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守護の宿命  作者:
本編
7/13

近いものと遠いもの

 戦闘が終わった後アルスマークはモンスター達に頼んでいた物を受け取りに行った。

 その物とは大量の食糧である。

 自分で集めることも可能であったが、ここの森を荒らした元凶——ディーゴ——を倒す見返りとして頼んでおいたほうが、効率がいいと考えたからである。


 案の定、用意されていたのはとてもではないが運びきれない量の肉から薬草。食べれるのか不安になるような色の木の実などが乱雑に置かれている。

 必死になって集めたのであろう。

 アルスマークが戦闘していたのは、数十分にも及ばない。そしてこの量だ、どれだけのモンスターがどれだけの広さで収集したのだろうか。

 感謝の気持ちもあるがそれと同時にため息が出る。

 しっかりと伝えておけばよかった、と後悔しても遅すぎる。


「あ、ありがとうな」

「滅相モゴザイマセン。偉大ナルオ方」


 ディーゴを倒してからというもの、ここのモンスター達からの忠誠のような感情が上限突破をしているようだ。

 この森の主をしてほしいと頼まれたときはさすがに全力で断った。


 目の前には跪いているドライアド。名はシャクムランというらしく。性別もあるそうで男性だそうだ。


「運ぶのを手伝ってほしいんだが?」

「手伝ウナド、命ジラレレバ我々ハドコヘデモオ運ビイタシマス」


  今まで屋敷の使用人から敬語などを使われていたので慣れていないわけではないが、ここまで高いとさすがに戸惑ってしまう。


「お、おう。それなら付いて来てくれるか?」

「偉大ナルオ方歩カセルナド。オイオ前! 運ンデ差シ上ゲロ!」

「いや俺、歩けるからな」

「モ、申シ訳アリマセン。出シャバッタマネヲオ許シクダサイ」


 完璧な土下座である。ドライアドは人間のように二足を持っているため人間のそれと全く同じ状態だ。


「怒ってないからな? じゃぁ、頼むわ。あと、これの半分で良いから」

「ド、ドコカ気ニ入ラナイ物デモ有リマシタデショウカ? 仰ッテイタダケレバ即座ニ新シイ物ヲ配下ノ者ニ取ルヨウニ命ジマスガ」


 本当に困る。何故ここまで言われるのでいいのだろうか。


「なんも無いからな。ただ量が多いだけだから」


 承知しましたと言い。そして再び跪く。

 どこでそんな土下座や言葉を学んだのか非常に気になるところではあるが、無視をする。


「では、荷物を積んでくれ。準備が出来たら直ぐにでも出発するぞ」


 そして、どのくらい持っていくかを具体的に伝えると、「ハッ! 承知シマシタ!」と威勢の良い声をあげて指示を出しに行ってしまった。時折「遅イゾ! 偉大ナルオ方ヲ待タセルナ!」とか、「何ヲシテイル馬鹿者ガ! ソンナモノ置イテ行ケ!」と、聞こえてくる。

 一体何を持っていこうとしたのか非常に気になるところでもある。


 シャクムランの熱血的な指示のためか非常に早く準備が出来た。

 食料を持っているのは、トロール配下のオーガやハイ・シャドウウルフ配下のウルフ達。

 何故か周囲には完全武装をしているだろうゴブリン軍団、周囲に目をやると木々に隠れているドライアドや蟲系のモンスター。


 そして、少ない人数で護衛も満足にいない少数のモンスターが持っていかない食料をどこかに運んでいる。


 そっちに人数回してあげたら、と聞いたが一向に聞く耳を持たない。

 シャムクラン曰く、偉大なるお方にもしもの事があったら我らの顔が立たない。ということらしいが、むしろ残したモンスター達に何かあったときのほうが自分としては何か思う気持ちがある。


 何も知らない人から見れば自分は魔王とでも言うのだろうか。


 この状態で村に近づ行けば、どうなるかなんて想像に難くない。

 大パニックだ。

 非常に大きなため息を吐くアルスマークであった。










「ここまででいいぞ。悪かったな」

「イエ、我ラ偉大ナルオ方ニ命ヲ救ッテ頂イタ者。如何様ニモオ使イクダサイ」


 ちなみに、道中余りにも暇だったので名前を教えたのだが一向に名を呼んでもらえない。その偉大なるお方というのも止めてほしいものだが、やめてほしいと言ったときに見るに堪えない顔をしたためすぐに取り消した。


「ここからは俺一人で良いから。じゃぁ、またな」

「シカシ——」

「——俺からの命令だ。まさか異を唱えるのか?」

「ッ! 滅相モアリマセン! デハ、荷ヲ下ロサセマス」

「おう、頼むな」


 セーフ、と心の中で呟く。あそこでまた何か言われれば非常にめんどくさくなる。引き下がってくれて本当に良かった。


 先ほどと同じくらいの勢いで食料を下ろしていくオーガやゴブリン達。同じように聞こえてくるシャクムランの怒鳴り声。

 村からそう離れていないので音をあまり立てないでほしいと頼んだのだが、あまり変わっていない。


 食料を下ろし終えたようで——基本的にウルフ達から——シャムクランがこちらに近寄ってくる。


「偉大ナルオ方。食料ヲ全テ下ロシ終エマシタ」

「そうか、ごくろう。ではお前らも住処に帰っていいぞ。いや、ほんとに」

「オ心遣イ大変嬉シク思イマス! デハ、御前失礼イタシマス。御用ガアレバイツデモ仰ッテクダサイ。直グニデモ参上イタシマス」

「お、おう。じゃぁな」


 熱意がビシビシ伝わってくる。呼べば本当にいつでも来そうで怖いくらいに。


 最後まで残っていたモンスターが森の奥に消えていく。周囲にもモンスターの類は感じられない。


「はぁ、本当に疲れた。なんでこうなるのかな」


 とにかく休みたい。ディーゴとの戦いよりも、精神的に疲れてしまったアルスマークは置かれた食料の山をどうするか考える。

 残っている魔力で運ぶくらいしか良い考えが浮かばない。だが、そうすると本当に魔力がスッカラカンになってしまうだろう。問題はないと思いたいが、もしもという時がある。

 だが、そんなことよりも早く休みたい感情のほうが勝ったアルスマークは魔法を発動させる。


「〈多重詠唱(マルチキャスト):Ⅴ〉そして【複体作成(ドッペル・クリエイト):Ⅰ】」


 〈多重詠唱(マルチキャスト)〉はレベルに応じて次に発動する魔法を同時に発動できる、技能(スキル)だ。

 この〈多重詠唱(マルチキャスト)〉の利点は消費魔力を抑えられるところにある。

 例えるなら、発動する魔法が魔力を十消費するとして、同じ魔法を五回使用すると、もちろん魔力は五十消費される。だが、〈多重詠唱(マルチキャスト)〉のレベル五を使用することで四十程度の消費で同じ回数発動できる。

 高位の魔法になればなるほどこの技能(スキル)が使用できないことが多いが、それでもこの技能(スキル)魔法詠唱者(マジシャン)にとって非常に有益な技能(スキル)であることは間違いない。


 周囲にアルスマークと同じ格好をした者が五体出現する。

 この召喚したドッペルゲンガーは戦闘能力を持たない。レベル三以上を発動すれば少しは戦闘力を持つだろうが、アルスマークと同等レベルの戦いになればまず使用しない。


「お前ら持てるだけの食料を……これに詰めて付いて来い」


 そう言い取り出したのは登山するものがよく使うような大き目のリュックサックというアイテムだ。

 一見すると単なるリュックサックに見えるがれっきとした魔道具である。

 無属性に連なる、付与魔法。それの【空間拡大エクスパンド・スペース】という魔法が付与されているため見た目とは異なり倍以上の荷物を入れることが出来る。

 だが、それに比例し重量も増えるためあまり優れたアイテムとは言えないが、感情すら持たない単なる召喚獣に持たせるにはこのくらいが丁度良いという物だ。


 全員が荷物に詰め込んだのを確認したアルスマークは声を掛ける。


「良し、じゃぁ付いて来い」


 全員同じ格好をしている奇妙な集団はヨハネ村へと歩いて行った。







 村が見えてくる。街や都には毎夜灯る明かりの類は一切見受けられない。


 この辺境に住む村々には明かりという物は非常に貴重で高価な物として扱われている。 というよりも扱えるものが居ないというのが実際の部分であろう。


 この世界には"電気"という文明は無い。何で明かりを灯すかと言えば原始的な火か、魔法の光だろう。


 村などに住む者は基本的に人間のピラミッドの最下層に当たる。紋章を所持していないだけでその扱いだ。危険な村に送り込ませ、一定期間で税を徴収する。

 逆らうこともできる。過去には勇敢な者たちにより数十の村で一斉に反旗を翻したのだが、紋章による能力差を覆すことは不可能である。

 反旗を翻した村全てが処刑されていった。

 その事件以来、村への徴収税がほんの少しだけ下がることになった。

 だが、差別の目は一層深まった。

 それにより、村への技術提供はおろか、ハンターからの援助も一切なくなったと考えていいだろう。

 つまり、数十年間時が文明という時が止まった状況にある。


 辺りは完全に闇が支配している。アルスマークのように闇の影響を一切受けない目を持たない者には数歩先も不明瞭な状況だ。

 こんな状況でモンスターにでも襲われたら一溜りもない。


「寝てるのが理想だが、そうするとこの量の食料をどこに置いていいのかが分からないな……」


 森を抜け星や月のおかげで少しは明るい。村には静寂が訪れ起きている者はいないと思われる。

 村長の家が間近に迫り、扉を開けようとして手が止まる。

 そこに現在住んでいるのはアンラ・ヨハネただ一人。そのはずだ。だが、中から聞こえてくるのは複数の違う声。


 防音対策などはしていないので、外に駄々漏れしている。

 その話題は、どうも自分のことのようだ。

 興味が湧いたアルスマークはそのまま中の話を聞く事にした。




「村長代理。本当にあんなやつのことを信じるのですか!」


 怒鳴る男の声。鼻息は非常に荒く、息も絶えている。この話が始まってからずっとこのような口調なのだろう。


「では、どうしますの? あのような"覚醒者"に我々が叶うとでも思っているのかい?」


 呆れたような声だった。この流れが何度も繰り返しているのだろうか。

 アンラの声で発言した男が黙り込む。そして、また別の男の声が聞こえてくる。


「タイミングが良すぎるとは思わないか? 絶対に何か企んでいるぞ!」

「だとしても、私たちには何にもできやしないよ」

「だから! 村長代理がそんなんでどうするんですか! ここは俺たちの村だ。俺たちのことをゴミ以下のように思ってる奴らの好きにさせてたまるか!」

「私もそう思うよ。でも、あの人が来なければ私たちは全員死んでいたんだ。普通の奴らとは違うと考えたほうがいいと思うけどね。だいたいね——」


 助けたはずの人にここまで言われてはさすがに傷がつくものだ。


「この食糧どうするかな。気まずくて入れないし……しょうがない置いていくか」


 置手紙という物も無い。紙は超貴重品である。置手紙のように使えるのは王族か大商人くらいだろう。

 地面に近くに落ちてた木の枝で、文字を書いていく。


「さて、行きますか!」


 多少の悲しさはある。しかし、怒っていては腐っている人間どもと同じになってしまう。自分は栄光あるストームの一族。そう自身に語り掛ける。

 ならば、彼らの怒りはしっかりと受け止める必要がある。


 アルスマークの足取りはいつもより遅い。そして、いつの間にか消失している、ドッペルゲンガー達。

 今回のことをしっかりと受け止めたアルスマークは気持ちを変えるために呟く。


「今日も野宿か……」


 さらに気分が下がったのは、言うまでもない。










 村長代理となったアンラは一人で夫の墓の前で考え事をしていた。

 今朝にはこのことを予期していたかのように、「いつもありがとう」と声を掛けられたのは記憶に新しい。夫は恥ずかしがっていたようで会話はそこで途切れてしまったが、自分だって恥ずかしいものだ。

 後悔が込み上げてくる。


 村長代理となった自分だが、あまりやることに変わりはない。あるとしたら突如現れた"覚醒者"であろう、アルスマークと名乗る者を怒らせないように仕えることだけだろう。

 自分のせいで村人を殺すなんて言われたら自分はそれからどうしていいのか分からなくなってしまうだろう。


 家に帰らなければ。そう思って立ち上がり夫の墓に別れの想いを告げていると後ろから突然声を掛けられた。


「家でゴロゴロしているのも悪くはないんだが、森で食料でも取ってくるよ」


 この人は何を言っているのだろうか。

 何故このような事を自分に言ってくるのか理解が出来ないが、それを聞くのも出来ない。


「分かりました。そして村の人が迷惑をかけて申し訳ありません。何かあれば責任をもって罰しますので何卒村の者はお許しください」


 このことを言うには少し戸惑いがある。だが、しっかりと謝罪はしておくべきだと、アンラは思う。

 徴税に来る貴族の使いにしていた礼をする。

 このお辞儀で今まで一度もとやかく言われたことは無い、自慢の特技でもある。

 こんなことが特技ということにどこか寂しさを覚えるが、持っていてよかったと改めて思う。


 怒られることを想定していたが、帰ってきた言葉は気にしないで良いということだった。

 戸惑う、これはカマをかけている可能性だってありうる。それ故に言葉が出てこない。


 さらに、アルスマークという男は自分の夕食は無くていいと伝えてきた。

 確証はないが、この男が言っていることに嘘はないと判断する。

 ならばここでいうことは一つしかないだろう。必要があるか不明ではあるが。


「お気をつけ下さい」





 自宅へと戻ったアンラは村人の出迎えを受ける。夫フロドの友人である者がほとんどではあるため老人が多い。


「お帰り、アンラさん。それであいつはどこに行ったのだ?」


 あいつというのはアルスマークのことだろう。村人がいい感情を持っていないことなんて誰でもわかることだった。


「森に行くそうよ。なんでも食料を取ってくるとか」


 聞いた言葉をそのまま伝える。帰ってくる言葉はやはり予想していた通りであった。


「フン! どうせ何か仕掛けでも解除しに行くんだろう。やはり今回の事はあいつの仕業で間違いがなさそうだな。何が"覚醒者"だ!」


 自分もそう思ったのは否定できない。この時期に森に行くなんてそれ以外に何があるというのか。だが、そんなことをするような人間ではないことを分かったような気がしている。


「それでもね、助けてくれたのはあの人なんだよ? あんたはその言葉をあの人に言えるのかい?」

「アンラさん。わし達は別に感謝していないわけじゃないんだがの、そう思うのは至極当然ではないのか?」

「分かったわ。私も同じ気持ちを抱いているわ。だけどねそれがどうなるっていうの? 私たちは紋章すら持っていない、ただの家畜以下! そんな私たちが出来るのはね……言わなくてもわかるでしょ!」


 一同が自然と黙る。皆理解しているからこその沈黙。


「全く。せっかく家に来たんだ。夕食でも食べて行きなさいよ。準備してくるから」


 調理しに行くアンラの足取りは重い。

 この部屋にいるはずであった彼を思っていたのかもしれない。彼にまた会いたいと。







 夕食とはいえ簡単な物だが、食べ終えた一同は再び先ほどと同じような会話をしていく。

 それでも、終わりという物は訪れるものだ。

 初めは誰だったのか分からない、それくらい熱くなってしまっていた。

 それでも帰るということを告げた事がきっかけで今日のところは解散となった。


「言わなくてもわかるだろうが、くれぐれも怒らせるではないぞ」

「はいはい。分かりましたよ。暗いから気をつけてね。また明日」

「ほい。それじゃぁの」


 そう言いながら、老人が家の玄関を開けた。


 ドスン。だろうか、そのような音が聞こえた。

 そして、「うぉ!」という声が次々に上がる。昼の記憶がフラッシュバックする。


 慌てたアンラは何があったの、と言いかけて声が止まる。


 アンラが見たのは膨大な数の食料。それも村人全員で一カ月以上食べて行けるだろう。

 そんな量の食料が乱雑にそして、山のように積まれていた。


 初めは驚きこそしたが危険がないことを察知すると皆は、置かれた食料を手に取って臭いをかいだり、果実のようなものをかじったりしていた。

 どうやら危険なものは無いらしい。一体だれがなんてことを考えることはしない。

 こんな量をこんな短期間で集められるのはたった一人だからだ。


 置かれた食料のすぐそばに文字のようなものが記されていることに気づく。

 書かれた文字を読み、意味を読み取ったアンラの目には自然と涙があふれていた。


『我らの過ちは償いきれるものではない。信じろとは言わない。だが、これだけは覚えていてほしい。私はアルスマーク・ライガ・ストーム。私は貴方方の味方である。そして、生きることを諦めるなよ。村長代理』


 


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