鼻血に注意!?チョコレートに思いをのせて
バレンタイン、間に合わなかった……!
「お嬢ちゃん、そんなにちっこいのに一人で旅行かい?」
乗合馬車で一緒になったおじさんから心配そうに聞かれる。
「こう見えて私もう15なんですよ!?」
ちんまりとした目線、童顔、凹凸に乏しいボディライン。実年齢より幼…若く見られることは慣れっこだ。
「そ、そうかい…そいつは悪かったな。しかしそんな大荷物で一体何しに行くってんだい?」
その問いかけに私は無い胸を張ってドヤ顔で答える。
「王宮魔術師になりに行くんです!」
ビビ、15歳。平民なので姓はない。出身はノヴァルディ公爵領。私がまだ幼い頃ノヴァルディは王国だったが、今ではヴァレンティン王国領になっている。昔は何の特産もなく貧しかったが、今は王国で一二を争うほどの学術都市になっている。魔術大国であるヴァレンティン王国でも片手に数える程しかない高等魔術学院があり、先日そこを無事卒業した私はこの度推薦状を貰って王都へと向かうのだ。私が志す王宮魔術師は険しい道だ。王宮魔術師になるために王都へ推薦してもらう生徒は一校の高等魔術学院につき最大10人まで。そもそも高等魔術学院へ通えるのは魔術を志す者の上位5%。そんな王国で選び抜かれて王都へ来ても王宮魔術師になれる者はほんの僅かだ。王宮魔術師になるためには更に試験を突破しなければならない。
乗合馬車が止まった。とうとう王都についたらしい。馬車から降り綺麗に整備された石畳みへと足をつける。
ーーこれからここで頑張っていくんだ。
しっかりと踏ん張る。
大きく息を吸い込む。
ぐううううぅぅうう〜〜〜
街に漂う美味しそうなパンの匂いでお腹が悲鳴をあげた。先ずは腹ごしらえと私は王都グルメを堪能しに足早に歩き出した。
「今年はどんな子が入ってくるのかしらね?リヒト」
大きな机いっぱいに広がるのは今年度王宮入りする魔術師のリスト。
「どうであれ少しは骨のあるやつでないと困るな」
そう言って無愛想に眉を寄せるのはリヒト。23歳の若さにして王宮魔術師長、見目麗しい超絶エリートと超優良物件なのに未だに相手がいないのは私としても不安になる。お節介ババアよろしく女の子の好みを聞くと酷く不機嫌になってしまうから私からは何も言えないのだけれど。
「それにしたってあなたはちょっと厳しすぎるんじゃないの?」
女の子の方はしょうがないとして、弟子も取らないのは流石にどうかと思う。王宮魔術師は最初に数ヶ月間弟子を取り、その後能力や相性に応じて配属される。しかしリヒトが今までとった弟子は短期間でやめていく。リヒトはストイックでめちゃくちゃ優秀だが、それを標準だと思っている節があり他人にまで求めてしまう。弟子たちはリヒトの容赦ないしごきに耐えられずやめていってしまうのだ。王宮魔術師長であるリヒトの弟子は未来の有望株だ。厳しくなるのも仕方がないかもしれないがそれにしたってもう少し加減というものを覚えてくれてもいいとは思うのだ。
「これに耐えられないやつはこれから先どんなことでも耐えられない」
リヒトが言うのも正論なんだけど、リヒトの研修が最初にして最大の難関であることは否めないような気もするのだ。リストを挑むように睨みつけるリヒトにもいつか寄り添ってくれる子が出来ることを願っている。
「ふおおおおおおお……!!ここが王宮!」
でんと構える立派な白亜の王宮にテンションがだだ上がる。門番さんに通行証を渡して通る。(中々イケメンさんだった)
そのまま大広間のようなところに集められる。ピカピカに磨かれた床、たっかい天井、私の背の何倍もあるような大きなガラス張りの窓からは明るい日差しが差し込む。大きく息を吸い込んで王宮の空気を堪能する。
中に入ると100人ほどの魔術学院生が集められていた。皆緊張した面持ちで待機している。暫く待っているとそれはそれは煌びやかな容貌の男性が入室してきた。イケメン風の門番さんも吹き飛ぶような眩さだった。(門番さんごめん)
男性は艶やかな黒髪に吸い込まれそうな黄昏色の瞳が絶妙に配置されていて、その無表情も相まってまるで精巧な人形のようだ。
「皆、遠路はるばるご苦労。私は王宮魔術師長のリヒトだ。早速だがこれから担当の王宮魔術師を割り当てていく。各自担当の魔術師の指示に従うように」
そう言って皆それぞれ散っていくが私だけ最後に残された。
ええええええ………何これえええ……
え、私何かした?え、え、え、これなんてドッキリ?心臓が止まるぐらい綺麗な人と二人にされんのめちゃくちゃきついよ誰か助けてこの空気ぶち壊して!誰か屁こいてお願い!
「お前がビビか?」
に、ににににに人形がシャベッタアア!!
瞳孔パッカン汗ダラダラ状態で立ち尽くしているとお人形様は訝しげに眉をあげる。
「ひっ、はひっ、はいいぃっ!!」
陸に打ち上げられた魚のような無様な返事にツッコミはなく、付いて来いと冷たく言われ顔合わせは盛大に事故って終わった。
魔術師長、もとい鬼教官はそれはそれはスパルタだった。朝は日が昇る前から薬の素材を摘み、夜寝るのは誰よりも遅い。他の皆はもっと優しくてホワイトな環境らしくて解せない。いくら見目が良くてもブラックすぎる!!しかし流石魔術師長。その腕は確かだ。膨大な魔力量にふさわしい知識量。史上最年少で魔術学院を卒業した私は天狗になっていたのかもしれない。そのたっかーーい鼻をポッキリと初日で折られた。魔術学院では勿論実技もあったがそれがいかに学びやすいように加工したものであったかを痛感した。薬の処方一つにとっても薬の効果を個人に合わせて調節しなければならない。魔道具開発では相反する属性の魔法を上手く組み合わせなければならない。それは干し草の中から針を見つけるような作業だった。
「自分が優秀だと思い上がっているのならば今すぐやめろ。学習者にとって一番不要なものは傲慢だ」
ガツーーーン、と頭を殴られた気がした。
悔しかった。恥ずかしかった。私は何を思い上がっていたんだ。魔術学院を首席で卒業したとしても。そもそも魔術師長はその魔術学院を作り上げたような人だった。本当に、勘違いも甚だしい。この人が常に慢心することなく魔術に取り組んでいるのに何を私は胡座をかいていたんだ。
それからの私は変わった。朝は魔術師長に叩き起こされても確固たる信念を持って寝坊していたが今では魔術師長から起こされる前に起きるようになった。昼食を食べるのも忘れるほど研究に熱中した。夜はその日にやったことの復習をした後泥のように眠る。クタクタだけど充実していた。漸く魔術師長も満足のいく仕事を果たせるようになり、チェックを受けた後の労うように緩む瞳がくすぐったくてソワソワと落ち着かなくなってしまうのは秘密だ。美形は自分の顔がもたらす破壊力を理解してほしい。
決定的な何かは恐らくあれだったのかもしれない。
「それにしても、リヒト魔術師長ってめちゃくちゃ厳しいって話だよな。今ついてる弟子カワイソー」
魔術師長と私の話が聞こえて思わず立ち止まる。
「でもさあ、確かに魔術師長はすごいけどノヴァルディ公爵夫人のコネだって噂もあるぜ?」
ノヴァルディ公爵夫人、コネ。
「まじかよ?だとしたらやべーなそれ。俺もあやかりてー」
私は我慢できずに気づいたら飛び出していっていた。
「私は魔術師長の研究室の電気が消えるのを見たことがありません!それがどういうことか分かりますか!?魔術師長は誰よりもあなたたちがぐーすか寝てる頃に起きて、食事をとる間も惜しんで研究して、誰よりも遅く寝るんですっ!その努力を他人が否定していいわけがないでしょう!?自分の実力不足を他人のせいにするなあああ!!」
「何をしている」
静かに響いた声に呆気に取られていた二人組は途端に慌てだした。
「リヒト魔術師長!?いえっ、あの、これは……!!」
「第4魔術塔所属エド・キーランと第6魔術塔所属ヤニス・デンレイだったな。先程の発言はノヴァルディ公爵夫人への侮辱ととってよいか。二度目はないと思え」
そう言うと二人組は真っ青になって蜘蛛の子を散らしたように一目散に駆けていった。
「……おい、泣くな」
私はと言えば涙が止まらなかった。
「だっ……て、魔術、師、長がっ!あんな、こと、言われて!私っ……悔しくって…!」
嗚咽を漏らしながら訴える私の頭に感じたのは温かな手。
「いいんだ。お前が分かっててくれるならそれで」
柔らかな声に顔を上げると見たこともない優しい顔で私を見つめていて、私は思わず息をするのも忘れて見入ってしまったのだ。
「あらー、やっと会えた!」
魔術師長と私の実験室。今日は目が潰れそうなほど綺麗な女性がいた。輝く金髪は腰まであり、大きな青い瞳、白い肌、高い鼻、小さな口はそれぞれ理想的に配置されている。身体の凹凸も素晴らしく見ているこっちが惨めになるほどだ。思わず崇めたくなるような美貌にこんな人もいるのだと私は半ば信じられないような気持ちでボーーッとアホ面を晒して佇んでいた。
「なんでこんなとこ来てるんだよ」
「まあまあそんな固いこと言わずに〜」
魔術師長に対して気安い口ぶりにギョッとする。この女性は一体何者なんだ……!?私が固まっていると女性の方から笑顔で話しかけてくれた。
「初めまして、ビビちゃん。私クリスティーナ・エデュ・ノヴァルディというの」
クリスティーナ・エデュ・ノヴァルディ。
………。
「ええええええ!?こっこっここここっ」
公爵夫人!?!?
鶏のようになった私にニコニコと笑顔を見せてくださるその人は少女にしか見えずとても人妻とは思えない。
「ちょっとビビちゃん借りてくわよ?」
有無を言わさぬニッコリ笑顔で私は連行された。
「あの、ノヴァルディ公爵夫人。
どちらへ……?」
「やあねえ、クリスティーナと呼んで頂戴!」
連れられたのは立派な居室。
この人が魔術師長の……。耳に挟んだ話に胃が締め付けられる。
「座って座って!ここはね、前王女だった私が使ってた場所なの。まあ、転移魔法があるから今でも頻繁に使ってはいるんだけどね」
ひええええええ。畏れ多すぎて土に埋まりたくなってきた。楽にしてと言われたが逆にカチコチになってしまう。するとクリスティーナ様は何と靴を脱いだ!!
え、え、え???何これドッキリ???私はどうするべき?見なかったことにして何食わぬ顔で居座るべき??目を泳がせているとクリスティーナ様は
「高いヒールも、きっついコルセットも窮屈で嫌んなっちゃうのよね」
想像していたものとは随分違った悪戯っ子のような笑顔にやられた。
「リヒトの弟子になってもうすぐ一ヶ月ぐらいかしら?リヒトの弟子は大変でしょう?」
もうそんなになるのか。
「……確かに最初は辛かったです。他の人の10倍ぐらいの量をこなさないといけなくてこの鬼教官、ハゲてしまえ!と思ったことも……」
あ、やべ。本音出すぎた。慌てて口を押さえるもクリスティーナ様は可愛らしく笑いながら本人には内緒にしとくわと約束して下さったことに安堵する。
「……でも、私が甘ったれだったんです。魔術師長は誰よりも才能があるのに、一番努力していて。それなのに下っ端の私なんかが胡座かいてちゃだめだなって」
クリスティーナ様は嬉しそうに笑顔で頷く。
「……今は、私の担当がリヒト魔術師長で良かったと心から思ってます」
そう言うとクリスティーナ様はそれはそれは嬉しそうに、どこか安心したように笑った。
「……あの子をよろしくね。
不器用で、無愛想だけどとてもいい子なの」
魔術師長の方が年上のはずだけど、クリスティーナ様はまるで出来の悪い弟を思うような笑みを浮かべた。それがどういった意味でのよろしくなのか測りかねたので私はただ頷くことしか出来なかった。
「すっごくいい子じゃない、ビビちゃん」
ニヤニヤした笑顔が癪に障る。
「全くあんたは……暇なのか?」
全てを見透かしたような表情のせいで居心地が悪い。この人を見るたびに感じていた甘苦い胸のうずきが消えたことに少しの寂寥感を覚えるとともに清々しい思いだ。
「ビビちゃんなら安心して任せられるわね」
この人はどこまで分かっているのか……。
オレは本当は弟子はとらないと決めていたんだ。魔術学院を飛び級で首席卒業、学院始まって以来の天才と呼ばれる人物はオレの予想とは違って小さi……小柄な女の子だった。魔力を覗いてみると眩しいぐらいにエネルギーに満ちたもので、なんとなくこの魔力がこのまま真っ直ぐに輝くのを見届けたいと思ったのだ。
「自分が優秀だと思い上がっているのならば今すぐやめろ。学習者にとって一番不要なものは傲慢だ」
なぜこんなにキツイ言い方をしたのか。いつもなら何も言わず黙って見限るのに。真っ直ぐな魔力の輝きを映す瞳がこのまま濁ってしまうのは酷く勿体無い気がしたんだ。
これでまた弟子がいなくなったかと思っていたが。
「おはようございます!今まで申し訳ありませんでした!今日から精一杯努めさせて頂きます!」
それからの彼女は生まれ直したかのようだった。こちらが心配になるほど仕事に取り組んだ。新たな発見をして輝くその瞳が。成功した時に浮かべる嬉しそうなその笑顔が。なぜだかオレを落ち着かなくさせた。
オレなんかのことで涙を流す姿に腹の奥がなんだかくすぐったくなって、不意に抱き締めたくなる衝動を堪えて頭を撫でた。形のよいまん丸の頭が妙にしっくり来て、嗚呼オレは今愛しいと思っているのだと唐突に理解した。
「ビービちゃんっ!」
夜、自室にてノックの音に扉を開けるとなんとクリスティーナ様がいらっしゃった!
「!?!?クリスティーナ様、どうなさったんですか!?」
慌ててクリスティーナ様を部屋へと招き入れる。
「いきなり押しかけちゃってごめんなさいね。突然だけどビビちゃん、パーティしましょう!」
!?!?
クリスティーナ様が最近頻繁に王宮にいらっしゃるのはある計画をされているかららしい。その計画というのは。
「ヴァレンティンパーティをするのよ!」
「ヴァレンティンパーティ……?」
聞き返すとクリスティーナ様は嬉々として説明を始めた。
「ついに完成したのよっ!チョコレートが!」
チョコレートというのは、ギーヤというヴァレンティンでも最南にある領地でとれるコケアを使って出来るものらしい。ヴァレンティン国で最も貧しいと言われているギーヤ領に特産が出来たということでその宣伝をかねてチョコレートを広めたいとのことだ。
「それでね、ヴァレンティンデーには女性がチョコレートを好きな人に渡すのっ!!だからビビちゃんもリヒトにあげたらどうかしら!?」
……えーと。色々ツッコミが追いつかないのだが先ずは。
「……なぜチョコレートとやらを好きな人に贈るのですか?」
「それはそういうものだからよ!」
そうか…そういうものなのか…。
「リヒトに贈るチョコはどんなのがいいかしらね〜」
「なんでっ!私がっ!!魔術師長にっ!?」
動揺して叫ぶとクリスティーナ様は目を丸くしてえ、だって好きでしょ?と聞き返す。
え、そんな分かりやすい!?と逆に問い返したい。
「でも……クリスティーナ様は魔術師長と想い合ってらっしゃるんじゃないんですか?」
そう言うとクリスティーナ様は顔を青くした。あれ?思っていた反応と違うぞ?
「そんな滅多なこと言うもんじゃないわよ…。私の旦那様が聞いたらどうなるか……!」
震え出してしまった。クリスティーナ様の旦那さんはそんなに怖い人なのだろうか。
「グレース……私の旦那様はね、それはそれはもう私のことが大好きなのよ」
なんか惚気が始まった。え、これ私聞かなきゃいけない?
「私もね、彼のことが大好きなのよ。だから日頃思ってる気持ちを形にしてちゃんと伝えるきっかけがあればいいなと思ったの」
そう言って笑ったクリスティーナ様は本当にキラキラしてて可愛くて、恋する乙女で。私も頑張りたいと思った。
思ったんだけど……。
お湯が入ったあああ!湯煎ってなに!?固まらないいいいいい!!
数々の失敗をくぐり抜けようやく出来たチョコレート。魔法薬を作ってる方が何倍も楽だった……。
そうして迎えたヴァレンティンデー当日。ヴァレンティンパーティはクリスティーナ様をはじめとした王族の方もいらっしゃるが王宮で働く人々も多くいてホームパーティのようにアットホームな雰囲気で、皆片手にチョコレートだと思われる箱を持っていた。クリスティーナ様といえばそれはそれはもう同じ人間とは思えないほどの美形といちゃいちゃ…。きっとあの方が旦那様だろう。確かにあれは誰も付け入る隙がない。
肝心の魔術師長はといえば……。
いた。めちゃくちゃ女の子に囲まれている。普段は高嶺の花的に(男性に花というのもおかしいかもしれないが)皆遠巻きにしているが、やはりイベント事は女の子の背中を押すんだろう。でも私は。女の子たちの手に持っている私のよりも数段綺麗にラッピングされた箱に尻込みする。急速に勇気が萎んでいく。恋する乙女の魔法は解けてしまった。
「こんな所でなにチンタラしてるのよ」
オレを囲む集団から何とか抜け出し、ビビを探していると姫様が話しかけてきた。
「ビビちゃんならさっき出て行っちゃったわよ。全く、不甲斐ないったらありゃしない。早く追いかけなさいよ!クールぶってるヘタレなんか、需要ないんだからね!」
姫様が言い終わる前にオレは探索魔法を展開して駆け出していた。
つい逃げ出してしまった…。
走ってきたのは王宮に来て初めて集められた大広間。ここで魔術師長に出会ったんだ。パーティ会場の喧騒とはまるで無縁の静謐さに少し心が落ち着く。あの頃はまぶしい日差しが差していたが今は静かに月明かりが溢れる。あれから色んなことがあったなあ。最初は魔術師長のこと、鬼教官って呼んでたっけ。あの頃はまさかこんなに好きになるなんて思ってもなかったんだけど。魔術師長のおかげで私の狭かった視野は広がった。井戸しか知らなかった蛙は大海を知り、その波に呑まれそうな時もあったけどそれを乗り越えられたのは魔術師長のおかげだ。
手元にある小さな箱を見る。私はこんな所で何をしてるんだ。少し不恰好なリボン、多分ちょっとかためなチョコレート。どんなに繕ってもこれが私だ。
……ここで逃げたら一生後悔する!
私は扉に向かって走り出した……が。
バタン!!
タイミングよく扉が開き私の鼻にクリーンヒットした。
「ビビっ!……ビビっ!?!?おい、大丈夫か!?鼻血が出てるぞ!」
魔術師長……なぜ今、この瞬間、ここに現れるんですか…。
……そして鼻血は見て見ぬフリして欲しかった。いや、無視できる鼻血の量じゃない。割と出てる。割と痛い。
私はもうヤケクソになりながら手にある箱を魔術師長に向かって突き出した。
「これ、貰ってください!」
「……ああ、ありがとう。オレも言いたいことがあって来たんだ」
次に続く言葉を聞いたら今度は涙を流してしまって、鼻血と涙でぐちゃぐちゃになった私ごと抱きしめてくれる魔術師長ーーリヒト様がどうしようもなく好きだなあって思ったんだ。
ノヴァルディ公爵夫人が考案したというヴァレンティンデーは後にバレンタインデーとして後世に残る。チョコレートを食べすぎると鼻血が出るとの逸話もあるが、その起源は未だ謎に包まれたままだ。
読んでいただき、ありがとうございました!