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電子の海は繋がっている  作者: 友鶴 紫丹
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清掃記録簿

 6回目の深夜の一服を終えて、最終チェックもかねて床のモップ掛けの準備に取り掛かる。

 入口のそばの水道でバケツに水を溜めつつ、床に洗剤を撒いていると、プリンターから何か出ているらしいガチャガチャという音が聞こえてきた。

 裕彦が入社する前から使っているC社のプリンターで、店舗ではおなじみの、ファックス兼用のものだ。深夜とはいえ、道路で事故など異常がある場合、お知らせも兼ねて送られてくるのである。

 バケツを取りに行きがてら、プリンターにチラリと目を向けると、見覚えはあるものの、なんだか道路情報ではなさそうだ。本社からの嫌がらせに違いないと感じ、無視して床掃除。

 無心で床をこすること、約30分。床の汚れと、仕事へのささくれた気持ちをデトックス終了した裕彦は、先ほど無視したプリンターへの興味を燃やしてしまった。印刷物は1枚。てっぺんに「清掃記録簿」と大きくあり、ファックス先の細かい記録的なものがないところを見ると、パソコンから印刷されたものらしい。もちろん裕彦も普段から上司にやかましいほどうるさく記入を叫ばせている側であるため、見たことも使ったこともあるし、印刷だって自分でもよくやっている。

 その用紙には何の問題もないし、店のプリンターから出てきても何の不思議もありはしない。しかし、今だけは出てきてはいけないのだ。清掃開始から6度の一服をはさみ、時刻は2時40分。

 あと30分ほどで警備会社から電話が来るのである。かかってきてから毎回のように「今日は帰りません」などというのも恥ずかしいのである。だからこそ、掃除の終わりに記録簿などが印刷されてしまうと、一瞬記入しなくては!という強迫観念にも似た社畜根性が目を覚ますものだが、今だけは何となく薄気味悪さが先に出てきた。

 何しろこの時間、店には裕彦以外はいるわけがないのである。ましてや給料日まであと3日、末締め10日払いの今日この頃に、記録簿など当の昔に掲示されているに決まっている。無論もう書いている。

「マジか…」

 タバコの影響で、自分が思っている以上にかすれている声が出て、同時に喚き散らしたくなってきた。

 幸いといっていいのかわからなかったが、今は一人。わけのわからない気持ち悪さを少しでも薄めるためにはとりあえず叫びたかった。

「何でだよ、今誰もいないだろ!いやいやいや、いないから。裕彦さん一人だから!」

 さらに落ち着きを取り戻すべく、パソコンのキーボードをエンター。スリープから目覚める低いうなりとともに、デスクトップが明かりをともす。普通なら、最後に触った裕彦が開いていた画面だろうし、何かの拍子で記録簿が開いただけ、そう信じたい自分を裕彦は痛いほど感じていた。

「おそいよぉ、早くあけよぉ、うぐぐぐぐ。」

 動揺のあまり、若干幼児退行気味に口調が変化する。

「来たっ」

 スクリーンセーバーにプチプチとアイコンが整列する。画面は裕彦が最後に戻した通り、基本のアイコン画面であった。まだ安心はできない。急ぎファイルがしまってあるエクセルを起動。

「最後に開いた画面は、日報だったか?くっそ、寝ぼけててわかんねぇ。」

 エクセルの基本画面である、book1、タスクバーのファイルで履歴を確認。結果、裕彦がつぶやいているように、営業日報が最後に開いた画面であるようだった。件の記録簿のファイルは1週間ほど前の日付でこっそり残っていた。

「1週間前って月初やんなぁ、店長か、出したんは。」

 裕彦が勤めている店は事務仕事は主に店長である村松が担当している。最初は社員全員で分担していたが、売り上げの管理も絡むから、結局村松が一人でやっている。とはいえ、簡単な書類仕事のようなものは裕彦もやっているし、食材などの記録は毎日とっているので、それなりに触っている。

「にしたって、1週間遅れで印刷とかないよなぁ?いや、きもひっ」

 小さく悲鳴を上げてしまったが、調理場のほうから激しく水音が聞こえる。

「いい加減にしろよ、いないんだよ、そういうのは。」

 虚勢を張っているのが丸わかりな小声でブツブツ言いながら調理場へ向かうと、手洗い場の蛇口から水がでている。音の原因はこれのようだ。センサー式のため、虫に反応してしまうこともある。しかし、秋口になった今、セミやハエではないだろう。備え付けられたペーパータオルを数枚手に取り、センサー部を覗く。ゴキブリはいなかった。石鹸のこびりつきもないようだが、念のため丁寧に拭っておく。

「いち、にぃ。うん、帰んべ。」

 不気味な何かを感じたため、これ以上の思考を放棄。記録簿は事務机の上に置き、手洗い場にはセンサー故障の張り紙を一応しておく。朝一水が出ていて電話されても困る。もう眠いのである。

 駐輪場に止めていたマウンテンバイクへまたがり、立ちこぎで帰宅した。一度もブレーキを握らなかった。

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