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この世界で君と  作者: なつ
2/2

始まりの日 後編

前回の続きです。ちょっと短めですが、区切りがいいので今回はここまでにします。


2019/9/19 追記


こちらも加筆修正済みのものを投稿し直します。

前編と合わせてご覧いただければ幸いです。


あたたかく力強い腕が、シオンの体を支えていた。

勢いが落ちていたとは言え、走っている最中に思いきりぶつかってもびくともしないその人から香る、甘い匂い。


『もう大丈夫だ』


不意に、耳元でそう囁かれた気がして弾かれたように顔を上げる。

耳に心地よい、低めの声。

この声は。

しかし、目に飛び込んできたのは鮮やかな赤い髪の美人で。

「……っ、え、ハル……?」

「はあい☆」

困惑するシオンを見下ろし、満面の笑みを浮かべたのはハルだった。

もう二度と、合えないと思っていた。

世話になるばかりで何も返せなくて、できることならこんな別れ方はしたくなかったと、申し訳なくて涙が溢れそうになったその人が、今目の前にいる。

「……どう、して……っ」

「言ったでしょ?アタシを呼びなさいって」

よしよし、とあやすように背を撫でられて混乱する。

確かに、毎朝言われていたことではあるけれど、あれはただの日課で。

と言うか、彼女は一体どこから現れた?

もう本当に、何がなんだか分からない。

分からなすぎて、意味もなく泣きそうになる。

そんなシオンの様子を見、ハルは優しく微笑んだ。ぎゅっと抱きしめてくれる。

「怖い思いも、嫌な思いもしたわね。ごめんね、シオン」

そんな風にされたら余計泣けてくるでしょうが。

言葉が口から発せられることはなく、代わりに瞬きと同時に涙が頬を伝った。

雫がハルの服に染みを作る。

と。

背後から複数人分の足音が聞こえてきた。

まずい、見つかってしまう。

このままではハルまで巻き込むことになる。

「ハル、ごめん、離してっ」

身を捩るがハルの腕はびくともしない。

「だーめ。シオンはここで大人しくしてなさい」

「でも、ハルっ」

「いいから。アタシに任せちゃいなさい」

顔を上げると、彼女はにこにこと楽しげに笑っていた。

「ん~、良いわ、この感じ」

懐かしいわね、と呟く彼女の声色に、剣呑な色が混ざる。

え、と驚き固まっていると、足音が少し後ろで止まった。

ハルは余裕たっぷりの様子で笑みを浮かべ、男たちを眺めている。

「あらあら、アタシ相手にたった四人?」

何とか振り返ろうともがいていると、ハルがそっと腕の力を弱めてくれた。体の向きを変ると同時、彼女の左手がシオンの腰に絡みつく。

離さない、とでも言われているようで、それが普段のハルからは想像もできない行動で、少しだけ慌てる。

とは言え、ビクともしないその手を振り払うことなどできるはずもなく、シオンは白装束の男たちを見やった。

目の前にいた白装束の男は四人。

同じように町中を走り回ったシオンはまだ息が上がっているのに、彼らは息を乱した様子もない。

男たちが鋭い視線をハルに向けた。

リーダー格だろうか、真ん中の男が一歩前に出る。

「貴様、何者だ?」

「自分の素性も明かさない連中に、名乗ると思う?」

男はチッと舌打ちをすると、周囲の男たちに目配せをした。

男たちが一斉に身構える。

その様子を眺めながら、ハルはクスクスと楽し気に笑っている。

「ねえ、お兄さんたち。アタシの可愛いお嬢に何の用?」

「貴様には関係ない。その女を渡せ」

「やーよ。この子はうちの大事なお嬢なの。あんたたちなんかに任せられるわけないじゃない」

そう言い、シオンを抱く左手の力を僅かに強める。

「そうか。では、力付くで奪うのみ」

男たちが身構えた時、パチン、とハルが指を鳴らした。途端に甘い香りが辺りを満たす。

気持ち悪くなりそうなほど濃厚な香りに、シオンは思わず顔をしかめた。

「甘いわね」

フン、と鼻を鳴らす。

シオンも徐々に気分が悪くなる中、男たちの目が虚ろになってきた。左右にゆらゆらと体が揺れ始め、ぼんやりとした表情でハルの方に顔を向けている。

「さあ、行きなさい」

男たちがゆっくり歩き始める。

シオンには目もくれず、彼らは東門の方へと歩き去った。

男たちがいなくなると、甘い香りもいつの間にか消えていた。

「今のアタシになら勝てるとでも思ったのかしら。なめられたもんねえ」

呆れたような呟きに、シオンは彼女を見上げた。

男たちの後ろ姿を見送るハルは、ひどく冷たい目をしている。こんな彼女は今まで見たことがない。

「……ハル……?」

小さく呼びかけると、それまでとはうって変わった穏やかな表情でシオンの顔を覗き込んだ。

「シオン、アタシね、あなたのこと大好きよ。シオンのことはアタシが守る。忘れないでね」

表情は柔らかいのに、その瞳はどこか切なげに揺れていて。

いつになく真剣な声音に困惑する。

「ハル、どうしたの?」

「……別に、どうもしないわ」

そうっと優しく抱き締められ、優しく背を撫でられ、そこで漸く緊張の糸が緩んだ。

途端に足が震えだし、立っているのもままならなくなる。

「おっと」

膝から崩れ落ちそうになる体は、ハルの腕によって支えられた。

「大丈夫?あいつらに何かされた?怪我はない?どこか変なところ触られたりしなかった?」

矢継ぎ早の質問に答えるより早く、ふわりと足が地面から離れた。

抵抗する暇もない。

気付けばハルに横抱きにされ、その整った顔がいつもより近くなる。

「ハル、ちょっ、待っ、あの」

「なーに?」

「や、だってこれ」

所謂、姫抱っこ。

これで町中を家まで歩くつもりだろうか。

ハルと目が合う。

慌てるシオンとは対照的に、鼻歌でも歌いだしそうなほど上機嫌だ。

だめだ、何とか下ろしてもらわないと。

とん、とハルの胸を軽く叩く。

「あの、平気だから!私、歩けるし!」

「そお?そんな風に見えなかったけど」

「もう、大丈夫。だから」

下ろして欲しい。

恥ずかしさに熱を持った頬を隠すどころでもなく、シオンは必死に訴える。

ハルは柔らかく目を細めると、小さく息を吐いた。

「……あーあ、残念」

言いながらそっと立たせてくれる。

まだ少し膝が震えているが、歩けないほどでもない。

「じゃ、帰りましょ」

差し出された手を取ると、あたたかな風がシオンの体を撫でていった。




夜半、ハルはそっと扉を閉めた。

部屋の中ではシオンが穏やかな顔で眠っている。

いきなり男たちに追いかけ回され、恐ろしい思いをしただろうから心配していたが、どうにか落ち着いたようだ。

恐らく、大事な彼女のために『あの人』が何かしたのだろうが。

自室に戻ってベッドに腰かける。

ハルの部屋は、普段の派手な印象とは正反対のシンプルなものだった。

大きめのクローゼット、壁際の鏡台、窓際に置かれたベッド、テーブルセット。あるのはそれだけだ。

部屋に置くのは必要最低限と決めている。

それにしても、とハルはため息を吐いた。

三年だ。

これを短いと取るか、長いと取るかは微妙なところだ。

物思いに耽っていると、不意に懐かしい香りがして視線を上げる。

正面の椅子に、黒ずくめの男が座っていた。テーブルに肘を乗せた姿がまるで絵画のようだ。

『手間をかけたな』

低く耳に心地よい声が男から発せられる。

「言うほどの手間でもなかったわ。で、あいつらの後ろはどこ?知ってるんでしょ?」

『ノクタスの役人だ』

「……へえ」

役人、ねえ。

含みを持たせた言葉に、男は笑ったようだった。

『本人の意思など、どうとでもできるだろう?』

「そうね。で、いざ失敗しても、ぜーんぶそいつのせい。だーれも傷つかない」

『そういうことだ』

ハルはぱたりとベッドに倒れこんだ。

「あの白装束、過激派でしょ?潰してこようか?」

『少なくとも、奴らの拠点はこの国の中にはない。それでも行くか?』

「いいえ、止めとくわ。あーもー、くっそ面倒くさい」

男が、ふと壁の方へ視線を向けた。

壁の向こうにはシオンの部屋がある。

『この件、表立ってノクタスが手を出すことはないだろう。奴らも馬鹿ではない。例の役人の策がうまくいけばそれも良し、駄目なら無関係でなければ立場が危ういからな』

「なら、マズルカも中立ね」

『そういうことになる』

言葉が途切れ、ハルもシオンの部屋の方へ顔を向けた。

壁の向こうに眠る、彼女のことを思う。

『……』

空気が揺れた気がした。

体を起こして男を見やる。

切なそうな横顔の、唇が僅かに動いていた。

手を伸ばすこともできず、言葉を交わすこともない。

ただ、遠くで「視ている」だけのこの状況に、彼は何を思っているのだろうか。

待つ身の辛さを、思い知っているのか。

それとも、別の感情が。

聞いてみたい気持ちが湧き上がるが、それとは別のことを口にした。

「もし、あの子が貴方以外を選んだら、どうするの?」

例えば、アタシを選んだしたら。

言外の言葉が伝わったのか、男がゆっくりこちらに顔を向けた。

表情に変化はない。

だが、その目に揺らめく感情を見、ハルは苦笑した。

「冗談よ」

『……そうか。なら、良い』

ふ、と息を吐き出して、ハルは大きく伸びをした。

「で?降りかかる火の粉は蹴散らしても良いのよね?」

『もちろんだ』

「りょーかい☆」

再びの沈黙。

ややあって、男が小さく口を開いた。

『……あいつのこと、よろしく頼む』

「あったりまえでしょ。何せあの子は、貴方をアタシたちのところへ帰してくれた恩人ですもの。守るわよ。この命に代えても」

『お前も俺にとっては大事な仲間だ。いずれまた、生きて戻れ』

「あら嬉しい♪任せて。二人で、きっと貴方のところへ帰るから」

帰れる道筋など欠片も見えていない。

それでも、必ず帰る。

それは誓いにも似た想いから出た言葉だった。

違えることのできない約定を、ひっくり返すことができる唯一の方法。

どれほど時間がかかっても、きっとそれを成し遂げられるとハルは信じている。

「待ち遠しいわ、その時が」

『ああ、そうだな』

穏やかな空気の中、男の姿がゆらりと消えた。

誰が来ようと、何が来ようと必ず守る。

決意を新たにし、ハルはベッドに横になった。



ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

今回、謎の人が出てきていますが、一応大事な人物です。これからちょっとずつ、それぞれの過去とか色々書いていけたらなと思っています。

まだまだ続きます。

よろしければ次回もお立ち寄りいただけると嬉しいです。

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