エンシリア・ポリスー1
「で? あんたはいったい何者だ?」
部屋自体は広くはないが狭くもない。だが、その部屋に全身鎧で装備を身に着けた者が四人もいて、尚且つ茶色のローブを着た魔法詠唱者が二人。計六人。そしてアルスマークを入れれば七人もの人がいれば部屋は狭く感じるのも当然だろう。
アルスマークの座る椅子の前に置かれた木製の木の上にはアルスマークの荷物——【保管倉庫】にはもっと大量の荷物があるが——が鎮座している。それは、一般的に使う火おこしの小さな魔道具であったり、携帯食料であったり、異常は見受けられない。一つあるとしたら、テントの類の野宿に必要な物が一切ないということ。旅人はもちろんのこと、一日以上外を出歩く者なら必需品である。
つまり、荷物を持っていなさすぎるという点だろうか。
現在アルスマークは取り調べを受けていた。
問題は荷物の少なさではない。
その発する異常な魔力を門の守護をしていた魔法詠唱者に感知されたのだ。
普段装備している特殊な形をした手袋のような物は防護の籠手といい、見た目は布のような物だがその硬さは最硬の金属アダマンタイトを優に超えるだろう。
アルスマーク自身も何で出来ているのかは知らない。いや、解析不能だった。
保有する魔力自体が雷皇牙などの"六神刀"クラスである。
いや、それすらも明確には判明していない。あまりにも高いレベルになるとその最高レベルで括るしか方法が無いのである。
その効果は完璧であった。いや、完璧すぎたのだ。
誰しもが持つ生物としてなら当然の魔力を、魔法詠唱者がアルスマークの魔力を感知できなかったのだ。
魔法詠唱者が一般的に使う感知系の魔法はその個体がどの程度の魔力量を保持しているのかをオーラのようなもので判断する。個体から流れ出る魔力量を判断すればだいたいの強さなどが判明する。
数値的なものは存在しないことになっており、さらには、妨害されていることすらも一般的な魔法詠唱者ではわからないのだ。
感知妨害したアルスマークの魔力量を数値で表すなら、0.1という具合だろう。全く感じないのもしょうがないものだ。
生物として別次元の魔力を持つアルスマーク。その魔力を隠そうとして起きた弊害だ。
その結果門に詰めていた魔法詠唱者に異常と判断され現在に至るわけである。
「だから、旅人だって言ってるだろ」
「旅人ならその荷物の少なさはどう説明する?」
返答して直ぐに目の前に座る男が再び質問する。
「俺は魔法詠唱者だ。少ないのも当然だろ?」
「なら何故魔力を隠す! 感知妨害なぞするってことは身分を明かせない身。やはり怪しすぎる! こ奴をを直ぐに衛兵に引き渡したほうが良いぞ」
今度は大きな赤色の宝石を付けた杖を構えた魔法詠唱者が声をあげる。その声には明らかな不安がにじみ出ていた。
「それだけは勘弁してくれ。身分証明証もあるからさ、これで納得してくれよ」
そういい上着のポケットから出したのは、銀色の金属でできているプレート。そこには解析できない文字で何かが書かれている。
「それをどこから出した!」
再び上がる怒鳴り声。そして、金属が擦れあう音。いつでも切り付けられるということだろう。
この部屋に入る前に身体検査は行われていた。小さいとはいえ金属で出来たプレートを見逃すわけがない。
度重なる野宿という清潔感の無い生活に加えて非常に長い道のりを歩いてきてこの仕打ちにさすがに耐えきれないアルスマーク。
保有魔力を絶妙に調節することが出来ない。よって最大限放出するかゼロか両極端しかないこの状況に置いて、自身の言葉を信じさせることが無理とはうすうすわかっていたが、早くこの場から離れたいという思いでプレートを出した。
そしてその結果はこの仕打ち。さすがにこの状況はまずいと思ったのか今度は手を何もない空間に突っ込む。
再びなる金属音。そして、男の怒声。
それらを無視して取り出したのは一つの丸められた羊皮紙——巻物と呼ばれる物——であった。
「良いから、これ読めって」
取り出したのはアルスマークの父親、ローランが直接書いた手紙でアルスマークの身分を証明するものだ。
それを読んだ門番の男の顔がみるみるうちに蒼くなっていく。
「おい、おっちゃん。このプレートは本物か!」
先ほどの態度は一切見受けられない。そこにあるのは自身が何をしでかしたのかを理解し愚かさを恨んでいもいるのだろうか。
「フン! 偽装した……なんて馬鹿馬鹿しいことを考えなければ本物じゃよ」
その言葉を聞いた瞬間男はアルスマークに向かい頭を下げる。
「時間を取らせてしまい本当に申し訳ありません! 何卒お許しください!」
おそらくこの男がリーダーなのだろう、周りにいる男たちは驚きこそしているものの反論の声をあげない。
長旅に加えこの面倒な聴取を受け、早く休みたいアルスマークは声を出す。
「そんなことどうでもいいから、早くここから出してくれないか?」
アルスマークという者の後姿は続々と入ってくるハンターや商人などで既に見えない。
頭を下げて見送った門番を纏める隊長格の一人である、フェルト・ヨハネは近寄ってくる同僚に向かいなおる。隊長とはいえ上下関係は階段一つ分くらいしかなく、普段は一緒に酒を飲んだりしている。
友人ともいえるものが今近寄ってくる理由は一つしかないだろう。
「どうしてあの者を信じたのかだろう?」
「ああ。どうせあの巻物に王族とかのことが書かれていたんじゃないのか?」
あの巻物に書いてあったことを言いまわしていいのか躊躇するが、問題ないと信じて話し始める。
「あながち間違ってない。あれに書かれていたのはローラン・ライガ・ストーム様が自身の子供であるという内容だ」
「げえ。"黒色"かよ……もしかして俺らやっちまった?」
「大丈夫だろ……。うん、大丈夫と信じたいものだな」
「なあ、フェルトもう少しで閉門だ。今日は夜番も入ってない。行こうぜ」
「あぁ……もしかしたら最後の酒になるかもな」
「おいおい、やめてくれよ。ほんとだったらどうすんだよ」
「はは、冗談だよ。あと少し頑張るか!」