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春夏秋冬  作者: 藍奈
2/4

〜春〜

私立松陽学園、日本にある有名なエリート校。小学校から大学までの一貫校で毎年受験は3倍以上の倍率で松陽を出た者は出世すると言われるくらいだ。全寮制で偏差値は78、留学も盛ん。この学校に通う生徒の1人、安藤優菜はこの春、中等部を卒業したばかり。彼氏は一応居るけど周りにイジメられ疎遠になってしまっている。今は唯一の味方優華と咲楽と毎日一緒に居る。そんな3人は入学式を経て晴れて高校1年生になった。それから1週間経ったある日。少しずつ学校に慣れ始め、交友関係等の噂も流れ始めていた。そんな時、外部入学生の女子2人が優菜に声をかけてきた。

「優菜さんだったかしら?」

「はい。なんですか?」

「あなた2年生の高橋翔太先輩と仲良いみたいね。」

「まぁ。」

高橋翔太は中学3年生の3月に告白された優菜の彼氏。

「あなたね、高橋先輩はあなたのものじゃないのよ。彼女さんの物なの。あなたが関わってたら彼女さん行きづらいじゃないの!」

「はあ…」

一応私がその'彼女"何だけどと思いつつ疎遠になっているのに彼女とは言えないと曖昧な返事をした。

「愛華ちゃんはあなたの為を思って行っているの。ちゃんと聞きなさい。」

「あなた達2人が言う、高橋先輩は…」

「もしかして彼女居ないの!だったらあなたが私を紹介してちょうだい。」

「彼女はいますよ。…私はただの女友達なのでよく分からないですけど、」

女友達。そう言ってしまった。本当は彼女って言いたかった。私がその彼女だから奪ったりしないでって。

「信じられないわ、あなたがただの女友達だなんて」

そこに翔太が来た。タイミングが悪いなんて言っちゃいけないけどタイミング悪すぎる!

「優菜、良いところに居た。今日僕の部屋来ない?」

「今日は…辞めとく。」

そう答えるしかなかった。少しでも矛先がこっちを向かないように。

「そう。話したいことあったんだけど…残念だな」

「ごめん。」

「じゃあまた今度」

「翔太先輩かっこいいー!」

「じゃあ…」

そうしてどうにか厄介な2人から逃れられた優菜だったが、優菜に対する陰口は外部入学者も参戦してエスカレートするばかり。そんなある日の昼休み。思わぬ事件が起こった。

『みんな聞こえてる?2年の高橋翔太です。突然こんな真似してすいません。でも、みんなに聞いてほしいことがあるんです。僕には好きな子がいます。でも僕がその子を好きになったせいで、彼女はイジメられるようになったみたいです。彼女は何も悪くないのに…。お前らがやっているくだらないことで、その子がどれだけ悩んで傷ついている分かってんのか!松陽なのに恥ずかしくね?…これ以上優菜になんかしたら僕が絶対許さない!僕が、彼女を守る。』

いつも優しくて穏やかな翔太が大事な人を守るためにキレた。この計画実は優華と咲楽が持ちかけたもの。

「ありがとうございました。」

優華達も放送室前で他に誰も来ないように見張っていた。

「それはこっちのセリフだよ。僕と優菜を繋ぎ止めてくれてありがとう。」

そこに優菜が来た。うっすらと涙を浮かべていた。

「…翔太」

「咲楽、行くよ」

「うん」

2人が立ち去ると翔太は思いっきり優菜を抱きしめた。

「優菜、ごめん。やっぱり諦められなかった。優華ちゃんから優菜もまだ好きだって聞いてまだ僕が守って良いんだったら全力で優菜のこと守りたいと思った。もうこんな思いさせないから、もう一度僕にチャンスを下さい。…こんな派手にやっちゃったら許してもらえないかもだけど。」

翔太は必死だった。大好きな優菜とずっと一緒に居たいという一心だった。

「ううん。むしろ、こんな事してくれるまで私を思ってくれてるって知らなかったから、…翔太の彼女になって良かったと思ってる。」

翔太の腕の中はすごく温かくて落ち着いた。図っとこのままでいいと思っていたら翔太がふとつぶやいた。

「…これ、実は優華ちゃんと咲楽ちゃんが勧めてくれたんだ。付き合えないって言ってるけど本当は優菜も付き合いたいって思ってるから、イジメが原因だから助けてあげてって言われて。」

「でも、実行してくれてありがとう。」

「じゃあ、今日僕の部屋来てくれる?」

何度も誘われたけど断っていた。せっかく距離をまた縮められたから今度こそ行こう、ちゃんと翔太の事を知ろうそう思った。

「良いかな?行って」

「じゃあ今日は教室で待ってて。」

「分かった。じゃあSHR後に。」

そして約束のSHR後。優菜が帰り支度をしていると数人の女子が近づいてきた。翔太の事が好きで優菜に別れるよう勧めてきた子たちだ。優菜さん、翔太くんはあんなふうに言ってましたけれどやっぱり別れてくださる?優菜先輩にはあんなイケメンな翔太先輩は釣り合いませんよ。皆の翔太先輩なんだから独り占めしないでよ!と口々に言い、優菜をいじめた。その時、救いの神が現れた。

「何やってんの?まさかまだやるつもり?優菜イジメても僕の彼女は変わらないのに、」

喧嘩して欲しくなくてとっさに優菜は止めに入ったがもう遅かった。

「ブサイクなのはあんたらだよ。顔が多少可愛くったって心が美人じゃなきゃ僕は付き合わない。それに比べて優菜は顔も心も美人だ。優菜帰ろ」

「…うん」

「また、なんかあればすぐ僕にいいなよ。」

翔太の声はさっきの怒った声ではなく優しくて穏やかないつもの声に戻っていた。

「ありがとう…翔太、部活良いの?出なくて」

「今日は、良い。優菜と一緒に居たいから」

「私、私の事大事にしてくれる翔太も好きだけど、サッカーしてる翔太も大好きだよ。試合近いんでしょ。やって来なよ。」

「分かった。ありがとう、じゃあ待ってて」

「行ってらっしゃい」

そう言って校庭に駆けていった翔太は少し心に引っかかってる何かが気になっているように見えた。ナイス!翔太やるねー!頼む!等とグラウンドに声が飛び交い、活気ある練習が続く。

「なーにしてんだよっ」

「咲楽!」

そこに現れたのは親友の咲楽だった。咲楽も彼氏の練習終わり待ち。

「今日は早く帰ったのかと思ってたけど?」

「試合で翔太が活躍する姿見たいし、翔太サッカーやってる時凄い楽しそうで。見てるだけで楽しいよ」

でも同時に少し悲しそうでもある微妙な感じがしている。

「そうだね。私も勇斗が楽しんでるの見ると私まで楽しくなるもん。」

「でしょ?」

『ありがとうございました』

「そろそろ終わったぽいね」

サッカー班の人達が片付けをしている。

「あ、もう6時か」

「これから翔太先輩の部屋、行くんでしょ?」

「まぁ、」

「ちゃんと甘えておいで!私に接してるようにリードしてちゃダメだよ」

「分かってるよ…」

「まだ髪解けないのに?」

確かに頭では分かってても行動に移せては居ない。人前で髪を解くことには凄く抵抗があっていつもハーフアップにして束ねている。

「そぎゃんこといっちょーな…あ~またやっちゃった。」

「またって?」

「1ヶ月前に優華相手に出ちゃったんだよね、島根弁」

田舎臭くない返事をしたい、ちゃんとそんなこと言わないでって。

「翔太先輩相手じゃなかったんだ。残念。」

残念がってる意味が分からない。田舎っぽさをアピールした所で何があるのかと思う。

「優菜、おまたせ」

向こうで翔太が呼んでいる。いつもの笑顔で手を振っている。

「あ、じゃあ私先行くね」

「うん。また後でね」

翔太の所へ行くとまだ練習で流した汗が頬を伝っていた。

「翔太お疲れ様。」

「どうだった?今日。」

「久しぶりだったけどシュートも本数増えてたし、すごかった。」

「そっか。見てくれるの久しぶりか」

久しぶりに優菜と翔太は一緒に帰った。あの一件があって中々一緒に帰れなかった分、凄く2人は嬉しそうで楽しそうだった。翔太の部屋に着くと翔太は引き出しをあさりだした。いかにも男らしい部屋でインテリアも必要最低限の物しか無い部屋、そして翔太は引き出しからネックレスを取り出した。

「翔太それって…」

告白された時プレゼントされて別れようと言った時返したネックレスだった。もう二度と目にすることはないと思っていた。

「うん。今度は堂々と着けてくれるよね。」

「うん。ねぇ、着けて」

翔太がつけてあげたネックレスは決して高くないけど優菜の胸の中で光っていた。

「ありがとう。大切にする。翔太からの初めてのプレゼント」

「今度は返さないでね」

「もちろん!」

そこで翔太はお茶がない事に気づいた。お客さんなのにと焦ると

「良いよ、そんな気を使わなくて」

と言われた。

「ゆっくりしてって欲しいしさ」

「じゃあ、せっかく翔太の部屋来たし、お茶飲んで行くね」

優菜がゆっくりしていってくれると聞いて翔太は早速お茶の準備を始めた。

「ごめん、散らかってて」

「ううん。男の子の部屋って感じで新鮮で面白いよ。やっぱり高嶺薔薇に居るとどこも女の子らしい可愛い部屋になるんだよね」

「そうか。僕からしたらこれが当たり前だけど、優菜からしたら面白いんだ。はい、お茶。」

「だんだん!」

「え?」

「あ!」

「可愛いな、優菜。どこ出身?」

「島根県。だんだんはありがとうって意味。」

「島根弁かー。すっごく可愛い。」

「いつも出ないようにしてるんだけど翔太と2人きりだからかな?出ちゃったね」

「ね。島根弁隠してるなんてもったいないと思うよ。可愛いのに…」

「はちかしい。」

「可愛いなー」

そう言って頭をなでなでされると何か吹っ切れたようにふにゃーと翔太にくっついた。

「…翔太の方言も聞かせてよ」

「優菜、めんこいだべさ」

「めんこい、だべさ?」

「うん。北海道弁で優菜、可愛いねって言ったの。」

「北海道なんだ。遠いなー、島根からだと」

「だね、北海道で平凡に高校生してたら優菜にも会えなかったんだもんね。」

「そっかー。島根から出てきたから翔太に会えたんだもんね。」

時計を見ると6時50分。

「ねぇ、そろそろ帰ったほうがいいんじゃない?」

「えー、もっと翔太と居たかったなー。」

「ご飯食べれなくなっちゃうんでしょ。」

「うん。」

「また明日会えるから。今日は帰ったら?」

「そうする。」

「もし寂しくなったら連絡して。」

「うん。じゃあね」

「また明日。」

そして優菜は高嶺薔薇寮へ帰っていった。部屋のドアの前には翔太のルームメイトの祐が二人の世界を壊しちゃいけないと出てくるまで待機していた。翔太と親友だからこその気遣いであり、応援でもあった。それからというもの優菜と翔太はより、仲を深めていった。お互いの部屋を行き来することもしばしばあったが5月11日だけは違った。咲楽の誕生日は優華とお祝いの準備で優菜も忙しかった。咲楽が勇斗と一緒に帰って来てお祝いして大騒ぎだ。そんな1日はすぐ過ぎてテスト期間、優菜も毎日勉強の日々。この日も翔太と勉強だ。

「ねぇ、ここ教えて」

「数学?あ、これは中3で習う2次関数だね。xの変域が−4≦x≦2だから、y=−x²にそれぞれ代入して、まず、−4の方が−16でしょ、で、2の方が−4だから−16≦y≦−4が答えだよ」

「ありがとう。あ、今お茶入れるね」

「あ、良い?」

最近は翔太と勉強することが多くなった。今まで1人だったのに毎日一緒にいてくれる人が出来てやっと優菜にも春が来た感じた。

「お茶、どうぞ」

そう言って優菜が勉強している翔太の左側にコップを置くと翔太は優菜を見るように斜め左上を見た。翔太の左手がすぅっと伸びてきて優菜の頭に触れた。『ありがとう』と一言いい、翔太は頭を撫でると手の位置を少しずらし、優菜の頭をゆっくりと引き寄せた。唇が重なったのは決して唐突なことではなかった。付き合い始めて少しずつ少しずつその予感を感じさせていた。優菜も翔太の行動に抵抗すること無く、その時の流れに身を任せていた。

「今日の優菜凄くいい匂いするね」

「あ、分かる?翔太がこの匂い好きだって言うから香水変えたの。」

「そうなの?いい匂い」

これが優菜の初キスだった。柔らかな唇同士がふれあい、重なったのは翔太にとっては小さなことかも知れない、でも優菜にとっては一生忘れないくらいの大きなものだった。

「ねぇ、翔太。相談があるんだけど…」

「何?」

「私高等部でも演劇やりたいと思ってるんだけど、いざ明日からってなると4月みたいなことにならないか不安で。もちろん、咲楽とか優華とか昔から仲良い楓香先輩とか居るけど。」

「大丈夫だよ。優菜は優しいからそんな優菜のことまだいじめてくる人なんて居ないよ。それにいざっていう時は僕が優菜のこと守るから」

優しい笑顔でそう言ってくれる翔太が居るだけで何だか力が湧いてくる。

「うん、ありがとう」

優菜が帰った後翔太は姉と待ち合わせて話をした。翔太の姉、高橋朱音は同じ松陽学園に通う高校3年生。演劇班の班長をやってる。

「翔太、なした?恋の悩み?違うか。今は1つ後輩彼女と上手くやってるもんね。」

恋の悩みというのをすぐに否定した姉ちゃんは少し羨ましそうだった。自分も彼氏が欲しいというように。

「姉ちゃん…実は恋の悩みなんだ。1ヶ月前に僕と優菜の事でちょべっとあっただべ?んでね優菜、劇班入るっていうから班内いじめ起こらないようにして欲しくて」

「私に監視してろってこくの?」

私に監視して言うのとおかしそうに言う姉ちゃんが少し気になったが今はそこは突っかかる所ではない。

「そうじゃなくて、こかれてたら注意してほしいっていうか」

「そんなの翔太の彼女でも違っても後輩だからするよ」

「ありがとう、姉ちゃん。」

「でも、なした?今までこんなに彼女のためにはっちゃきこいたこと無かったのに。」

確かに今までの僕はこんなに一生懸命になったりしてなかった。適当に彼女が居て適当に一緒に居れば良いかなくらいに思ってた。

「…はっちゃきこけれる彼女を見つけたからかな」

「彼女の事わやくちゃめんこいだべ?」

「めんこい。わやくちゃめんこい!」

そう口にしてみたけれど可愛すぎて言葉では表せない、そう思う。

「大事にしてあげなよ。めんこい彼女の事」

「もちろん。」

翌日。新入生9人が入って今年度の演劇班が本格スタートした。発声やタンギングの合間には優菜の正体に気づく子も居た。皆気づくと口々にこう言った。

翔太先輩奪った人だよ。後輩なのに生意気だよね。自分だけ翔太先輩に守られちゃって。いい気になってるんじゃないよ。

それに対して朱音はこれから一緒に劇作っていく仲間なんだからお互い仲良くしようよ、とだけ言った。たった一言だったけど皆口を閉じ、静かになった。一時的なものかも知れない、でも優菜は班長である朱音先輩が味方してくれたことが嬉しかった。

「朱音先輩、さっきはありがとうございました。」

「別に気にしないで。班長としてやるべきことをやっただけだし。」

「でも、あ〜ゆう時味方が少なかったから嬉しかったです。」

朱音は言うべきか少し迷ったあと本心を口にした。

「…皆からしたら悪者かも知れないけど、私からしたら恩人だから。」

「私先輩に何もしてませんよ」

「弟をあんなに熱い人にしてくれたじゃない。私達2人、親に良い学校に入って良い会社に就職してっていうのを望まれてきた。特に翔太は男の子だから親のプレッシャーも凄くって、だから勉強して松陽に入ったけど、いつもなんかつまんなそうでさ、サッカーだって実は親に内緒でやってるし、彼女だって作っちゃいけない事になってる。それでも彼女、何回か作ったけど、あんまり長く続いてなかったし、あんな放送しちゃうくらい一生懸命でもなかった。でも翔太あなたに会ってから変わったの。毎日楽しそうで、北海道から出てきて始めてくらいに心から笑ってる。本当はやっちゃいけないのは分かってるけど楽しそうにしてるの見ると止められない。」

「そうだったんですか。朱音先輩はお姉さんだったんですね。」

翔太の過去や事情を聞いて朱音先輩の熱い思いを聞いて優菜は姉である事実を確認することしか出来なかった。

朱「うん。だからこれからも翔太を支えてあげて。私はずっと翔太の笑顔を見ていたい。その笑顔を引き出せるのは今はあなたしか居ないから。」

「はい。」

そこに練習終わりの翔太が来た。相変わらず汗がにじんでる。

「おまたせ!あ、姉ちゃん、なした?」

「なんも、なんも。優菜ちゃんとくっちゃべってただけ」

「なんかあるだべさ。いつもげれっぱまで居ないだべさ」

「何もないって。じゃあ。」

翔太は帰る朱音の背中に向かってまだ諦めてないようにつぶやいた。

「なんかあると思うんだけど…」

「朱音先輩、翔太の事が心配なんだよ。朱音先輩言ってた。最近の翔太は凄く楽しそうだって。」

優菜から朱音の本心を聞いた翔太はずっと見ててくれたんだと嬉しくなった。

「姉ちゃん。」

「ねぇ、帰ろうよ。」

「あ、そうだね。」

そう言って手を差し出すと優菜も手を重ねてきた。もうそれが当たり前になったけれど翔太は好きになった人が隣りにいてくれる幸せを改めて感じた。

1ヶ月はあっという間に過ぎていった。6月23日。今日は優菜の誕生日だ。咲楽は優菜や優華に内緒でパーティーの準備、翔太も朱音に相談に乗ってもらってプレゼントを選んだ。

「翔太、おはよ。」

「おはよー。久しぶりだね。練習見ててくれるなんて」

「たまには…」

と言っても最後の10分くらいだけれど少しでも見れたのは良かった。

「今日どうだった?」

「シュート、カッコ良かったよ。」

「ありがとう。前と比べたらシュート率落ちちゃったけど」

「大丈夫だって!…ねぇ、それより私に何か言うことない?」

次の瞬間優菜は抱きしめられた。抱きしめられたままそっと耳元で優菜、お誕生日おめでとう。とささやかれてこんな事されたこと無かったし、まず予想もしてなかったからすっごく嬉しかった。この力で1年頑張れる気がした。翔太の腕の中で優菜はそっとありがとうとつぶやいた。

「優菜放課後、部活ある?」

「うん。」

「そうか。じゃあそしたら6時20分に生徒昇降口で良い?」

「いいよ。6時20分ね。」

「優菜ー」

優華の優菜を呼ぶ声が聞こえた。それが翔太の腕の中から現実世界に引き戻す。

「じゃあ、放課後ね。」

「うん、じゃあね」

「優華、咲楽〜」

「優菜、ほんとうまくいってるね」

そういう咲楽に仕返し。

「咲楽こそ、この間練習試合の時1つのお弁当2人で分けてたくせに。」

「それは…優菜だって同じでしょ。」

「それより何話してたの?」

「秘密❣」

「なんか良いことあったでしょ。」

「優菜顔がニヤけてる!」

「秘密秘密!それより優華、今日もう夕陽君に会った?」

「まだなの。」

そう、今日は双子の優華の誕生日でもあるのだ。

「あ、夕陽くん来た。優菜行こ。」

「先行ってるね」

優菜&優華の16歳の誕生日が始まった。授業だって、先生の長ったらしい話だって、いつもは退屈なのに凄く楽しく感じられた。優菜も優華も放課後が楽しみだった。放課後には彼氏が待っている。放課後には溢れんばかりの幸せがある。でも、その前に部活。今日の部活では文化祭の役柄発表がある。今年の劇は『転校生と私』というお芝居。成績や自分のルックスに自信を持つ転校生菜々美は転校先で上には上が居ることを知り、みじめになる。そんな菜々美を見てクラスでは目立たない方の晴奈は自分に重ね、声をかけるが…という内容で久しぶりの学園ものだ。主人公から順に発表されていったが当然3年生や2年生の先輩ばかり。翔太の姉・朱音は菜々美役で呼ばれた。先輩が呼ばれていく中で優菜の名前が呼ばれた。音響担当だ。優菜にとっては最高のポジション。今年も出来るのかと嬉しくなった。優華と咲楽もそれぞれ照明担当ではあったが、名前が呼ばれた。中にはどの担当にもなれなかった1年生も居たので良かったほうだった。それから時間が経ち、班活動終了時刻。演劇班も活動を終了して解散となった。優菜が生徒昇降口に行くと、まだ翔太は来てないようだった。すると急に目の前が暗くなった。

「だーれだっ」

「翔太?」

「あたりー。なんで分かったの?」

「声で分かった」

「バレないかなーって思ったんだけどな。」

「翔太の声はすぐ分かる」

「じゃあ今度はバレないようにしよ。」

翔太は少しムキになっていてなんだか愛おしく思えた。

「これ。誕生日プレゼント、気に入ってくれるかな?」

「何?開けていい?」

「良いよ。」

「あー!やったー!」

そこには優菜が密かに欲しいと思っていたテディーベアがちょこんと座っていた。翔太は決して狙った訳じゃなくてこれなら歓んでくれるかな?くらいだったので喜んでくれたのが凄く嬉しかった。

「気に入ってくれた?」

「うん!毎日、これを翔太だと思って、ギュってするね」

「じゃあ、もうこれあるから夜も寂しくないね。」

「うん。」

優菜は宝物のようにテディーベアをかばんの中にしまって、翔太といつもの道を歩いた。その頃中庭では…

「聞いて欲しいことがある。…別れてほしい。やっぱり優華とは友達でいたい。俺にとっては女性として特別な存在って言うより、凄く仲良い女友達って感じだから。」

「……」

「これからも友達としては仲良くしていこ。」

「……分かった…」

「じゃあ、また明日」

優華は何も答えられなかった。ただただ頭が真っ白でしばらく何も考えられなかった。少しして落ち着くと悲しみと絶望で一杯になった。朝、放課後中庭に来てって言われた時はプレゼントをくれると思っていた。一日中どんなプレゼントだろうと楽しみにしていた。その気持ちはどこへ行ってしまったのだろう。誕生日プレゼントは別れようという言葉だった。もう彼氏なんかいらないと思った。


「翔太、今日はありがとう。こんなプレゼントまで。」

「優菜が気に入ってくれて良かった。」

「また明日、翔太の部屋行くから。じゃあね」

「優菜待って。チュッ…僕からの、もう1つの誕生日プレゼントだよ。」

「…ありがとう。」

優菜は翔太の愛を受け取って部屋へ帰った。今まさに幸せと呼べる時間だろう。部屋に入った瞬間クラッカーが鳴って、咲楽のお誕生日おめでとうという声が聞こえた。翔太の朝のおめでとうで満足していたが、今考えてみると咲楽からは言われてなかったと思う。サプライズで用意してくれていた部屋の飾りは決して多くはないが精一杯優菜と優華の誕生日をお祝いしているようだった。

「優華ちゃん、まだ帰ってきてないんだよね。」

「夕陽君といちゃいちゃしてるんじゃ無いの?」

「でも、電話一本無いよ?」

「いちゃいちゃしてれば時間も忘れちゃうでしょ?」

「まぁそうだね。」

「下手に心配して電話かけて、空気壊しちゃったりしたら可哀想でしょ。」

確かに2人で楽しく会話しているのに電話が鳴ったら嫌だ。そして、会話は次の話題に。

「何?そのぬいぐるみ。」

「翔太がくれた誕生日プレゼント」

「へぇ~翔太先輩センスいいじゃん。可愛い!」

「ねえ〜」

『プルルル プルル』

スマホが鳴った。

「もしもし」

電話の相手は翔太だった。なぜか焦っていて落ち着きがなかった。

「あ、優菜?どうしよう」

「どうしたの?翔太。」

「姉ちゃんが僕に彼女居るって親に喋っちゃった。」

「えっ?どうするの?恋愛と班活、本当は許されてないんでしょ。」

「どうしよう」

2人ともしばらくの間黙った。必死に何か解決策がないか考える。

「…じゃあさ、彼女って言っても勉強一緒にやるくらいの仲ってことで良いんじゃない?それなら許してくれない?私だって勉強できないわけじゃないし、」

「え?いいの?それで。」

勉強をするだけの仲、それは一歩間違えば女友達ということになる。それを提案されて少し驚いた。

「翔太のお父さん、お母さんの前ではそれでも良いよ。実際に勉強だけの関係にならなければ?」

「ありがとう。じゃあ協力してね」

「良いよ。翔太のためだもん。」

「明日、勉強道具持ってきてくれる?親来るから。」

「良いよ。勉強友達が行くね(笑)」

「待ってるよ」

「じゃあ、おやすみ」

「大好きだよ。」

『プツッ』

照れたのかすぐに電話は切られてしまったが翔太の声は優菜の耳に残っていた。

「何したって?」

「え?」

翔太にうっとりしちゃって聞こえなかった。

「だからどうして翔太先輩か電話かけてきたの?」

「あぁ、親に彼女いるのバレたって。」

「バレちゃいけないの?」

「本当は翔太恋愛も班活も親に禁止されてるんだって。勉強だけして大学まで行って良い会社に入りなさいって」

「で、彼女がバレた…」

「そう。だから翔太のお母さん達の前では、私はあくまで勉強友達、キスとかそんな事してないです、っていう設定。」

「キス!?したの?」

「うん。今日も帰り際に…」

「キス、私もした事あるなー」

「え!?この流れはした事ないなーでしょ、普通。」

「まあ、そういうことだからさ。っていうか、いくら何でも優華ちゃん遅いね。」

「優華に電話して見る?」

「うん。」

『プルルル プルルル プルルル』

優華のスマホに電話したけれど優華は出なかった。

「門限まで後10分なのに…」

「だったら違う方向から攻めるか」

「どういう事?」

そして優菜はおもむろに分厚い本を取り出した

「これ。中等部からの同級生の電話番号一覧表。ここに夕陽君の番号も載ってるはず…あった!」

「優菜ちゃんすごい!」

「これでも元学年長ですから。あ、かかった。」

「え?」

「もしもし、夕陽君?安藤優菜です。」

「あぁ元学年長の。」

「はい。あの、優華のことで聞きたいことがあるんだけど、今一緒?」

「いいや。もう10分以上前に帰って行ったけど。」

「そうなんだ。もうじき門限なのにまだ帰ってきてなくて、今日何かあった?」

「…友達に戻りたいって言ったことかな?」

その瞬間優菜は頭にきた。親友としてそして姉妹として守らなきゃいけないと思った。

「はぁ?友達に戻りたいって言ったんですか?」

「はい。」

夕陽が冷静なことがまた頭にくる。

「しかも今日。」

「はい。何か問題ありました?」

「大問題ですよ。だって優華はまだあなたのことが好きなんですもん。」

「でもこれ以上彼女として接するのは…」

「それでも今日は避けたほうが良かったと思いますよ。」

「何でですか?」

「それは、優華の誕生日だからです!」

「え?あ!あぁ〜」

「誕生日プレゼントが別れ話なんて辛すぎるでしょ。」

「タイミング間違えましたね。」

「大間違いですよ。もう良いです。優華はこっちで探しますから。」

『プツッ』

夕陽に問い詰めると様々なことが分かりなんとなく部屋に帰ってこないことも予想された。

「最悪。」

「なんとなく聞いていて理解した。最悪、最低。」

「探し行こ。」

「でも時間が。」

もう門限まであと5分だ。時間が無い。それでも大切な優華が帰って来ていないこの状況で捜しに行かない選択肢はなかった。

「咲楽、おばさんに事情話して説得させて。私先に探してるから、説得できなかったら咲楽は出てこないで、咲楽まで入れなくなるなんて困るから。もし説得できたら一緒に探そう。でもどっちみち1回電話して。」

優華の行方を探して大捜索!と共に咲楽の説得が始まった。優菜は行方を探して色んな所に行った。まず、公園。双子であることが分かった時来たあの公園だ。そして学校。広い敷地内、幸運な事に先生が残っていて、事情を話したら入れてくれた。校舎内も隅々まで探したが、居なかった。ちょうどその頃。咲楽が説得に成功した。おまけにおばさんも一緒に捜索してくれるそうだ。それを電話で知った優菜は進行状況と他に行きそうな所をいくつか挙げた。夕陽君の部屋の前、双葉葵寮内、カフェ。それぞれを捜索したがどこにもいなかった。もうどうしょうもなくなっていた時、優菜のスマホが鳴った。プル プル プル プル見慣れない番号だ。

「もしもし、」

「もしもし、優菜?」

かけてきたのは優華と優菜のお母さん、優希だった。

「優希さん。どうしました?」

「優華にかけても全然かからなくって」

「そうですか。」

やはり優華はスマホの電源を切っている。そうなると探すのは困難になる。

「なにか変わった…あ、ちょっとお客さん来ちゃったみたい。待っててね。」

優希さんの家のチャイムが鳴った。その音を聞いた優菜はあることに気付く。

「あ!」

「どうした?」

「千葉だ。」

そう。優華は千葉に帰ってしまったのかも知れない。誕生日にフラれたのだ。そして明日は休日、この状況じゃ帰りかねない。

「え?」

「優華、誕生日にフラれていやになって千葉に帰ったんだよ。だからどこ探しても居ない。」

「確かにあの状況じゃ帰りかねないし、お金だって持ってる。」

優希さんが電話口に戻って来た。急いで優華のことを伝えた。すると優希さんも力を貸してくれた。もし千葉に帰ったとしてどこに居るかを教えてくれた。また何かあった時に連絡を頼み、電話を切った。

「私、これから優華探しに千葉行ってくる。」

「もしかしたらいないかも。」

「そのために咲楽が居るんじゃん。咲楽は引き続きココらへん探して。」

「分かった。行ってらっしゃい」

優菜はいくつも電車を乗継袖ヶ浦に向かった。行き方は知っていたけど、実際に袖ヶ浦に行くのは初めてだった。言われた通り優華の実家の近くの公園に行ってみることにした。途中優華が子供の頃よく食べたというケーキを買って。行くと、優希さんに言われた通り優華が居た。真剣ではなく少し崩したノリで話しかけてあげた。

「なーにしてるんだよっ」

「優菜…」

「食べる?せっかくの誕生日なんだしさ、」

「うん。」

やっぱり落ち込んでいたけどケーキを食べて少し元気になったようだった。優菜はこのケーキを食べるのははじめてだった。

「あ、これ。美味しいね」

「でしょ。私も久しぶりに食べたけど、やっぱこのケーキ落ち着く。」

「やっぱり誕生日はケーキ、かな?」

「ねぇ、なんで私がここに居るって分かったの?」

「女の勘ってやつ?」

もしかしたら千葉かもという優菜の勘、千葉なら公園かもという母の勘がまさに合わさったものだった。

「そっか。」

「みんな心配してるんだよ。咲楽もおばさんも。あ!LINE入れとかなきゃ」

『優華と会えました。今から少し話して今日はこっちに泊まりかな?って感じです。まあ、とりあえず見つかったので安心して下さい。』

しばらく沈黙が続いた。もう6月下旬で寒くはないけれど暗いし、早く建物の中に入ることが必要だと考えられた。

「今日の所は優希さんの家泊めてもらお?」

「……」

「ちゃんと連絡はとってあるし。」

「いいよ。行かない」

「何で?」

「もう人と関わりたくない。ほっといて。」

「ほっとけないよ優華のことは。」

「なんでよ。私がこんな迷惑かけたのにまだ世話焼くの」

「優華とは双子だし、親友だしちゃんと心に寄り添い合ってあげたいと思ってる。咲楽以上に」

咲楽以上に。その言葉が優華の心に深く突き刺さった。今まで咲楽が甘えん坊で幼かったせいで1番しっかりしている優菜は咲楽の世話ばかりしていた。咲楽が悩んでる時はとことん寄り添ってあげていた。だから優菜にとって1番思っているのは咲楽だと思っていたから嬉しかった。だけど優華は反発してしまった。

「でも優菜に私の気持ちなんて分からない。優菜は優しくてカッコいい彼氏いるでしょ。」

「優華にも優しくて、可愛くて何でも笑えるような最高の親友が居るじゃん。」

優菜にやられた。確かにと納得するしか無くなった。

「……」

「だから、彼氏にフラれたってフッたこと後悔させるくらいいい女になってやろう位の気持ちでいなきゃ。」

「…そう、だね。迷惑かけてごめん。また明日は向こう戻るから」

「今日は優華の実家行こうか」

「うん。」

優希さんは2人の事を歓迎してくれた。優華の誕生日を久しぶりにお祝いできること、そして何より優菜の誕生日を初めて一緒にお祝いできることが優希にとってとても嬉しかった。優華にとって一時は最悪の誕生日になったが、優菜や咲楽のおかげで親と過ごせる最高の誕生日になった。

「ねぇ、優華?」

「何?」

「小さい時の誕生日もこんな感じだった?」

「うん。もちろん、母子家庭だったから毎日お母さんの帰り遅かったけど、誕生日の日だけは違って早く帰ってきてくれて、それが嬉しかったな。」

「良いなー」

「違ったの?」

「お父さんは私の誕生日でも仕事を早く終わらせて帰ってきてはくれなかった。いつも9時過ぎた頃帰ってきてたからほとんどお父さんと遊んだ記憶なんて無いや。」

「そっかー」

優華は優菜がなぜこんなに強いのか分かった気がした。それと同時に本当は弱い優菜が少しだけ見えた気がした。

「だから初めて咲楽にお祝いされた時正直意味分からなかった。その歌何?とか誕生日ってお祝いすることなの?とかww今までただ年齢が1つ上がるだけのものだったから」

「確かに。あの時なんかテンパってたもんね」

「うん。めっちゃ頭ごっちゃだった。」

優菜はあくまで笑い話として語る。けれどその言葉の裏にはとても大きい、大きすぎるくらいの悲しみが潜んでいるのだと思う。

「2人とも、お母さんも一緒に寝て良い?」

「いいよ、お母さん。」

「あ!」

「優菜!」

「呼べたね、お母さんって」

「うん、なんか誕生日をお祝いされたら心境が変わった。やっぱ、誕生日って凄いんだね」

「お母さん、一緒に寝よ。」

「うん。2人とも久しぶりだね。こうやってお母さんと寝るの。」

「何年ぶりだろう」

「6年ぶりとか?」

「私はー…覚えてないや(笑)」

「本当に久しぶりだね」

「ねぇ、優菜。」

「何?」

「明日いつ帰る?」

「私は明日朝イチで帰らなきゃなんだけど、優華は午後でも良いよ。」

「また彼氏とデート?」

「優菜彼氏いるの?」

「優華だって居たもんね。」

「フラれたけど、今日。」

「まぁ、アイツと別れて正解だった。彼女の誕生日忘れるようなやつは、ねぇ。」

「彼女大切にしない奴は辞めたほうがいいわよ。」

「それに比べて優菜の彼氏は優しくて、イケメンで、長身で。良いよね〜」

「でもあっちは本当は恋愛禁止されてるからさ。朱音先輩が彼女が居ること言っちゃって、だから明日は本当は彼女居ない、ただの勉強友達だよっていう事で行ってくるから」

「マジで!やばいじゃん」

「まぁ、そこは音響担当だけど一応劇班だし?」

「ひざ下スカートで真面目感出せばそれだけで本当っぽくなるんじゃない?」

「ひざ下ね、あんまり持ってないんだけど」

「お母さんの貸すか?」

「いいの?でもまた明日考える、おやすみ。」

今日は凄く楽しかった。けれどいつまでこの楽しい日々は続くのだろう。悲しみはある日突然訪れる。だからこそ明日も大切に過ごそう。そして翌日。優菜は朝、6時半の電車に乗って寮へ帰った。初めての場所のはずなのに何だか里帰りした気分だった。優華はお母さんともう少し居たいと夕方帰ることになった。スカートは結局借り無かったが、その代わりカーディガンを借りた。返すのはいつでも良いという言葉に甘えしばらく借りておくことになる。

大きい黒縁メガネに白のニットワンピ、蒼緑のカーディガンという普段の優菜は絶対着ないようなファッションに鈍感な女子の格好になった。9時頃ダサめの友達として翔太の部屋に行くと誰?と言われた。私だと分かるとなんかダサいとかキャラを上手く作れたってことだから嬉しいのか素直にダサいは悲しいのか…みたいな言葉を言われた。それでも翔太の親が来るまでは恋人だ。勉強もして、喋って遊んで。この際だからと高2の理科も教えてもらった。外で騒々しい足音が聞こえ、翔太の部屋の前で止まった。

「翔太!」

「あ!母さんだ。じゃあよろしく。」

「はい。」

「はーい」

扉を開けると翔太の母、華が凄い形相で立っていた。その後ろには申し訳無さそうに父、晴久の姿もあった。

「ちょっと翔太どういう事なの?」

「それは、母さん。この子は一緒に勉強しているだけで彼女でも何でも無いんだ。ただ周りが冷やかしているだけで…」

「嘘つき!」

「ちょっと言い過ぎじゃないの?」

晴久の声も届かないようだった。

「あなたは黙ってて!それに、その子、いつもはそんな格好してないんじゃないの?似合ってないわ。」

確かにいつもとは違いすぎて似合ってないかも知れないと思う。けれど翔太がかばってくれた。

「何言うの?僕だけだったら良いけど優菜ちゃんまで…」

「優菜っていうのね」

「あっ、ご挨拶が遅れました。安藤優菜です。よろしくお願いします。」

「優菜さんは何年なの?」

「高校1年です。」

せっかく答えたのにスルーされてすこし失礼だなと思ったが我慢する。

「あっそう。で、翔太。母さん言ったわよね?恋愛はしちゃいけないって」

「言ったよ。だからしてないじゃん」

「本当は優菜さんと付き合ってるんじゃないの?」

「なんでそんなこと言えるんだよ!」

「女の勘よ。まぁ、この際だから言っておけば、あんたなんかが付き合ったら相手は迷惑するだけだわ。その女ともさっさと関係を打ち切りなさい。」

女の勘は鋭い。つい昨日女の勘で優華の居場所を突き止めた優菜はひやっとした。

「母さん、何でそんなこと言うんだよ!」

「初等部の時の女だって迷惑そうだったわ。あなたに女の子と付き合う資格なんてないのよ。」

初等部の時の女。優菜はっとした。実は初等部の女も優菜の事であの時は友達だったけど確かに翔太と仲良くしてた。

「華!なんて事言うんだ。」

「だって本当の事じゃない。」

「華、俺は付き合っても良いと思うがなー。これ以上制限してたら社会人になってから初めて恋をすることになる。そうなったら翔太は世間知らずになってしまって恥ずかしいだろ?だったら学生の頃に思いっきり恋させてやったらどうだ。」

翔太は父にものすごく感謝した。もしかしたら許してくれる。そう思った瞬間。

「そうね。もういいわ。恋しなさい。ただし成績がいい子と付き合うこと、自分の成績を下げないこと。これだけは守ってちょうだい!だからこの女とは付き合わないで。いかにもバカそうだわ。」

馬鹿そうという一言で優菜は我慢の限界を迎えた。

「…私帰る!じゃあ、」

『バタン』

「待って!優菜!」

「あんなの追わないの!」

お母さんの言葉を無視して翔太は優菜を追いかけた。部屋が遠ざかると追いかけてくる翔太に応えるように優菜が向き直った。

「優菜ごめんね、うちの親が。あんな親見たら僕とも付き合いたくなくなるよね」

「ううん。」

「え?」 

優菜の頭にはお父さんが思い浮かんでいた。

「私だって出来れば翔太に会わせたくない親だもん。お母さんとは今の所気が合わないのは確か。この服似合ってないとか、普段こんな格好しないから正しい意見だし、途中までは我慢しようと思ってた。でも成績だけは悪く言われなく無かったんだ。入学してから頑張ってきて翔太と吊り合わないとかそんな事言われながらも成績だけは胸張っていられたから。この成績だけが私の生きる価値を見出してくれてるから」

「そんな事ないよ。今の僕は優菜が居なきゃ存在してない。それくらい大事な存在だし、咲楽ちゃんだって優菜が居たからここまで来れたって言ってた。成績のことはちゃんと母さんにも言っておくけど優菜が生きる価値は他にもいっぱいある。ごめんね。あんな親だけど、もし良ければ今後も付き合ってくれる?」

「もちろん。だけど、今日は帰らせて。」

お母さんと一緒にいるのは少し辛かったけれど翔太と別れるのはもっと辛かった。

「うん、分かった。」

「なんか長くなりそうだね。午後補習行くけどサッカー班に欠席って言っとくか?」

「あー!ごめん。言っといて」

「じゃあね。」

そして部屋に帰ると…

「なんであんな奴追ったんだい?」

翔太は拳に力を込めて思い切って言った。1回反対されたからこそ勇気が必要だった。

「…僕の好きな人だから。」

「だから、あの子は見るからにバカだから辞めときなさいって言ってるでしょ。母さんはあなたの事を思って言っているのよ。」

「母さんはテストで毎回450点以上取る優菜を馬鹿って言うの?」

「450?」

「うん。優菜は学年は1つ下でも、常に学年トップで入学試験は基準点出すために同じ問題解いた先生よりも誰よりも点数高くて先生を超えた人物として学園の話題なんだよ。優菜と付き合い始めて僕も点数上がったんだ。」

「翔太、早くあの子を追いなさい。」

「母さん、無駄だよ。…優菜、さっきの母さん見てすっかり怯えちゃって母さんのことも、その血が流れてる僕の事も怖くなっちゃったみたい。無理やり僕と付き合わせるのも可哀想だから僕も優菜もそれぞれ別の道を歩くことにした。」

「こう言うのを逃がした魚は大きいと言うんだよ」

そうお父さんがお母さんを制した。

「僕も優菜もお互いの事が好きだった。上手く行くかなって思ってたけど、そんなうまく行かないもんだね」

「あーもう!良いわよ帰る!仕事あるし。」

華は明らかに悔しそうだった。

「もう少しゆっくりして行かないか?折角来たんだから」

「あなたはゆっくりしてくると良いわ。私は帰るから。じゃあ」

「またね。」

『バタン』

お父さんは不思議だった。本人は凄く爽やかな嫌な人から逃れたような顔をしていたからだ。

「失恋した張本人は悲しくないのかい?」

「別に。本当は失恋してないし」

その言葉に驚いた。

「どういう事だ?」

「いっつも母さんあーいう感じで僕も嫌だったんだ。だから母さんには良い薬かなって。本当は母さんの事は好きになれないとは言ってたけど、だからって僕の事は嫌いになれないって言ってくれたんだ。」

「いい彼女持ったな。」

「まあ。」

「父ちゃんは嫁さん選びに失敗しちまったからよ、翔太はちゃんと良い嫁さん選べよ。」

翔太は少し驚いた。父さん自身も選び間違えたと思っているんだと。そんな時、部屋のドアがノックされた。

「あ、誰だろ」

「行く?お母さん帰ってくの見えたから、学校行くかなーって」

優菜がいつもの可愛い顔して立っていた。さっきの変装はもうしていなかった。

「翔太。誰だよその子は。可愛いじゃないかよ」

「僕の彼女。」

「お前、2人も彼女居るのか?」

優菜は何がどうなって2人なのか分からなかった。もしかして浮気してる!?なんて思った。

「さっきの子と同一人物なんだけど…」

優菜もやっと理解した。

「さっきは変装というか、してたので」

「改めて、僕の彼女の優菜ちゃん」

「よろしくお願いします!」

「こちらこそ、翔太よろしくお願いします」

「いえ、お世話になってるのはこっちですから。」

「あ、そう言えば翔太、お前学校行くのか?」

「そうだね、行こうか。父ちゃんここに居ても良いから。いってきます」

サッカーの事は相変わらず内緒だけど優菜の事は言えた。そしてお父さんは認めてもくれた。その事が嬉しかった。そして学校の帰りカフェでお茶をした時、いつもは翔太が払うが今日は優菜が払うと言った。いつも払ってもらってるからと。翔太は嬉しかった。金が目当てじゃない、そう分かった瞬間だった。でも、それからは少し距離ができた。優菜が所属する演劇班が文化祭の追い込みに入ったのだ。朝は優華達と登校することになってるから一緒には無理だし、放課後はサッカー班のほうが早く終わる、中々一緒に居る時間がとれなくなった。そんなある日、放課後班活が終わって帰ろうとした時、サッカー班ももう帰ってしまっているからと優華や咲楽と一緒に帰ろうとした時、昇降口に翔太が立っているのが見えた。

「優菜、待ってたよ」

「翔太、どうしたの?」

「最近中々会えないし、一緒に帰りたいなーって思って。」

「ずっと待っててくれたの?」

「うん。だからさ、」

「でも…」

最近は優華と咲楽と帰っていた。翔太も先に帰ってから今日もてっきり帰ったと思って3人で帰る約束をしていた。2人の方を見ると笑顔だった。

「いいよ。2人で帰りな」

そう言ってくれる友達を持ってよかった。

「ありがとう」

そして、文化祭当日。学年も違うし、班活も違うともなると中々予定が合わなかったが、2人とも手が開いている時は一緒に過ごした。1日目にはフリーステージがあった。最初はお客さんとして見ていたのに、MCの人に一緒に居るところが見つかり、いつの間にかステージにあがっていた。2日目。高等部演劇班の発表があった。翔太に音響をほめてもらって優菜は上機嫌だ。3日目、体育祭では翔太が大活躍。優菜にかっこいいところをちゃんと見せられた。2人にとっても皆にとっても今年も楽しい文化祭になった。そして、夏休み。グループデートで海に行った。優菜と咲楽、優華。そして、翔太、勇斗はもちろん祐と言ったサッカー班のメンバーも一緒だ。海、中々行くことがないから新鮮だった。みんなで海に出ると、きゃ、冷たい! 見て!貝殻あるよ。等と大騒ぎだ。いつも学校かカフェ、寮の3ヵ所に縛られていたのが一気に行動範囲が増えたように思えた。優菜も翔太と一緒に海を満喫していた。そんな中翔太は水着の胸元でキラキラと光るものを見つけた。

4月、プレゼントしたネックレスだった。

「あれ?今日そのネックレス付けてくれたの?」

「え?貰ってからは毎日付けてるけど。」

「学校の日も?」

「うん。制服でいい感じに隠れるし、先生にも見つからないから」

「そんなに大事にしてくれてたんだ。」

「もちろん。翔太からのプレゼントだもん。」

海から帰る頃には優華も寂しくなくなっていた。彼、までは行かないけれどたくさんの男友達が出来た。そして新学期。優菜たちの学年に転校生が来た。

「今日から皆さんと一緒に生活させてもらいます。込山心音です。よろしくお願いします。」

「皆仲良くしてあげて下さい。クラスは3組です。」

先生がそう言った。3組。優菜達3人も所属するクラスだ。

「何か危ない匂いしない?」

「どういう事?」

「4月頃のみんなの匂い」

「優菜にとっては大敵じゃん」

そう、高校生になったばかりの4月は翔太とずっと一緒に居ることなんて出来なかった。

「不安だなー。」

「大丈夫だって。」

「そう。いくら釣ろうとしたって翔太先輩は釣れないでしょ」

「そうだね。…あ」

翔太がそこに現れた。今でも翔太が来れば歓声が上がるが、優菜がイジメられることはなくなった。皆が彼女と認めてくれて彼女の居るアイドルとして今は人気だ。だから今の優菜は歓声は翔太が来た合図くらいに思えるようになった。でも心音の場合違う。転校してきて間もないからもちろん自分の物にしようとした。早速翔太の所に駆けていって自己紹介し始めた。

「今日転校してきた込山心音です。よろしくお願いします。あなたはお名前なんて言うんですか?」

「高橋だけど?それより今日は違う子に用があるんだ。失礼します」

「どう見てもこの中で私が一番可愛いのに?料理は完璧ですし、洗濯とかもお任せください!って聞いてます?」

「んーまぁ。じゃあ僕はもう行くよ」

コンパスを忘れた翔太は心音が喋ってる間に優菜にコンパスを借りて颯爽と帰っていった。

「高橋だけど?だって。」

「高橋しか言わないなんて」

「イケメーン」

親友の彼氏で夏休みには一緒に海まで行ったのにまだテンション上がるかと逆に2人の事を尊敬してしまう優菜だった。そこに心音が帰って来て優菜達に問いかけた。

「ねぇ、あの人何年何組?」

「え?私達に聞いてる?」

心音は事情は知らないにしろ、翔太の彼女とその親友に聞くことか?普通と思いながら問い返した。

「そうよ。仕方なくあなた達に聞いてあげてるんだから答えなさいよ」

上から目線がイラッとして少し意地悪してみる。

「聞いてあげてるって答えた所で私達なんの得にもなら無いんで、良いですか?答えなくたって。」

優菜もそこに加勢する。一見親切に見える答えを言った。

「ちょっと優華!意地悪しないの。確か2年生だったと思います。組は…ごめんなさい。覚えてないです。」

「ありがとう。」

心音はご機嫌で帰って行った。帰っていったことが確認できると咲楽と優華からの総ツッコミが。

「…っておい!」

「私に注意しといてそれかよ。」

「彼氏のクラス知らないわけ無いじゃん」

「まぁ、答えてあげただけまだ優しいでしょ。だってあのまま素直に近づけたらやばいじゃん。」

「じゃあなんで近づけたの?」

「それは、翔太を信用してさ、翔太は行ったって大丈夫。」

「ホント仲いいし、信頼関係バッチリだしなんか理想だよね」

「でも、喧嘩だってするし、何度か危機あったよ。それでも最後はお互いを信じることが大切。」

「名言!」

「咲楽も危ないんじゃない?翔太がダメなら勇斗くん行くんじゃない?」

「あ~やばい!」

「いつも以上に交流を大切にしないとね」

「優華だって彼氏候補取られちゃうよ」

「やばい!やばい!」

「ホント魔性の女。」

その後、魔性の女・心音はまた優菜達の所に来た。

「2年生の教室には居なかったわよ。どういう事?」

「確かに2年生ですよ。職員室かどこかに行ったんじゃないですか?」

「でも、彼は私がGETするんだからあんた達は手、出さないでよ。」

「でも私、」

「言い訳無用!」

と言って行ってしまった。手を出すなって私彼女だし、こっちのセリフだよ!と思って何だかもやもやが残った。そして次の休み時間、翔太がコンパスを返しに来た。やはり見つけるとすぐに心音は駈け寄った。

「高橋セーンパイ♡」

「ごめん。優菜呼んでくれる?」

「はい。…優菜さん、高橋先輩が呼んでますよ。くれぐれも失礼の無いように!」

「はあ…。」

優菜はもう半分呆れていた。

「優菜、ありがとう。助かった」

「どういたしまして。それよりあの子に気移りなんてしないよね」

呆れてるとはいえいつか奪われるんじゃないかと不安だった。

「大丈夫だよ。僕の中で一番はいつだって優菜だから」

優菜の目を覗き込んでそういう翔太の声は真剣で凄く安心した。

「良かった。」

「じゃあ、放課後に昇降口で。」

最後に優菜頭をポンポンして教室に戻っていく翔太を心音も見逃してはいなかった。

「ちょっと、どう言うこと?手を出さないでって言ったよね?」

「だから、」

彼氏だと言おうとした。けれど心音は心音で必死だ。

「言い訳は聞きたくない。もうあの人と話さないで」

「……」

優菜が困っていると優華が助けてくれた。

「ねぇ、あなたよくそんな事言えるね。恥ずかしくないの?」

「どういう事かしら?私は成績優秀、可愛くて男の子に甘えるのも上手い。高橋先輩の恋人にぴったりじゃない。」

「あなたが来る前から恋人くらいいるわよ。高橋先輩には」

「なら、力づくでも奪ってやる!」

咲楽も来てくれた。

「相手は成績は常に450点以上、可愛くて、家事は完璧。特に料理なんて健康志向で美味しいものが作れるものだから高橋先輩だって彼女の料理が大好き。何より彼女の方が好きで告白したんじゃなくて高橋先輩が大好きで告白したから想いはそう簡単に揺れないと思うよ。それでも大丈夫?」

「だ、大丈夫よ」

「ふーん。頑張ってね」

それから心音に奪われる心配もありつつ、翔太との幸せな恋人生活を送っていた。そして実は中々心音が話を聞かない&帰り際会わないことから翔太の恋人が誰だかを心音はまだ知らない。そんな中10月4日、翔太の誕生日が来た。いつもは朝を優華と咲楽との時間に当てている優菜も今日は優華と咲楽に断って朝練で早く登校する翔太と一緒に登校することにした。

「翔太、おはよ。」

「おはよ…あれ?」

「お誕生日おめでとう」

「ありがとう」

「今日はお誕生日の翔太のことお祝いしたいなって」

「一緒に登校する?」

「もちろん。ねぇ、誕生日プレゼント欲しい?」

「今くれるの?くれるんだったら欲しい」

「はい。」

「開けていい?」

「いいよ。フフッ」

「さては僕が喜ぶものだな?おおー!嬉しい」

プレゼントはプーマのスポーツタオルだった。サッカー内緒でやっている翔太。中々アイテムも揃わないからと好きなメーカーを探ったのだ。

「ありがとう。」

そう言って抱きしめられた。

「ねえ、苦しい。ねぇ、」

「良いだろ?」

「嬉しいけど…やっぱちょっと苦しい!」

その苦しさは本当は心音に取られてしまう心配から来ていた事を後から気づいた。でもこの時はなぜだか苦しいとしか思えなかった。学校に着くとサッカー班の人達はまだ数人しか居なかった。翔太は自主練習すると早めに校庭に出て行った。

「行ってらっしゃい」

「おう。いってきます」

その日、やっぱり心音が気になった。やっぱり相手の誕生日って奪われる可能性が高くなる、そうすると怖い。でもその心配はいらなかった。心音が翔太の誕生日を知らなかったのだ。今日誕生日だという事をクラスメイトに教えてもらっていた、するとすぐに騒ぎ出した。朝会ったのにおめでとうって言えなかっただの、プレゼント用意してないだの…でも次の瞬間優菜がビクッってなった。プレゼントを一緒に買いに行くと言い出したのだ。そうなると優菜は一緒に帰れないじゃないか。それでも結局大丈夫と思えるのは翔太だからだろう。そして放課後。サッカー班の活動を見てると心音もそこに来た。諦めていないようだ。

「優菜さん、今日はなんの日でしょう」

私の彼という事を知らず質問してくる心音を見ていると逆にもう笑えてくる。面白いという感情を全力で抑えて冷静を装った。

「あなたが大好きな高橋先輩の誕生日。」

「あなた、知ってたのね」

少し驚いていた。今だと、思い切って事実を伝えてみた。

「まあ、付き合ってるし知ってて当たり前、かな。」

「付き合って、いる?」

戸惑ってる心音に付き合ってあげる。

「うん。」

「あなたと高橋先輩が?」

「その通り。私の彼氏は奪わないでくださいね」

心音は信じられなかった。まさか2人が付き合っているなんて。でもその後もっと信じられないことが起こった。練習を終えた翔太先輩が近づきてきて優菜にキスをしたのだ。凄く幸せそうだった。こんなにも高橋先輩が近くに居るのになぜだか嬉しくなかった。

「あ、唇乾燥してる。私のだけどリップクリーム使いな」

「ありがとう」

翔太は迷わず優菜のリップクリームを使った。心音はもう倒れそうだった。心音はもう優菜にはかなわないと思った。そして季節はあっという間にクリスマス。普段勉強を頑張っている生徒達にと、高等部の先生達がディズニーに連れて行ってくれることになった。と言っても基本自由行動。こんなおいしいことはない。

「お金なくってどうしようかと思ったけど、良かった。これで優菜とクリスマスデートできたね」

「私は、翔太と居られるだけで満足だから。」

「何か乗る?」

「何でも良いよ」

「今日の優菜ちょっと違うよ。」

そうこの日優菜は緊張してた。

「私ディズニー来るの初めてなの。」

「すごいディズニー好きそうだけど」

「テレビで見てたから。何かいつも一緒に居る翔太だけど、憧れの場所だとなんか恥ずかしい。」

「そっか。こういう優菜も可愛くていいな」

「恥ずかしい!(照)」

アトラクションに乗って、パレードを見て、美味しいもの食べて。あっという間に夜になった。クリスマスプレゼントは2人で自分たちに買った。

「今日は楽しかったな。」

「うん。初めてのディズニーが翔太とで良かった。」

「プレゼント良いの買えたね。」

「でもあれ1つしか無いよ?」

「じゃあ、優菜が持ってれば良い。」

「でも、翔太のものでもあるのに。」

「だから良いんだよ。僕のものでもあるから優菜の部屋に行く口実ができる。」

「そっかww」

そんな口実無くても遊びに来てくれて良いと思ってる。けれどルームメイトとかには口実が必要なんだろう。そしてまもなく、年越しを迎えた。翔太とは初詣に一緒に行こうと約束し、大晦日はそれぞれの寮で過ごした。年越しそばを食べて紅白を見て。去年と変わらないのに去年とは全然違う年越しに思えた。そして翌日。今日は元旦。優菜は翔太と、咲楽は勇斗と、優華も友達と初詣の予定が入っているので今日も早起きだ。優菜達が近くの神社に行くと元旦とだけあって大賑わいだ。どこを見ても人、人、人。

「人多いね。」

「迷子にならないようにしっかり手、繋いでおいて。」

「うん」

そして何とか無事初詣を済ませた。順番待ちだけでどのくらい時間をかけただろう。

「翔太は何お願いしたの?」

「言っちゃったら叶わないから秘密。」

「そうなの?なら私も言わない」

でも2人の気持ちは一緒だった。ずっと2人でいれますように

「おみくじやる?」

「やろ、やろ。」

「振って…出た」

「…出た?」

2人とも髪をもらった所でせーの!で開ける。

「おー大吉」

「中吉。これって何番目に良いの?」

「中吉は2番目じゃない?大吉、中吉、小吉、吉、半吉、末吉、末小吉、凶、小凶、半凶、末凶、大凶で合ってるかな?」

「凄い、翔太!」

「そう?ちょっと本で読んで興味持ったから」

「良い一年になるよね」

「きっとなるよ。」

でも毎日楽しいわけでもなく毎日寒い日が続き、優菜も体調を崩した。幸いインフルエンザではなかったものの、熱が38度も出て学校を休んだ。ベットの上に1人きり。最近は体調を崩すことも無かったし、優華と咲楽の他に翔太とも多くの時間を過ごすようになった。毎日忙しすぎてゆっくり天井を見上げることもなかったな、と思う。

「優菜」

「翔太?」

優菜がドアを開けると体調を心配した翔太が立っていた。体に良いものを食べたほうが良いとおかゆを作ってくれた。コンビニで買ったの温めるだけだけどと言いながら温めてお皿によそってくれた。体調を気遣って作ってくれたのが嬉しかった。

「優菜できたよ、食べな。」

「うん。クチュン!ねぇ、おでこで熱はかって」

「しょうが無いな。こっち来てごらん。…あーまだちょっと熱あるね。食べたらまた布団入りなよ」

「ありがとう。…おいしい。」

翔太が作ってくれたおかゆは優しさがいっぱい詰まっていて美味しいというだけで涙が出そうだった。優菜が食べ終わるとお皿を洗ってくれた。普段こんな事してくれないから凄くキュンと来た。

「じゃあ、僕はこれから用があるから行くね。明日学校で会えるの楽しみにしてるよ。」

そして翌日。何とか熱が下がって、学校に行けた。

「おはよ。来れたんだね、良かった」

「昨日はありがとう。嬉しかったよ。」

「あんなんで良かったらいつでも言って」

「…分かった(照)」

「僕もう行くから」

「ねぇ、」

「何?」

「卒業式、お母さんたち来るの?」

「分からない。じゃあ」

翔太はお母さんの話題を振ると不機嫌になる。最近は特にだ。優菜もお父さんの事があるのであまり深くは触れない。気持ちが分かるのだ。そして卒業式前日。早めに来たお父さん・お母さんが翔太の部屋に来た。

「翔太、あんたは進路どうするの?朱音は法学部に進学決まったんだからあんたもさっさと決めて勉強しなきゃ。」

「僕は…」

「どこにするの?医学部?法学部?」

「……」

「決まらないの?だったらもう医学部行きなさい。行っとけばなんとかなるから」

翔太はこれ以上我慢したくなくて本当のことを言った。

「僕はもっと違うことがしたい。もうこんなの嫌だ。僕は独立時計師になりたい!世界に1つしか無い時計をこの手で作りたいんだ。」

「何を言っているの?あんた、ここに通わせてやってんだよ。今さら…」

結局お母さんに許しては貰えなかった時計師という夢。もう諦めるしか無いこの夢。でも諦めきれない夢。そんな事を考えてるといつの間にかお母さんはどこかへ行ってしまっていた。その代わりに優菜が居た。

「お母さん行っちゃったね。ねぇ、翔太時計師になりたいの?」

「本当はね。…でもなれないよ」

「出来るんじゃない?翔太なら」

「え?」

「スイス、留学すれば。スイスなら時計を専攻できるし、それに松陽系列だから高3でここのセレクション試験通ったら留学希望書一枚で行ける。」

「へーそんなの知らなかった。」

「これ。私が進路考えるのに使ってたけど、しばらくは使って良いよ」

「こんなにいっぱい資料、いいの?」

「うん。いいよ」

「助かるよ、」

翌日。卒業式に出席するお母さんに会った翔太は素直に留学したいと伝えた。留学ならとお母さんもOKしてくれた。姉には悪い気もしたが、自分の生きたいように生きなきゃもったいないと留学しようと決めた。卒業式の後、翔太、優菜、そして朱音の3人で集まってお茶をした。

「卒業おめでとうございます。」

「ありがとう」

「でもまだここに居るんですよね」

「うん、まあ」

「学部どこに行くんですか?」

「法学部に行くの」

「へーそうなんですか。」

会話に翔太が入ってこないことを気遣ったのか朱音が翔太に話題をふる。

「翔太、あんたはどこ行くか決まった?」

「僕は…スイスに留学しようと思ってるんだ。」

「お母さん許してくれた?」

「許してくれたよ。留学ならって」

「そうなんだ。まあ頑張れ」

「うん。姉ちゃんみたいに一発で入ってみせるから」

「期待していいんだね?」

「んーまぁ良いよ。」

優菜もそろそろちゃんと進路を決めなきゃと思った。たくさん資料を持ってて調べたりしてるけどこれ!っと決めたものはない。それでも何となくこれかなというのはある。スイスで音響という道だ。そんな事を考えながら3人で話しているとあっという間に時間が過ぎていって優菜は抜けなきゃならなくなった。

「私そろそろ帰りますね。ごめんなさい。」

「良いけど、この後何かあるの?」

「卒業式も終わって、卒業していった先輩方の部屋が開くでしょ。次入学してくる人達のために引っ越すことになったの。」

「引っ越し?女の子だけじゃ大変でしょ。僕も行くか?」

「お願いできる?」

それから、翔太と勇斗にも手伝ってもらいながら引越しがスタートした。タンスや鏡台などの重い物は翔太と勇斗に運んでもらい、布団なども手分けして皆で運び上げた。

「ありがとう。手伝ってくれて」

「どういたしまして。力仕事はサッカー班に任せて」

そういう2人は何だかいつもよりたくましかった。

「じゃあ僕達は行くね」

「ほんとありがとう」

「これで来年の準備もOK!」

「来年はどんな1年かな?楽しみだね〜」

「来年も精一杯楽しもうー」

『イェ〜イ!』

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