第192話「帝国潜入部隊、打ち合わせをする」
──ユウキ視点──
「それじゃ、打ち合わせをはじめよう」
俺はオデットとジゼルに告げた。
ここは王都にある、俺の宿舎。
帝国への潜入部隊となる俺たちは、今後の打ち合わせをしていた。
『魔術ギルド』の施設を使わなかったのは、俺たちが秘密の部隊だからだ。
情報はどこから漏れるかわからない。
ギルドの賢者だったテトラン=ダーダラも、帝国と関係していたからな。
潜入部隊のことを知る者は少ない方がいい。
外交使節と国境配属部隊、それぞれの上層部が知っていれば、それで十分だ。
「俺たちは外交使節が注目を集めている間に、帝国国境の町に入る。『グレイル商会』の帝国支店を拠点にして情報を集める。その後は陰から外交使節を支援する。これでいいな」
「構いませんわ。ただ、ひとつ疑問がありますの」
「疑問?」
「潜入部隊のリーダーがわたくしになっているのはどうしてですの?」
オデットは不思議そうな顔で、
「国境に配備される部隊にはアイリスがおります。彼女と連携を取るためにも、ユウキがリーダーになった方がいいのではありませんの?」
「いや、俺はオデットがリーダーの方がいいと思う」
「どうしてですの?」
「俺は帝国に行くついでに、ライルとレミリアの消息を探すつもりだからだ」
俺はオデットに答えた。
「もちろん、潜入部隊としての役目を放棄するつもりはない。空いた時間に、ライルとレミリアの手がかりを探すだけだ。黙っていなくなったりはしない。だけど……」
「別の目的がある自分はリーダーになれない。そう言いたいのですわね?」
「そういうことだ。だから、リーダーはオデットに任せたい」
「承知いたしましたわ」
オデットは納得したように、うなずいた。
「わたくしがリーダーについて聞いたのは、優先順位について確認するためです」
「それはわかってる。別行動を取るときは、オデットの許可を取ってからにするよ」
「よろしい。では、わたくしがリーダーを引き受けますわ」
「ありがとう。助かるよ」
「わたくしも、ユウキの目的を邪魔するつもりはありませんからね。ユウキがあの方たちの手がかりを探すつもりなのは、以前にも聞いておりました。ただし……」
びしり、と俺を指さすオデット。
「わたくしにリーダーを任せるからには、指示に従っていただきますわよ?」
「わかってる。ユウキ=グロッサリアは、潜入部隊のリーダーであるオデット=スレイの指示に従う」
俺は席を立ち、貴族としての礼をした。
「リーダーの指示に従い、行動することを約束する……これでどうだ?」
「ぎりぎり及第点ですわね」
「人間っぽい対応だろ?」
「その質問は人間らしくないですけど」
オデットはうなずいて、お茶に口をつけた。
マーサが淹れてくれたものだ。
今、マーサは厨房で夕食の支度をしている。
俺が『食事を済ませるまでは家にいる』って伝えてあるからだ。
今はオデットとジゼルのために、腕をふるっていると思う。
「マイロード。ひとつ、うかがってもいいでしょうか」
不意に、ジゼルが手を挙げた。
「帝国は広いです。なのにマイロードは、ライルさまやレミリアさまの手がかりを見つけられると確信されているように思います。どうしてなのでしょうか?」
「ひとつは、ライルたちが国境地帯に向かったという情報があるからだよ」
これはライルの娘のミーアが残してくれた情報だ。
ミーアによると、ライルたちは『エリュシオン』を脱出したあと、第一司祭を追って北の地に向かったらしい。
当時の『北の地』は、今はガイウル帝国との国境地帯だ。
だけど、王国側の国境にはライルたちの手がかりはなかった。
だとすると、帝国の側に手がかりがあると考えるべきだろう。
「これが第一の理由だ」
「第一ということは、もうひとつ理由があるのですね?」
「ああ。アイリスから教えてもらった、ナイラーラ皇女の言葉が鍵になった」
「と、おっしゃいますと……」
「『帝国にいる、清き鳥に気をつけるがいい』ですわね」
ジゼルの言葉を、オデットが引き継いだ。
「そのあとに『やつらは国に毒をもたらす蛇を探している』という言葉が続くのでしたね」
「ああ。俺はその『清き鳥』が、帝国の諜報機関だと思ってる」
「わたくしもそう思います。『清き鳥』は『皇帝一族でもあやつることのできない、国を見通す目』らしいですから」
「『国に毒をもたらす蛇』というのは敵対組織か、帝国に都合の悪い情報を流す者を指しているんじゃないか?」
「あり得る話ですわね」
「間違いないと思う。200年前の『聖域教会』にも、情報を集めている連中がいたからな」
当時は死紋病が流行していた。
病気の流行状況を調べるためにも、情報を集める組織が必要だったんだろう。
その組織は片田舎に住む、ディーン=ノスフェラトゥの情報もつかんでいた。
だから奴らはライルを呼び出して、俺を殺すように命じた。
死紋病の原因を俺に押しつけて、自分たちは正義の側に立つために。
「だからこそナイラーラ皇女は『清き鳥』に気をつけるように忠告してくれたのですわね」
オデットは感心したような顔で、
「ですが、それがどうして『フィーラ村』の人の手がかりを知ることに繋がりますの?」
「帝国の諜報組織も、それに敵対している連中も『裏切りの賢者』のことを知っているはずだからだよ」
「……あ、そういうことですの」
「どちらの勢力にとっても、『裏切りの賢者』ライル=カーマインは重要人物だ。接触するか捕まえるかすれば、あいつの情報くらいわかるだろ」
以前、俺は『聖域教会』の配下のドロテア=ザミュエルスと話をしたことがある。
あいつは『裏切りの賢者』ライル=カーマインのことを知っていた。
『聖域教会』の人間にとって、ライルは、絶対に許せない仇敵だからだ。
だとすると、帝国にはライルの情報が残っている可能性がある。
諜報機関の人間なら、それを知っているだろう。
もしも、帝国内に抵抗勢力がいるとしたら、そいつらにとってライルは偉人だ。
やっぱり、なにかの情報を持っている可能性はある。
「つまり、帝国側の諜報機関か、それに敵対する勢力のことを調べれば、ライルたちのことがわかるかもしれないということだ。もっとも、これはただの推測だけどな」
「いいえ、理に適っていますわ」
オデットは何度もうなずく。
「『聖域教会』は帝国と深く結びついていますわ。『聖域教会』そのものが、帝国の皇家を操っているとも言えるでしょう。そのような状況に反感を持つ者もいるはず。その者たちが『裏切りの賢者』を崇めている可能性は十分にあります」
「『聖域教会』の敵にとっては、ライルは偉人だからな」
「教科書に載っているかもしれませんわね」
「父親代わりだった身としては、複雑な気分だけどな」
思いっきりほめてやりたい気分が8割。
無茶をしたことを叱りたい気分が1割。
あとの1割は……自分でもよくわからない。
それはあいつの消息を知ってから決めよう。
「できれば、帝国内の抵抗勢力に接触したいと思ってる。諜報機関とかには関わりたくないからな」
「それについては、グレイル商会がお役に立てると思います」
ジゼルは立ち上がり、姿勢を正したまま、答えた。
「帝国内の支店はまわりの商人から情報を集めながら、営業を続けてきました。支店長は危険を察知する能力にすぐれた人物です。帝国に諜報機関や、その抵抗勢力があるのなら……詳しい情報を持っているはずです」
「ああ。頼りにしてる」
「お任せください。マイロード!」
「それじゃ、次の議題だけど──」
その後も俺たちは打ち合わせを続けた。
帝国内に潜入するんだから、できるだけ準備をしなきゃいけない。
いざというときは『黒王騎』で飛んで帰ってくればいいんだけど……それは最後の手段だ。
帝国や『聖域教会』に手の内を明かしたくない。
正体を隠して、ひとりの旅人として、情報だけ集めたいところだ。
今のところは。まだ。
打ち合わせを終えた後は食事会になった。
マーサが作ってくれた料理を食べて、オデットもジゼルもよろこんでいた。
ついでに、俺が焼いたお菓子も出した。
ジゼルはおいしそうに食べてくれた。
オデットが半分残していたのは……アイリスに持っていくためだろう。
そっちの分は別に用意してあると言ったら、結局、全部食べてたけれど。
夕方になると、俺はオデットを宿舎に、ジゼルを『グレイル商会』に送っていった。
俺たちが出発するのは、外交使節が出発する数日前。
だから、動くのはあっちのスケジュールが決まってからになる。
それまでは打ち合わせと準備を続ける予定だ。
そんなことを思いながら、俺は王都をぶらついていた。
それから──「忘れ物をしました」という感じで、王都の門を通って、外へ。
人の来ない方へと、歩き出す。
そこで日が暮れるのを待って、俺は『収納魔術』から『黒王騎』を呼び出した。
その後で、まわりにいるコウモリたちを集めて──
「それじゃ行こう。お前たちは『黒王騎』につかまっていてくれ」
『『『はーい!!』』』
俺は使い魔を連れて飛び立った。
内海を越えた先にある『フィーラ村』の跡地に向かって。
次回、第193話は、明日か明後日くらいに更新する予定です。




