第149話「元魔王と公爵令嬢、派閥づくりに奔走する(前編)」
お待たせしてすみません。更新、再開します。
──ユウキ視点──
数日前、俺とオデットの縁談話が届いた。
オデットの父、スレイ公爵からの提案だった。
オデットのことは大事に思ってる。
でも、この話を受けるわけにはいかない。
俺は、ずっと若いままで、死なない可能性があるからだ。
だから俺はいずれ王都を出て、姿をくらますつもりでいる。そんな奴が、オデットと結婚することはできない。
でも、最上位の貴族であるスレイ公爵家からの縁談だから、断りにくい。
そこで俺たちは、対策として、派閥を作ることにした。
派閥のリーダーとその部下は、魔術師としてのランクに関係なく師匠と弟子になれる。
『魔術ギルド』が師匠と弟子の関係を認めれば、弟子の方は、実家の籍から外れることになる。
縁談の話を、問題なく潰すことができる。
スレイ公爵は気分を悪くするかもしれないけれど、それは仕方ない。
俺もオデットも、スレイ公爵のやり口には頭にきていたからだ。
特に、一番怒ってたのはアイリスだった。
前世の俺、ディーン=ノスフェラトゥは『フィーラ村』の皆を人質にされたことで、命を落とした。
スレイ公爵は、縁談を断ったら俺の実家──グロッサリア伯爵家の立場が悪くなると分かっていて、話を持ちかけてきている。つまり、俺の家族を人質にしている。
アイリスは、それが許せないと言っていた。
問題は誰が派閥のリーダーになるかだけれど、それは話し合って決めた。
話がまとまると即、俺たちは動き出した。
スレイ公爵家の干渉を排除して、自由に『魔術ギルド』での生活を送るために。
俺たちは『ザメル派』のリーダー、老ザメルに会いに行くことにしたのだった。
「派閥を作りたいじゃと!?」
老ザメルが驚いた声をあげた。
勢いよく椅子から立ち上がり、まっすぐに俺とオデットを見つめている。
ここは『魔術ギルド』にある、老ザメルの部屋だ。
派閥の者たちが使う部屋ために、老ザメルには広い部屋が与えられている。大きな研究室に、魔術関連の道具を置くための倉庫までついている。反面、俺たちがいる応接スペースは狭い。小さなテーブルと椅子が4脚あるだけだ。
仮眠スペースにも使ってるのか、部屋の隅には丸めた毛布が転がってる。
重要なのは魔術の研究。他はどうでもいい。
そんな思考が透けて見える。
老ザメルは本当に純粋な、魔術の探求者なのだろう。
「確かにワシとカイン殿下は報酬を用意すると申したが、派閥立ち上げとは……予想外すぎる。本気か? スレイ家のご令嬢」
老ザメルは目を見開いて、オデットに訊ねる。
質問を予想していたからか、オデットは落ち着いた口調で、
「本気ですわ。ザメルさま」
「『カイン派』『ザメル派』に並ぶ『オデット派』を作ると?」
「は、はい。おっしゃる通りですわ」」
言いながら、オデットは横目で俺を見る。
派閥のリーダーを誰にするかは、相当揉めた。
リーダーの地位を争ったわけじゃない。逆だ。
俺もオデットもアイリスも、自分以外を推したからだ。
でも、冷静に考えると、オデット以外の選択肢はなかった。
『アイリス派』は作れない。すでに『カイン派』があるからだ。
魔術ギルド内に王子王女をリーダーとする派閥がふたつあったら、勢力バランスが崩れてしまう。王家が魔術ギルドに過剰な干渉をするのか、と疑う者も出るだろう。
『ユウキ派』も難しい。
俺は男爵家の庶子で、成り上がりだ。
それなりの成果を上げてはいるけれど、俺が突然『派閥を作ります』と言っても通りにくい。
老ザメルとカイン王子はともかく、他のギルド員からは反対意見も出るだろう。
だから『オデット派』を作るのが、最も理にかなっている。
俺たちは、そう考えたのだった。
「オデットは派閥のリーダーにふさわしい成果を上げていると、俺は考えています」
俺は老ザメルに向けて、説明を始めた。
「オデットはオリジナルの『王騎』を使いこなせる、ただひとりの人材です。彼女がいなければ、『エリュシオン』の第5階層の障壁突破は不可能だったでしょう」
「……確かにな。それは認めておる」
「また、オデットは『ザメル派』とも親しく、共に『霊王騎』の実験も行っております。それはザメルさまもご存じのですよね?」
「……うむ」
「微力ながら俺も、オデットさまのサポートをしてきました。ただ、俺たちはこれまで、他の派閥の方々の指示で動くことが多かったのです。もちろん、それで成果を上げられたのですから、皆さんには感謝しているのですが……」
「これからは自分たちでテーマを決めて、魔術を探求してみたい、ということか?」
「はい。そのために派閥を立ち上げたいのです。せっかくザメルさまとカイン殿下が報酬をくださるというので、よい機会かと思いまして」
俺は、用意しておいた言葉を、老ザメルに告げた。
老ザメルはうなずいてくれている。わかってくれたようだ。
「理解した。それで、派閥を作る目的はなんなのだ?」
「もちろん、魔術の探求ですわ」
オデットは即座に答えた。
「それは皆も同じではないのかな?」
老ザメルは肩をすくめた。
「今は『エリュシオン』地下第5階層が解放されたばかりだ。皆が、新たな『古代魔術』『古代器物』を探したくて、探究心をときめかせておるよ。ワシもな」
「わかります。だからこそ、わたくしたちの派閥がお役に立てると思います」
「……なに?」
「『オデット派』の目的は『エリュシオン』の中ではなく、その外──地上で魔術を探求することにあるのですわ」
オデットは練習していた通りに、堂々と答えを返した。
「ザメルさまのおっしゃる通り、『エリュシオン』の地下第5階層は開かれました。『ザメル派』『カイン派』の皆さまは第5階層の調査に専念することになるでしょう。だとすれば、皆さまが地下を探索している間、地上で起こる魔術的な事件の担当者が必要になるのではないですか?」
「なんと!?」
老ザメルとカイン王子は、地下第5階層に興味を持っている。
他の魔術師たちもそうだろう。
『古代器物』『古代魔術』を手に入れれば、大きな功績が得られる。
その上、地下第5階層は、200年近く手つかずだった遺跡だ。
みんな調べたくてしょうがないだろう。『カイン派』も『ザメル派』も。これからは、みんな競って地下に潜ることになる。
となると『エリュシオン』の外での魔術的な事件が起きたとき、対処する者が必要になる。
それを『オデット派』が担当するという計画だ。
俺たちはすでに地下第5階層で、めぼしいものは回収してある。
あの地の管理施設はすでに掌握した。焦ることはない。
だから、俺たちが探索するべきなのは『エリュシオン』の外だ。
……第一司祭のこともあるからな。
帝国皇女から聞いた話によれば、第一司祭はまだ生きているらしい。
それには地下第5階層で行われた『完璧な人間』を作るための実験に関係しているのかもしれない。
それに、帝国はまだ、オリジナルの『王騎』を所持していることも考えられる。
警戒はしておきたいんだ。
「……ワシとカイン殿下が『エリュシオン』の探索をしている間……外で魔術の問題の調査を行う派閥、それが『オデット派』か……う、うむ。確かに理に適っておるな」
「ありがとうございます。ザメルさま」
「だが、スレイ家のご令嬢よ。ワシを説得するには、もう一押し必要だな」
老ザメルは唇をつり上げて、笑ってみせた。
白い髭をなでながら、余裕の表情だ。
「外での魔術事件を解決するためなら、派閥である必要はあるまい。調査チームでもよいはずだ。派閥でなければならぬ理由を聞かせてもらえるか」
口調は穏やかだが、眼光は鋭い。
さすがは長年『魔術ギルド』の重鎮だった人だ。
ただの孫好きの好々爺なわけじゃないよな。
「……それは」
オデットが口ごもる。横目で、俺の方を見る。
「申し上げてもいいですか。ザメルさま」
俺は手を挙げて、発言の許可を求めた。
老ザメルがうなずいてくれたから、俺は続ける。
「僭越ながら、オデットさまに派閥立ち上げの提案をしたのは俺なのです」
「ユウキ=グロッサリア……君がか?」
「俺は『魔術ギルド』に引き立てていただいたことで、実家を伯爵家にすることができました。その恩をお返ししたいのです」
「恩? それが派閥作りに、どんな関係があるのだね?」
老ザメルが訊ねる。
俺の頭の中にあったのは『カイン派』と『ザメル派』の争いのことだ。
『魔術ギルド』に入ってからずっと、俺はふたつの勢力がぶつかり合うのを見て来た。
派閥にも誘われた。
『カイン派』のイーゼッタ=メメントの事件にも関わることになった。
だから、ふたつの勢力の争いを止める方法があればいいな、って思ったんだ。
俺には『フィーラ』村で200年生きた経験がある。
まだ人間的な考え方を手に入れたわけじゃないけど、問題解決はしてきた。
だから、前世のディーン=ノスフェラトゥの経験から、派閥の問題を考えると──
「……第3勢力が存在すれば、『ザメル派』『カイン派』の争いを防ぐことができるのではないでしょうか」
俺は言った。
「『ザメル派』『カイン派』の2勢力だけだと、おたがいが正面から向き合うことになります。だからこそ、争いが起こりやすいのではないでしょうか」
「お、おぉ……確かに……!」
老ザメルがおどろいた顔でうなずく。
俺は続ける。
「ですが第3勢力が存在すれば、ふたつの派閥の架け橋になることができます。ザメルさまと親しいオデット、カイン殿下の妹君であるアイリス殿下──そのおふたりが在籍する『オデット派』が存在することは、大きな力になると思いますよ」
「ユウキの言う通りですわ! ザメルさま!!」
オデットが身を乗り出した。
「派閥が2勢力だと、争いが起こるものなのです。3勢力なら3すくみとなり、派閥同士の争いも止まると思いますわ」
「……う、うむ。一理あるな」
「ザメルさまとカイン殿下の仲がよろしいことは知っております。けれど、派閥の魔術師の方々は、主義主張の違いからか……小さないさかいを続けていらっしゃいます。では、その2つの勢力の間に、とるに足らない『オデット派』が生まれたら……?」
ここが好機と思ったのか、オデットは畳みかける。
「わたくしたちは小さな派閥です。『ザメル派』『カイン派』の皆さまの脅威にはなりません。ですが、架け橋にはなれるのですわ」
「そんな『オデット派』の前で、大人たちが……歴史ある『ザメル派』と『カイン派』が争いをするのはみっともない上に、大人げない。恥ずかしい姿はさらせなくなる、か。なるほど。これは一本取られた。ははっ!」
老ザメルは額を押さえて、笑った。
「そういえば孫のフローラも、探索よりも外で、魔術の腕を磨きたいと申しておった。あの子も『オデット派』に入りたがるかもしれぬな」
「歓迎いたしますわ!」
「フローラさまなら安心です」
俺とオデットはうなずいた。
フローラ=ザメルのことはよく知ってる。
彼女なら『オデット派』に入ってもらっても大丈夫だ。『エリュシオン』の外で魔術の腕を磨きたいなら、その場を与えることもできるだろう。
「よかろう。納得がいった。ワシは『オデット派』の立ち上げに賛成する」
しばらくして、老ザメルはゆっくりと、うなずいた。
「スレイ家のご令嬢には報酬を渡すと申し上げた。この齢になって、約束を違えるわけにはいくまい。派閥を作るなら、大きな予算を必要とするわけでもない。場所を提供するくらいだろう。うむ。よかろう」
「「ありがとうございます!!」」
俺とオデットは頭を下げた。
その後、老ザメルは『オデット派』について、賢者会議に諮ると約束してくれた。
成果としては十分だ。
あとは、カイン王子を説得すればいい。
『カイン派』『ザメル派』のリーダーたちが『オデット派』を認めたなら、賢者会議が設立を拒む理由はない。
正式に『オデット派』を作ることができるだろう。
そうすれば、スレイ公爵も、オデットに手を出せなくなるはずだ。
「……これで、目標の半分は達成しましたわね」
老ザメルの部屋を出たあと、オデットは安心したような息をついた。
「『オデット派』が賢者会議の議題になるなら……それが却下されるまでは、父はわたくしに手を出しにくくなりますわ。魔術ギルドの重鎮たちがわたくしたちについて会議をしている中で、横やりを入れることは難しいですからね」
「『魔術ギルド』は高位の貴族が多いからな」
「父は外面を気にする人ですもの」
オデットは苦笑いした。
それから、大きくのびをして、
「これで本当に、父から解放された気分ですわ」
「よかったな。オデット」
「老ザメルを説得できたのは、ユウキのおかげですわ。第3勢力がいれば派閥同士の争いは止まる……なんて、よく思いつきましたわね」
「あれかー」
「ええ。決定的な一言でした。感心しましたわ」
「最近よく、前世のことを考えてるから、その影響かもしれないな」
ゴーレムの『フィーラ』のおかげで、アリスの妹のミーアの手がかりがわかった。
そのせいで、前世の夢をよく見るようになったんだ。
とっさにあんな言葉が出てきたのは、そのせいだろう。
「やっぱり、前世でも派閥争いがありましたの?」
「ああ。『フィーラ村』の若い連中と年寄りたちが、2勢力に分かれてケンカしたことがあったんだ」
あれは……確か祭りについてのいさかいだったと思う。
村の若い連中と年寄りたちが、祭りのイベントの内容で対立しはじめたんだ。
当時の俺は『今回のお祭りには内緒のイベントがあるから、マイロードは祭りの日まで、作業場には近づかないでください』って言われてた。
だから、古城で子どもたちの勉強を見るのに専念してた。
子どもたちも祭りの前でうかれてたからな。落ち着かせるのが大変だったから、そっちに専念できるのは、ちょうどよかった。
そんなことをしたら、祭りの前日に、村の若い連中と年寄りたちのにらみ合いが発生したんだ。
「若い連中と年寄りたち、つまり、2勢力だろ? 若い連中は力が強いけど、年寄り連中は知恵と知識がある。それでにらみ合いになって、収拾がつかなくなったんだ」
俺は説明を続ける。
にらみ合いが続いていることを知ったのは、使い魔のコウモリたちが教えてくれたからだ。
だから俺は、勉強中だった子どもたちを引き連れて、村に向かった。
間に入ってなだめるつもりだったんだけど──
「俺が行ったら、あっさりと争いが収まったんだ。今回の件と似てるだろ? 若い勢力と年寄りの勢力がにらみあってるところに子どもたち……もっと若い連中が来たわけだから」
「…………」
「だから、第3勢力がいた方が、争いは止まりやすいってことだ。ただの思いつきだけど、意外と理に適ってると……あれ? オデット、どうした?」
「……村祭りのいさかい。『魔術ギルド』で続いていた派閥の対立が……村祭りの……」
オデットは俺に背中を向けて、肩を震わせてる。
「……そ、それで、対立の原因はなんでしたの?」
「ああ、祭りでクイズ大会をやる予定だったんだけど、その問題の内容で争ってたらしい。俺の『フィーラ村』での最初の使い魔の名前がなんだったか、意見が分かれたんだってさ。まったく、意味がわからないよな。俺に聞けばすぐに解決したこと……って、だからオデット。どうした?」
「……な、なんでもありません。なんでも」
だからどうして背中を向けて震えてるんだ?
そんなに変なことを言ったつもりはないんだけど。
「と、とにかく、老ザメルの協力が得られたのはあなたのおかげです。ありがとう、ユウキ」
振り返り、息を整えたオデットは、俺に向かって頭を下げた。
俺はうなずいて、
「ああ。次はカイン殿下を説得しないとな」
「面会の予約は取っております。参りましょう」
オデットは元気いっぱいに歩き出す。
勢いよく腕を振って。まるで、肩の力が抜けたように。
そんなオデットと並んで、俺はカイン王子の部屋に向かったのだった。
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