エンシリア・ポリス-2
そこまでの時間は取られていないが、やけに長く感じた聴取を終えたアルスマークはエンシリア・ポリスのメインストリートを歩く。
この都市、エンシリア・ポリスは軍事という面でも、商業という面でもエンササンカ王国で随一を誇るだろう。
大陸最大の国家ウィルフォース大帝国。自国の軍事力は無いに等しいが商業だけで成立している国家オバルト。逆に野蛮人と言われている戦闘民族国家ゴストロヒルム。
三大国家と呼ばれ自国の拡大を邁進している国家と最前線で接しているのがその最大の理由だろうか。
要塞都市とも呼ばれるその都市は、巨大な壁で街を囲んで成立している円形都市だ。
外側の壁は高さ十メートルは超えるだろう。その全てが金属で生成されており、汚れていなければその美しい白色の外壁は芸術性すらも感じる。厚さもニメートル以上はあり、どれだけの時間と経費が掛けられているのかは想像を絶するだろう。
内側の壁はどちらかと言えば芸術に力を注いでいるように見える。権力の象徴ともいうべきか。高さはあまりなく、五メートル程度しか無く、厚さも一メートルくらいだろうか。壁の表面には鳥のような絵やドラゴンだろう絵などが描かれている。
内側の壁が示すのは上級階層と下級階層の区別という意味が高く、エンササンカ王国では一般的である。
外周を囲む都市は商業区や住民が住む居住区などが明確に分かれており設計した者の腕の高さが伺える。商業区には倉庫などが立ち並ぶ一方でメインストリートと呼ばれる通りには軽食を売っている屋台やハンターを対象としている武器の整備など、様々な屋台が軒を連ね大いににぎわっている。
その屋台の一店舗、モンスターの肉を主に取り扱っている軽食店でアルスマークは食事を取っていた。
目の前に並ぶのはジルズバードと呼ばれる鳥系のモンスターでとても美味しいわりに大量に取れる食材だ。あの森でシャクムランたちが集めた物の中にも少しあったな。というどうでもいい考えをすてその食事を取る。骨がついてない巨大な肉に少しだけ味付けしたものでこの店の看板メニューらしい。
屋敷での食事はもっと豪華であったが、ここ最近は携帯食料とあまりおいしくないモンスターの肉をただ焼いて食べるという味気が全くなかったためかもしれないが、とても美味しく感じたアルスマークは"巨人でも一つで満足"というキャッチフレーズを無視し二つ目も完食した。
店の定員の女性や周囲に座っていたハンターと思わしき格好をしている男たちの目はアルスマークに向けられていたが気づく気配は全くなかった。
食後の満足感に浸っていると、夢中で気づかなかったが外が何やら騒がしい。どこか祭りのような盛り上がりようだがそれとは完全に違う。
魔法による感知ではニ、三人を大勢の人数で囲んでいるようだ。
何が原因かは知らないが、このようないざこざには介入しないことが最も賢い。場合によっては介入したほうが良いこともあるがそんな事例は稀である。
いくら様々な種族を守護する宿命があると教育されてきたアルスマークであっても同族のくだらない争いをいちいち解決していく気力も無ければ体力もなく。意思も無い。
無視して目的の場所に向かおうとするが、ほんの少しばかりの興味が湧き、どのようなものが争っているのかを人だかりを掻き分けて円の中心部分を見る。
そこに居たのは年端も行かない少年一人と軽装備を装備しているハンター二人。抜刀はさすがにしていないが紋章を持つ戦士系の殴るという行為だけでも人を殺すことは可能だ。
少年はボロボロの衣服を身に纏っていて防御力があるとは到底思えない。二人組に立ち向かうわけでもなく嵐が過ぎ去っていくのをひたすら耐えるように蹲っている。地面には少年の者だろう血の跡がくっきりと残っており、この暴挙が長らく続いていることを示している。
二人組はその怒りを針のように周囲にバラまいているようだ。話し声からすると少年がこの二人組の金でも取ろうとしたのだろう。
少年の手の甲にも紋章がくっきりと浮かび上がっておりその紋章が示すものはおそらく戦士。そのことを理解して殴ったり蹴ったりしているのか定かではないが、せっかくいい気分でいたのにそれに水を差されたようで少しばかり煩わしいと思った。
そう思うと、不意に言葉が飛び出していた。
「なぁ、その辺でやめてやったらどうだ? その少年。死ぬぞ?」
「あぁ? 何だてめぇ」
明らかな苛立ちをアルスマークに向ける。正面を向いた男の胸元には黄色のバッジのようなものが付いている。
「少年を守るつもりではないが、殺すのはさすがに良くないんじゃないか?」
「何様のつもりだ! こいつは俺らの金をすろうとしたんだ。殺されても誰も文句は言えねんだよ! 第一こいつは直ぐに犯罪奴隷だ、ここで死ぬか鉱山で死ぬかだよ!」
アルスマークは知らないが、犯罪を犯した場合奴隷として労役に付くか、その罪の重さによっては死刑もありうる。すりだけで死刑になるとは限らないが、すられた側の身分によっては死刑にもなりうる。
また、ハンターに手を出して殺されるという事例は珍しくない。
ハンターは貴重な国防の一角であるため、高ランクになればなるほどとやかく言われることは無い。「そうですか」で済まされることがほとんどである。
この二人組は黄色。ゲルプ級ハンターである。六ランクに分けられたランクの下から三番目という位置ではあるがその能力は紋章持ちの中でも上位にぎりぎり食い込むかもしれないというところだ。
二人による暴力が収まったからか少年が顔をあげる。その顔は決して犯罪に手を染めるようなものではないと何故か確信できた。
そんな穢れなき少年に情でも移ってしまったのだろうか。
「ならば俺がこの少年を犯罪奴隷として買い取ろう。つまりは俺の所有物だ。それ以上手を出すことをやめてほしいんだが? 良いかね?」
二人組は顔を見合わせる。そこに悪い笑みのようなものは無く、困惑の表情をただ浮かべる。
話し合った様子は無いが手慣れのハンターにもなればアイコンタクトだけでも意思のやり取りは多少できるだろう。
「フン! 衛兵が来てしっかりと手続きをしろよ」
「あぁ分かった」
了承の意を伝えたアルスマークは少年に近づき、体を触っていく。
そこには痣が数えきれないほど浮かんでいた。直すことは可能であるが、この場で魔法や効力の高い回復薬を使えば更なる面倒ごとが降りかかる恐れがある。
仕方なく治癒するのを諦めたアルスマークはこの先を考える。情ということ以外理由もなく結果的に助けてしまった。
「お兄ちゃん、な……んで、助けてくれたの?」
口の中を切ったのか、無数に殴られたり蹴られたりしたからか、口の中には血があり、息も絶え絶えである。
「お前が困っているように見えたからだ」
気が付けば周囲の人だかりは無くなり、残ったのはハンターの二人組と自分達。
何事もなかったかのように、日常の景色へと戻っていく。
「そうなんだ……ありがとうね」
「おう」
そっけないかもしれないが、これ以上喋らせることは良くない。できる限り素早く手続きとやらを終わらせたい。
誰が呼んだのだろうか、全身を白の鎧で身を包んだ二人の兵士が近寄ってくる。衛兵というよりは王直属の精鋭兵のようだ。
「この少年が盗みを犯したのかね?」
重厚感のある声。ベテランの戦士を思わせる佇まいが精鋭兵のような気を加速させる。
「そうだ。このガキが俺らの金を盗もうとしたから軽く灸を据えてやった」
「なるほどな。で、お前は何者だ?」
「俺は少年を犯罪奴隷として買わせてほしくてこのハンター達に頼んだ者だ。許可はもらっている、出来る限り早くしてほしい」
フルフェイスの兜がアルスマークの目を射抜く。
「ふむ。当事者の許可が出ているのなら文句は言わん。ならこの場で行うとしようか」
取り出したのは隷属書と呼ばれる魔道具で奴隷にするとき魔法詠唱者の代わりに使うことが多い。
扱い方は単純で奴隷になる側の血と主の血を指定の場所に垂らすだけ。
内包された【隷属化】が発動し魔法の力によりその関係が構築される。
二者の間に存在するのは、明確な差。ただそれだけである。奴隷は定められた期限が来るまで永久に主の命令に従わなければならず、逆らうことは一切できない。
期限は主が決めるのが一般的で、犯罪奴隷の多くは国が管理する。犯罪奴隷でも個人が買えばその者に服従することとなる。
値段は高額な者が多い。紋章持ちとなればその値段は釣りあがる。それこそ一般の者では手が届かないほどに。
「金貨五枚をこのハンター達に払うようにな」
そう言い残し衛兵は踵を返し去っていく。
「金貨五枚か。お前なかなか価値が高いんだな」
子供の奴隷は紋章持ちでも金貨三枚程度だろう。優秀な紋章を持っていれば五枚に届くかもしれないがこの少年が持っているとは思えない。
つまりは、ハンター達を怒らせないために高くしたのだろう。金貨五枚はゲルプ級でも一回の依頼で稼げる値段ではない。
上着のポケットから所持金が入っている白を基調にし豪華な装飾が施された巾着袋を取り出す。
ハンター達の目が一瞬大きく開いた。
アルスマークは紐をほどき中に手を入れる。もちろんこの袋も魔道具であり見た目以上に収納でき尚且つ重量も増えないという便利な品だが、金以外を入れることが出来ない。
中から取り出したのは形が歪な金色の輝きを放つ五枚のメダル。メダルに施されている模様はこの国で一般的に使われている金貨を示している。
「ほらよ」
滝のように金を使える金持ちではないが金貨五枚程度なら痛手を感じることは無い。
「お、おう。すまねぇな」
一瞬の動揺を隠せないのは、見事な巾着袋を見たからか、それとも金貨五枚という大金を臆することもなく払えるその者を疑ってか、定かではない。
「じゃぁ、俺らは行かせてもらう」
返答を待たずに歩き出すアルスマーク。少年を軽々抱きかかえてメインストリートを通っていく。
既に少年の意識は無い。ダメージによる気絶だろう。
目的の場所には行けそうにないので、宿を探す。
この都市の広さは数日かけてなければ全ての場所を巡れないほどであり、宿一つを探すのにも知らない者からすれば一苦労だ。
数分歩いたアルスマークはようやく見つけた宿に少年を抱えながら入っていく。
その宿には明かりは薄暗く外の明るさとの差もあり一層暗く感じる。一回はどうやら食堂や酒場も兼ねているらしく、ハンターの姿が多く見受けられる。
この店の主人らしき男は酒場のカウンターに立っており入って来たこちらに視線を一瞬向けるも目の前の客へと直ぐ戻した。
多くの視線を集めながら、主人らしき男に話しかける
「二人部屋があれば頼む」
店の主人と客はアルスマークの顔を見る。客は抱えてる少年を見ると汚いものでも見るかのように席を立つ。
主人も少年へと視線が移るがその顔に変化はない。そのまま、アルスマークを見定めるように見た後太い声で返事をした。
「空いている。だが、その少年は……いや、なんでも無い。銀貨一枚と銅貨二枚。持ってんのか?」
「持ってる。それと、食事はどうなってるんだ?」
「ほしいならあそこ――」
店の一角を指で指す。そこには少女が接客をしていた。美形が多いこの世界では目立たないかもしれないが、十分に美しい。
「――で、頼んでくれ。ちなみに風呂もここには無い。水は魔道具があるから自由に使っていい。見ればわかる。他に質問は?」
「いや。もう無い」
そう言い放ちポケットから先ほどと同じような巾着を出す。中に入っているのは違う種類で銀貨と呼ばれているものだ。
金貨よりも価値が低いため一般的にはこの硬貨と銅貨という二つの硬貨を使う。
これらは、流通量が多いため、高ランクハンターの一部は全ての硬貨ではその種類ごとで巾着を準備するという者もいる。
「これで良いな」
「あぁ。じゃ、これが鍵だ。部屋は二階の四番だ。それと……部屋の中にある物は自由に使っていいが、あまり汚さないでくれよ」
一瞬苛立ちを覚える。この主人も紋章を持っているのだろう。非戦闘系の紋章かもしれないがそれでも紋章無しよりは強いだろう。
持ってるものと持ってない者。この二者で差が生まれるのは仕方が無いことでもある。生きる世界が違うからこそ考え方も変わるのは世の常だ。しかし、タイプは違えど同じ紋章持ちでここまで軽蔑の視線を送るのはどうかと思う。
それもこの幼い少年に。
「分かった」
これ以上いう気が起きない。いや、言えない。
言ったらここで溜まったものが爆発しそうであったから。
アルスマークは送られる視線を無視し二階への階段を昇った。
「一、ニ、三、四。これか」
目的の部屋を見つけたアルスマークは鍵を開け、扉を開ける。
その部屋は魔法による明かりが僅かに灯っており薄暗い。ベッドはボロくもないが豪華でもない。その分頑丈そうではあった。
服や自身の持ち物を入れる箱は二つ用意されており部屋の扉についているよりも頑丈そうな鍵が付いている。
来る途中に水が出るだろう魔道具があり、それを汲む桶も二つ置いてある。
窓ガラスは高級品のためこの宿には無い。その代わりに羊皮紙のような薄いもので窓を覆っておりそこからも僅かに光は入ってくるが、外の景色を覗くことはできない。
「思った以上に酷い。だが、休めるだけマシか。まぁ、そうさせてくれるかどうかだが」
視線の先にはこの部屋の出入り口となる扉。視線が動き小さな少年を捉える。
「まずは、お前のダメージを無くさないとな。【回復:Ⅴ】」
即効性のある魔法をかける。最も初歩の回復系魔法とはいえ、アルスマークの力とレベル五により驚異的な回復を見せる。
全身にあった痣はほとんどが消えているのが何よりの証拠だろう。
「とりあえずは平気だな。寝てる間に見てみるか」
アルスマークは目を閉じる。
今から行使する魔法は集中力を非常に必要とし最強のアルスマークでも失敗することは珍しくも無い。
そのまま言葉も発さずに【個人能力分析:Ⅴ】を発動する。
本来、魔法は声に出さずとも使用ができる。
声を出すのは味方に知らせるのが最大の理由で滅多に居ないがソロの魔法詠唱者は声を一切出さないで戦闘をする。
集中力が重要な魔法詠唱者にとって時には自身の声さえも邪魔になるときがある。
今回行使した【個人能力分析】もその一つで、戦闘には一切向いておらず、病を患っている者や生まれたての赤ん坊に使用するのがアルスマークでさえ精一杯だ。
この世界にそん存在するレベルなどは全て数値として個人個人に備わっている。それらを見る技術や魔法は今の世には無いことになっている。
伝説などに登場する空想の魔法であるとされている。
この数値は何人たりとも誤魔化すことなど不可能だ。
先祖が残した"教科書"という本には、こう書いてあった。
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個人能力について
一人一人の持つ魔力という中には「でぃーえぬえー」という物によく似た物質が存在し、それを解析することでその人の個人能力を数値として明確に判断できる。
なお数値には――
――そして、この数値は不可侵である。これは"上代リュウガ"でさえも偽装することが出来ないので確実と言える。
戦闘で使用することは、我らにも難しく使用することはお勧めできない。
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上代リュウガとは、アルスマークの先祖であり、神々のリーダーであった。
魔法が上手く発動できたと感じたアルスマークは目を開ける。
手元には薄い透けているボードのような物が空中に浮いており、そこには様々な情報が載っている。
これこそが個人能力と呼ばれるものである。
灰色の背景に白色の文字で書かれた文章を読んでいく。
使用可能な技能など多くの項目をスライドして、ようやく目的のものを見つけたアルスマークはしっかりと見てからボードを消す。
身長や他の様々な数値が表示されていたがとりあえず見なかったことにしておく。
安堵の息を吐く。
それは、この少年が貴族などの息子でないことが一番だ。
だが逆に昼間にあったあのハンターに苛立ちもしていた。
一向に起きる様子の無い少年の頭を撫でいざという時の為に感知系魔法を発動しながらベッドに横になる。
もちろん少年とは別のベッドだ。
陽は完全に落ち切っては無いが、目を瞑る。
アルスマークは直ぐに深い眠りへと落ちていった。
★ステータス★
ポルトル・リティエゾフ
年齢・・・9
種族・・・ヒューム LV.10
職業・・・ファイター LV.7
体力・・・235
魔力・・・52
筋力・・・80
知性・・・24
敏捷・・・51
意志・・・21