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守護の宿命  作者:
本編
10/13

エンシリア・ポリス-3

 雲一つない晴れ渡る空を小さな鳥たちが飛び交う。

 エンシリア・ポリスでは住む者達の職業柄で朝から活動的である。街道には多くの馬車や人々が行きかいせわしく動いている。


 久々のベッドで寝たアルスマークは目を覚ました。

 隣のベッドには昨夜と何ら変わりのない少年――ポルトルが寝息を立てている。


 父ローランには寝る必要は無いと何回も言われてきたが、寝たほうがスッキリすることもあるのでアルスマークは基本的に寝ることにしている。


 寝ている間にも魔法による警戒は怠っていなかったが、特に問題も無く一夜過ごせたことに安堵の息をつく。

 止まっている連中を考えればひと悶着あってもおかしくなかった。

 それでも無いことに越したことは無い。


 昨日は疲労困憊だったためからかずっと寝ていたが、そろそろ起きるだろう。

 まずは話を聞かなければと思いながらも、準備を始める。


 とはいっても、アルスマーク自身は魔法の効果がある服なので着替えの必要は全くない。

 皺はおろか埃だろうと自然に消えていく。


 準備しているのはポルトルの物だ。

 さすがにボロボロの服で歩かせる訳にもいかない。


 【保管倉庫(ストレージ)】の中から何かないかと探し出す。

 少量の魔力――一般的な価値観だと膨大な量である――を含んだの服や鎧などの丁度良いものが無く、持っているのは家から持ってきた物ばかりであった。


 膨大な数のアイテムを取捨選択していき、もう無いかと諦めかけた矢先、遂に見つけた。


 一見すると単なる服に過ぎない。金属でできているとは思えない材質だが実際は違う。金属糸と呼ばれる細く硬いが柔軟性に富んだ素材で出来ており、強度は申し分なく、金属で出来た鎧なんかよりも高いだろう。それでいて、動きやすいという優れものだ。

 価値は計り知れない。


 上着に加え、ズボンも持っていた。

 丁度良いものがあったという気分で【保管倉庫(ストレージ)】の中から取り出す。

 寝ている少年のベッドの近くに丁寧に畳んでおいておく。


 眠気という物は一切ないが、起きたら顔を洗うのが良いと教わったことがあり、日課となっている。

 部屋に置いてある桶を一つ手にし部屋の鍵を開ける。


 廊下に人の気配はない。

 魔法により数人がこの宿に宿泊しているのは知っていたが、既に大半は宿から出ているようだ。


 人が数人は横に歩けるだろう廊下にポツンとおいてある魔道具を使用する。

 魔力を少し魔道具に流すだけで水が出る優れものであるにも関わらず、一般的に流通しており購入するのは困難ではない。


 桶のギリギリまで水を入れると、何もないかのように歩き出す。

 水に波紋は一切浮かんでいなかった。




 再び部屋へと戻る。

 汲んできた水を半分くらいもう一つの桶へと移し替える。


 アルスマークはベッドの近くにある机に自身の桶を置いた。


 手の甲を覆っている防護の籠手ホールプロテクト・ガントレットを外す。

 両の手の甲にはやはり、複雑な紋章が浮かび上がっている。


 剝き出しとなった手を水の中に入れる。

 冷たい。

 両手を合わせて、持ち上げる。

 手の隙間から水がしたたり落ちていく。

 静かな部屋にその音が木霊した。


 冷たい水で顔を洗う。

 その行為によるメリットはあまりないが、やはり好きだと思う。


「はあ、少年よ、そろそろ起きたらどうだね?」


 決して大きいとは言えない声だが気づく人だと気づく音量だ。

 その声に反応したかのように、寝返りを打つ。

 その先には畳んだ服がおいてある。


 苛立ちを覚えたわけではない。だが、少し気にかかったアルスマークは即座に行動に移す。

 体が服に当たる前に服を取り、逆側に置いた。


 そして、もう一度、先ほどよりも大きな声を出す。


「ポルトル。起きるんだ」


 ポルトルの体が跳ね上がる。

 ベッドが軋むほどの勢いで起きた彼はアルスマークを見つめ、長くない時間が過ぎて、部屋を見渡した。

 もう一度視線がアルスマークに戻って来た。


「お兄ちゃんか。びっくりしたよ。ここは……宿かな?」

「ああ。体の方は何ともないか?」

「うん。元気いっぱいだよ」


 そうか、と返事を返し置いた服に指を指す。


「それに着替えておけ。服屋で新しい服を買うまではそれを貸してやる」


 少年の目が大きく開く。


「い、いいの? これ、すっごく高そうだけど」

「ん? ああ、問題ない」

「ならいいんだけど……」

「お前の話を聞きたいが、時間は限られている。朝の時間でハンターの登録に向かう予定だ。ここにいてもいいがどうする? ああ、服は買ってくるから安心していいぞ」


 悩むかと思ったが、返事は直ぐに返って来た。


「もちろん付いていくよ!」

「そうか。なら早く着替えてくれ」


 うん。という大きな返事を聞いたアルスマークは着替え終わるのを待った。


 すごい、とか、なにこれ、とかはしゃぎながら着替えるので少し時間がかかったようだが、準備完了したのは間違いない。


「なら行くぞ」

「はーい!」


 部屋の鍵を開け、廊下へと歩みを進めた。





















「申し訳ありませんが、この場で少々お待ちいただけますでしょうか?」

「わかった」


 今いるのは、ハンターズギルドのエンシリア・ポリス支部。その受付だ。

 地上五階建ての一際大きな建築物で、歴史を感じられるレンガのようなもので出来ており、透明な窓もいくつか設置されている。

 一階は(ヴァイス)級と(グリューン)級。

 二階は(ゲルプ)級と(ブラウ)級。

 三階は(ロート)級と(シュヴァルツ)級。

 四階と五階は会議室やギルド長の部屋などが設置されておりハンターが入ることは滅多にない。

 この作りは一般的で、ほとんどの支部がこの様式を採用している。


 ハンターの序列は(ヴァイス)から始まり、(グリューン)(ゲルプ)級、(ブラウ)(ロート)(シュヴァルツ)と続いている。


 (ヴァイス)級の受付である女性が持ち場を離れ、奥へと消えていく。

 登録の際に提出したのは父からの手紙。


 入街する際にも力を発揮したあの手紙である。


 特にこれと言って優遇されるわけではないはずで、身分の証明となる物という認識であったが、どうやらそれは間違いだったようだ。


 周囲からの視線は特に気にならない。人間という特に力を持たない者にどう思われようとも意味はないというのがアルスマークの考えである。

 そばにいるポルトルは登録する気は無いようで先ほどから無言を貫いている。あの宿で見た笑顔もここでは一切見ていない。


 かけ離れた身体能力を持つアルスマークの耳が悪いわけもなく、その聴力も驚異的なレベルである。

 聞こえてくるのは、小さすぎるとか、何故受付嬢が奥へと行ったのかなどの心配する内容やかっこいいといった内容、さらには誰がパーティに誘うかという内容ばかりである。


 聞こえてくる物を意識の外へ放り出す頃にちょうど先ほどの若い女性と、最盛期は通り越しただろうがまだまだ前線で活躍できるだろう大男の二人がアルスマークの前へとやって来た。


「君があの、ローランさんの息子なのかね?」


 冷静な口調だが、見極めるような視線と直ぐにでも襲えるような獣の目をしている。

 男がしたのは二次職業(セカンド・クラス)の一つ鬼戦士(ミルミドン)技能(スキル)である〈戦いの咆哮(ウォーシャウト)〉と呼ばれるもので、周囲に攻撃力減少効果をばら撒き、さらには一時的な恐怖状態を引き起こすことが出来る。


「ええ。そうです」


 何事も無いようにそう答えると二人は顔を見合わせる。男のほうが一瞬合図のようなものを送ると再びこちらを向く。


「そうか、つまらないことを聞いたな」


 そう言うと女性に耳元に呟くとこちらに一礼をして奥へと行ってしまった。

 もちろんその小さな呟きも聞こえているのだが、無視をする。


「では、本人の確認が取れましたので登録の続きを行います。まずここに必要事項をお書きください」


 小さいころから受けてきた教育のおかげで、美しい字を書けるようになっているアルスマークはすらすらと記入していく。

 名前やパーティ、紋章、そして講習を受けないにチェックを入れ全てを記入し終えた彼はその羊皮紙を受付嬢へと渡す。

 一瞬受付嬢の目がクワっと開いたがおそらく覚醒者であることを知ったからであろう。


「問題が無いことを確認しました。それではハンターの証は何に致しますか?」

「タグで頼む」

「了解致しました。それではこれが(ヴァイス)級のハンター証になります。くれぐれも無くさないようお気を付けください」


 ハンターの証はその者が選べる。これはバッジなど直接付けることで邪魔にならないや、見た目で選ぶ腕輪など様々な種類がある。

 アルスマークが選んだのはタグと呼ばれる首から下げる物でバッジと並んで利用者が多いものだ。


「今日は依頼を受ける気は無い。それでは」

「はい。お疲れさまでした」


 受付嬢の綺麗な礼に見送られその建物から出る。

 ポルトルは結局見ていただけだが、本人が登録はしないと言い切ったので当然だろう。


「これから服屋に行く。あの建物がそうだろう」 

「そうだけど、あそこって結構高いんじゃ……」

「心配するな。金くらい少しは持ってるよ」


 目と鼻の先にあった建物へと入っていく。ハンターズギルドの建物に比べれば小さいがそれでもかなりの大きさを誇る。

見た目に力を入れているだろう建物は白を基調としておりとても美しい。

 外見以上にその内部も非常に利用しやすいような作りをしており、珍しい試着というサービスもあり上位層よりも主婦などの層に絶大な人気を誇っている。


 幅広い服を扱っているようで下着や寝間着、スーツのようなものなど多岐にわたる。

 人間以外の種族の服も一部取り扱っているようだ。


「すごいな。これは」


 ポルトルは驚き言葉すら出ないようだ。


「さあ。男物は二階だ。いくぞ」


 ポルトルは小さく頷き後を付いてくる。


 二階へとつながる階段を上る。

 言葉を一切発せず周囲をキョロキョロと見渡す様は小動物のように保護欲を刺激する。


 二階へと着く。

 女物よりも種類は少なく、値段も安いものが多いようだ。


「自分の好きなの取ってこい。待っててやるから。ほら」


 背中を押してあげると、ポルトルはこちらを振り向く。

 満面の笑顔と変わり数多ある服を漁っていく。


 アルスマークは店員のいるカウンターへと向かう。

 店内にいる客がこちらに視線を送ってくるが、いつも通り無視をする。

 カウンターに着くと男性の店員がぼおっとこちらを見ている。


「おい」


 こちらが話しかけているのが気づいたのか、はっとした。


「あ、いらっしゃいませ。どういったご用件でしょうか?」

「とりあえず、男女両方の一般的な衣服を五着ずつ見繕ってほしい。できるか?」

「えっと、ご自分で選んだほうがよろしいのではないでしょうか? 好みという物がありますので」

「ああ、それはそうなんだが、女物を選ぶというのも気が引ける」


 一瞬迷ったようだが直ぐに返事を返してきた。


「分かりました。それでは少々お待ちください。あ、ご予算はどれほどでしょうか?」

「値段は、そうだな。金貨三枚ほどかな」


 周囲から驚きのような声が聞こえる。

 目の前の店員も同じような声が漏れ、顔や手には汗をかいているようだ。


「は、はい。承知致しました。直ちに見繕ってまいります」


 目の前の彼に他の店員が何やら話しかけているが、気にするほどの内容でも無い。

 彼がものすごい勢いで走っていく。

 どうやら先に女物を揃えるようだ。


 その様子を見ていると、他の店員に声を掛けられた。


「椅子をご用意致しましたので、どうぞお掛けしてお待ちください。ご注文があれば飲み物もご用意いたしますが?」

「うん? 椅子だと。頼んだ覚えはないんだが」


 疲れという物と無縁のアルスマークにとって待ち時間で座る行為はしない。

 そういう待ち時間をどう活用するか、それによってとる行動は変わってくる。

 周囲に危害を加えない魔法の練習をしたり、この後の行動計画を考えるだけでも時間は足りないのだ。


 その返事をどのように取ったのか、持ってきた店員の顔が青白く変わっていく。


「も、申し訳ありません。出過ぎた真似をどうかお許しください」


 アルスマークもこの行為には戸惑う。急に椅子が来たかと思えば急に土下座を始める。

 謎に謎が重なり、アルスマークの脳――存在するのかは不明――は既に混沌、いや、機能を停止したようだ。


「お、お前は何故そのような……土下座をしているのだ?」


 周囲から同時に「え?」という声が聞こえてくる。


「お、お怒りではないのですか?」

「怒り? なんだそれは、どこに怒る要素がある?」

「い、いえ。どうやら勘違いだったようです。それでは失礼します」


 綺麗な礼をして去っていく。

 奥から「貴族とは本当にわからん」とか聞こえてくるが、貴族がどこにいるのだろうか、さらに謎は深まるばかりだ。


 困惑したような顔でポルトルが両手で服を抱えてきたのはそれからしばらく時間が過ぎてからであった。


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