私が婚約破棄します
周りの人全員から後ろ指刺されている気がする。被害妄想だろうか。そもそも愛してもいない婚約者をぽっと出の転校生に奪われたからと言って、こんなに噂話をされなければいけないのだろうか。友達も気まずいのかなかなか話しかけて来ない・・・ここ数日の間、ユージェニーは孤独だ。
始まりは季節外れの転校生だった。ローズという彼女は名前の通り、薔薇のように美しく華やかでいながら、庶民の中で育ったためか大変気安い性格だった。それが生徒会の面々の興味を引いたのか、今ではローズを中心としたハーレムが形成されている。
その中の一人が私の婚約者ビクトールだった。
婚約者を転校生に奪われた可哀想な人。それが、今の私に対する周りの評価だろう。同情と興味本位の視線の数々。なんて面倒くさい。
そんなことを思いながら学校の裏庭へと進む。人通りの少ない裏庭なら、少なくとも興味本位の視線からは逃れられるだろう。
「あら?」
「誰?」
しまった。先客が居たようだ。それも泣いている。彼女はえっと・・・。
「ベアトリクス様?」
「あなたは確か・・・ユージェニー様」
先客は一つ年上の先輩ベアトリクス様だった。更に、彼女はローズのハーレム要員に婚約者であるジョシュア様を奪われた一人でもある。
「お邪魔して申し訳ありません」
「いいえ。皆さんの裏庭ですもの」
なかなか気まずい。婚約者を奪われた者同士、慰め合うべきだろうか。
「ユージェニー様は、お辛くありませんか?」
「は?」
「私は毎日、ジョシュア様を思うと悲しくて、辛くて・・・」
「私は・・・周りからの視線が気になりますね」
「そうですわね。でも、周りの方より、やっぱりジョシュア様が気になって・・・ローズ様と御一緒のところを見る度に涙が・・・」
そう言って、また涙を流すベアトリクス様。えっと、ハンカチあったっけ?
「そんなに泣かないでくださいな」
「ありがとう。ごめんなさいね」
ハンカチはあった。良かった。それにしても、こんなに泣いてるという事は・・・
「ベアトリクス様は婚約者を愛されているのですね」
「ええ。親が決めた婚約ではあるけど、お慕いしているわ。ユージェニー様は違うの?」
「ああ、私は・・・親が決めたなら仕方ないかなという感じで」
「そうなのね。私もそのくらい割り切れていたら良かったのに・・・」
更に涙に暮れるベアトリクス様。不謹慎だけどお美しい。この方の為に、出来ることは無いかと思わず考えてしまうほど儚い。
「もしも、婚約破棄を申し入れられたらと思うと、胸が苦しくて・・・」
「さ、流石にそこまでは・・・」
行かないよね?だって、全員が全員ローズと結婚できるわけじゃないし。婚約って家同士の契約みたいなものだから、そうそう簡単に破棄できるものでもない。
「でも、分かるの。ジョシュア様がローズ様と居るときは、とても楽しそうなお顔をなさっていて、私が一度も見た事ないような」
「確かに、ビクトールも良い顔してましたね」
「そうでしょう。私たち婚約者を奪われてしまうわ・・・」
「でも、婚約破棄までは考えていないと思いますよ。今だけの事ですよ」
「そうかしら・・・」
「結婚は義務ではないですか」
「そう・・・よね。義務なのよね」
そう義務だ。親同士が決めた義務。好きじゃなくても結婚しなくてはならない。・・・相手に好きな人が居ようが居るまいが関係ないのだ。関係ないのだけど・・・
「なんか、腹立たしいですね」
「え?」
「ベアトリクス様はジョシュア様を愛されているから、こんなに泣いていらっしゃる。私は愛してもいない婚約者を奪われたと周りから笑われている。とても腹立たしくはないですか?そもそも愛してないから奪われた訳でもないし。何故、私がこんなに悶々としなくてはならないのかしら?」
「ユ、ユージェニー様?」
「そうですよ。婚約破棄ですよ。愛してもいないのに、別の女性とイチャつくとこを見せられて、私が縮こまってる理由は無いです。婚約破棄してしまえば良いんだわ。ベアトリクス様ありがとうございます」
「待って。ユージェニー様は、先ほど義務だからと御自身でおしゃっていたではありませんか」
「ええ。もちろん親にも連絡します。今の状況から考えると先に裏切ったのはビクトールですし、良い様に婚約破棄が出来る気がしてきました。それに、私とビクトールが婚約破棄すれば、ローズ様とビクトールがくっつく。ジョシュア様も戻ってらっしゃいますよ?」
「そ、そうかしら・・・?」
「ええ。我ながら良い考えです。待っててくださいねベアトリクス様。ジョシュア様をベアトリクス様の元にお戻しすることを約束します」
愛してもいない婚約者に何の未練もない。むしろ、熨斗つけてくれてやるわ!!取りあえず、現状を両親に報告しよう。待っていなさい婚約破棄。