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第177話「アイリス王女、カイン王子と老ザメルを感動させる」

 ──ユウキとアイリスが、王都に帰ってすぐ後のこと──





 王都に着いたアイリスは、カイン王子と老ザメルに使者を出した。

 ダーダラ男爵家(だんしゃくけ)での事件に関連して、相談したいことがあるという名目(めいもく)だった。


 あの事件のことは王都でも話題になっている。

 多くの貴族が巻き込まれたのだから当然だろう。


 アイリスの親友であるオデット=スレイも、あの事件に巻き込まれている。

 だから、アイリスがあの事件のことを知っていてもおかしくはない。


 離宮(りきゅう)の侍女も、アイリスに事件のことを知らせている。

 主人が不在の間に、公爵令嬢(こうしゃくれいじょう)のオデットが事件に巻き込まれたのだ。

 そのことを侍女がアイリスに伝えるのは自然なことだ。


 こうしてアイリスは、噂(うわさ)から、侍女から、事件の情報を知ることができた。

『アイリス王女は事件のことを知っていてもおかしくない』という体裁(ていさい)を整えることができたのだ。


 それを確認した上で、アイリスはカイン王子と老ザメルに書状を送った。



『王都で謎(なぞ)の「王騎(ロード)」が暴(あば)れたことにおどろいております』

『親友のオデットが巻き込まれたことに、心を痛めています』

『対策のためにも、「魔術ギルド」は今以上に「王騎(ロード)」のことを知るべきでしょう』

『このアイリス=リースティアも協力したいと思います』

『私を被験者(ひけんしゃ)として「獣王(ロード=オブ)騎(=ビースト)」の起動実験をさせてください』

『王国を守るために』



 ──そんな内容の書状を。


 カイン王子と老ザメルは即座(そくざ)に反応(はんのう)した。


 というよりも、反応するしかなかった。

 王都で『古代器物』を使った事件が起きたのだ。『魔術ギルド』としては対応しなければいけない。今後、同じような事件が起きる可能性もある。そのときのための対策も立てる必要がある。

 第2王子であるカインは、アイリスの書状を無視できない。


 老ザメルは、孫のフローラが事件に巻き込まれている。

『王騎』への対策が必要なことは、彼にもわかる。


 だからカイン王子と老ザメルは、アイリスを招いて、会議を行うことにしたのだった。







「君の気持ちはよくわかるよ。アイリス」


 カイン王子は言った。


「貴族のパーティで謎の『煙の王騎(ロード)』が使われたのだ。しかも、君の親友が巻き込まれている。対策が必要だと考えるのも、当然のことだろう」

「わしも責任を感じておる。まさか、テトランどのがあのような事件を……」


 老ザメルは痛みをこらえるように、額を押さえている。


 ここは『魔術ギルド』の会議室だ。

 本来は『賢者会議』を行うための部屋だが、今いるのはアイリス王女とカイン王子、そして老ザメルだけだ。

 部屋の外には警備のため、C級魔術師のデメテルが控(ひか)えている。

 防音はされている。外に声が漏(も)れることはない。


 そんな会議室の中で、カイン王子も老ザメルは緊張した表情を見せていた。


 ふたりの前の席には、アイリス王女が座っている。

 銀色の髪が少し乱れている。額にも汗が浮かんでいる。


 おそらくは旅装(りょそう)を解(と)いたあと、急いでカインとザメルに書状を書いたのだろう。

 アイリスがそれほど必死な姿を見せるのは、これまでになかったことだ。


 特にカインをおどろかせているのは、アイリスの目だ。

 いつもは穏(おだ)やかな彼女が、強い視線でカインとザメルを見つめている。

 拳(こぶし)を握りしめ、肩を震(ふる)わせて。


(無理もない。アイリスはジョイス侯爵家(こうしゃくけ)に……ケイト=ダーダラの婚約者のところにいたのだから)


 しかも、彼女の護衛騎士(ごえいきし)のユウキ=グロッサリアは、ケイト=ダーダラの護衛に襲(おそ)われている。

 一歩間違えれば、アイリスも被害を受けていたかもしれない。

 いや、むしろ敵の狙(ねら)いはアイリスだった可能性もあるのだ。


 それほどの危機をくぐり抜けて王都に戻ったアイリスを待っていたのは、親友が襲(おそ)われたという事件だった。

 彼女が危機感をおぼえるは当然だ。

 だからアイリスは『獣王(ロード=オブ)騎(=ビースト)』の起動実験を行いたいと言い出したのだろう。


(アイリスは……二度とこんな事件が起きないようにしたいのだろうね)


 アイリスの提案はカインにとって好都合だ。

 仮にアイリスが『獣王(ロード=オブ)騎(=ビースト)』の適合者になれば、王家が『王騎(ロード)』のひとつを掌握(しょうあく)したことになる。

 研究も進むだろうし、『獣王(ロード=オブ)騎(=ビースト)』を戦力として使うこともできるだろう。

 それは王家としては望ましいことだ。


 だが──


「君がそこまですることはないんだよ。アイリス」


 カインの口をついて出たのは、別の言葉だった。


 王家の者で『魔術ギルド』に加入できるほどの才能を持つ兄弟姉妹は少ない。

 彼女を無茶な実験で失うわけにはいかない。

 それがカインの、正直な気持ちだった。


「確かに『獣王騎』を調べれば、より深く『王騎(ロード)』を理解することができるだろう。だが、君が無理をすることは……」

「無理ではございません。カインお兄さま」


 アイリスは落ち着いた口調で答えた。


「ただ、私はもう、見ているだけの立場は……嫌なのです」

「見ているだけの立場……?」

「オデットは『霊王(ロード=オブ)騎(=ファントム)』の適合者となりました。彼女はいつも、様々な問題に立ち向かっています。『聖王(ロード=オブ)騎(=パラディン)』との戦いでも、『エリュシオン』第5階層の探索(たんさく)でもそうでした。私は……オデットのようになりたいのです」

「オデット=スレイと並び立ちたいということかい?」

「はい。私は大切な人と(・・・・・)、並び立ちたいのです」

「それが危険なことだとしても?」

「大切な人(・・・・)が戦いにおもむいているのを、ただ見送るよりましです」

「そのために『獣王(ロード=オブ)騎(=ビースト)』の起動実験を……」

「私が『獣王(ロード=オブ)騎(=ビースト)』を使えるようになれば、大切な人(・・・・)を助けることもできるようになります」

「君が親友を……オデット=スレイを大切に思っているのはわかる」

「はい。オデットも、私にはとても大切な人ですから」


 カインとアイリスはうなずき合う。


「だが『王騎』は危険なものだ。実験中に暴走する可能性もある。そのときはどうするのだい?」

「オデットの『霊王(ロード=オブ)騎(=ファントム)』に止めていただきます」


 アイリスは真剣な表情で、


「実験の場にはユウキ=グロッサリアさまにも立ち会っていただきましょう。そうすれば私も、落ち着いて実験に臨(のぞ)めると思います」

「確かに『霊王騎』ならば暴走した『獣王騎』を抑えられるだろう」


 カイン王子はうなずいた。


「その間にユウキ=グロッサリアがアイリスを救出する。そういうことだね?」

「はい。その通りです」

「君は『獣王騎』を使いこなす自信があるのかい?」

「やってみなければわかりません。ですが、可能性はあると思っています」

「……困ったね」


 カイン王子は視線を逸(そ)らして、頭を掻(か)いた。


「私としてはアイリスに危険なことをさせたくはない。だが、断る理由をもない。『王騎』への対策が必要なのは確かだからね。そして、王家のものがそれに貢献(こうけん)したとなれば、民も貴族たちも納得するだろう」


 王都で謎の『古代器物』が貴族を襲(おそ)った事件は、民や貴族を動揺(どうよう)させている。

 その状況でアイリスが『獣王騎』起動実験を行うことには大きな意味がある。

 それは『王家は全力で「王騎」への対策を行う』というメッセージになるからだ。



 ──王女が命をかけて『王騎(ロード)』の起動実験を行う。

 ──今回の事件に対して、王家はそこまで責任を感じている。

 ──王家は覚悟(かくご)と、毅然(きぜん)とした態度で、事件の解決に立ち向かうつもりでいる。



 民や貴族たちは、そのように受け取るはずだ。


(……アイリスがここまでの覚悟(かくご)を示すとは。私は、妹をみくびっていたようだ)


 アイリスは控(ひか)えめな性格だ。

『魔術ギルド』では役目を無難(ぶなん)にこなしているが、大きな成果を上げたことはない。

 むしろ成果をあげているのは、アイリスのまわりにいる者たちだ。

 アイリスには、普通の魔術師程度の才能しかないと思っていたのだが──


(だが、違った。アイリスは私が思っていた以上に賢(かしこ)い。それはこのタイミングで『獣王(ロード=オブ)騎(=ビースト)』の起動実験を申し出たことからもわかる)


 カインは声に出さずにつぶやいた。


(アイリスが被験者となるには、このタイミングしかなかった。事件が起きる前であれば、おそらく却下(きゃっか)していただろう。逆に、事件からもう少し時間が経(た)っていたら……事態は落ち着き、実験をする必要はなくなっていたかもしれない。今このときだから、私と老ザメルはこうして会議を行っているわけだが……)


「ザメルどののご意見をうかがいたい」


 しばらくして、カイン王子は老ザメルに視線を向けた。


「アイリスが『獣王騎』起動実験の被験者となることについて、ザメルどのはどのようにお考えですか?」

「賛成するしかあるまい」


 老ザメルの答えは短かった。


「わしは煙(けむり)の『王騎』──『ヴィクティム・ロード』がもたらしたものを、この目で見た。孫のフローラも犠牲(ぎせい)になるところであった。やつらへの対策のために『王騎』についての知識が必要なのは事実だ。それにアイリス殿下が協力してくださるのであれば、言うことはないよ」

「……そうですか」

「わしも、アイリス殿下がこのようなことをおっしゃるとは意外であった。やはり『オデット派』に入った人物は、大きく変わるのかもしれぬ」

「『オデット派』に?」

「孫のフローラも『オデット派』に入った後に、大きく成長しておる。ダーダラ男爵家のパーティで身を守ることができたのも、その証拠だ。スレイ家のご令嬢(れいじょう)には、人を成長させる力があるのかもしれぬ」


 老ザメルは白いヒゲをなでながら、


「ならばその手助けをするのが、我々の役目であろうよ」

「わかりました」


 カイン王子は覚悟(かくご)を決めて、うなずいた。


「では、宣言する。『魔術ギルド』所属、B級魔術師カインは、アイリス=リースティアが『獣王(ロード=オブ)騎(=ビースト)』の起動実験を行うことに同意する」

「A級魔術師ザメルも同意いたす。アイリス殿下の勇気には感服(かんぷく)するばかりである」


 カイン王子と老ザメルは宣言した。

 この時点で『獣王騎』起動実験が行われることは決定した。


『ザメル派』と『カイン派』の同意があれば、他の魔術師たちを説得できる。

 いや、説得の必要もないかもしれない。

 ギルド内に『獣王騎』起動実験に反対する者はいないだろう。


 テトラン=ダーダラの行いによって、『魔術ギルド』の権威は揺(ゆ)らいでいる。

 魔術ギルドの賢者が事件を起こしたのだ。

 他の魔術師も、貴族も、民も不安に思っている。


 彼らの信頼を取り戻すのに『獣王騎』の実験は最適なのだ。


(それがわかった上で提案したとしたら……アイリスはやはり、ただ者ではないね)


 そんなことを思いながら、カイン王子は老ザメルと視線を交わす。


「『獣王騎』起動実験の日程は、後ほど決めることとする。アイリスは旅の疲れを癒(いや)し、体調を整えておくことだ」

「ありがとうございます。カインお兄さま」


 アイリスは席を立ち、深々と頭を下げた。


「私のわがままを聞いてくださったことに感謝いたします」

「感謝するのは私たちの方だ。アイリスの提案は王家と『魔術ギルド』にとって、とても貴重(きちょう)なものだったのだから」

「わしも、アイリス殿下にお礼を申し上げよう」


 老ザメルはアイリスに一礼する。


「だが、カイン殿下のおっしゃる通り、無理はなさらぬことだ」

「承知(しょうち)しております」

「それで、スレイ家のご令嬢(れいじょう)と、護衛騎士への連絡だが……」

「オデットには私から連絡します。ユウキさまには『魔術ギルド』の方からご連絡していただけますでしょうか?」

「意外だな。『護衛騎士』にはご自身で連絡されるかと思ったが……」

「ユウキさまに心配をかけたくありませんから」

「うむ。了解した」

「準備が整い次第、『獣王騎』の起動実験を行う」


 カイン王子は宣言した。


「立ち合うのは一部の魔術師のみとし、得られた情報は『魔術ギルド』の賢者が管理するものとする。その後で調査チームを立ち上げ、本格的に『王騎』の分析を始めるとしよう」

「承知じゃ。カイン殿下」


 そうして『魔術ギルド』主催(しゅさい)の、『獣王(ロード=オブ)騎(=ビースト)』起動実験が行われることが決定したのだった。








 ──数時間後、オデットの宿舎で──




「お話はわかりましたわ」


 お茶を飲みながら、オデットはうなずいた。


「アイリスはユウキと並び立つために『獣王(ロード=オブ)騎(=ビースト)』の使い手になりたい。理由は、ユウキが戦いにおもむくのを見送るのが嫌だから。でも、起動実験のことでユウキに怒られそうだから、彼への連絡は『魔術ギルド』に任せた。そういうことですわね?」

「どうしてわかったの!?」

「どうしてわからないと思ったんですの?」

「…………」

「…………」

「あのね、オデット」

「はい。アイリス」

「私の……『アリス』の妹のミーアは言ったの。『思うままに生きました』って」

「そうなんですの?」

「うん。だから、私も思ったの。ミーアに負けないように、自分の思うままに生きようって。それでね。今、自分がなにをしたいか考えたら……」

「自分自身が『王騎(ロード)』に乗って、ユウキを助けることだった、と」

「うん」

「気持ちはわかります。止めるつもりはありませんわ」

「ありがとう。オデット」

「どういたしまして」

「じゃあ『王騎(ロード)』の使い方を教えてくれる?」

「ユウキに聞けばいいじゃありませんの」

「…………えっと」

「『怒られるから嫌』『ないしょで「王騎(ロード)」の使い方をおぼえて、ユウキをびっくりさせたい』『ユウキの前でかっこいいところを見せたい』……このみっつのうち、どれが正解ですの?」

「オデットって心が読めるの!?」

「幼なじみのあなたの心だけですわ。で、どれですの?」

「全部」

「だと思いましたわ」

「お願いオデット。『王騎』の使い方を教えて」

「構いませんわ。でも、その前にすることがありますわよ?」

「すること?」

「窓の外にコウモリさんが来てますもの」


 言われてアイリスは横を見る。

 オデットの宿舎の窓に、数体のコウモリがくっついていた。


 彼らは、優しい笑みを浮かべながら──




『アイリスさまにご伝言なのですー』

『ごしゅじんが、お話したいと言ってるですー』

『これからうかがうので、オデットさまはアイリスさまを逃がさないようにとのことですー』




『『『確かに、お伝えしましたのですー』』』




 ──そんなことを、アイリスに告げた。



「……オデット。私がマイロードと話している間、隣にいてくれる?」

「弁護(べんご)はしませんわよ?」

「そんなぁ」

「『アリス』に戻った気分で、素直に怒られなさい。わたくしもユウキが、あなたをどんなふうに叱(しか)るのか、興味がありますもの」

「うぅ……ひどいよ。オデット」


 そうしてアイリスとオデットは、ユウキと面会する準備をはじめるのだった。




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