第65話「古き村の遺跡と、漆黒の王騎(ロード)」
──ユウキ視点。『フィーラ村』跡地にて──
俺は200年ぶりに『フィーラ村』の入り口に立っていた。
村は思ってたより、原形をとどめていた。
『フィーラ村』のまわりには、魔物避けの石垣がある。ずっと昔に作ったものだ。
これは、ほとんど崩れずに残っている。
でも、城門代わりにしてた扉は外れて、地面に転がってる。
よく見ると……ああ、接続部分の金具が錆びたんだな。
ずっと雨風にさらされてるとこうなるよな。しょうがないか。
オデットを連れて門をぐぐると、見慣れた村が姿を見せた。
200年ぶりに帰った村は…………静かだった。
人の話し声がまったく聞こえない。
あるのは、風が山の木々を揺らす音と、鳥の鳴き声だけ。
コウモリ軍団は木の枝や、建物の軒下に留まる音だけだ。
「……本当に……誰もいないな」
人の声も、姿も、なにもない。
ただ、からっぽの家だけが残ってる。
それも、完全なかたちで残っているのは半分くらい
残りは屋根が崩れて……壁が割れて……早い話が経年劣化で壊れてる。
でも、動物や魔物に荒らされた様子はない。
俺の使い魔とその子孫たちは、本当にずっと、村を守ってくれていたようだ。
家の中を覗いてみると……きれいに整理されてた。
村の連中は、必要な荷物を持って、ちゃんと掃除してから村を出たんだな。
「……安心したよ」
「そうなんですの?」
「村の中に、白骨死体が転がってたらどうしようかと思った」
家はちゃんと普通に壊れてる。
焼かれた跡も、人の手で壊された跡もない。
正直、少し心配してた。
俺が死んだあと、『聖域教会』が村の連中を攻撃したんじゃないかって。
でも、戦いの跡はどこにもない。
俺が死んだあと、村人たちは素直に『聖域教会』に従ったんだ。『聖域教会』もそれを受け入れて、村人たちを攻撃しなかった。
それが、やっと確認できた。
まぁそのあと、ライルが『聖域教会』に潜り込んで色々やらかしたんだけどな。
「ったく。守り神に心配させるんじゃねぇよ」
「苦労性ですわね。ユウキ」
気がつくと、オデットが俺の手を握っていた。
金色の髪を揺らして、安心させるように、俺に笑いかけてる。
「気づいてましたか? ここに来るまでの間、ずっと、緊張した顔をしてましたわよ?」
「そうか?」
「そうですわよ。村人たちが無事に逃げていたようで、よかったですわね」
それからオデットは、興味深そうに村をみまわして、
「……で、ここが、ユウキとアイリスが前世で生きていた村、ですのね」
なんだか感動したみたいなため息をついた。
廃村になった『フィーラ村』には、なにもない。
家の影や軒下に、コウモリたちが隠れてるくらいだ。
オデットが見て面白いところなんか、なにもないと思うんだが。
「ユウキ。あそこの斜面に作られているのはなんですか?」
「段々畑だ」
「段々畑……」
「山の北側に水源があって、そこの水が自然に流れるようになってる。上の方は水がたくさん必要な作物を、下の方には水が少なくてもいい作物を作るシステムだ」
「水はどうやって確保していますの?」
「俺が魔術で水源を探して、3箇所確保しておいた。うち2箇所はきれいな湧き水だ。そのまま飲めるぞ」
「…………そうなんですの」
オデットは複雑な表情でうなずいてる。
だから、別に面白いところなんかないんだって。
「あちらの斜面に、なにか柵のようなものがありますけれど?」
「獲物を捕らえるためのトラップだよ。吊された獲物がそのままになってるところを見ると、村の連中、撤去していかなかったみたいだな」
「そ、そこの大きな建物は?」
「公衆浴場だ。水源から水を引くようになってる。衛生管理は大切だから、いつでも身体を洗えるようにしたんだ。残念ながら、熱い湯が沸かせる耐熱式の風呂桶は小さいものしか作れなかったんだが」
「ちなみに、その隣にある小さな小屋は?」
「あそこには村の伝言板がある。魔物の出現情報や、村の中で気づいたこと、俺に頼みたいことがあるときに書くように言ってある。いわゆる情報共有だな」
「その隣にある小さな畑と小屋は?」
「あれは薬草畑と研究室だ。そういうのが好きな一族がいたから、設備を作ってみた。確か代々、ポーションなんかを近くの町に売りに行ってたと思うが」
「隣は鍛冶の施設……作りかけの髪飾りがありますわね……」
「細工師がいたからな。『グレイル商会』のローデリアの先祖だ。なんか色々と注文を受けてたらしいぞ。俺はあんまり興味がなかったから、材料調達を手伝ったくらいだけど」
「…………へー」
オデットは、目を丸くしてる。
「期待外れだったか? アリスやローデリアは色々言ってたけど、ここは普通の村だよ。オデットが見ても面白いところはなんにもないんだ」
「ユウキ」
「ああ」
「……ここ、200年前の村ですわよね」
「200年前の村だな」
「…………なんでこんなに機能的なんですの」
オデットは地面にひざをつき、がっくりとうなだれた。
「敗北感を感じてしまいますわ。スレイ公爵家の領地でも、こんなに進んだ村はないですわよ。なんですの、この村」
「そうかなぁ」
「そうです! そもそも、山の上にこんな大きな村があることがおかしいです。どうやって土地を広げましたの?」
「みんなでがんばった」
「山にいる魔物はどうしましたの?」
「俺と村の連中で定期的に駆除してた。うちの村の連中、通常魔術なら全員使えるから」
「……すごすぎですわ」
いや、そんな感心することでもないだろ。
なんでがっくりと肩を落としてるんだよ。オデットは。
「俺が手助けして150年かけていろいろ調整してきただけだって。スレイ公爵家にも、同じくらい生きてる奴がいれば、これくらいのことはできるよ」
「ユウキ」
「なんだよ」
「スレイ公爵領で守り神をやりません?」
「やらねぇよ。んなもんやったら今度は『魔術ギルド』に目をつけられるだろうが」
それに、実際に村を作り替えていったのは村の連中だ。
俺は「なんとなく」意見を聞いて、「そこはかとなく」手伝っただけだ。
別の村で同じことをやれって言われても無理だ。
「この村の連中なら、俺がいなくてもそれなりにやっていってたよ。たぶんな」
「どうでしょうね。それは」
オデットは首をかしげた。
「絶対に自分たちの味方で、自分たちが死んだあとも、自分たちのことを覚えていてくれる──そんな守り神がいたからこそ、村人たちは安心して働くことができたんではありませんの?」
「……そういうものかな」
「人間であるわたくしの意見です。信用なさい」
「なるほど、俺は人間の初心者だからな。先輩の意見は聞くべきだな」
「いえいえユウキとわたくしは同い年でしょうに」
オデットは困ったような顔で、笑った。
それから俺は、昔住んでいた古城に向かった。
山の中腹にある『フィーラ村』の、そのまた先にある山を登った先にあるのが、俺がいた古城だ。
ここからだと、木の間に隠れて見えにくいんだが……。
「……やっぱり、屋根が壊されてるな」
古城の屋根に大穴が空いてる。穴のまわりには、焼け焦げた跡も。
魔術で焼かれたらしい。『聖域教会』の仕業か。
俺はオデットを抱えて『飛行』スキルを起動した。
村の屋根を蹴り、木々を足場に上昇していく。
そのまま俺たちは古城の上へ。
そして屋根の大穴から中に入ると──見慣れた大広間があった。
「ここが……前世のあなたの『玉座の間』ですの?」
「村の連中は面白がってそう呼んでたな。ここはただの勉強部屋だよ。この椅子だって、鍛冶職人が作ってくれた奴を、年々補修しながら使ってただけだ」
その椅子は、崩れた石の下で潰れてる。
俺が死んだ場所も。血の跡さえ、もう見えない。
「子どもたちの勉強部屋……というよりも、子守り部屋かな。アリスも、その両親のライルとレミリアも、ずっとここで文字と計算の勉強をしてた」
「教材はどうしてましたの?」
「本はなかったからな、時々、記憶力のいいやつと一緒に港町まで飛んでいって、吟遊詩人の歌を暗記してた。帰ったらそれを文字に起こして、教材にしてたんだ。計算の方は……魔術に関係してくるからな。俺が手書きでいろいろ勉強道具を作ってたよ」
「なんなんですか、その英才教育。どこの上級貴族ですか」
「いや、村の守り神やってるうちに楽しくなってきて……つい」
それももう、昔の話だ。
ライルもレミリアも、もういない。
殺された俺は転生して、ついでにアリスもついてきた。
あのころ『我々は正義だ。お前は魔王だ!』って、勢いづいてた『聖域教会』は、今じゃ禁忌の存在になってる。それを支持してた王国は滅んで、『古代器物』も失われた。
「なにか正しいかなんて、200年も経てば変わるもんだな」
「あなたは自分が殺されたことに、怒っていませんのね……」
「『聖域教会』の連中は全員墓の下だからなぁ。本人が死霊になって出てきたら、よろこんでぶち殺すけどな」
「だけど、『聖域教会』の残党はまだいます」
「そいつらの相手は『魔術ギルド』に任せるよ。そのために『霊王騎』を置いてきたんだ」
「そして……あなた用の『王騎』はここにあるのですね」
「俺の予想通りならな。この部屋の下だ」
俺は『玉座の間』を出た。
古城の廊下は、ざらついた土に覆われている。
屋根が破れてるせいだ。雨水が溜まってないだけ、まだましか。
オデットは、黙って俺の隣を歩いてる。
彼女が一緒でよかった。
オデットを見ていると、今が200年後だってよくわかる。
ここは前世の俺が住んでいた場所で、死んだ場所だ。
俺にはここで生きていた、150年分の記憶がある。
こうして古城を歩いてると、昔に戻ったような気分になってしまうんだ。
だけど、今、俺の隣を歩いてるのはオデットだ。この時代の俺の友人で、アイリスの親友だ。
それと、俺のポケットにはマーサのハンカチが入ってる。
旅に出る前に持たせてくれたものだ。
マーサは使い魔のレミーに料理を教えながら、俺の帰りを待ってるはずだ。
2人の存在が俺に、今が200年後だってはっきり教えてくれる。
「つまり、オデットがいい奴だってのはわかった」
「い、いきなりなにを!?」
「いや、オデットが一緒に来てくれてよかった、って思って」
「……それはこっちのセリフですわ」
オデットは真っ赤になった顔を逸らした。
「わたくしも……その、貴重な体験をさせてもらっていますもの。魔術師として」
「『王騎』があったらオデットにも一緒に調べてもらうよ。たぶん……このあたりにあるはずだ」
俺は『玉座の間』の真下あたりで立ち止まった。
場所は、下の階に続く廊下の真ん中だ。
目の前には石造りの壁がある。
「オフェリアが言ってた。『民の長が学びし部屋の、底に賢き土産物』って」
「上の玉座の間が勉強部屋で、その真下。ですか。なるほど」
というか、他に心当たりがない。
ライルの奴、もうちょっとひねった方がよかったんじゃないか……?
「ここには隠し扉がある。開け方を知ってるのは、俺と歴代の村長だけだ」
「なんのための部屋ですの?」
「村人の健康管理用のファイル置き場だ。誰がなにを食べられなくて、誰が風邪を引きやすいか、とかな」
「根っから村の守り神でしたのね。あなたは」
「死んだ連中のことを覚えておくための部屋でもあるな。人間なんて、自分の曾祖父より前のことはわからないからな。記録に残しておきたかったんだ」
「いい話ですわね」
「あと、アリスがむりやりロックを解除して、自分のスリーサイズを書いた羊皮紙を紛れ込ませようとしてた」
「それはどうでもよかったですわ!」
「昔のパスが使えるはずだ。開けるよ」
俺は指先を傷つけて、壁に『魔力血』を塗りつけた。
壁に文字が浮かび上がる。
「──『ディーン=ノスフェラトゥと、一番古い村人との約束』」
俺がパスワードを口にすると、壁に穴が空いた。
数人が並んで通れるくらいの口が開く。
俺は魔術の灯りを作ってから、オデットの手を引いて中に入った。
「…………ここが、隠し部屋」
オデットは小さなため息をついた。
隠し部屋の中は、広い空間になっていた。
元々は、ここには書棚があったはずだ。今はそれが全部取り払われてる。
村人ファイルは防水性の袋に入れられて、部屋の隅に積み重ねられている。
角と角をぴったり揃えた置き方は、間違いなくライル=カーマインのものだ。
あいつ、きっちり部屋を片付けてから、書棚をどっかに持っていったらしい。
「……まぁ、書棚があったら入らないよな。これは」
書棚の代わりに部屋を占拠しているのは──漆黒の鎧だった。
大きさは人の身長の2倍くらい。あの『霊王騎』と、ほぼ同じだ。
違いは、背中に生えている巨大な翼だ。
薄い金属でできていて、やわらかく、しなりがある。
翼があるということは飛べるんだろうか。
頭部にはフルフェイスの兜がついている。頭の左右には大きな、ねじれた角。
いかにもまがまがしい。両腕についている爪も凶悪だ。
こんなもんで殴られたら、甲冑をまとった騎士だって吹き飛ぶぞ。馬ごと。
「これが、ユウキのための『王騎』……」
「ああ。アリスの父親、ライル=カーマインの遺産だ」
鎧の手前にある床に、文字が彫ってあった。
ちょっと左上がりの文字は、間違いなくライルのものだ。
書いてある内容は短い。
ただ、
『ひとに消えないトラウマを植え付けた馬鹿親父に、これを贈る。
あんたが二度と死なないように。あんたを二度と、誰にも殺させないように。
我が主に、王騎「ロード=オブ=ノスフェラトゥ」を捧げる』
「こんなことするために……どんだけ苦労したんだよ。お前は」
頭が痛くなってきた。
俺を二度と誰にも殺させないように、ライルは『王騎』のひとつをここに残したのか。
やりすぎだろ。いくらなんでも。
俺を殺した勇者として、『聖域教会』に潜り込んで、賢者と呼ばれるまでにのし上がって──最終的に『聖域教会』を裏切って、『古代器物』を封印して、『王騎』をかっぱらってここまで持って来た。
働き過ぎだ、お前。
吟遊詩人が物語として歌ったら、話を盛りすぎだってクレームが来るぞ。まったく。
「まぁ、ライルひとりでやったわけじゃないんだろうけどさ……」
「あなたの村の人たちって、すごかったのですね」
「俺としちゃ、死んだ守り神のことなんか忘れて、のんきに生活して欲しかったんだけどなぁ」
どうも育て方を間違えたらしい。
というか、あいつらのスペックが高すぎだ。
「ほんっと……すごい連中だよ。お前たちは」
お前がどこで死んだのかはわからないけどさ、ライル。
いつかお前の墓を、必ず見つけてやる。
まぁ、ライルとレミリアにかかれば『古代魔術』で不老不死になってる可能性もないわけじゃないけどなぁ。
でも俺は──危ないことするな、って何度も言ったんだけどな。
それなのに。お前たちときたら。まったくもう……。
「これ……どうするんですの。ユウキ」
「しょうがないから着てみる」
「あなたならそう言うと思ってましたわ」
魔術の灯りの下で、オデットは口を押さえて笑った。
「動かせるようなら、こっそり王都に持って帰るさ。難しいようならここに置いといて、時々、研究に来るよ」
「ここにあることは内緒ですわね。わたくしも、秘密は守りますわ」
「ありがと」
「ただ……できれば、わたくしも研究に参加させてくださいませ」
オデットはそう言って、貴族の姫君としての正式の礼をした。
「この『王騎』が、今の世界にとって良きものであるなら、その成果をわたくしも知りたいのです。スレイ公爵家の民が、少しでも楽に暮らせるように」
「わかった。それじゃ……ちょっと試してみる」
まずは『魔力血』でハッキングして、様子を見て。
安全そうなら装着して、動いてみる。
さらに動作確認して……今回は翼で飛べるかどうか確認するところまでだな。
『ごしゅじん──────っ!!』
そんなことを考えてたら、隠し扉からディックが飛び込んできた。
『緊急ですー。オフェリアさんのところから、クリフが来たのです!!』
「……クリフが?」
コウモリのクリフと、元子犬のガルムは、オフェリアに預けておいたはずだ。
そのクリフが……ここに?
「なにがあった? クリフ」
『トーリアス領に魔物が出たのですー』
ディックは言った。
『あの「アームド・オーガ」と同型の、ヨロイを着た魔物なのですー! それと、後方に人間の魔術師らしい影があるそうです! トーリアス領が──襲われていると』
俺の肩に留まって、あわてた声で、ディックはそんなことを告げたのだった。




