第170話「公爵令嬢オデット、変装してパーティに出席する(後編)」
「私は『王騎』にあこがれておりました」
テトラン=ダーダラは語り続ける。
木箱から湧き出した煙は、人型を形成している。
テトランの言葉の通り、それは『王騎』に似ていた。
人間より、ふたまわり以上大きな身体。
太い腕。
脚はない。身体が空中に浮かんでいるから、必要ないのだろう。
頭部は円盤型で、中央に目玉のようなものがある。
身体の色は乳白色、あるいは灰色。
光の加減で変化して見える。
目立つのは胸の中央にある赤色の球体だ。
そこから赤い線が神経のように、手と脚、頭に向かって伸びている。
そして、地上にいる女性たちにも。
彼女たちの身体に絡みついた赤い線は、ゆっくりと身体の内側へと入り込んでいく。
まるで、彼女たちと繋がろうとしているかのように。
女性たちは3人。
煙の巨人は3体。
巨人が発する赤い糸は、それぞれ真下にいる女性に絡みついている。
やがて、女性たちの足が、床を離れる。
巨大な風船に引っ張られるかのように、女性たちの身体が浮き上がる。
彼女たちの身体は、煙の巨人──ヴィクティム=ロードの中へ。
乳白色あるいは灰色の中に隠れ、見えなくなる。
「これが私が取引先より入手した、『王騎』に匹敵する器物です!!」
テトラン=ダーダラは高らかに叫ぶ。
その声に応えるように、3体のヴィクティム=ロードが上昇をはじめる。
天井高く、出席者を見下ろす位置に。
飛行能力を誇示するように、3体のヴィクティム=ロードは天井近くを飛び回りはじめる。
「これが……テトラン=ダーダラどのが手に入れたものか……」
声をあげたのは、アレク=キールスだった。
彼は目を輝かせて頭上を見上げている。
「だが、これにはどんな力があるのだ? 空中をただ飛び回るだけでは意味がないだろう?」
「取引先の話では、魔術を防ぐ力があるそうです」
「魔術を?」
「ええ。古代魔術であっても。さらに、煙のような姿をしていることからおわかりのように、物理的な攻撃も無効化することができるそうです。お試しになりますか?」
「お待ちください! テトラン=ダーダラさま!」
こらえられなくなったのだろう。
広間の隅で桜色の髪のメイド──オデットが叫んだ。
「フローラ=ザメルさまにお仕えする者です。ご無礼をお許しください。ですが、主君であるフローラさまに代わって質問させていただたいのです」
「……フローラさまの代理、ということですかな?」
テトランがフローラを見た。
フローラはオデットの腕につかまったまま、こくん、とうなずく。
それを見たテトランが肩をすくめる。
フローラが老ザメルの孫であることと、彼女が気の弱い少女であることを思い出したのだろう。
「よかろう。フローラさまのご意志なら仕方ない。質問を許す」
「ありがとうございます」
オデットは膝を折って一礼する。
「では、主君に代わってうかがいます。テトランさまはおっしゃいました。『取引先の話では、これには魔術を防ぐ力があるそそうです。古代魔術であっても』と。間違いありませんか?」
「確かに言ったが……それが?」
「テトランさまの取引先は、ヴィクティム=ロードが古代魔術を防ぐ力があると、どうやって確認したのですか? 『古代魔術』は『魔術ギルド』で管理されているはずです。テトランさまの取引先は『魔術ギルド』の知らない『古代魔術』の使い手なのですか?」
「……い、いや、違う」
失言に気づいたのか、テトランは慌てた様子で頭を振る。
「『古代魔術』の実験をしたのは私だ。私がヴィクティム=ロードに『古代魔術』を放って、防御能力があることを確認したのだ!」
「『取引先の話では』とおっしゃっていましたが?」
「メイドの分際で、貴族の揚げ足を取るものではない!!」
「では、どうしてヴィクティム=ロードは、出口の扉を封鎖しているのですか!?」
メイド姿のオデットは、広間の扉を指さした。
両開きの、大きな扉。
その取っ手にも、隙間にも、灰色の煙が絡みついていた。
ヴィクティム=ロードの身体から伸びる、紐のような煙が。
それだけではない。
ヴィクティム=ロードの身体から伸びる紐は、広間の壁一面を覆いはじめている。
まるで、獲物を狙う、蜘蛛の巣のように。
「ご気分が悪くなったフローラさまは、外の空気を吸いに行こうとされていました。なのに、扉は開かなかったのです。不気味な煙のせいで、取っ手に触れることもできませんでした! 来客が広間から出られないようにするとは……あまりにも失礼ではありませんか!!」
「──な、なんだと!?」
テトランが目を見開く。
「なにをしているお前たち! そんな指示は出していないぞ!!」
「テトランさま……あなたの取引先とは、一体何者なのですか?」
「メイドが口を挟むことではない!!」
「で、では……A級魔術師ザメルの孫である、わ……私が質問させていただきます」
不意に、フローラはオデットの前に出た。
彼女は緊張した表情で、テトランに視線を合わせる。
おびえているのだろう。
ドレスの裾を握る手が、小刻みに震えている。
それでもフローラは顔を上げ、テトランに向かって告げる。
「テ、テトラン=ダーダラさま! あのアイテムに『古代魔術』や物理攻撃を防ぐ力があるというなら、それは強力なもののはず。こんな場所でおひろめをするのは危険ではありませんか!? なぜあなたはこれを『魔術ギルド』で公開しようとしなかったのです!?」
「……それは。まずは選ばれた皆さまに……私の力を見ていただこうと」
「では、その目的は果たされました」
フローラはドレスの裾をつまんで、一礼する。
「テトランさまが入手されたアイテムがすごいものであることはわかりました。私は祖父に、自分が見たものと、感じたことを伝えましょう。ですから、テトランさま。私たちを解放してください。そ、それと……私のメイドが言ったとおり、あなたの取引先について、教えていただければ」
最後まで言い切って、フローラは長いため息をついた。
力を使い果たしたように、彼女はオデットに寄りかかる。
「……おつかれさまでした。ありがとうございます。フローラさま」
「……私も『オデット派』の一員ですから」
フローラはオデットに笑いかける。
「派閥のリーダーにばかり頼ってはいられません。私も……ユウキ=グロッサリアさまやオデットさまのように……勇気を持たなければ……」
「フローラさま……」
「……だから私は『オデット派』に入りたいと思ったのです」
いつまでも守られているばかりじゃない。
強くなりたい。
──そんな思いを込めた視線で、フローラはオデットを見ていた。
「あなたは、強くなっていらっしゃいますわ。フローラさま」
「は、はい。ありがとうございます」
そしてオデットとフローラは、テトランに視線を向ける。
テトランはしばらくの間、無言だった。
あきらめたように肩をすくめて、彼は、
「残念です。私は……とても残念です」
かすかな声で、そんなことを言った。
「老ザメルのご家族に疑われるのは心外です。このテトランは30年以上『魔術ギルド』のために尽くしてきたのですが……」
「テトランさまが『魔術ギルド』にとって重要な人物であることは理解しています」
「この程度のことも許されないというのに?」
テトランの口調が、変わった。
「新たな器物や魔術を研究したいと思うのは、魔術師なら当然ではありませんか! 現に老ザメルやカイン殿下は『王騎』を研究しており、成果を出されている。なのに、私にはそれが許されないと言うのですか?」
「それは……」
「ザメルさまやカイン殿下は『魔術ギルド』の管理のもとで研究を行っていらっしゃいます」
口ごもるフローラの代わりに、オデットが声をあげる。
「テトランさまもそうなさい……と、主君に代わって申し上げます! 話はここまでです。今すぐに、フローラさまが外に出られるようにしてください!!」
「もういい。自由にするがいい」
テトランは肩を落として、うなずく。
「お帰りの方はご自由に。残られる方には、このヴィクティム=ロードを、もっとよく見ていただきましょう。その能力と機能をあますところなくお伝えいたします。取引先をご紹介することもできましょう。お帰りの方は、その機会を逃すこととなりますな!」
周囲を見回して、テトランは告げた。
それからテトランは、頭上をただようヴィクティム=ロードに視線を向ける。
「ほら、なにをしているのだ、お前たちよ。老ザメルのご家族がお帰りだ。扉に絡めている、その煙を引っ込めろ!」
「「「命令、了承いたしました」」」
空中で、3体のヴィクティム=ロードが震えた。
会釈をするように、円盤形の頭部が動く。
そして──
煙のような身体が生み出す赤色の紐が、出席者に向かって──伸びた。
「な、なにをしているのだ!? お前たちは!!」
「──私たちを借りている者は『能力と機能をあますところなく』と言った」
「──能力と機能をあますところなく発揮するには、魔力が必要」
「──不足分の魔力を補給する」
「やめろ!! 私はそんなことは望んでいない!!」
「「「あなたたちは『私たちを借りている者』。命令権は制御される。私たちは、より上位の命令に従う」」」
「やめろおおおおおお────っ!!」
テトランの指が紋章を描く。
短い詠唱のあと、彼は『古代魔術』を発動する。
指先から発射されたのは、風の『古代魔術』だ。
暴風と真空の刃で、敵の動きを封じ、切り刻むもの。
テトランが得意とする魔術だった。
「──借り主が私たちを攻撃した」
「──ひどい」
「──契約を破棄すべき?」
空中のヴィクティム=ロードは、動きを止めることさえなかった。
暴風がわずかに、煙のロープを押し戻しただけ。
真空の刃は煙に触れた瞬間に、消滅した。
テトランの言葉は正しかった。
ヴィクティム=ロードは『王騎』のように『古代魔術』への防御機構を備えているのだ。
「──借り主は殺さない」
「──眠っていて」
「──邪魔」
ヴィクティム=ロードから伸びた『紐』が、テトランに絡みつく。
そして──そのまま彼の身体を、投げた。
「────が、がはっ!?」
テトランの身体が壁にたたきつけられ、動かなくなる。
身体が、びくん、びくん、と震えている。肌が青白くなっている。
急激に魔力を失った者の症状だった。
「……魔力を補給するって、このことですの!?」
オデットは反射的にフローラを背後にかばう。
ヴィクティム=ロードの紐は、他者から魔力を奪う能力があるのだろう。
あれに触れるのは危険だ。
「テトランどのになにをしたのだ!? お前たちは!!」
ドノヴァン=カザードスが前に出る。
ヴィクティム=ロードの3人は答えない。
話にならないと思ったのか、ドノヴァンは魔術の詠唱を始める。
「雷光よ敵を撃ち砕け……『白光雷撃』!!」
彼が放ったのは雷撃の『古代魔術』だ。
地上から上空に発射された雷撃が、ヴィクティム=ロードを捕らえる。
雷光に包まれたヴィクティム=ロードは一瞬、震えたように見えた。
だが、それだけだった。
「効かぬのか……ならば」
「火力で圧倒すればいいのだ!! 喰らえ『紅蓮星弾』!!」
続けてアレク=キールスが炎の『古代魔術』を発動する。
ユウキとの魔術戦で使った、巨大な火炎弾を生み出す魔術だ。
(すぐ近くに人がいるのに……『紅蓮星弾』を!?)
アレク=キールスの周囲に、熱風が発生した。
近くにいた者が飛び退く。顔をおさえ、うずくまる者もいる。
『紅蓮星弾』の火球はヴィクティム=ロードに激突する。
けれどそれは、わずかにヴィクティム=ロードを押す程度の効果しかなかった。
炎を撒き散らしながら、『紅蓮星弾』の火球は、消滅した。
(味方への影響を考えなさいな! アレク=キールス!!)
オデットはフローラの手を引き、走る。
できるだけ、ヴィクティム=ロードから遠くへ。
時間を稼げるように。
「フローラさま。合図をしたら『古代魔術』を発動してくださいませ」
「で、でも……あれに『古代魔術』は……」
──効果がない。
それはもう、わかっている。
アレク=キールスの『紅蓮星弾』はヴィクティム・ロードにかき消された。
彼は自分に向かって来る赤い紐を必死にかわしている。
だが、捕まるのは時間の問題だろう。
ドノヴァンはすでに捕えられている。
他の者たちも、そのほとんどが赤い紐の餌食だ。
ヴィクティム=ロードは魔術師を優先して狙っている。
当然、フローラも標的になるはずだ。
(フローラさまは脱出させます)
彼女を逃がして、助けを呼んでもらう。
それがもっとも早く、事態を解決する手段だろう。
(けれど、わたくしは……逃げるわけにはいきませんわね)
オデットは貴族だ。
実家の父──スレイ公爵のことは嫌っていても、最高位の貴族の令嬢であることは間違いない。
その彼女が、他人を見捨てて逃げることはできない。
だからオデットはフローラに、この場を切り抜けるための作戦を伝えた。
「……ということです。お願いしますわ。フローラさま!」
「わ、わかりました。リーダー!!」
フローラはすでに『オデット派』の一員だ。
オデットは派閥の長だから『リーダー』なのだ。
フローラからの信頼をこめた言葉に、オデットは力強くうなずく。
そして、ふたりは魔術を発動した。
「『古代魔術』──『氷結轟槍』!!」
フローラの指先から、氷の槍が飛び出す。
サイズはフローラの背丈と同じくらい。無数のトゲを持ち、高速で回転している。
氷の槍で狙うのは広間の扉だ。
あれを壊せば脱出できる。
けれど、ヴィクティム=ロードの3人は、それを読んでいた。
「──もう、塞いでいる」
「──広がって防ぐ」
「──『古代魔術』は通さない」
扉に絡みついていた紐が、紙のように広がる。
わずかな厚みしかないそれが──高速回転する氷の槍を、受け止めた。
それでも、槍は氷に食い込んでいく。
あの紐は『古代魔術』を一瞬で消せるわけではない。
わずかにタイムラグがある。その間に、扉に穴を空けるくらいはできるかもしれない。
「お願い!! 壊れて──────っ!!」
フローラは叫ぶ。
彼女が全力を込めた氷の槍は高速回転を続け──
力を失い、かき消えた。
「──これが、ヴィクティム=ロードの機能」
「──ご堪能いただけましたか」
「──まだまだ、こんなものでは──」
「『古代魔術』──『地神乱舞』」
直後、オデットが生み出した石の槍が、天井を貫いた。
その動きに、ヴィクティム=ロードの3人が反応した。
彼らは自分の頭上に煙の紐を移動させる。
直後、天井から落ちてきた木片が、ヴィクティム=ロードを叩く。
「もう一度……! 『氷結轟槍』!!」
その隙に、再びフローラの『古代魔術』が扉に激突した。
3人の意識がそれていたせいだろう。扉を守る煙は、さっきより薄くなっている。
フローラの『氷結轟槍』は、扉に拳くらいの穴を開けて、消えた。
「十分ですわ。フローラさま」
オデットは不敵な笑みを浮かべた。
「天井に大穴を開ければ、誰かが気づいてくれます。すぐに助けが来ますわ。扉に穴が空いていれば……どの部屋に異常があるのか、すぐにわかるでしょう」
「は、はい。リーダー」
フローラが最初に扉に放った魔術は、敵の注意をそらすためだ。
オデットの狙いは、魔術で天井を破壊することだったのだ。
ここは王都の貴族街だ。
人の少ない静かな場所だ。町を守る兵士たちも巡回している。
屋敷の屋根が吹き飛べば気づくはず。
外には、出席者の従者もいる。この音で異常に気づく。
すぐに助けがやってくるだろう。
「あとは、救援が来るまで時間を稼ぐだけです。逃げ回りますわよ!」
「はい!」
「──無駄」
「──この、ヴィクティム=ロードは強い」
「──機能を、皆さまにお見せする」
空中にいる3人が、分散した。
他の出席者たちは、すでにそのほとんどが拘束されている。
彼らを縛っているのは、ヴィクティム=ロードから伸びる赤い紐だ。
それが幾重にも絡みつき、虫の繭のようなものを作っている。
赤い光を放つその紐は、ヴィクティム=ロードに繋がっている。
おそらくは、出席者から魔力を吸い取っているのだろう。
そして──魔力を喰らったヴィクティム=ロードの速度が、上がる。
左右と背後。3方向からオデットとフローラを追っていく。
「敵はわたくしが引きつけます!! フローラさまは扉の方へ!!」
「オデットさま!?」
「ふたり同時に魔術をぶつければ、破壊できるかもしれません!! フローラさまは外に出て、人々に状況を伝えてください!!」
「で、でも、それでは……オデットさまが!」
「今のわたくしはあなたのメイドです。主君を守る義務があります!! それに、派閥の部下を守るのもリーダーの役目ですわ!!」
「……オデットさま」
「早く行きなさい! これはリーダーの命令です!!」
オデットは『地神乱舞』の詠唱をはじめる。
3体のヴィクティム=ロードは、すでに間近に迫っている。
彼らは、魔術を詠唱するオデットに意識を集中している。
オデットと別方向に走り出したフローラを、追おうとはしない。
「変な紐で拘束されるなんて……趣味じゃないのですけど」
すぐに助けが来る。
その気持ちに嘘はない。天井に大穴を開けたのだ。
彼ならば、そこから飛び込んできてくれるだろう。
もちろん、期待しても無駄なことはわかっている。
彼は今は遠い場所にいる。
ここで起きていることに気づいて、駆けつけるなんてありえない。
だったら、自分にできることをやるだけだ。
「逃げてくださいフローラさま! 『地神乱舞』!!」
「『氷結轟槍』!!」
二人分の魔術が扉に激突する。
その結果を、オデットは見ない。
すでに3体のヴィクティム=ロードは彼女を追い詰めている。
ここは広間の隅だ。逃げ場はない。
目の前にあるのは、人型の煙の塊。
その胸で光る赤い球体は、オデットを見下ろす目玉のようだ。
「──警戒するべき」
「──この者は『王騎』を使ったことがある」
「──不遜。そんなことは、二度とできないようにする?」
(情報が漏れていますの!?)
敵はオデットが『霊王騎』の使い手だと知っているのだ。
テトラン=ダーダラは『取引先』に『魔術ギルド』の情報をどれだけ伝えたのだろう。
「「「────魔力をすべて奪ってしまえば──」」」
赤い紐が、オデットに向かって伸びてくる。
そして──
「……俺の身内に手を触れるな!」
──天井の大穴から飛び込んできた影が、ヴィクティム=ロードを吹き飛ばした。
「──がはっ!?」
「──がっ!?」
「──な、なにがっ!? が、ががががあっ!?」
1体目を殴り飛ばしたのは、巨大な拳。
2体目を蹴り上げたのは、鋭い爪がついた足。
3体目を切り裂いたのは、漆黒の翼。
ユウキの『王騎』──『黒王騎』だった。
「…………どうして、ここに」
「ご無事ですか。貴族のお嬢さん」
正体を隠すためだろう。
よそいきの口調で、『黒王騎』は言った。
(いまさらですわよ!? さっき『俺の身内に手を触れるな』って言ったじゃありませんの!)
たぶん、あれは思わず口をついて出た言葉だったのだろう。
オデットの危機を見たユウキがこぼした、本音だ。
(しかも、当たり前のように、わたくしの変装を見抜いてますわ。まったく……この人ときたら……)
帝国皇女ナイラーラのそっくりさんを一目で見抜くユウキに、オデットの変装が通用するわけがない。
だからユウキは迷わず、オデットを守ってくれたのだ。
黒い『王騎』を操る、ロード=オブ=ノスフェラトゥが、側にいる。
それだけで、恐怖が消えていくのを感じる。
「……人質を、取られていますわ!」
だからオデットは即座に、ユウキに情報を伝えた。
「あの3体の名前はヴィクティム=ロード! テトラン=ダーダラさまが国内に持ち込んだものです! あれは3人の女性によって操られています!! あの煙には『古代魔術』と物理攻撃を無効化する力があるのです!! その上、煙の紐は他人の魔力を吸収しますわ。床にある繭のようなものの中には、パーティの出席者が入っています!!」
「さすがは貴族のお嬢さん、冷静な情報提供だ」
「冷静なものですか……」
気づくと、オデットは床に座り込んでいた。
身体が震えている。
自分が本当に、ぎりぎりまで気を張っていたのだと、わかった。
「助かりましたわ。いつも来てくれる黒い『王騎』の方」
「こちらこそだ。人質を取られているなら、貴族のお嬢さんに頼みたいことがある」
「え?」
「詳しくは、謎の覆面メイドに聞いてくれ」
「──フローラさま、扉から離れて!! 行きます! 『火炎連弾』!!」
どぉんっ!!
その直後、広間の外から放たれた『古代魔術』が扉を破壊した。
さっき放った二人がかりの魔術でも、やはり扉は壊せていなかったらしい。
だが、外側には煙はない。
だから謎の覆面メイドは扉を壊せたのだろう。
フローラが空けた穴から広間をのぞいて、安全確認をした上で。
「大丈夫ですか!? オデッ……じゃなかった、貴族のお嬢さん!!」
「あ、ありがとうございます。アイ……いえ、謎の覆面メイドさん?」
本当に、謎のメイドだった。
着ているのは、サイズの合わないメイド服。
おそらくはマーサの……いや、どこかの貴族のおつきのメイドのものだろう。
頭にはフードを被り、口には布を巻いている。
正体を隠しているつもりなのだろうが、怪しすぎる。
中身が誰なのかわかっていなければ、オデットだって警戒しただろう。
「事情は後で説明します。貴族のお嬢さまがた」
「わかりましたわ。正体不明の覆面メイドさん」
「あ、あのあの。あの……」
「「正体不明の覆面メイドです!!」」
「あ、はい……わかりました」
フローラを強引に説き伏せて、オデットは謎の覆面メイドに向き直る。
「それで……わたくしの協力が必要とは、どういうことですの?」
「あのヴィクティム=ロードを、安全に止める手段があります」
そう言って覆面メイドは、1枚のコインを取り出した。
オデットが見たことのないものだった。
表面には、奇妙な紋章が描かれている。
古い時代の硬貨だろうか。それにしては、汚れひとつない。むしろ光を放っているように見える。奇妙な魔力さえ感じる。一体これは……。
「これは私の主君である、黒い『王騎』使いのお方が見つけた『封印用の古代器物』です」
「封印用の古代器物!?」
その言葉だけで、オデットには事情がわかった。
ユウキたちはアイリスの前世──アリス=カーマインの妹の消息を探しに行った。
ふたりはそれを見つけ出したのだ。
この『封印の古代器物』は、そこにあったものだろう。
「私の主君は、この効果を試す必要があると言いました。だから、持ってきたのです」
「わかりましたわ。わたくしたちはなにをすればいいんですの?」
「説明します。フロー……いえ、A級魔術師のお孫さんも、聞いてもらえますか?」
「は、はい。えっと……あなたをなんとお呼びすれば」
「黒い『王騎』使いの第一の腹心、あるいは謎の覆面メイドとお呼びください」
「わ、わかりました。謎の覆面メイドさん!」
フローラはうなずいた。
そして、謎の覆面メイドことアイリスは、自分たちのやるべきことについて、詳しい説明をはじめたのだった。
いつも「辺境ぐらしの魔王」をお読みいただきまして、ありがとうございます!
村市先生のコミック版「辺境魔王」の9巻が、7月22日に発売になります。
『魔術ギルド』オリエンテーションで、オデットが頑張るお話です。
こちらも、ぜひ、よろしくお願いします。
コミック版の第41話は、本日『カドコミ』 (コミックウォーカー)さまで更新されております。こちらもあわせて、よろしくお願いします!
(ただいま『ニコニコ漫画』さまが停止中です。復旧までは『カドコミ』さまの方でお読みいただければと思います)




