第24話「元魔王、ライバルと出会う」
今日は2回更新しています。
はじめてお越しの方は、第23話からお読みください。
男爵領を出て3日目。
俺とマーサを乗せた馬車は、順調に街道を進んでいた。
男爵領から王都までは、馬車で約4日。
明日には、王都が見えてくるはずだ。
「乗合馬車を使ってもよかったんだけどな」
「そういうわけにはいきませんよ。ユウキ坊ちゃん」
御者役の兵士は言った。
年齢50を超えた老兵士で、名前はベルゲン。領地の巡回警備をやっていた人だ。
「坊ちゃんは王女殿下の護衛騎士になるのですからなぁ。それほどの方を王都までお連れするという大役を与えられるなんて……これほどの名誉はございません」
「涙ぐむことないだろ。あと、坊ちゃんはやめて欲しい」
「気にすることないと思いますよ。ユウキ坊ちゃん」
「やめれ、マーサ」
「ふふっ」
振動対策の毛布に腰掛けながら、マーサは楽しそうに笑った。
「まさかマーサが王都に行くことになるとは思いませんでした」
「悪いな、付き合わせて」
「マーサはユウキさまの相棒ですから」
「この世界で生き延びるための、な」
「ここが人に優しい世界ではないことは、マーサの実父が亡くなった時に思い知りましたので」
「俺は死なないから安心していいよ」
「信頼しております。ユウキさま」
「ありがとう。それにしても……馬車、遅くなってないか?」
俺は馬車の窓から、外を見た。
さっきから、景色がほとんど動いてない。
「すいません坊ちゃん、マーサちゃん」
「マーサちゃんはやめてください」
「気にすることないと思うぞ。マーサちゃん」
「……むぅ」
「なにかあったんですか? ベルゲンさん」
「いえ、前の馬車がなかなか進まなくて……」
そう言って御者席のベルゲンさんは、俺とマーサに頭を下げた。
「ディック。いるか?」
『はい。ごしゅじんー』
荷物の間に隠れてたコウモリのディックが、顔を出した。
「悪いが、道の様子を見てきてくれ。なにかあったのかもしれない」
『承知しましたー』
ディックは黒い翼を動かして、馬車の窓から出て行った。
「今のが、俺の使い魔のディックだ。他にもゲイルとニールがいる」
「ユウキさまは色々なお友だちがいますね」
「おどろくかと思ったのに」
「マーサにとってユウキさまがすごいのは、当たり前のことです」
「一度くらい、マーサをびっくりさせてみたいもんだ」
「いえ、マーサがびっくりしなくなったのは、幼いころユウキさまにびっくりさせられすぎたからなのです」
「なんかごめん」
「いいえ、マーサがユウキさま専用のメイドとなるための、よい訓練でした」
「マーサってすげぇな」
「そのセリフ、そっくりお返しいたします」
そんな話をしてるうちに、ディックが戻ってきた。
『道は空いてるのに、前の馬車がゆるゆる進んでます。兵士と一緒に大行列です』
「大行列?」
『はいですー。箱馬車3台。護衛たくさんですー』
「本当に大行列だな。どこの馬車かわかるか?」
『ワイバーンの印がありましたー』
「ワイバーンの印か。マーサ、知ってる?」
「それなら……侯爵さま、いえ、公爵さまの……?」
「ワイバーンはスレイ公爵家の家紋ですよ。坊ちゃん、マーサちゃん」
御者席でベルゲンさんが言った。
「歴史ある貴族のお家です。その行列を追い越すわけにはいきませんなぁ」
「いえ、停まったようですよ」
「……そうですな」
窓から見ると、公爵家の馬車が停まってた。
ベルゲンさんがたずなを引いて、馬車を停めた。
「マーサ、父さまが出がけに言った言葉を、覚えてるか?」
「精一杯やってきなさい、でした」
「その後、同時期に王都に行かれる貴族のご子息もたくさんいる、って言ったんだ」
「覚えております。他家の貴族にも、ユウキさまのお話をされたんでしたね」
「父さま、どんな話をしたんだろうな」
「ユウキさまがご自慢ではあると思います」
俺とマーサは顔を見合わせた。
嫌な予感がしたからだ。
「坊ちゃん。前の馬車から、誰か降りて参ります」
「俺が対応しよう。マーサ、服だけ整えてくれ」
「承知いたしました」
俺はマーサに背中を向けた。
マーサは荷物からよそ行きの上着を取り出し、俺の肩にかける。
俺がベルトを緩めると同時に顔を横に向けて、アイロンのかかったズボンを差し出す。俺がそれを身につけている間に、メイド服の胸元から櫛を取り出し、髪を整えてくれる。それから上着の皺を叩いて伸ばし、襟元を整えて、完成だ。
「……20年連れ添った夫婦のように、息が合っておりますな」
「相棒ですから」
「マーサはユウキさまに、忠誠を誓っておりますので」
マーサとベルゲンさんを残して、俺は馬車を降りた。
スレイ公爵家の馬車からは、3人が降りていた。
1人は、俺と同じくらいの年齢の少女。あとの2人は護衛のようだ。
「スレイ公爵家の方とお見受けいたします」
俺は貴族の形式どおりに頭を下げた。
「こちらはグロッサリア男爵家の次男、ユウキ=グロッサリアと申します。馬車を停められたということは、なにか俺にご用がおありでしょうか」
「こちらはスレイ公爵家のご令嬢、オデット=スレイさまである」
答えたのは護衛の2人だった。
「恐れ多くもオデットさまは、男爵家の庶子にお言葉を下さるとの仰せだ。下級貴族にはありえないほどの幸運、かみしめるがいい」
公爵家の護衛じゃなければ殴ってる。
……いや、そう感じるのは俺が人間の初心者だからか。
一般的にはすごい幸運なのかもしれないな。
だったら、それに合わせた対応をしよう。
「恐れ多いので、お言葉はご遠慮させていただきたいと思います」
俺は言った。
「こちらは田舎貴族の庶子でございます。公爵家の方よりお言葉をいただいてしまったら、一生分の幸運を使い果たしてしまうことでしょう。明日死ぬかもしれません。俺には父からの命があり、それを果たす前に死んでしまうわけにはいかないのです」
「いや、ちょっと待て」
「まずは父に、公爵家からのお言葉をいただいても大丈夫かどうか、手紙を書いて確認したいと思います。なんといっても、下級貴族にはありえないほどの幸運なのですから」
「…………」
「では、これで失礼」
俺は一礼して、後ろに下がった。
上位貴族が相手のときは、このまま相手が立ち去るのを待つのがセオリーだ。
めんどくさいな、人間。
「護衛の者の非礼をお詫び致します」
金色の髪の少女が、前に出た。
身長は俺より少し高いくらい。すらりとした体型の中で、豊かな胸が存在を主張している。着ているのは高級そうなドレス。ルーミアに見せたら大喜びしそうだ。男爵家じゃ買えないから。
彼女が公爵家の令嬢、オデット=スレイか。
「わたくしは、あなたに提案があって馬車を降りたのです。ユウキ=グロッサリア」
オデット=スレイは言った。
「あなたにも関わりのある話です。王女殿下の護衛騎士についてですわ」
言われて、俺は反射的にオデット=スレイを見つめた。
予想通りの反応だったのだろう。
彼女オデット=スレイは、満足そうにうなずいた。
「王女アイリス=リースティア殿下がご自身の護衛騎士を指名されることはご存じでしょう?」
「知ってます。殿下から直接うかがいました」
「その候補者が4名いることは?」
「……4名?」
「王女殿下が独断で、ご自身の護衛騎士を決められるわけではないからです」
言われて初めて気がついた。
貴族にとって王族の護衛騎士なんてのは、最大の名誉だ。
たとえ護衛される本人であっても、自分の希望を通すわけにはいかないのか。
アイリス殿下も『陛下の許可が必要』って言ってたっけ。
きっと貴族同士の根回しとか、パワーバランスがあるんだろうな。
「つまり、王女殿下が指定した人間の他にも、殿下の護衛騎士候補が3人いる。そのうちの1人が、オデット=スレイさまということですか」
「その通りですわ」
「わかったようだな。男爵家の庶子よ」
兵士が俺を見て、言った。
「わかったら即刻、王女殿下の護衛騎士を辞退するのだ。護衛騎士の栄誉にふさわしいのは、われらがオデット=スレイさまなのだからな!」
「なにを言うのですか! この愚か者!!」
ばちん。
オデット=スレイが、後ろにいた兵士を平手で叩いた。
「公爵家ともあろう者が、実力で地位を手にしなくてどうするのですか! 愚かなことを言うものではなくてよ! 訂正なさい!」
「も、申し訳ありません! オデットさま!!」
「誰か! この無礼者を下がらせない。今すぐに!!」
彼女に言われて、叩かれた兵士が馬車の向こうに連れて行かれる。
「お見苦しいところをお見せしたのをお詫びいたします。わたくしの提案はシンプルです。ユウキ=グロッサリア、わたくしと手を組みなさい」
「手を?」
「他の2名はすでに、同盟関係にある様子。あなたがわたくしと手を組めば、対等に戦えるのではなくて?」
「候補4名のうち、我々以外の者は手を組んでいる、と?」
「情報はつかんでいます。侯爵家の方と、伯爵家の方ですわ」
「護衛騎士になれるのは1人でしょう? つまり、他の2名に勝ったあとで、俺とオデットさまで決勝を行うということなるのですか?」
「話が早いですわね。その通りです」
オデット=スレイは豊かな胸を揺らして、笑ってみせた。
「もちろん勝つのはわたくしでしょう。けれど、仮にそうなったとしても、わたくしはあなたを味方として扱いますわ。男爵家が、公爵家の知遇を得るのです。これはあなたにとっても、メリットのあることでは?」
「少し考えさせてください」
「いいですわ。おそらく、護衛騎士を選ぶ試験が行われるはずですから、それまでに」
「いえ、王都に着くまでに決めます」
「決断が早いですわね」
「それまでは仮の協力関係ということにしませんか? 敵対せず、困難があった場合は協力する。そうすることで、お互いの実力もわかるでしょう」
「え、ええ。そ、それでいいですわよ」
「よかった。では、よろしくお願いします」
「お待ちなさい」
馬車に戻ろうとする俺を、オデット=スレイが呼び止めた。
「ユウキ=グロッサリア。教師カッヘルが召喚したグリフォンを、あなたが一人で倒したというのは本当ですの?」
「誰ですか、そんなこと言ってたの」
「あなたの父君ですわ」
……父さま。なにしてくれてるんだ。
「俺ひとりではありません。王女殿下も、他の兵士もいました。協力して倒したんです」
「そ、そうですわよね。びっくりしました」
「申し訳ありません。変な噂が広まってるようで」
「ええ。聞いたときには驚きましたわ。単身でグリフォンを倒すなど、とても人間業ではありませんもの」
「俺は人間ですよ。オデット=スレイ公爵令嬢」
「無論です。わたくしも、人間以外と同盟する気はありませんもの」
そう言って俺とオデット=スレイは握手。
互いの馬車に戻って、また、進み始めたのだった。
──スレイ公爵家の馬車の中で──
「お嬢様。いかがでしたか、ユウキ=グロッサリアは」
「……油断できない相手でしたわ」
馬車の中。
公爵令嬢オデットは、家庭教師と話をしていた。
「公爵家の者を前にしても堂々とした態度。素早い状況判断力。決断力。なにより、こちらが兵を多数控えさせているのに、まったく動じなかった。それだけの実力を隠していると見るべきね」
「1人でグリフォンを倒したというのは、ただの噂なのでしょう?」
「いいえ」
オデットは首を横に振った。
「父が、王女殿下直属の兵士を買収して、情報を手に入れました。確かに他の兵士もおりましたが、グリフォンを撃破したのは彼ひとりです。なのに、ユウキ=グロッサリアはそれを誇りもしない。まるで、王女殿下の騎士になることに、なんの興味もないかのように」
「貴族で、そんなものがおりますでしょうか」
「いるわけないわよ」
オデットは苛立ったように爪を噛んだ。
「王女殿下の護衛騎士は側近中の側近。『リンドベル魔術ギルド』では殿下と一緒に、同じ魔術師に教えを乞うことになるでしょう。恐らくはギルドの最高位の……」
「ユウキ=グロッサリアも知っているのでしょう。研修生は、どの魔術師に教えを乞うかで将来が決まること」
「そして『古代魔術文明の都』を調査し、新たな『古代器物』を見つければ、爵位が上がる。望むなら、新たな爵位と領地を頂くことができます」
男爵家なら、伯爵家に。
公爵家なら、王家の者との婚姻の権利を。
爵位を継ぐつもりがないなら、その者個人に新たな爵位と、領土を。
『リンドベル魔術ギルド』で魔術を修めるというのは、そういうことなのだ。
「あの者を敵に回さぬようにいたしましょう。私の目的と、アイリス殿下の平穏のためにも」
馬車の中で、オデットは小さくつぶやいたのだった。




