僕と彼女と白菜鍋
とにかく、エリーは良く食べる。
人間界の食べ物は何でも美味しいらしい。
駄菓子からインスタントラーメン、ジャンクフードのハンバーガーやピザ、かと思うと、仕送りが来たばかりの日は二人でちょっといいご飯を食べに行って、コース料理なんか口にする。
「第一、人間の料理がバラエティ豊かなのが悪いのよ。きっとこれは、私を肥えさせる陰謀だわ」
おでぶなハイエルフというのは見たことが無いのだけれど、このペースで食べていたら、エリーはぷくぷく太ってしまうんじゃないだろうか。
それはそれで見ものだな、と思った。
寒い季節になってきた。
自然豊かなエルフヘイム出身の癖に、エリーは東京の冬を寒い寒い、と言う。
どういうことかと思ったら、
「こんなに寒いんだから、私の体から熱が逃げていくのよ。迅速に何か食べて熱を補給する必要があるわ」
「お腹が空いてたんだね」
「デリカシーと言うものを持つべきだわ、タカヒロ」
そんな訳で、エリーとスーパーに行った。
白菜がどーんと売られている。
四分の一玉だけれども、これで充分って感じだ。
「ねえタカヒロ、この間京子からミルフィーユ鍋って聞いたんだけど。なんだか甘そうな名前よね」
「それが食べたいんだね」
エリーは頷いた。
よし、作ってみようじゃないか。
豚ばら肉と白菜と、出汁は家にあるから、あとはネギかな?
なかなか普段、白菜やネギは使わない。
今日はちょっと豪勢に作ってみよう。
そういえば……鍋も無かった気がする。
荷物をぶら下げたまま、最寄の乾物屋に入って、いい感じの土鍋を買ってきた。
「いいわね、彼女さんと今日は鍋? 心も体もぽかぽかね」
「まずはお腹の底をぽかぽかにしたいです!」
エリーはもう食欲マックスだ。
お店のおばさんは苦笑していた。
さて、白菜と豚バラを、ぐるぐる巻くように何層にも鍋に敷き詰めて……お出汁を注いで火をかけて……。
「タカヒロ、ご飯はもう炊けてるわよ!」
「エリー、まだ食べちゃダメだよ。あっ、そのふりかけから手を離しなさい!」
僕はエリーと取っ組み合いをして、なんとかノリ玉ふりかけを彼女から奪い取った。
「エルフ差別だー! タカヒロは、私を痩せさせようとしている!」
「いつもは太っちゃうって言ってるくせに」
ぶつぶつ言う彼女を横目に、出汁が沸騰するのを待った。
そうしたら、今度は蓋をしてちょっと待つ。
蓋を開けるとなんともいえない香りが部屋に漂った。
「わーお! 待った甲斐があったわね! 私の忍耐力、偉い」
「即座にふりかけに負けそうになってたじゃない」
「エルフは明日を生きるのよ。過去を振り返らないわ」
「それって、凄くエルフらしくないセリフのような……」
「ええい、ぶつくさ言わない! 食べましょ!」
刻みネギを落として、練りショウガを入れて、いただきます。
とろとろになった白菜が美味しい。
さくさくほくほくした感触を楽しみ、今度は出汁の味がしっかりついた豚バラも。
うん、美味しい。
「ひゃっ、はつ、はついー!」
一気に白菜を食べたエリーが涙目になって手をばたばたさせた。
そりゃ、煮え立ての白菜を一気に食べたら熱いよ……。
彼女は根性でなんとか白菜を噛み切って飲み込む。
慌てて水を飲んで、うえ、と舌を出した。
「舌がざらっとする」
「舌のやけどみたいなもんだね」
「味が分からなくなるじゃない。あーあ、損したー」
そう言いながらも、またごっそりと白菜のミルフィーユ鍋を自分のお椀によそった。
「タカヒロ」
「なに?」
「味が分からないなんて癪じゃない。明日もやるわよ、白菜のミルフィーユ」
「うええ」
エリーは、飽くなき食へのこだわりの人でもあるのだった。