〜夏〜
私立松陽学園、日本にあるエリート校。小学校から大学までの一貫校で毎年受験は3倍以上の倍率、松陽を出た者は出世すると言われるくらいだ。全寮制で偏差値は78、留学も盛んで多くの外国人生徒も在籍している。ここに通っている安藤優菜、毎日勉強に追われながらも彼氏や親友に囲まれ充実した日々を送っている。
桜舞う4月。新しい入学生が入ってきて、翔太と優菜もそれぞれ3年と2年になった。3年の翔太は進路を考える時期。4月に早速第1回進路希望調査が行われた。
「翔太はやっぱり留学?」
翔太は独立時計師という夢を持っている。日本では時計の勉強が出来ないので留学を考えているところだ。
「うん。」
「良かった。夢叶える気があって」
「うん。僕、立派な時計師になるよ。」
「そしたら、私にも時計作ってね」
「優菜に?良いよ。」
「あ、あの。」
新入生らしい女の子が話しかけてきた。優菜は見覚えがある気がしたが思い出せない。誰だっけと考えていると翔太がその子に声をかけていた。
「どうした?」
「高橋先輩、好きです!」
「ありがとう。嬉しいよ(笑)」
「…あの、付き合ってもらえませんか?」
いきなりの告白でびっくりしたが翔太は冷静だったみたいだ。
「ごめんね。僕、今彼女いるんだ。また機会があったら」
「そうなんですか。すいませんでした。」
凄く純粋で可愛い…えっと誰だっけ。
「大丈夫だよ、付き合うとかじゃないけどどんどん話しかけてきてね。良いよね?」
「はい。すいません、彼女さん一緒なのに告白しちゃうなんて…」
あ、思い出した!
「波佐間七美ちゃんだよね」
「はい…どこかで会いました?」
「一昨年議長してた…」
「あ、優菜先輩!」
「最近元気にしていた?」
「はい。ごめんなさい。優菜先輩の彼氏さん取ろうとしちゃって。」
「大丈夫だよ、また話そうね」
「はい。じゃあまた。」
そう言うと申し訳無さそうな顔から一変笑顔で帰っていった。
「あの子と知り合いだったんだね」
「うん。中等部の頃は委員会も一緒だったし結構仲良かったんだよ。」
「そうなんだ。」
「一昨年の文化祭で転んで助けてもらったのも知ってる」
一昨年文化祭で転んだ。そうだ、告白する半年前の事だった。文化祭で忙しくしてて階段で転んだ所を助けてあげた。
「だから、あの後翔太先輩に助けてもらった。カッコ良かった!って話して」
「カッコいい!?」
「今でこそ心許せる相手だけど、あの時は学園のアイドルで気軽に話しかけられない遠い存在だったから」
「そうなんだ。僕は逆にいつかあの子と位に思ってたよ。」
「ほんと?」
「ほんとだよ」
すると優菜が急に改まった。それに合わせるように翔太も姿勢を正した。
「…翔太先輩。」
そう言われるとなんだか恥ずかしい。もうお互いを名前呼びして1年以上経つから逆に照れくさくなってしまう。
「大好きです。」
あまりにも予想外だったらしく翔太は嘘をつかれたようだった。
「知ってるよ。けど、改めて言ってもらえると嬉しいな」
「私は、翔太とずっと一緒にいたいから、たまにはちゃんと言葉にするよ」
「今日はもう寮に戻らないといけないけど、また明日も明後日もずっと一緒に居ようね。」
そう言われると凄く翔太に触れたくなった。照れくさかったけどそれ以上に触れたくて抱きついた。
「何?どうした?」
「だめ、かな?」
「良いけどなんて言うんだろう。びっくりしたっていうか、優菜からしてくれるなんて無かったから嬉しいなって」
「…なんか照れくさいね」
照れてる優菜の顔を見て微笑むとほっぺにキスをした。
「これなら大丈夫?」
「ダメ!もっと照れちゃう!」
そういう優菜の頬はもう真っ赤だった。
「そうなの?じゃあ照れてて良いよ」
「え!?」
「明日、学校でね」
学年が上がってもも2人の気持ちは揺らぐことなく素敵なカップルとして存在してる。それが確認できたでしょうか?ちなみに優華にもこの4月彼氏が出来た。相手はバスケ班の後輩、どちらかといえば可愛い系男子。これで咲楽にも優華にも彼氏が出来た。誕生日も彼氏と過ごすようになっていった。
6月23日、この日は日曜日、優華も咲楽も外出していて優菜1人、寮でゆったりと過ごしていた所に翔太登場。
「お誕生日おめでとう」
「わぁー嬉しい。これ生花?」
「そう。流石にドライは買えなくて」
「全然。生花のお花の方が好き」
生花はいつか枯れちゃうけれどその分最初の頃は綺麗な花を見せてくれるのが優菜は好きだった。
「それから…」
翔太は次に行こうとしたけど優菜が笑った。
「(笑)ねぇ、ドアの前じゃなくて部屋入ってから見せてよ」
「そうだね。お邪魔します。あれ?2人は?」
「デートしに行ったよ、優華も誕生日だし」
「そうか、優華ちゃんも誕生日だったね。」
「それで、なあに?さっき見せてくれようとしてたの。」
「あぁー、プレゼント。気に入ってくれるかな」
「え、何?…あ、バレッタ!気付いてくれてたの?バレッタ付けてるって。」
「もちろん。学校では、ノーマルな黒いゴムで束ねてるけど休日だとバレッタで留めてる」
学校では解けにくいゴム、休日は少しでもおしゃれしたいという気持ちから解けやすくてもバレッタをつけている。だからバレッタの詰め合わせは凄く嬉しかった。
「バレッタなら実用的かなって思ったんだけど、好みとかよく分からなくって」
「え、全然そんなこと無いよ。休日の私をよく見てるなって感じのバレッタばっかり。好みに合ってるし、これだけバリエーションがあれば、夏と冬使い分けれるしシチュエーション別にも。」
色んな使い道を考えてはしゃいでいる優菜は心から喜んでいるようで翔太は嬉しくなった。
「気に入ってくれたみたいだね」
「とっても気に入った。」
喜んでいる優菜は今日もバレッタを着けている。そう言えば優菜が髪を下ろした所を見たことがない。髪を下ろしたらどんなだろう。そう思うと解きたくなった。
「…ねぇ、優菜のバレッタ、外してみたいな。良い?」
優菜は少し考えてからうんとだけ答えた。髪を下ろすことには少し抵抗感があった。
「嫌なら別に良いけど」
「良いよ、外して。翔太だもん。」
そう言われて翔太がバレッタを外すと今までバレッタによって束ねられていた髪がはらりとほどけた。何も飾らず無防備になった髪はいつもより長く、優菜は可愛く見えた。
「下ろしてても可愛いじゃん。」
「そう?…」
「うん。なんかイメージ変わった」
「…特別だよ。髪下ろすなんて」
「何で?」
優菜に問いかけたが実は少し抵抗感を持っていて髪を下ろすことに緊張している事を感じていた。
「今まで下ろした所見せた人、あんまり居ないんだから!」
優菜がそういった事で翔太は何か知られたくないことがあるのかも知れないと探るのを辞める。
「確かに初等部だった頃からずっと束ねてたもんね。」
「下ろしてると、何も飾らないそのままの姿を、私の全てを見られてるみたいで恥ずかしいから。」
翔「恥ずかしいか、」
池「…本当は違うね。ごめん、本当は、怖い。」
「怖い?そっか。」
「ねぇ、私の話黙って聞くだけ聞いて」
「分かった」
何か打ち明けてくれるのかそれとも他の何かかは最初分からなかった。でも聞いてあげたほうが良いのはすぐに分かった。だから静かに聞く姿勢になる。
「翔太は前にも私が髪下ろした所見てる。初等部の低学年の頃だった。あの頃から翔太はカッコ良くてさ、私好きって言ったんだ、子供ながらに。翔太恥ずかしそうにしてたけどそれから会った時はお互い話すようになって…。その年の文化祭、その時から私にとって髪を下ろすのは特別な行為だったんだけどまだそんなに抵抗はなくて、文化祭っていう特別な行事だったし下ろしたの。でもその日翔太のお母さんが来て…。翔太のお母さんが、女の子と話しても何も良いこと無いって言って私の髪を引っ張って無理やり翔太との距離を離したの。…今考えれば髪を下ろすことに特に抵抗を感じ始めたのはあの頃だった気がするんだ。だから翔太の前では余計警戒しちゃうっていうか……ごめんね。」
「なんで優菜が謝るの?悪いのは僕なのに。優菜の事守れなかったんだもん。」
「違う、きっと私も翔太も悪くないよ。誰も悪くない…」
翔太は肩に重みを感じた。それは優菜の頭であるとともに今までお互いが背負ってきた後悔や責任だった。
「覚えてる?小学生の時の約束。」
思い出したようにそう優菜がつぶやいた。
「…今思い出した。もし僕らが高校生になってまだこの学校に居たら」
「もう1回一緒に過ごそう。」
そう、文化祭の後1度だけ会い、そう約束した。高校生になれば反発も出来るだろうと。
「懐かしいね、優菜。」
「うん。私も付き合い始めて思い出したけど今ちゃんと約束守れてるよね?」
「守れてるよ。」
「良かった。これで子供の頃の私達も満足だよね」
「あぁ」
せっかくしんみりしてたのに翔太のスマホに電話がかかってきた。
「もしもし、」
翔太は電話に出ながらさり気なく優菜を押し倒して床ドンした。優菜はドキドキだっ。
「何?」
「今部屋を整理してたらアンタが初等部の低学年の頃仲良くしてた女のハンカチ出てきたけど、どうする?」
「どういう事?」
「だから、私が文化祭の時女の子と話しても何も良いこと無いって言って引き離した子居たでしょ。その子があの後落としたハンカチずっと返せないでいたの、捨てちゃって良い?」
それは確実に優菜のものだった。偶然なのか必然なのかちょうどその話をしていた所だったために翔太もムキになった。
「ダメ!送って、そのハンカチ」
「面倒くさいから捨てるわよ」
「送れって言ってんだろ!」
優菜は普段見れない翔太の顔に少しびっくりした。優しくて穏やかなだけじゃない、男らしくてたくましい姿が見れた瞬間だった。
「…じゃ、」
優菜が驚いて何も言えずにいると翔太はいつもの優しい笑顔に戻っていた。
「ごめんね、驚かせたよね」
「大…丈夫」
「もしかして驚いてるんじゃなくて緊張してる?」
「…うん。ちょっと…」
「じゃあこれは?」
そう言ってさっきより顔を近づけてきた。キスした事あるにしろド緊張。と言うのも今はバレッタが外されてただでさえ慣れないのにこんな事されて気絶しそうだった。
「ダ〜メ!」
「照れてる!」
何だか優菜が照れてることでさえ翔太は楽しそうだった。
「可愛いな、優菜は」
「ありが、とう」
それから2人はしばらくぴったりくっついて話し倒した。学校での事、趣味、そして好きな枕の硬さみたいなマニアックな所まで。優菜は居心地の良さにずっとこのままで居たいとさえ思っていた。
「翔太、ずぅっと一緒にいてくれる?」
「もちろんだよ。毎日優菜のそばに居る。」
でもやがて日が暮れ、翔太は寮へ帰って行ってしまった。それとすれ違いに優華と咲楽が帰ってきた。
「ただいま!」
「おかえり〜。」
「あれ?優菜どうしたの?」
「何?私、変?」
「髪の毛…」
「髪の毛に何かついてる?」
「逆、バレッタどうしたの?」
「あぁ、さっき外されちゃった。」
割とさらっというも2人は優菜にとってバレッタがどういう存在かよく分かっていた。だからこそ心配にだった。
「大丈夫なの?外して」
「まだ、抵抗あるけど大丈夫。今なら外しても大丈夫な気がするんだ。」
「良かったね、心から信頼できて」
「うん。」
そう、翔太のことを心から信頼できたのだ。信頼という新しい物を手に入れ最高の誕生日になる、はずだった。そう、咲楽がこの言葉を言うまでは。
「そう言えば文化祭の音、大丈夫?」
浮かれてて文化祭の劇の音をまともにやってない!
「あ!やばい…間に合わないかも」
「えー?」
「大丈夫…間に合わせる!きっと…」
今年は『このピースだ〜れの?』というファンタジーだ。童話の世界で平和に暮らしていた所、童話撲滅運動により童話の世界がめちゃくちゃに…というお話でファンタジーだから音も多い。優菜は休日も返上して音作りをした。
「おはよー」
「おはよう、翔太」
「今日は練習無いんだね」
「あるけど音、間に合わなくって。今日は役者の練習だって言うし私はこっちで。」
「そうなんだ。見ても良い?」
「良いけど、分かる?」
「わぁ凄いね」
優菜は簡単に説明してあげて翔太にもパソコン画面を見せた。
「これ、今曲を伸ばしてるんだけど、ここからここまでを選択してコピーするでしょ、で、ここらへんに貼り付けて最後違和感無いように微調整して…出来た。」
「優菜ってすごいね」
「他にも見る?」
そう言ってどんどん作っていった。作業ペースは大して変わってないけれど話し相手がいるだけ楽しく出来た。気づけばすべての音を作り終えることができた。
「終わった!ありがとう、話し相手になってくれて」
「優菜って本当に音大好きなんだね」
「うん。なんだかんだでここまで来たもんね」
「音やってて何が一番楽しい?」
「やっぱり編集かな。自分で好きなように編集して劇に合う音になると嬉しくなるよ」
「なんか音やってる時の優菜イキイキしてる」
「好きな事出来るって幸せじゃない?きっと留学して時計師目指そうとする翔太だってすっごくイキイキすると思うよ」
それからすぐ文化祭当日になった。今年は最高の思い出になる文化祭になった。翔太と優菜でMr.&Ms.松陽を獲れて音楽会は翔太のクラスが準優勝、演劇発表も大成功だった。そしてそのまま8月、サッカー班の大会の時期になった。毎日暑い中練習に励んでいる翔太を優菜も毎日支えた。そして、夏の大会が迫ってきた。南東京大会を勝ち越せば東京大会、関東大会、全国大会と進める。今まで全国大会で敗退してきたから今度こそはと気合が入っていた。そして当日。炎天下の中行われた試合、前半6-0で有利な状況だったが後半開始2分、翔太が急に倒れ、意識を失った。翔太は救急車で病院に運ばれ、優菜も救急車に一緒に乗って病院に行った。検査の結果は軽い脱水症状だったが、大事を取って今日は入院することになった。優菜がベットの隣に座って翔太の様子を見ていると翔太が薄っすらと目を開けた。
「…翔太?」
「あれ?僕どうしたの?」
そう言って起き上がろうとする翔太を優菜は制した。
「安静にしてなくちゃ!」
「優菜、なんか重い病気だって?」
「試合中に倒れて救急車で運ばれたけど軽い脱水症状で明日には退院できるって」
「良かった。けどじゃあ試合は?」
「さっき連絡あって勝てたって。勇斗くんが前半翔太先輩が頑張って得点入れてくれたお陰で勝てたって喜んでたよ。」
「そんな、僕は逆に倒れてみんなに迷惑かけちゃったのに」
そこに運ばれきた時見てくれた先生が来た。明日までの主治医の先生だ。
「翔太くん、意識戻ったかい?」
「あ、はい」
「良かった。明日には退院できると思うから今日は安静にしているように」
そう言うと忙しそうに次の患者さんの所へ言った。
「…優菜、ありがとう」
「何が?」
「僕にずっとついていてくれて」
「私はただ翔太の事が心配だっただけで…」
「心配してくれてありがとう」
「またすぐ試合なんだからしっかり休んで直してよ。また活躍してくれること期待してるから」
「分かった。」
「じゃあもう遅いし行くけど、」
「じゃあね」
それから、1週間後に東京大会、立て続けに関東大会、全国大会と進み勝負の全国大会決勝。去年はここで敗退、優勝には届かなかった。結果は―
優勝を勝ち取ることが出来た!全国大会、新学期の3日前の出来事だった。翔太も初戦こそ倒れたもののソノ後は大活躍だった。そして3日後、新学期。サッカー班が全国制覇しただけあって学校は大盛り上がり。サッカー班の株も一気に上昇、告白ラッシュが続いた。それはもちろん翔太のところにも。
「あの、私と原萌香と言います。翔太先輩のことが好きです!付き合って下さい!」
「ゴメンな。彼女いるし無理だ」
「でも、優菜さん、他の男の人といましたよ。付き合いましょうよ」
「そんなはず無い」
「あ、翔太!誰?その人」
「付き合えって言うから断ってるんだけどなかなか引いてくれなくて」
「そっか。私が彼女なんです。翔太は渡せません。」
「今日のところはいいわ。でも覚えてなさい。いつか奪ってやるから」
「…怖いよ〜」
「大丈夫。あんな奴に気移りしないから。それより違う男の人といたって?」
「転校生に告白されたの。もちろん、断ったけど、」
「そうだったんだ。」
「うん。」
今年も転校生を巡ってひと騒動。今年は在校生も巻き込んだ。でも優菜と翔太は決して揺らが無かった。10月4日、翔太の誕生日になった。
「誕生日プレゼント、どうぞ。」
「なんだろう。細い…」
「喜んでくれるかな」
「ボールペンカバーだ。嬉しい」
「いつもポケットに入れてるでしょ。これに入れておけば傷つかないし、おしゃれだよ」
「ありがとう。」
「カフェ、入る?今日は出すよ」
「良いの?」
「いっつも出してもらってるし、誕生日でしょ」
「お言葉に甘えて」
優菜のたまの気遣いが翔太は凄いと思う。毎回出しはしないからデートではお金払ってくれる良い彼氏で居られるし、お金がないときとかたまには出してくれてお財布にも優しい良い彼女だった。そしてカフェに入ると萌香発見!できるだけ離れたところに座ったけれどもう遅い…素早く来て翔太に絡み始めた。
「セーンパイ。まだこんな女が好きなんですか?いい加減私とデートしましょうよ」
「僕はゆ…」
「わざわざ言わなくたって分かってますよ。本当は私が好きなんですよね?」
「いや…」
優菜は不意に去年の今頃であった心音が頭をよぎった。そしてその時得た撃退法を試してみることにした。そんな事を考えてる間に話しかけられた。
「アンタ、名前なんだっけ。まあいいや。いい加減自分が邪魔な存在だって自覚したらどう?」
作戦実行するなら今だ。
「分かった。いいよ。でもあなたに翔太の彼女が務まるか少し観察させてもらいますね。じゃあ」
そう言って、優菜はその場を離れた。その後すぐ翔太の所に優菜からLINEが来た。
『翔太へ 少し私の仕返しに付き合ってください。あの女と少し一緒にいて、(ただし今日誕生日だって言わないでね)あの女から誕生日おめでとうって言ってきたら乗って。好きな人の誕生日知らないなんてありえないでしょ♡』
翔太は良いよとだけ返事をして後はその場の流れに身を任せた。優菜はその間に誕生日ケーキを準備した。萌香が絡んでくる。
「翔太先輩、やっぱり〜あの子より私と居たほうが幸せですよね〜。」
「どうだろうね」
「私、絶対翔太先輩のこと幸せにしますよ。」
「ありがとう」
「明日からは一緒に登校しましょうね!」
「それは…どうかな?もう少し考えさせて」
「先輩の言うことには何でも従いますよ」
「じゃあ、付き合うとか、明日から一緒に登校とかちょっと待って」
「はい!えっと、じゃあ好きな食べ物と嫌いな食べ物はなんですか?」
「好きなのは焼き鳥、嫌いなのはガーリックトースト、かな」
「そうなんですか?じゃあ今度一緒に焼き鳥食べに行きましょう。」
「またね。」
「アレ?かばんの中に入ってるのなんですか?プレゼント?」
「何だと思う?」
「プレゼント…でもなんで?」
プレゼントに困惑している萌香をよそにケーキ登場。実は去年この手のぶりっ子な子は相手の誕生日を知らない、ということを学んだのだ。
「♪ハッピバースディ トゥ・ユー ハッピバースディ トゥ・ユー ハッピバースディ ディア翔太 ハッピバースディトゥ・ユーおめでとう。」
「ありがとう。なにこれ?あ、ちゃんと僕の名前入ってるじゃん。」
「え?何?今日誕生日なの?え?なんで言ってくれないの?」
やっぱり的中!知らなかったか。
「私がケーキ準備している間翔太と話していてくれてありがとうございました。お陰でいいプレゼントあげられたし、あなたがどれだけ翔太のことが好きか分かりました。誕生日知らないくらい、ですよね?」
「あー、もう!いいわ。さよなら!」
なんだかムキになっていたけど効果あったよね、多分。
「大成功!でもマジでびっくりした。」
「え?ケーキに?」
「違う。分かったって言った時」
「色々言われながらこの計画思いついて、あ!これだって、」
「このケーキ美味しい」
それからあまり私達に萌香は絡んでこなくなりました。そして12月、クリスマスの季節。今年は近場のイルミネーションを見てファミレスで食事という決して派手じゃないけどゆっくり出来そうな予定を組んだ。翔太がセレクション試験があることも大きかったし、お金も不足気味だった。街を歩くとイルミネーションがあちこちでキラキラと輝いていた。去年は学校が休みで皆でディズニーランドに行ったけど今年学校があった。少しそのことを恨みもしたけどこんなデートできるなら学校あっても許せた。1番の目的である広場にあるイルミネーションを見て食事をして最高の時間を過ごした。その中で優菜はバレッタをとってみようと思っていた。翔太に素顔で接したかった。けれど外せないまま寮の前まで帰ってきてしまった。
「今日は楽しかったね」
翔太は気にならないのだろうか。誕生日に1度だけ外してその後はまだ1度も外してない。本当は外して欲しいと思ってるんじゃないかなとふと考えると胸が苦しくなった。
「楽しくなかった?」
「ううん、すっごく楽しかったよ」
「じゃあなんで優菜は暗い顔をするのだろう…」
疑問を口にする翔太は決してふざけているわけじゃなく本気で不思議がっている。その事が分かるからこそ余計言いにくくなる。
「今日はさ、すっごく楽しかったけどそろそろ寮に帰らなきゃいけないし、じゃあね」
「あ、それは…」
焦った翔太は慌てて優菜を抱きしめた。もっと一緒にいるために抱きしめることを選んだみたいだったけれど優菜はキスされることより何より抱きしめられることが大好きだった。背中にあった翔太の手が上に来て髪を触る。時計師を目指す翔太の手は繊細で、でもか弱そうな感じでもない。頭に置かれた手がバレッタを外した。恥ずかしくて顔を翔太の胸に埋めちゃったけどすごく嬉しかったことは確かだった。ただ嬉しいことだけは確かだったからありがとうとつぶやいてみる。
「なあ、本当は自分から外せればって思ってる?……ごめんね。僕、察するとか下手みたいで気付いてあげられなくて。」
「………」
「無理しないで、優菜の中で整理がついたらいつか外して。それまで僕待ってるから」
「…ごめんね。。外せなくて。人に外してもらうと大丈夫なのに、自分じゃ…」
「大丈夫だよ、僕は待ってるから」
「うん。ありがとう」
そして、クリスマスが終了。6日後の大晦日は翔太の部屋で勉強しながら過ごした。やはり、バレッタを外すことは自分では出来なかった。だから翔太が聞いてくれた。
「バレッタ、外して良い?」
「うん。」
「…はい、外れたよ」
バレッタを外すと優菜はうつむいてしまった。翔太は守ってあげようと優しく優菜を包み込んだ。
「優菜、恥ずかしい?怖くない?」
「まだ怖い……」
「大丈夫だよ。僕がちゃんと守るから。もう少しこうして居ようか?」
「うん…。翔太って温かい…」
少し一緒に居ると優菜は凄く安心してるようだ。怖いとは思ってないように見えた。
「優菜、大丈夫?」
「うん、もう大丈夫。ありがとう」
「どういたしまして。」
「ねぇ」
声をかけられてもう一度振り返ると甘えるような可愛い顔をした優菜が座っていた。つい尽くしたくなってしまう。
「どうした?」
「今日、お泊りして良い?」
「しょうが無いな…いいよ」
「やったーっ」
無邪気に笑う優菜は本当に可愛い。最初は泊めるつもりも泊まるつもりも無かったはずだがいつの間にか泊めることになったのも何かの縁だろう。
「でも勉強には付き合ってよ?」
翔太が机に向かうと優菜もくっついてきた。椅子の隣りに座って高3の参考書を手にしてる。
「この参考書必要だったら言って。意外と読んでると面白いよ」
彼女が優菜で良かった。普通勉強に付き合ってって言って乗り気な、しかも学年がひとつ上ならなおさら乗り気な子は少ないと思うが優菜はやる気満々だ。翔太が問題を解いている間も熱心に読んでいてたまにここ教えてとお願いしてくる。教えてあげる中で翔太自身も理解出来ていなかった所が発見できて見直せて大助かりだ。そして、翌日。2人で初詣に行って翔太がセレクション試験に合格することを願い、合格祈願の絵馬を書いた。そして、3学期が始まるとすぐセレクション試験があり、結果発表があった。結果発表がある講堂には受験者と先生以外入れないので優菜は外から結果を待つしか無かった。
「翔太、結果分かったら教えてね」
「分かった。じゃあ行って来るね」
「これから皆さんに合否を発表します。発表は受験番号にて行います。呼ばれたら速やかに前に出て坂本部長より、大学のバッチをもらってください。バッチは大学の4年間使う大切なものです。無くさないようにしてください。又、留学を希望する者は発表終了後、速やかに坂本部長に申し出て手続きをするようにして下さい。」
「それでは発表します。」
緊張の一瞬。坂本部長が順に番号を呼んで行った。翔太の受験番号は053番、…042番・045番・047番・052番・053番…あった。翔太はすぐ優菜にLINEした。優菜からもすぐに良かった!と返信が来た。無事卒業することができ、留学も受諾された。これから翔太の未来への一歩が始まる。卒業式の日、卒業式が終わって翔太は荷物をまとめて空港に行った。優菜はもちろん翔太の見送りに来ていたが、留学すると噂で聞いた萌香も来ていた。
「翔太先輩〜♡留学だなんて寂しいですぅー」
「僕の夢の為だから、また帰って来たら話そう。今日はもう行かなくちゃ」
「先輩の事、待ってますから〜♡」
「じゃ、優菜行こう」
「え?」
「ごめんね、邪魔入っちゃって」
「ううん。」
優菜は髪を解いた。今まであれほど嫌がっていたのに。
「え?優菜?」
「もう怖いなんて気持どっか行っちゃった。翔太の前なら怖くない。翔太が守ってくれるから。」
「スイス行く前に優菜の心の扉開けて良かった。」
「翔太だから見せられる、他の人の前だとまだ怖い。だけど、また今度翔太に会う時は髪をちゃんと下ろしていくから」
「分かった。」
『67便 ベルン行きは〜』空港のアナウンスが流れる。翔太が乗る飛行機だ。
「もう行かなくちゃいけないね、じゃあね」
「優菜、向こう行っても僕は優菜のことを忘れないから、優菜も僕の事忘れて他の彼氏作ったりしないでよ」
「もちろん、翔太の前で髪解くくらい大好きだもん!多分2日に1回はメールするけど嫌がらないでね」
「電話はダメだよ。お金かかるから」
「分かってる。メールね」
「じゃあ、行ってるくるね」
「行ってらっしゃい。ちゅっ」
そして、翔太は独立時計師という夢を追いかけスイスへ、優菜は高校生活最後の1年を楽しみながら遠距離恋愛をしていくのです。