僕と彼女と大学講義~一般教養編~
エルフの彼女は、人間たちの学問に興味津々。
当然ながら、エルフヘイムとこちらでは、辿ってきた歴史というものが違う。
ある日突然、東京都奥多摩村の隣に、位相を歪めながら転移してきた異世界エルフヘイム。
たかだか二十年前の出来事なのに、まだその原因は探られていない。
まあ、その不思議な出来事があったお陰で、僕は彼女と出会うことが出来たわけだが。
僕が同棲しているハイエルフの彼女、エリーは、大学の講義だと一般教養が大好きだ。
真剣そのものの顔をして、教授が長広舌を振るう壇上を見据えている。
僕達の席は、いつも最前列中央。
問答無用で教授の目の前だ。
「~ということで、この時のフランソワ=ルネ・ド・シャトーブリアンが提唱者の一人となったロマン主義は、十九世紀からのフランス文学において……」
何が面白くて、フランス文学史をそこまで興味深げに聞いているんだろう。
講義が終わると、いつもエリーの顔はつやつやしている。
「タカヒロは知ってた? フランス文学って奥深いのね……。私もこの間図書館で借りて読んでいたんだけどね、やっぱり有名なだけあって、オノレ=ド・バルザックのゴリオ爺さんが面白くて……」
僕が唯一彼女についていけないところがここだ。
エリーは大変な読書家でもあるのだ。
正直、僕はエリーが話していることの半分も理解できない時がある。
今がまさにそうだ。
こんな時、僕は相槌を打つマシーンに徹することにしている。
自分がエリーの語る内容を知らないことは隠さない。
その上で、彼女の講義を拝聴する立場をとるのである。これは意外とエリーに好評なスタイルだ。
ちなみに、彼女が次に取得している一般教養は経済学。人間社会の経済を回す学問についても興味津々なようだ。
乱読家でもあるエリーは、日々、僕が恐れをなすほどに知識を蓄えていく。
必修講義の取得はもちろん完璧で、一日最低四時限までは、みっちりと受講予定を詰め込んである。
彼女との優雅な午前を過ごすのは諦めたほうが良さそうだ。
僕たちはひとまず、午後の講義に供えるべく、学食へ向かった。
昼食時間ともなると大変込み合う。
一部の人好きがする教授たちも、この時間に食事にやってくるから、なおさら大きな学食が手狭に感じた。
僕達が通う城聖学園大学は、学食だけで専用の建物を作るくらい土地が余っており、それゆえに学食は実に広大だ。
大講義室が4つ入るくらいの大きさがある。
それが、わいわいと集まる学生たちで埋まってしまうさまは壮観でもある。
僕はワンコインのチキンソテー定食を選び、エリーはカレー大盛り。いつもながらエルフらしからぬガッツリとしたメニューである。あ、ついでに唐揚げを買っている。
この昼食時間というやつは、エリーと合法的に一緒に入られる、学内でも大切な時間だ。
さて、今日は何を話そう……なんて思っていたら、その思いを粉々に打ち砕かれる羽目になった。
「あ、神田山教授!」
エリーが声をかけたのは、先ほどフランス文学史を担当していたおしゃれなちょび髭真摯、神田山教授である。
これは駄目なパターンだ。
エリーは尻尾があったら振ってるよ、と言う勢いで、神田山教授がラーメンを食べるテーブルに相席し、僕もその隣りに座ることになってしまった。
どうやら食事中も、エリーの知的談義を聞かされることになりそうである。
まあ、仕方ないか、なんて思いつつ、僕はチキンソテーをかじった。