08.赤竜討伐編‐END
イツラトゥス南部の田舎。
そこは、国の食料宝庫といわれるほどの穀物を栽培していた。
広大な土地をもとに貧乏な村から成りあがり、今ではイツラトゥス有数の裕福な小型都市へと発展していた。
そんな都市の中心部には精霊軍の第2の拠点が置いてあり、警戒網はそれなりである。
そんな都市に全身を鎧で覆った男、精霊軍大将のカルフは来ていた。
「相変わらず、ここの発展は凄いものだ」
以前、訪れた時に比べ、住民は増え、町も大きくなっていた。
そして、道行く人々は結構な上物の衣服を着ている。そして、遠くの広場では見世物がやっているようだ。
そして、町の中心には巨大な塔が建っていた。周りには、それなりに高い城壁で囲まれ、さらに出入り口には、屈強な肉体の持ち主が何人も居る。その眼は鋭く、見たものを殺してしまいそうなほどであった。
精霊軍第2の本部。
かの王都に連なる本部の次に、強者が揃い踏みの拠点である。
そして、そこに我の仲間が居る。
そう、カルサスが置いていった手紙には書いてあった。
「すまぬ、我はカルフである。ここを通してもらうぞ」
「はっ? えっと? た、大将さまっ?」
「な、なぜ、このような辺境の地に?」
「もしや、この辺りに化け物が来ているのですか?」
入り口を守護していた若者たちに、要件を伝えると、見る間にあたふたした。それに、何を勘違いしたのか、怪物が襲撃にきていると思っているのか?
「いや、違う。我は、我の仲間に用があってだな……シルフィア、アンナがここに居ると聞いたのだが」
「そ、それなら、2階の個人部屋に二人とも居りますが」
「そうか、それなら失礼する」
「いえ、大将様でしたら、いつでもおいでください」
一応、許可を貰い、そして若者たちの間を通るように、建物へと入る。
中は、豪華な装飾など無く、至って普通だ。両壁には、誰が描いたのか多数の絵が飾られている。見たところ、人族が魔族と決闘しているように見えた。
そして、少し歩くと螺旋状の階段が見え、
「だからさ、……が…なら……なさいよ」
「えーと、でもっ……無理でしたら……」
「ああ、もうっ! シルなら大丈夫よ!」
「で、でもっ!」
と、なんだか騒がしい声が聞こえた。
なんだか、懐かしい声だ。
そして、なんだか話し中のようである。
「……」
トントン、と、ドアをノックすると、中から「どうぞ」と返事が聞こえた。
そして、中が静かになった。
「失礼するぞ」
「か、カルフ様! ご無事で何よりです!」
「あぁ、良かったねえ、カルフも無事で」
と、二人が元気よく出迎えてくれた。
二人とも、大き目のベッドの上に腰かけており、シルフィアは礼儀正しくお辞儀をし、アンナは手をヒラヒラと振った。
二人とも、外傷は見当たらず、とりあえず、大丈夫そうであった。
「本当にすまなかった……我が居たというのにも関わらず、二人を守りきることが出来なかった。これも、我の弱さが招いたこと、なんでも、償いをさせてくれ」
「えっ? カルフ様? 何を……カルフ様がおられなかったら、私たちは当の昔に殺されていました。ですので、私たちが生き残れたのは、カルフ様のお陰です。何も、謝る必要など……」
「そうねえ、カルフが踏ん張ってくれたおかげで、皆助かったんだからさあ、少しは自分を誇りなさいよ。まさに、英雄だったねえ」
「……そうか」
「それで、カルフ様が来られたということは…」
「ああ、アレス様の命により、ここら周辺の警備を任された。もちろん、それには二人も含まれているが、問題はないだろうか?」
「はい! 私、この日の為に準備は出来ています!」
「まあねえ、とはいえ、強くはなってないけどねえ」
「元々我らは強い。そんなの気にするな。それに、奴……碧眼はlevel8だったそうだ」
「へえ、8ねえ、それは勝てないのも仕方ないねえ」
「8? それって、アレス様と同等ということ……なのですか?」
「ああ、我も倒れた後に知ったのだが、もし、知っていれば戦うことも無かっただろう」
碧眼の強さ。
それは、精霊軍総大将アレス様と同等、もしくはそれ以上。
それを知ってなお、挑戦できる者など誰一人いないだろう。
そして、現れない限り、精霊軍はこのままじゃあ、いつか衰退していく。
それは避けては通れん問題だ。
だが、それはまだ遠く先のこと、今そんなことを考えても意味はないか。
「そういえば、二人に渡すものがあったのだ」
「なんでしょうか?」
「お見舞い品とか、かねえ?」
「いや、そうではなく、勲章だ。今回敗れはしたものの、その勇気を称えてな……そして、階級も一つ上がっている……シルフィアは、精霊軍中尉から大尉。アンナは、精霊軍少佐から中佐ということだな」
「負けたのに……本当によろしいのでしょうか?」
「ああ、これは、上層部がしっかりと考査し決定している。つまりは、正式な勲位だ」
「ということは、カルフも上がったのかねえ」
「いや、我は大将。上にはアレス様しかおらんのでな、上がってはいない。……その代り、最上級品の剣を頂いた。だから、何も気にする必要などない」
「そうですか!」
「それなら、いいや」
剣。笛。銃。
確か、カルサスが言うには大将に贈与された武器はこうだったか。
まぁ、我が銃や笛をもったところで、何一つ効果を発揮しないガラクタになり下がるだけだ。
だから、剣をいただけたのは幸いだ。
そして、勲位。
我は大将。
これ以上は、流石に不可能だ。それもわかっている。
それに、部下が評価されるほうが、隊長としては嬉しいものだ。
かつて、我が大将になったとき、師匠のアレス様も同じ気持ちになったのだろうか。
……これから先、国の未来を背負う者の育成を任されたときは、不安であった。
だが、良い部下に恵まれたか。
「カルフ様? どうかなさいましたか?」
あまりに長時間考え事をしていたせいか、痺れをきらしシルフィアが訪ねてくる。
なんだか、己も年を取ったようだ。
まだ、26歳だというのに関わらず。
まぁ、二人に比べたら、年は取っているのだが。
「二人とも、これからもよろしく頼むぞ」
「はい!」
「当たり前じゃない」
◇
少年。
少年には何も無かった。
そして、これから先も――。
◇
「黒龍だと?」
「はい、なんでも、この町の上空を最近よく横切っていくみたいで……幸運なことに負傷者はまだ、いませんが」
「なるほど、町の警備を任された理由はそういうことであったか……」
「そうそう、とはいえ、ここ2週間くらい滞在しているけど、全然現れないのよー、それこそ、私たちが来た途端に、急にねっ」
「……つまりは、黒龍が危険だと判断し、避けているということか。だが、竜は気まぐれな生物だ。いつ戻るか予想もつかん」
「だから、長期滞在してと言われました。その間の費用は全部軍持ちだからって、アレス様が……」
黒龍。
確か、level8の神獣であったな。
その姿は、まさしく竜の王にふさわしく、巨大な体に、炸裂する炎の息吹、そして獰猛な性格。
竜の頂点、それこそ赤竜よりも数段上のランクに君臨する化け物であったか。
「前回よりも、敵が強くなるっていうのは、少し変だとは思うけど、カルフはどう思うのかしら?」
「ふむ、黒龍は大人なのか? それとも子供か?」
「住民の話を聞いた限りでは、大人の竜ということです。でも、空を飛んでおり、すぐに消え去ったということなので、信憑性は低いかと」
「そうか、ならば、刺激をするのは避けたいところだ。それこそ、いなくなる間は、祭りなどのうるさいものは止めておいた方がよさそうだ」
祭りが中止となると、住民たちが反対しそうなものだが、命には代えられない。
少しの間、我慢してもらうほかないか。
「そして、level8だとするなら、精霊軍総出で取り掛からないと、勝てる確証は無いか。だが、それはリスクが高い」
「でしょうね。つい先日、碧眼との戦いで疲れたのに、さらに戦争とか、誰もそんなことは望んではいないわよ」
「そうですね。私も、まだまだ力が足りないです。ですので、戦闘は正直勘弁してほしいです」
「うむ。それは我も同じだ。だが、黒龍がどう思っているかはわからぬ。だから、心の準備だけはしておくべきだろう」
「わかっているよー」
「はい、私も常に気を付けておきます」