僕と彼女と山歩き
エルフとは森の民である。
それはハイエルフであるエリーも同じ事。
僕とエリーはハイキングに来ていた。
もうすぐ夏になろうかという頃合、森林の中に入ると、ひんやりと涼しい。
陽光を遮る林は、日の光照り付けるハイキングロードとは、まるで別の世界だった。
「むしろ私は、こういうところのほうがテンション上がるなあ」
道なき道を踏み越えて、エリーは意気揚々。
青息吐息の僕に向かって手を差し伸べた。
「ほら、タカヒロファイト!」
「い、いっぱーつ」
「なにそれ」
エリーは笑った。
山の斜面だが、僕の目には獣道にしか見えなくても、彼女にはきちんと歩くべき場所が明確な、登山道なのだ。
ハイキングロード以外の山道はとても危険。
決して道を外れてはいけない、なんてよく聞くけれど、一見して道が見えないこの歩みは、思いのほか快適だった。
多少苦労しても、エリーの後をついていくと、山道は僕の歩きやすいような足場を用意してくれている。
「エリーは凄いなあ」
「ふふふ、私の力だけじゃないわ。言ったでしょう、あちこちに精霊がいるって。森はね、精霊の棲家なの。だからあそこにも、ここにも精霊がいて、こっちを歩けばいいよって教えてくれるのよ」
エリーが歩み出るとそこは平坦になっていて、木漏れ日が差し込んでいた。
彼女はその明るさの中に踏み出すと、僕を見つめてからくるりと回って見せた。
まるで森の妖精のようだ、と思い、すぐに思い直した。
エリーはまさしく森の妖精だったのだ。ハイエルフだもの。
樹齢がどれほどになるかも分からない、大きな木が根をむき出しにした場所で、エリーとお昼ご飯を食べる。
今日のご飯はおにぎり。
中の具は全部違うから、ある意味ロシアンルーレットおにぎりだ。
「タカヒロ、梅干は入れて無いでしょうね」
「ははは、実は一個だけ梅干です」
「ええー! なんてこと……!」
エリーは、梅干が嫌いではないものの、いわゆる本格的なしょっぱい梅干がちょっと苦手だった。
強烈な味覚で耳まで痺れる、というのは彼女の独自な表現。
実際、梅干を食べた彼女の尖った耳は、ピーンと張ってしばらくブルブル震えていたものだ。
あれは可愛くてよかったんだけど。
「ああー!! 梅だー!」
エリー、一発目で梅干を引き当てる。
運がいいんだか悪いんだか。
「無理なら僕が残りを食べようか?」
「ううん、食べ物に悪いわ。全部食べる! た、タカヒロお茶ー!」
「はいはい」
僕は冷えたお茶を水筒の蓋に注いであげる。
エリーはそれをぐっと口にして、塩辛い味を飲み込んでやっているようだった。
食事が終わると、また出発。
「さあ、クエン酸も補給したし、行くわよ!」
「梅干の事よく知ってるんじゃん」
「敵を知り、己を知れば、よ」
エリーはいつも通りの得意げな顔。
さあ行こう。
このペースなら、もうすぐ三合目まで行けるだろうか。
そこまで行けば……もうエルフヘイムは目と鼻の先だ。