第16話「元魔王、兄と語り合う(物理)」
今日は2回更新しています。
今日、はじめてお越しの方は、第15話からお読み下さい。
──同時刻、森の中で──
俺とゼロス兄さまは『キトラルの森』を走っていた。
腕輪を使っての『身体強化』には、もう慣れた。
普段の倍速で手足を動かすのも、木々の間をすり抜けるのも。
コウモリのディックがいれば最短コースを案内してもらえたんだろうけど、それはなしだ。俺が勝ってもしょうがないからな。
だからディックたちには森の外で控えてもらってる。呼んでないのに来ちゃったから。
「ゼロス兄さま! 話がある。走りながらでいいから聞いてくれ!」
俺は叫んだ。
前を走るゼロス兄さまは、答えない。
俺がすぐ後ろにいることは気づいてるはずだ。さっきから、何度も振り返ってるから。
「ああもう!! たまには俺の言い分も聞けよ! 勝手に怒って、勝手にキレてるんじゃねぇ!!」
「黙れ」
ゼロス兄さまは冷えた目で、俺を見た。
「お前が男爵家を乗っ取ろうとしていることは、もうわかってるんだ」
「誰が!? いつ!? 何月何日何時何分何秒、俺がそんなこと企んだ!?」
「メイドたちが話しているのを聞いた!」
「俺が知るか!!」
「カッヘル先生が教えてくれた! お前が、メイドたちに僕の悪口を言っているところを!!」
「だからいつ!?」
「何度も! 毎日のように!! 一昨日の夜も!!」
「俺は一昨日の夜は屋敷にいなかっただろうが!!」
俺はマーサと一緒に、町の宿にいた。
そんなことはゼロス兄さまだってわかってるはずだ。
「うるさいうるさいうるさい!! お前なんかに男爵家を渡すものか!!」
「だから別にいらないって言ってるだろうが!!」
「そうやってお前はいつも僕を否定する!!」
「よしわかった。一発殴らせろ。ゼロス兄さま!!」
「お前が男爵家の乗っ取りを企んでないなら、どうして王女殿下がお前まで呼び寄せる!? おかしいだろう!? 庶子のお前のことを、どうして王女殿下がご存じなんだ!!」
「じゃあ本当のことを言おうじゃねぇか。他言無用だ! いいな、兄さま!」
「わかった。言ってみろユウキ!」
「俺がこないだ屋敷を抜け出して裏山に行ったら、クララさんって人と、斧持ちのバーンズさんって人が魔物に襲われてた! そのとき、ちょっとだけ俺が手を貸した!! その時に知ったんだろうよ! 男爵家に黒髪で黒い目の子どもがいるって!! それでなにを考えたか知らないが、庶子の俺まで呼び寄せた。それだけだ!!」
「本当か!?」
「嘘だと思ったら斧持ちのバーンズさんに聞いてみろ!」
「……お前はいつもそうやって……」
「え?」
「お前はいつもそうやって僕のできないことをする!!」
背中越しに見えるゼロス兄さまの手が、奇妙な動きをしてる。
『古代魔術』か!?
「────『風精召喚』!!」
「召喚の『古代魔術』か。すげぇな兄さま!」
俺は短剣を抜いた。
ゼロス兄さまの周囲に青白い球体が発生した。数個。
そこから鳥の形の使い魔が生まれ、俺に向かって飛んでくる。
ナイフのように鋭い、2対の翼をひるがえして。
がいいいんっ!!
1羽目の翼を、俺は短剣で受け止める。
2羽目はなんとか切り払う。3羽目は、地面を転がって避けた。
「そんなに強いのに、なんで俺のことなんか気にしてるんだよ! ゼロス兄さま!!」
「うるさい! そのまま寝ていろ!! 庶子が!!」
ゼロス兄さまとの距離が開く。兄さまは走りながら使い魔を召喚してる。
徹底的に、俺の足止めに徹するつもりか。
「……いい加減、頭に来た」
もういい。正体がばれても構わない。
結局、俺は人間をやるのに向いてなかった。
遠慮するのは止めだ。
試験も魔術ギルドも関係ない。
こっから先は、ただの兄弟ゲンカだ。
ゼロス兄さまを一発ぶんなぐって、わからせて、ついでに教師カッヘルをぶちのめして──
俺は、男爵家から消える。
俺は『化け物』だからな。
素直に家族の前から消えてやるよ!
「『身体強化』!!」
俺は左手に『魔力血』の紋章を描いた。
『身体強化』2倍がけだ。
そのまま、俺は地面を蹴って走り出した。
「いいかげんに人の話を聞きやがれこのくそあにきいいいいいいっ!!!」
『フィィ!?』
「うざいっ!!」
がいいんっ!!
まとわりつく鳥を、俺は拳でなぐりつけた。
『────ギィィ!?』
魔力で作られた鳥は、一撃で霧散する。
『身体強化』2倍だ。拳そのものも強化されてる。
手の甲がぱっくり裂けて血が出たがまあいいや!
「まちがやれゼロス! ゼロス=グロッサリアアアアアアア!!!」
「ユウキ!?」
「たまには俺の言い分も聞きやがれ、くそ兄貴!!」
「なんで!? どうしてお前がそんな速度で動ける!?」
「『古代器物レプリカ』は魔力の使い方で効果が変わるんだろうが! そういうことにしとけ!!」
「ふ、ふざけるなあああ! どうしてお前が、僕以上に!!」
「わかった。じゃあ言う! 実は俺は200年前に死んだ魔術師の生まれ変わりで! 『古代魔術』の妙な適性を持ってる! そのおかげで魔術を2倍がけしてるから、移動速度も身体の強度も2倍だ!! どうだ、わかったかくそ兄貴!!」
「こんなときまでお前は! ばかげたことをおおおおっ!!」
ゼロス兄が木を蹴り、方向転換する。こっちに向かって来る。
「その減らず口を黙らせてやる!! ユウキ!!」
「ようやくこっちを見たな、ゼロス兄!!」
「ああ、僕は前々からお前のことが気に入らなかった!!」
「知ってるよ! 庶子が嫌いなんだろ!?」
「違う!! お前を見てるとイライラする! 僕はお前を見返すために『魔術ギルド』を目指したんだ!! 面倒だよ! 『古代魔術』も、勉強も!! お前がいなければこんなことにはならなかったんだ!!」
「俺のせいにしてんじゃねぇ!!」
「うるさいっ!! 『古代魔術』──『風精召喚』『火精召喚』」
兄さまの指が、複雑な紋章を描き出す。
2つ。
右手は身体の前、左手は後ろ。2種類の紋章を。
『ギギィ!』『ギュオオオ!!』
2対の魔法陣から風の鳥と、炎をまとったトカゲが現れる。
「召喚魔術かよ! ここは俺と兄さまが殴り合う流れじゃないのか!?」
「僕は嫡子だ! 『魔術ギルド』に入って男爵家の名を高めるゼロス=グロッサリアだ! だから僕のすべてをかけてお前に勝つ!!」
「上等だ!!」
俺は『身体強化』を再度発動。
2倍がけの速度で、兄さまに向かって走り出す。
「行け! 『風精』『火精』! ユウキを僕の前にひざまづかせろ!!」
「ざけんな! そんな小魔が『化け物』の相手になるか!!」
俺は拳で青い鳥を、短剣で炎のトカゲを切り払う。
その間に数歩。距離を詰める。兄さまはまた召喚魔術を発動させる。
さすが『古代魔術』の召喚術。速い。連続使用も可能か。
だけど、こっちは『化け物』だ。多少の傷は無視する。鳥の翼で頬が切れたけど関係ない。炎で服が焦げたけど問題ない。どうせ男爵家とはここでおさらばだ。
心残りがないように、ゼロス兄さまとカッヘルをぶちのめして行く!
「ユウキ……お前……。手が……血が!!」
「俺が『化け物』だって理解したかよ。くそ兄貴」
「いや、違う。お前は、僕の家族で。僕は……僕は……」
間合いに入った。
俺は拳をふりかぶる。
『身体強化』2倍がけで殴ったら死んじゃうから、1倍で。
ゼロス兄には男爵家を治めてもらわなきゃいけないから。
人間の兄弟ゲンカらしく、怪我しない程度に殴ってやるよ。
「歯ぁくいしばれ!! 舌噛むなよ!! 足も踏ん張ってろ!! ゼロス兄さまあああああああっ!!」
俺の拳が、ゼロス兄の腹にヒットした。
「ぐぉ! ユウキ──お前……は」
ゼロス兄の身体が転がり、草の上で止まる。
兄さまが握ってたアミュレットも吹っ飛んでる。
「……痛ぇ」
俺の右手の傷口からは、血があふれてる。
あーあ、ゼロス兄さまの顔と腕にまで飛び散ってるよ。
右手、めっちゃ痛い。
やっぱり、素手で使い魔と殴り合うのは無茶すぎたか……。
「…………違う……僕は……家族に怪我をさせるつもりは……ユウキ……血が……怪我を……」
「起きろ、ゼロス兄」
ぐい。
俺はゼロス兄の腕を掴んで、身体を起こした。
「男爵家は好きにしろ。俺は庶子だ。何度も言うけど、爵位なんかに興味はない。嘘だと思うなら思ってろ。代わりに、俺はこのまま男爵家から消えてやるよ。『化け物』らしくな」
「……ユウキ。お前……」
「男爵家を好きに作り替えるならそうしろ。だが、俺の家族に手を出すことだけは許さない。将来、俺がここに立ち寄ったとき、ルーミヤとマーサがなにかされてたら、俺は兄さまを許さない。男爵家も魔術ギルドも関係ない。俺は化け物としての寿命のすべてを使って……兄さまを潰す」
「…………う、うぁ」
兄さまの身体が、震え出す。
俺が手を放すと、兄さまが力なく、地面に座り込んだ。
……やってしまった。
正体をばらして、『古代魔術』の2倍を使った。
完全にアウトだ。
……誰かが来る前に逃げるか。
「お前たち、そこでなにをやっているのだ!!」
不意に、声がした。
森の出口の方から人が歩いてくる。斧持ちの、バーンズさんだ。
……ちっ。出遅れたか。
「試験を受ける者同士の戦闘は許可しておらぬ! 一体ここでなにをしているのだ!!」
「……こ、これは」
ゼロス兄さまが俺と、バーンズさんの方を見た。
俺は兄さまに自分の正体を明かした。
ゼロス兄さまはそれをバーンズさんに言うだろう。
兄さまに、俺をかばう理由はない。
俺の人間生活はここで終わりだ。
バーンズさんは王女殿下の護衛だからな。『化け物』の俺を、見逃してくれないよな。
コウモリのディックたちに足止めを頼んで、その隙に山に逃げよう。その後は、放浪生活だ。
めんどくさいな。
できれば、マーサにお別れを言いたかったな。
「これは……ただの兄弟ゲンカです。バーンズさま」
……兄さま?
「僕がユウキに突っかかって、ユウキが逆らったものだから。売り言葉に買い言葉で。それで」
「……おい、ゼロス兄さま」
俺は兄さまの耳元に顔を近づけた。
「……俺の正体、言わなくていいのかよ」
「……そんなこと言えるわけないだろ!? 馬鹿か!!」
怒られた。
「……男爵家の血筋に、化け物がいるなんて知られたら、家が潰されかねないだろうが。僕は嫡子として、家を守らなきゃいけないんだ」
「そうかよ」
「……それに、お前が本当は何者なのか、僕には確かめようがない。でもな……僕は負けたんだ。お前が僕の敵わない相手だってのがはっきりとわかった…………すっきりしたよ」
兄さまは疲れたように肩を落とし、落ちていたアミュレットを拾い上げた。
「お前が僕の悪口を言ってるなんて、嘘だってわかってた。でも、僕は男爵家を上級貴族に匹敵するものにしなきゃいけないんだ。そのためには、カッヘル先生に従う必要がある。だから、あの人の言葉を信じなきゃいけなかった。そう思ってるうちに……僕は……あの人が言うことが……本当だと思えてきて……」
「……兄さまはまじめすぎるんだよ」
「……うっさい黙れ。弟のくせに」
「久しぶりに弟って呼んだな。ゼロス兄さま」
「ああ、お前は僕の弟だ。だから、勝手にいなくなるな」
「……あのさ」
「お前がいなくなったあと、ルーミアに泣かれるのはごめんだ。アイリス殿下にも不審に思われる。僕には男爵家を守る義務があるんだ。僕のせいで、家を壊すわけにはいかない。だから……今は、いなくなるのはやめろ」
「…………わかったよ。ったく。人間って面倒だな」
兄さまは俺のことは誰にも言わないらしい。
ゼロス兄さまがそれでいいなら……いいか。
俺も、自分がディーン=ノスフェラトゥの転生体だって証明する方法はないもんな。
13歳で放浪生活送るのも大変そうだし。
消えるのは、いつだってできるから。
「話は終わりか? それでどうするのだ? 試験を続けるのか、ゼロス=グロッサリア」
バーンズさんは、ずん、と、斧の柄を地面に突き立てた。
「適性試験には、わしと戦うことも含まれている。わしを倒さずともよい。魔術で攻撃を避けて、森を抜けるのだ。それができれば『魔術ギルド』への入学を認めよう」
「棄権します」
兄さまはズボンについた土を払って、立ち上がった。
そのまま、バーンズさんに向かって、深々と頭を下げる。
「僕は『魔術ギルド』に入れるような器ではありませんでした。僕は……これで……古代魔術を卑怯な手段で強化して──」
「本当によいのだな。棄権で」
「はい。もう、決めました」
「わかった」
バーンズさんは斧を置いて、代わりに背中から、小さな弓矢を取り出した。
さらに懐から、赤い布と黒い布を引っ張り出す。
早口で説明してくれる。赤い布は合格の印、黒い布は失格の印だ。
バーンズさんはゆっくりと、黒い布を矢に結びつけた。
兄さまの反応を待つように、矢を空に向け、弓を引く。兄さまはなにも言わない。
そのままバーンズさんは、矢を空に向かって放った。
「これで、王女殿下にもわかるはずだ。ご苦労だったな、ふたりとも」
「ひとつお聞きしてもいいですか、バーンズさま」
「なんだ? ゼロス=グロッサリア」
「ユウキがバーンズさまを助けたというのは本当ですか?」
「ああ」
バーンズさんは、あっさりとうなずいた。
ここはごまかして欲しかったんだが。
「それは確かだ。だからわしと王女殿下は、ゼロス=グロッサリアとユウキ=グロッサリアを間違えた。殿下に悪気はなかったのだ。非礼は、わしがお詫びしよう」
「いえ、それはいいんです」
ゼロス兄さまは肩の力が抜けたように、笑った。
「……やっぱり、ユウキにはかなわないなって、思っただけで……」
そんなセリフを兄さまが口にしたとき──
「──────!!」
不意に、森の向こうから悲鳴が聞こえた。
王女殿下がいるあたりだ。
「話はあとだ。王女殿下の元に戻る。ついてこい!!」
バーンズさんは森の入り口に向かって走り出した。
俺とゼロス兄は顔を見合わせてから、その後を追う。
一瞬、俺の脳裏に王女殿下の顔が浮かんだ。
前世で子ども代わりだったライル、その娘のアリスにそっくりな、あの顔が。
「悪い。ゼロス兄、先に行く」
俺はふたたび『身体強化・2倍』を発動した。
ゼロス兄はついて来られない。俺が殴ったせいか、足下がふらついてる。
俺は兄さまに「ごめん。先に行く」と言い残して速度を上げる。バーンズさんを追い越して、さらに先へ。
「……アイリス王女殿下か」
ったく。
彼女がアリスにそっくりじゃなければ、放っといてもいいのに。
ライルも、アリスも……俺の記憶にちくちく刺さって来る。
ほんっとに面倒な子どもだよ。お前たちは!
次回、第17話は明日、更新する予定です。




