っ子ひとりいなくなる。

 「よーし!これで思いっきり暴れられるぜ!」

 「サイキさん!『蛇の壁』から彼を出さないでください!沢山の人の中に行かせたら大変なことになります!」

 「わかった!」

 二色の光が絡み合いながら噴き上がり―

 ついに定まったかたちを取った。

 完全に崩れた「ジャガーの宮殿」に足をかけ、咆哮する黄金色のジャガーと。

 大空にその翼を広げる白銀色の大鷲の、かたちとに。

 「まさに怪獣大決戦ね」

 「こうなると、わたしにもどうしようもありませぇん」

 「祭司」が呻いた。

 「『都』を壊すような闘い方は、しないだろうと思っていたのですが」

 「私たちの読みが甘かったのか…あとはサイキに任せるしかないのね」

 「『ジャガーの戦士』の全力に、勝てるでしょうか」

 「信じてるけど…信じることしか、できないのよね」

 楓は改めて、対峙する二頭の獣を見つめた。

 「黄金の、ジャガー…」

 全身を、光の欠如でかたちづくられた花のような斑紋が覆っている。

 豹に似て、しかしそれよりも恐ろしい。

 そのジャガーが、黄金の炎を吐いた。

 「うわっ!」

 炎が大鷲の脚に絡みつきそうになる…のを、鷲はかわして舞い上がった。

 上空で羽ばたきながら羽手裏剣を放つが、炎が全て焼き尽くす。

 ジャガーも口から炎を吐くが、羽ばたきが軌道を逸らした。

 「お互いに、遠距離攻撃では決定打が出ませんねぇ」

 「近づいて闘うしかない、か」

 見守る二人は囁き交わした。


 暁の空に、巨大な銀の翼が羽ばたく。

 その下には、やはり巨大な黄金の獣が唸る。

 起き出して来た「仙人掌の都」の人々は、その光景を唖然として見つめていた。

 「この辺には人いないし!思いっきり暴れられるぜ!」

 「それは儂の言うことだ…!」

 轟くような声でジャガーは応え―呼吸を合わせたようにお互いに飛びかかった。

 牙と嘴、爪と爪で掻きむしり合い、ごろごろと転がる。金と銀の光が激しく飛び散り、消えていた。

 「ああ、サイキ…!」

 楓は気が気でない。

 「闘いが『蛇の壁』の内部のみでまだ済んでいるのが、不幸中の幸いですねぇ。内部にいた人はあらかた逃げ出しましたし。…あ、『蛇の壁』に隣り合っている宮殿から『蜂鳥の王者』も出て来ましたねぇ、遅ればせながら」

 楓の目には良く見えないが、そうらしい。

 しかし。

 「やばっ!?」

 「祭司」が示した方向に、大きな石が吹っ飛んで行った。

 だが、空中に巨大な青い翼が出現、細かく震えながら石を受け止めてはじき飛ばした。

 「おお、『王者』の力が顕現しましたねぇ」

 「やっぱり『加護を受けた者』なんだ」

 「心配ないな!よーし!」

 ひとしきり組み打ちを続けて―

 二頭の獣はばっ!と離れ、鋭く睨み合った。

 息詰まる緊張が、都市を覆った。

 お互いに相手の一瞬の隙も見逃すまいと睨み合い、神経を研ぎ澄ませる。

 その時―山の端から、眩い朝陽が差しこんだ。

 その光が合図だったかのように。

 大鷲とジャガーはお互いに飛びかかり、激しく地面を転げ回る。エネルギーの奔流があちこちの建造物にぶつかり、破壊した。

 「これでどうだ!」

 ジャガーの前足が、大鷲の左脚を掴んだ。

 そのまま大きく振り回す。

 「うわああーっ!」

 ぶん!と放され、向こうのピラミッドに鷲は叩きつけられた。

 銀の光がはじけ、ピラミッドががらがらと崩れる。

 「サイキっ!」

 「ちくしょー!まだだ、まだ負けてねえ!」

 銀の鷲が、ふらつきながら舞いあがった。

 「行くぜ!」

 さっと急降下。獣の背中に嘴と爪を突き立て、またさっと上昇した。

 「うう、あれじゃ倒すとこまで行かない」

 「叩き落とされたらそれで終わりですもんねぇ」

 言っている間にも、大ジャガーは伸び上がって大鷲を捕えようとする。

 「ああ、小さくなってる」

 楓が呟いた。

 白銀と黄金―光でかたちづくられた大鷲とジャガーの身体が、良く見ると最初の時より小さくなっているのがわかる。

 「力を…使いすぎましたね」

 「祭司」がその呟きに答えた。

 「幸い、双方とも同じぐらい消耗していますけど…どちらかが『憑依』を維持できなくなったら、そこで勝負がつくでしょう」

 「楓さん!『祭司』さん!」

 カノコが駆け寄ってきた。

 「サイキは…」

 「見ての通りよ」

 「おのれ、『鷲の戦士』…!」

 ついにジャガーが、鷲を捕えてのしかかった。

 頭を振り上げ、鷲の心臓―そこに位置するサイキの本体に牙を突き立てようとする。

 「「サイキー!」」

 「負けねえ…!」

 一瞬―

 銀の大鷲の姿が―変わった。

 翼はそのままだったが、鷲ではなく巨人の姿に。

 「え…!?」

 人間の脚で、ジャガーを高々と蹴り上げる。

 翼を大きく打ち、空中にそれを追いすがったその姿は。

 「あれ!?」

 もう、大鷲の姿に戻っていた。

 あまりに一瞬のことで、本当に姿を変えたのか楓にも自信はない。

 (見間違えたのかな…?)

 どうにも確証がなかったので、口にするのは控えた。

 とにかく、動きのとれない空中でもがくジャガーに、大鷲が飛びかかった。

 「お、おのれ!」

 黄金のジャガーが反撃しようとするが、完全に浮いてしまっては牙も爪も本来の力は振るえない。

 「くっ…だが、着地さえすれば!」

 落ちながらジャガーが唸る。身体を捻って着地態勢を取った。

 「させるかよっ!」

 鷲が体当たりしてその体勢を崩した、が。

 「貴様も道連れだ…!」

 強引に身体をねじり、巨大な前足で鷲の身体を捕えた。力任せに放り投げ、大神殿に叩きつける。がらがらと石が崩れ落ち、鷲の身体に雨あられと降り注いだ。

 「う…く、もう、維持できねー…っ!」

 ついに、銀の羽根が輝きながら舞い散った。

 残されたのは、長身の少年が一人。

 「力が尽きたか、少年よ」

 大分小さくなったがまだ黄金をまとって、ジャガーが笑う。

 「だが容赦はせん!」

 巨大な前足が、振り下ろされた。

 このままでは生身の身体はなすすべもなく潰される。

 「サイキ…!」

 しかし。

 「何っ!?」

 大ジャガーが、その内なる「戦士」が驚きの声を上げた。

 黄金の前足を織りなす幻影の下には、眩い白銀の輝き。

 「く…ま、だ、負けてねえ…!」

 銀の光に包まれたサイキが、ジャガーの足を受け止めていた。

 「『憑依』はできないけど、この方がかえって力を集中できるぜ!」

 「こ、こいつ…」

 「もう『憑依』してないんだからいいよな!」

 サイキは、左手をかざした。

 「『遺産』よ!我が手に!」

 橙の光が爆裂し、「遺産」がサイキの手の中に出現する。

 「う、う…うおおおっ!」

 彼は、吼えた。

 「俺の声に、応えよ…!」

 叫びと共に「遺産」が大きくなり…ついに長大な一本の槍と化す。

 「虚仮脅しが…へし折ってくれるわ!」

 ジャガーが唸るように言い、飛びかかる。

 「へっ、虚仮脅しかどうか、試してみるか?」

 ありえないほど巨大な槍を、サイキは繰り出した。

 一瞬の交錯。

 「ぐ…ぐおおおお!」

 大ジャガーが絶叫した。槍が―ジャガーの肩口を深々と突き刺していたのだ。

 「いい加減、降参しろよっ!」

 ぎりぎりと槍をねじ込みながら、サイキが叫ぶ。

 「殺したい訳じゃねーんだからさ!」

 ばん!

 ついに、黄金の光がはじけた。

 「うっ、ぐ、おのれ、おのれ…!」

 金の炎をまとわりつかせた「ジャガーの戦士」が、怒りもあらわにサイキを睨みつけていた。

 「ぐぬ…」

 悔しげに呻くと、ぱっと身を翻した。

 「あ!こら待てっ!」

 サイキが手を伸ばすが、一瞬遅く。

 「戦士」の姿は、瓦礫の中に消えた。

 「『精霊の力』を打ち砕かれる前に、『憑依』を解きましたね…」

 「祭司」が、楓と共に彼に近づきながら言った。

 「まだ、闘えるってことかあいつは…でもまあ、勝ったぜ楓!」

 「ほんとにぎりっぎりの勝ちじゃないのよサイキ」

 口ではそういいながらも、楓は心底ほっとしていた。


   第十二章 役に立ちたい馬鹿もいる


 昇る朝陽に、照らされて。

 「蛇の壁」の中は、ぐちゃぐちゃな体を示していた。

 崩れて、中に埋もれていた古い神殿が露になったピラミッドもある。

 「あーあ…もう」

 大神殿も、羽毛蛇のピラミッドも無残な姿をさらしていた。

 「やれやれ…確かにあちこち傷んだり傾いたりしていましたが、美しい『都』の中心だったんですけどねぇ。これは、再建にはとんでもない労力が必要です」

 「…ごめんな。派手にぶっ壊しちまって」

 「いえ、壊れたものは造り直せます」

 サイキの声に、「祭司」はにっこり笑って応えた。

 「人死にが出なかっただけで充分です。命は失われたら戻ってきませんから…建物はいくらでも造れますからね。もっと美しく、もっと素晴らしい『聖域』にしてみせますよ」

 「サイキ殿!『羽毛蛇の祭司』殿!ご無事で…!」

 そこに、「海の語り部」と「海の戦士」が駆け寄ってきた。

 「楓殿も無事で何よりでござる」

 「船団はどうなりましたか?」

 「潮水の流れを操って対岸まで戻し、全員上陸したのを確かめてから沈没させたのでござる。これで当分動けぬかと」

 「それは良かった」

 「これで後は『煙を吐く鏡』を押さえるだけだな」

 「『ジャガーの戦士』に先回りされて、またどこかから変な『戦士』を呼び出されると厄介ですからね」

 「行こう、『煙を吐く鏡』の元へ」

 サイキは力強く言った。瓦礫の中から槍を一本拾い上げる。

 「俺のじゃないけど、まあいいや。『遺産』を呼び出し続ける訳にもいかんしな…これで用は足りるだろ」

 「そうね、行きましょう。『果ての地の科学者』を捕まえないと」

 みんな、うなずいた。

 「でも、それより…腹減ったなー」

 「かっこいいこと行ったと思ったのに」

 「あ、そう言うと思ってお弁当用意してました」

 カノコが包みを取り出した。

 「食べながら行きましょう、逃げられても困りますし」

 「そうだな、行こう…う、玉蜀黍の薄焼き(トラシュカリ)か。冷めるとまずいんだよな、これ。まあ弁当にはいいけど。…げ、唐辛子辛っ」

 サイキは文句を言いつつばくばく食べている。


 瓦礫の中を抜けて、「煙を吐く鏡」のあるはずの宝物庫に向かった。

 幸い、かなり「聖域」の中でも外れた場所にあるので建物は壊れていないようだ。

 「どんなのだろう、その『鏡』って」

 そんな言葉が出るほど、一行はリラックスしていた。

 「それを使えば、連れて来られた『戦士』たちや、ユーリ先輩とかも故郷に帰せるかもしれないなあ」

 「でも、『ジャガーの戦士』が力を注がないと起動しないんでしょ?サイキの『精霊の力』でも動くのかな」

 「その辺は融通がきくと思うけどな」

 「それに、『力』を一度注入すると、何日かは動いてくれるそうでぇ」

 「家電製品みたいなオーバーテクノロジーね」

 「で、操作できるのはその元『黒の組織』の科学者だけ、か」

 「こんな所で『黒の組織』の名前を聞くとは思っていなかったわ」

 「とっくに叩き潰したのになー」

 その置き土産が、こんな所で騒動の種になっている訳である。

 「早く捕まえるか何かして、『果ての地』に戻さないとね」

 そんな会話の間に、宝物庫の前に着いていた。

 「ここに、『ジャガーの戦士』の気配を、ごく僅かに感じます」

 カノコが扉の前で言った。

 「でも、まだ彼はここにはいないかと」

 「『鏡』にこめられてる、奴の『精霊の力』の気配か…よし、入るぞ」

 ばっと一同が足を踏み入れると。

 「な、何だ貴様らア!」

 ぼろぼろの白衣をまとった「果て人」と目が合った。


 その部屋でまず目に入るのは、天井に届きそうなほどの大きさの丸い黒曜石の鏡。

 そのまわりにはぎっしりと文様が刻まれている。

 その鏡面に、一同がぼんやりと映し出されていた。

 「何だよ、鏡って言う割には映り悪いなー」

 「そりゃ、『果ての地』のガラスの鏡に比べちゃいけないわよ」

 「何の話をしているウ!」

 呑気な会話に腹を立てた白衣の男がわめいた。

 「あなたが…元『黒の組織』の科学者ね」

 楓はあらためて男を見つめた。

 よれよれの白衣に身を包んだ、貧相な男性だ。

 鏡の枠を覆う木で組まれた階段状のテラスに陣取り、一同を見下ろしている。

 「貴様たちが我が『黒の組織』を潰した奴らかァー!」

 「『ジャガーの戦士』は倒したぞ。お前も観念するんだな」

 「まだ、まーだだ!」

 男は吼えた。

 「まーだワタシが負けた訳ではなーいイ!」

 「馬鹿なこと言うなよ。どうやって闘う気なんだ。その『鏡』の力でどっかの『戦士』でも連れてくる気か?」

 「そ、それは無理だが…こんなこともできるゥゥ!」

 そう叫びつつ、男はテラスをあっちに行きこっちに行きしながら、「煙を吐く鏡」のまわりの文様に手を走らせはじめた。

 すると文様がほのかに輝き出し―

 「うえっ!?」

 鏡から、もやもやと煙が吐き出されはじめた。

 「すげーな、ほんとに煙吐いてるよ」

 「何なのかしら…」

 もやもやとした煙は、やがてはっきりとした形を取る。

 不自然なまとまり方をした、その姿は。

 「俺たち…?」

 槍や銛を持ったいくつもの人型。そう、煙が取ったかたちは―先程「鏡」の表面に映し出されていた一同の姿、そのものだった。

 もやもやと絶えず動いているが、形はちゃんと保っている。

 「何だよ、ただの煙じゃないか。脅かすなよ!」

 言ってサイキが槍を突き出す―が、穂先は何の手ごたえもなく煙の人影をすり抜けた。

 「はっはっは、しょせん煙だろ?攻撃されても痛くも痒くもないっつーの」

 笑うサイキに、煙の「サイキ」が槍を突き出した。左肩をかすめて槍が奔る。浅く斬られて血がこぼれ出た。

 「うわ痛ってっ!攻撃は本物かよ!」

 続いて、煙の「海の戦士」が銛を手に、攻撃をはじめる。

 「こ、こんなんどうすりゃ勝てるんだ!?」

 サイキが思わず弱音を吐いた。

 カノコが傷を必死で癒しているが、それにも限界がある。

 じりじりと部屋の隅に追いつめられていった。

 「ちくしょー、どうすりゃいいんだよ!」

 みんなをかばいながらサイキが叫ぶ。

 「そんな!どうすればっ」

 楓は必死に考え―

 「どうだ、「煙を吐く鏡」の力はア!」

 勝ち誇る科学者に目が止まった。

 その手元で、文様がきらめいている。

 『煙を吐いて鏡像を造れ』

 そう、()()()

 (…!)

 楓ははっとして、まじまじと鏡のふちを見つめる。

 (文様じゃない。これ…文字だ!)

 一見ただの模様に見えるが、違う。

 浅沼教授に教えられたのとは少し書体は違うが、古代文字に間違いなかった。

 (もしかして…!)

 肩に載せてもらっていた、カノコに囁きかける。

 「―カノコさん!私を、降ろして!あの『煙を吐く鏡』の所に、行きたいの!」

 「そんな、無茶です!下手すると怪我では済みませんよ!?」

 「それでも、行かないといけないの。大回りして行くから大丈夫」

 「でも…何かあったら、私がサイキに叱られます」

 「ごめん。でも!」

 「…わかりました。気をつけてくださいよ?」

 床にそっと降ろされ、楓は慎重に歩き出した。戦闘に巻きこまれないように、こっそりと大回りして歩を進める。

 「行け!奴らを倒せェ!」

 科学者は夢中で叫んでいて、こっちに気づかない。

 足音を忍ばせて巨大な鏡のふちにたどり着き、木組みをよじ登って刻まれた文字をたどった。

 「―これだ!」

 『胸像を消せ』と書かれた一文を見つけ、手で触れていくと―

 「何ィ!?」

 今までサイキたちと闘っていた煙の姿が、揺らいだ。再び不定形の煙となり、鏡に吸い込まれていく。

 「うウ、こいつゥ!」

 科学者もやっと気づき、文字に指を走らせるが。

 「負けない…!」

 楓も負けじと操作し、主導権を奪い合った。

 煙は人型を取ったり崩れたりを繰り返していたが、やがて力尽きたように鏡面に吸い込まれていった。

 「こ、こ、こんな、馬鹿なァ…!」

 「今でござる!」

 「海の戦士」が飛び出し、銛をぴたりと男の喉元に突きつけた。

 「う…!」

 脂汗を流して彼は固まる。

 その間にサイキが楓に駆け寄り、すくい上げた。慌てる彼女に、彼は最高の笑顔を見せる。

 「すごいよ楓!助かった、ありがとう。楓がいてくれてほんっとに助かったよ!」

 「え…?」

 「俺、楓がいないとすごく困るもんなー、ほんと。ずっと一緒にいような!」

 戸惑う楓に、サイキははじけるような笑顔で言う。

 「役に、立て…た…?私が、古代文字を読めたから…?」

 「もちろん!」

 「本当に助かりましたよ、楓さん」

 カノコも言葉を添える。

 「楓、自分のすごさにいい加減気づけよ。自分は普通ですなんて考えてる場合じゃないよ、ほんとに」

 「でも私には、『精霊の力』も何もないし」

 「そんなの、どうでもいいじゃん」

 サイキは力強く言った。

 「楓の立ててくれる作戦で、どれだけ助かってるか」

 「そうですよぅ」

 まだ会って間もない「祭司」までうなずく。

 「…だから俺は!楓が楓だから…その、大事って言うか、だから…うう、何言ってんだ俺っ」

 途中で何が言いたいのかわからなくなったらしい。サイキはがしがしと頭をかき、唸った。

 「そう…なんだ」

 じわじわと、喜びがこみ上げてくる。

 (何か、一人で悩んでたのが馬鹿みたい。そうか、私が色々なことを学ぶことが、サイキたちの力になるなら)

 もっと学ぼう、努力しようと楓は思う。

 (私が助言することで、サイキがいずれ選択を迫られる時、二つの世界が幸せになる判断が、できるように)

 「ん?どした楓?」

 「ううん、何でもないの」

 ただ、覚悟が決まっただけ。

 何があってもサイキたちの支えになる、その決意が生まれただけ。


 ―後に楓は、この決断を(わら)う。

 (私、馬鹿だ)

 そう一人思い、再び思考の迷宮にはまりこむことになる。

 しかし、今はそれを知る由もない。

 (サイキのために、二つの世界のために、自分にできることをしよう)

 そう、思っていた。


 その頃。

 「おのれ、おのれ、おのれ…」

 ぼろぼろに傷つきながら。

 「ジャガーの戦士」は、片足を引きずって歩き続けていた。

 そこは、「都」の下の地下通路。

 湿っぽくかび臭い中を、ひたすら歩んだ。

 「許さぬ…いかなる手を使っても、奴を倒す…!」

 ぴちょん、ぴちょんと水滴が落ちてくる。

 その雫が、「戦士」の肩に当たる寸前じゅっと音を立てて蒸発した。

 「儂にこのような屈辱を…許さぬ!」


 「さて…この人、どうするのがいいかな」

 楓は、動けずにいる汚れた白衣の男に視線をやった。

 「ひ、ひィィッ!やめてくれ、殺さないでくれェ!」

 「殺す?そんなこと、する訳ないだろう」

 サイキが呆れたように言い、「鏡」に近づいた。それだけで科学者は怯えて縮こまる。

 「あなたが、この『鏡』を使って『戦士』たちを連れて来たのね?」

 「ワ、ワタシは生きのびるために、仕方なくゥ」

 「それでも、こんなこと間違ってるよ!」

 「―でも、それだけじゃないでしょう」

 「…!」

 男は、固まった。

 「『ジャガーの戦士』に、何を目的で力を貸したの」

 楓は、彼をまっすぐ見て言葉を放った。

 「そ、それは…」

 がくがく震えながら、彼は答える。

 「この『都』を『戦士』が支配した暁には、『守護精霊の地』を攻める。そこで『門』を開ける巫術師を捕まえられれば…故郷へ、『果ての地』に帰ることができる、とォ…!」

 「それで彼は『守護精霊の地』に目を向けていたのですか!?」

 「祭司」が息を呑んだ。

 「わたしのことがあるにしても、経済的には豊かな南の都市群を攻めた方が得なのに…とは思っていましたがぁ」

 「ワ、ワタシは帰りたかっただけなんだ!ただ、『ジャガーの戦士』に進言しただけで…乗ったのはあっちなんだァ!」

 「それにしたって、望みもしないのにあっちこっちから『戦士』を連れて来て言うことを聞かせる理由にはならんよなー」

 「素直に頼めば良かったのに。心を入れ替えて頼めば、スーミーさんだって納得して『門』を開いてくれたでしょうに」

 「し、しかしワタシは、もともと『黒の組織』の人間で」

 「俺たちもスーミーさんも、そんなに心は狭くないさ」

 「呑気なことを言いおって。お前らにワタシの気持ちがわかるか!」

 科学者は吼えた。

 「荒野に一人取り残された辛さが、わかるものか!さまよって、やっと人に拾われたと思えば玩具のように扱われ!生きのびるために、持てる知識を活用して何が悪い!」

 (この人は…ひどい目にあったために、こんなに歪んでしまったんだ)

 楓は、彼の苦労を思いやらずにはいられなかった。

 「そのワタシがァ!生きのびるために『ジャガーの戦士』に協力して、何が悪いと言うんだァ!」

 (必死で、自分を踏みつぶしそうな巨人たちの中で、あがいて来たんだ)

 それがどんなに辛かったか、思いやることしかできなかったけど。

 (私だって、サイキとはぐれたらひどい目にあっていたかもしれない…!私が歪まずにいられるのは、みんなが守ってくれたからなんだ)

 そう、思わずにいられなかった。

 (だから、この人は…私の鏡なんだ。歪んだ)

 「そうだとしても!」

 「待って、サイキ。私に話させて」

 楓は思わず、サイキを制していた。

 「だあってっ楓!」

 「大丈夫だから。―あなたのしたことを、どう決着つけていいかはわからない。でも…『果ての地』に帰って、法の裁きを受けるべきだわ」

 「今さら犯罪者として帰ってェ!『黒の組織』もない今、ワタシにどうしろと言うのだァ!」

 「それでも…それでも、帰ってちゃんと罪を償って」

 (戻れない…戻れても犯罪者だと、望みを失って)

 その絶望の深さに、立ちすくむ思いだった。

 (何とか、してあげたい)

 傲慢かもしれないが、そう感じ…楓は必死で、言葉を続けた。

 「『黒の組織』はもう無いんだし!あなたを縛るものはもうないんだから!」

 「しかし…裁かれるだろうし」

 「大した罪にはならないよ、大丈夫」

 逃げているから、怖いのだ。

 立ち向かう気になれば、それほどのものではない。

 そう、伝えたかった。

 「お前のように、守ってくれる者がいる奴に…ワタシが味わった恐怖が、わかるものか」

 「わからないよ、わからないけど…このままじゃいけないってことは、わかるよ!」

 楓は思いを叩きつけた。

 「逃げてるだけじゃないか!本当は帰りたいのに、怖くて目をそむけて、何とか逃げようとしてるだけで!」

 (怯えが、心に沁みついて…何とか逃れようと、帰っても罪に問われないようにしようとして)

 巨大な人々にも、帰ってからの裁きにも怯えて。

 「帰ろうよ、勇気を出して!」

 「そ…うか、帰れるのか…故郷へ」

 男の目に、光が戻ってきた。

 「たとえ裁かれても…帰りたい…っ」

 「帰ろうよ、ね」

 科学者は、木組みから降りようと動き出した。

 ―その時だった。

 「コバヤシ…っ!」

 疾風のように、部屋に駆けこんできた男がいる。

 「『ジャガーの戦士』…!」

 身につけた毛皮も、身体もあちこち傷ついているが。

 瞳の輝きは失われていない。

 その、黄玉(トパーズ)色の眼光で科学者を睨みつけ―

 「『鏡』をつなげ!『氷の精霊の地』へと!」

 そう、大音声で命じた。

 「駄目、言うこと聞いちゃ!」

 しかし―身にしみついた反射と言うべきか。

 楓の制止も届かず、怯えた彼は「鏡」を操作してしまう。

 煙色の鏡面が、一面白くきらめく世界を映し出した。

 「はは、追ってくるなら来い!この地に封じられた最強の『戦士』、『加護を受けた者の長』をよみがえらせ、今度こそ貴様たちを倒してやる!」

 言い捨てて、「ジャガーの戦士」は鏡の中に身を躍らせた。鏡面は何の抵抗もなく彼を通す。

 「『氷の精霊の地』に封じられた『戦士』だと…?」

 「海の語り部」の顔に驚愕の色が浮かんだ。

 「奴を追うぞ、早く!その者がよみがえったら、『二つの世界』はかつてない危機を迎えるぞ!」

 「何だって!?」

 「行くぞ!」

 「承知!」

 「語り部」の声に「海の戦士」が応え、二人で鏡を通り抜けて向こうに消えた。

 「俺たちも行くぞ、楓!」

 「うん!」

 「わたしは残ります!必ずつなぎ続けますから!」

 カノコの声が追っかけて来た。

 「煙を吐く鏡」を潜る二人。

 果たして、その向こうに待つのは何なのか?

 一体どうなっているのか。

 二人の運命は?

 未だかつてない困難が、二人に立ちはだかる!


                                   END






























































































































































































 














































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