意志と孤独
宿へと戻って来たアルスマークとポルトルは出るときに預けた鍵を再び同じ値段を渡して受け取る。
同じ部屋を希望し二階の四番の部屋へと入る。
掃除をしたのだろう。当初と同じ配置へと使ったものが整えてある。
もちろん、アルスマークの屋敷と比べると天と地の差があるがそれでも十分にきれいだ。
部屋の隅に埃のようなものが残っているが、ここまで綺麗にするのはそれこそ上位階級の者たちが使用する宿だけだろう。
部屋の机に買った服全ては並べられないので、ベッドへとばら撒いていく。
魔法の能力は出来るだけ他人の目に映らせないのが基本なのでこっそりと【保管倉庫】へと仕舞った衣類を出していく。
ポルトルの持ってきた服は膨大で金貨四枚分。ポルトル曰く、どれもかっこよくて選べなかった。だそうだ。
アルスマーク自身、ずっとこの少年の世話をする気ではないので、しょうがないだろうと割り切り、全てを購入したのだが、周囲の視線が再び突き刺さったのは言うまでもないだろう。
ポルトルが買った物全てをその手で運ぶのは不可能ではないがとても骨が折れる作業だ。
上流階級の貴族や王族は従者に運ばせるが、生憎とアルスマークは魔法がある。
ゆえにとった行動が、仕方なく魔法を使いすべて収納した。
寝間着や下着、マントなど必要な物に加え、何故かスカートもあったのだが、無視をしておいた。
さすがに趣味ということは無いと信じたい。
「さて、これは全てお前の物だが、その服は後で返してくれ」
「あ、うん。わかってたよ」
とても残念な顔をする少年を前に少し傷ついたがしょうがない。
心を鬼にするしかないだろう。
ポルトルに貸した服は魔法が掛かっており、ほいほいあげられるものではない。
「ならいい。とりあえず、綺麗に畳んでいくぞ。このままでは皺が出来る」
「うん。わかった」
意外なところで几帳面を発揮するアルスマーク。
ちなみに、裁縫、料理、洗濯、といったこと全てをプロ級で行える。
さすがは、教育といったところか。
全てを畳んだアルスマーク達はそれを丁寧に箱へと仕舞っていく。
この箱は宝箱と呼ばれ、貴重な物を入れる物だ。
「さて遅くなったが、聞こうか。お前がどうしてあのようなことをされていたのかを」
その声に含まれているのは真剣そのもの。
小さな少年でもその気配を感じ取ったのか笑顔が消える。
「うん。えっとね。僕は……孤児なんだ。小さい時にお母さんは死んじゃって。お父さんも知らない。周りにいたのは同じような子達」
一呼吸おいてまた話し出す。
「でも、面倒を見てくれていた人がいたんだ」
「それが、お前がやられる原因か」
「そう。その人がつい最近病気になって、お金が必要になったんだけど、それを払えなくて。それで――」
「――盗みをしたと」
「……うん」
そうか、と返事をし少し考える。
無数に存在する生物全てを守っていくなんて不可能だ。
善もいればもちろん悪もいる。
結局はアルスマークの意志によって守られる側と守られない側に別れる。
それが、たとえ極悪人だろうと、守られる側に入るかもしれない。判断するのは周囲ではなくアルスマークなのだから。
生まれたのは情。
この少年に浮かんだのかもしれない。
いや、正確にはこの少年達を守って来た”その人”に浮かんだのか。
奴隷のようなボロボロな少年。
それは外見だけで内面は依然として意志に満ち溢れ、秘める思いは並みの人間を遥かに凌ぐ。
どんなに優れた生物でも"意志"は重要なピースであり、時として全てを覆す、ある種特別な能力である。ステータスという絶対の数値が存在するこの世では、紋章があることで、個の力は縮まることを知らない。その数値を、いわば"神"をも予想できない力があると、アルスマークは考えたことがある。
「ポルトル。君に意志を貫く覚悟と相応の代償を払う覚悟はあるかい? そして、意志を成し遂げるに十分な力を私が授けられるとしたら。君はどうする?」
「お兄ちゃん?」
しばしの時間が過ぎ、アルスマークが何も口にしないことをその小さな体で察したのだろうか。
「うん。僕に力があれば……と考えたのは、数えきれないくらいあるよ。それこそ、盗みなんかする必要はなかっただろうしね」
「そうか」
一呼吸。片方は、その"意志"を伝えるために勇気を振り絞るため。もう片方は、全ての想いを詰め込んだ、その"意志"をしかと受け止めるために、必要な時間であったのかもしれない。
「覚悟はあるよ。それこそ、あなたに会う前から」
「契約は成った。では、そこのベッドで横になるといい」
無言で従うポルトル。内に秘める思いは恐怖か、それとも生まれ変わるであろう自分に対する期待か。はたまた、その両方か。
「ポルトル。既に私は一つの魔法を発動している。君にも分かるはずだ、外部から干渉されるような不思議な感覚が」
「わかるよ。痛くも痒くもない、でもどこか主張してくるこの感覚」
「そうだ。私が使用したのは【契約:Ⅴ】という魔法。レベルⅤになると、一方的な契約も可能だが、効果としては今一つになってしまう。先ほど、君が私の"言葉"に賛同してくれたおかげで契約を契ることができた。前置きはこれくらいにして、契約を履行するとしよう」
その瞬間、アルスマークを起点とし周囲に幾何学模様の帯が広がる。
幻想的な空間が、二人の間に広がっていく。
魔法で作られたと思しき青白い光を纏う無数の帯は常に変化をし、回転しながら二人を囲っていく。
いつ具現化したのだろうか、アルスマークの傍らには刀が浮遊しており、各々の魔法属性を発していた。
「さて、もう少しだ。今、君の適正を探しているんじゃないかな」
ポルトルは疑問に思う。
アルスマークの言葉がどこか他人をさしているような気がしたから。
「へぇ、そっか。予定にはなかったけど信頼できる仲間はいるに越したことはないからね。――まさか。俺がそんな酷いことをすると思ってるのかい? ――あぁ、感謝しているさ。お礼はしっかりするから」
ポルトルは先ほどの疑問がやはり間違っていなかったのだと実感した。
アルスマークは一人ではないのだ。それも、最低でも二人はいるのだと、不思議とポルトルは確信していた。
「そろそろ本格的に効果が効いてくるころだ。力の奔流に抗うな。しかし、流されるなよ。自分を見失わず、ここに帰ってこい」
「ア……ルス……マーク……さん?」
周囲に広がっていた白い光が、いっそう強くなっていきそれは次第にポルトルの体への収束していく。
すでにポルトルの意識は消えているが、呻きを漏らしたり、額から大粒の汗が流れていることから、生命としての活動はいまだ続けていることがわかる。儀式効果の第2段階がスタートしたことへの安堵から、アルスマークはほっと息をつく。
アルスマーク自身、この能力を使用するのは初めてであり、精神的に疲弊していたのだ。
「うまくいってるようでなにより。ここまで来て失敗したとか、さすがにないぜ。なぁ、ポルトル」
アルスマークが呟くその先では、ポルトルが静かに横になっていた。
「え……ここはどこ?」
ハッと目覚めたポルトル。
ここ数日のアルスマークの力を見て、これ以上は驚かないと心に決めていたポルトルであったが、周囲に広がる無の空間に驚愕と恐怖で硬直を起こしていた。
目で見える範囲にはあたり一面、白い世界が広がっている。仮に天国があったのだとしたら、ここが天国なのだろうというほど、暖かさを感じる世界の反面、全ての飲み込む暗闇のごとく孤独感が常に心を支配していた。
「アルスマークさん?! どこ? どこにいるの?」
唯一の心の支えは、圧倒的力を保有していると思っている、アルスマーク。
しかし、どれだけ叫ぼうとも一向に返事はない。
「……ッ!」
遥か先、辿り着くのに何十日とかかるだろう距離。
その先で、何かを感じた。
普通ではあり得ない感覚ではあったが、そんなものは関係ない。
心を支配していた孤独感が晴れる。この気持ちに抗うことはどんな屈強な生物だろうと不可能である。そして、その幸福はあらゆる疑問を無視し、幸福を得るためだけに、行動を開始する。
ポルトルは走った。
目的の場所は明瞭――ポルトルにそれがあり得ないことなど考える余地もない――であったので、一直線に走った。
どれほど走ったのだろうか。
目的の場所は分かっていても、スタート地点は既に見失っている。
目的の場所には到達したが、そこには何もない。
今までと同じ、ただ白い世界が広がっている。
溜息が自然とこぼれる。しかし、自分がつかれていないことに、ポルトルは今更ながら気が付いた。そして、この世界が現実ではなく、精神的な世界なのではないかと、疑問を抱く。
「あの時、適性って言ってたっけ……適正なんか、僕知らないし……」
その言葉がトリガーとなったのだろうか。
目の前に稲妻が走ったのを、ポルトルはしっかりとその眼で見た。
「雷……風の上位属性。もしかして!」
アルスマークの魔法を受けた際に感じたあの感覚を頼りに、己の内へと意識を沈めていく。
今までとは明らかに違うナニかが自分の中で躍動してる感覚を掴み、無意識に呟いた。
「【属性との契約:風】!」




