04.赤竜討伐編‐03
精霊師の戦い方は主に二つに分類される。
一つは、魔法の強化による近接攻撃。
これは、己の肉体、もしくは武器に魔法効果を掛け、相手を殴る、斬るといったものだ。
一つは、魔法の行使による遠距離砲撃。
魔砲と呼ばれ、高密度の炎、氷、雷などを相手にぶつけるものだ。
基本的に、高等精霊師の者たちは、どちらの魔法も扱えるが、それでも、得意不得意はある。
カルフ、アンナは前者、シルフィアは後者を得意としていた。
薄暗く、静穏が訪れた、夜の零時過ぎ。
空を旋回する赤竜は休むために、地上に降りてきた。
巨体なのもあり、地面に着地すると、地面は揺れ、砂は舞い上がる。
そのさまは、まさに竜の王というのにふさわしい。
「それじゃあ、行くかねえ……」
「は、はい」
竜から少し離れた地、そこにはアンナとシルフィアがいた。
アンナは剣を、シルフィアは杖を持ち、前身を白銀に輝く武具が覆っている。ただ、アンナは動き重視のため、装甲が薄く軽いのを。シルフィアは前身を隈なく覆うような防具を身に付けていた。
「・【炎よ、来い】・」
アンナは短く呟く。すると、彼女の前身を真っ赤な炎が包みこんだ。
そして、右手にある剣を高々と上げ。
「・【集約せよ、我の名のもとに】・」
再度違う言葉を呟く。すると、アンナの体中に広がっていた炎の渦が剣へと集まり始めた。そして、どんどんと剣が炎を吸い込んでいく。
これこそが、魔法強化だ。
炎を剣に吸わせることで、圧倒的な攻撃力を持つ剣に仕立て上げる。まさに、アンナの十八番とする技である。
一方、シルフィアは杖の先端を赤竜へと向けた。
「これで、私は援護をすればよろしいのですか?」
「ああ、うん。まあ、気楽に思い切り打ち放っていいからね」
「はい」
「じゃあ、行くとするかい……精霊軍の名に置いて、これより、赤竜討伐を開始する」
◇
竜の巣。
竜の前身をすっぽりと収めるほどの穴である。
基本的に、クレーターみたいなものであり、その周辺は、羽ばたきによる影響により、何もない。それこそ、折れた木々が散らばる位だ。
そんなところで、仮眠をしていた赤竜の周りを包むように、幾多もの水の塊が浮いていた。
そして、一つの人かげ。
木々の影を通る様に、一人の女性が歩いていた。
透き通るような白い肌に、赤くきらめく髪、そして、端正な顔立ち。
高等精霊師、アンナは竜の眼下手前にいた。
アンナは、自慢の名刀を片手に赤竜に近づいていく。すると、赤竜も敵の気配を感じたのか、のしり、と起き上がった。
歯や爪は鋭く尖っており、それらで威嚇するように唸る。
ただ、アンナはそれを気にせず、近づいていく。
すると、赤竜は警戒から攻撃へと変えたのか、口を開き、その奥から高密度のブレスを放った。
ブレスは、アンナを焼き尽くそうと、爆炎しながら向かう。
だが、それに空中の水がぶつかり相殺する。
遠くの地より見守るシルフィアはそれを見てホッとした。そして、落ち着く暇なく、再度防御の準備にかかる。
「おお! なかなか良い感じ」
アンナは仲間の魔法が発動していることに安堵した。そして、剣を肩の上に乗せ、構える。
そして、せえのおっ! と掛け声をしながら、赤竜に向かい、思い切り振りおろす。
すると、剣が地面に着く前、赤竜に切っ先が向いた瞬間に剣から、炎が高圧で吹き飛ばされ、赤竜に迫った。
赤竜はそれを見て、危険だと判断したのか、羽を思い切り羽ばたかせる。
そして、炎から逃げる様に地面を離れようとした。
だが、空中に浮かぶ多量の水の塊が羽につき、少し鈍くなる。
それを見た、シルフィアは、畳みかけるように魔法を使う。
すると、竜の前身に付着した水が凍っていく。そして、羽までもが凍りつき、赤竜は地面へと無様に落下した。
赤竜が地面へとぶつかることで、衝撃が辺りに広がり、空気は振動し、ざわざわと木々が揺れる。それと同時にアンナが撃った炎撃が赤竜に襲い掛かった。
「グウォオオオオオオオオオオオッ!」
赤竜の防御はそこまで強くはない、というのも、竜の鱗は斬撃には強く、魔法には弱い。
そのため、竜の前身は炎により所どころ黒焦げている。
だが、赤竜は最後の反撃とばかりに、もう一度ブレスを放とうとしてくる。
竜のラストブレス。
己の魔晶石を破壊してしまう可能性はあるもの、それこそ、絶大なる攻撃性をもつ、竜の本気の一撃。
先ほどとは異なり、赤く、まるで溶岩のごとく燃える、ブレス。
それにより、周辺の温度が次第にどんどんと上昇していく。
遠くからそれを確認したシルフィアは、急ぎ高等防御魔法の構築に乗り出す。ただ、やはり、実戦経験が皆無だったせいか、あまりのピンチに緊張しすぎているのか、なかなか完成しない。
そして、アンナも、反動効果により、全身が痺れて、逃げられない。
「これは、やばいかもなあ~」
だが、アンナは気楽に呟く。そして、赤竜の眼を見た。
透き通るような、綺麗な眼。
噂では竜の眼は宝石で出来ているとも言われるほどにそれは綺麗だった。
「まあ、それは貰うよ・【炎の鎖よ、食い千切れ】・」
己が動かなければ、道具が動けばいい。それだけである。
アンナはズボンのポケットに忍ばせた、魔法道具に命令する。すると、ひとりでに、鎖は動き、竜へと向かった。
ただ、それも、赤竜の鼻息により、簡単に溶かされてしまった。
「まあ、時間稼ぎにはなったかな」
「サンダアアアアアッッ!!」
突如、張り裂けるような、大声が響き渡る。
そして、雷霆を纏った一人の男が空より凄い速さで、アンナと赤竜の合間に飛び込んでくる。
着地と同時に、雷撃が周辺に散りばめられた。
男とはカルフのことであった。
「またせたな……すまん」
「いいやあ、ぴったりさあ~」
カルフは赤竜を鋭い眼孔で睨み付け、右手を握りしめ、駆けていく。
「・【サンダアアアアアアレオオオオオンンンッ】・!!」
最強の一撃。
精霊師の中でも、特に最強とされる、雷を纏った拳技が赤竜に襲いかかる。
雷の一撃により、まず防ごうとした赤竜の右前脚が付け根より、切り取られる。それにより、赤竜は壮絶に苦しそうな悲鳴を挙げた。
さらに、拳より溢れた、雷が空中に集約し、雨のように降りかかる。
それは、赤竜の前身に降りかかり、傷だらけになっていく。
それで止まらず、カルフはさらに、地面を蹴りつけ加速する。
「ハァアアアアアアァッ!!」
そして、カルフは地面を思いきり蹴った反動によって宙へと浮いた。
そして、赤竜の頭部へと一撃が放たれる。
それにより、頭ごと潰されるような本気の一撃を食らい、流石の赤竜でさえ、息絶えた。
「なんだか、たいしたことねえのぅー……前の方が強くなかったかい?」
「ああ、我の一撃で絶命するとは……当たり所がよかったのであろうか?」
「なんだか、あっけないものですね……これが赤竜……でも、カルフ様の一撃が凄いだけじゃあ……?」
三人が三人とも、首をひねり、疑問に思う。
赤竜はlevel・7に君臨する最強種の一つ。
それが、あっけなく死んだことに少々不思議に思いつつ、カルフは再度、赤竜の死体へと目を向けた。
そこには、頭が潰れた赤竜の死体が……無かった……。
「どういうことだ?」
「え、あれれえ?」
「私たちが目を離したすきに消えた? でも、どうして」
三人が目を話した一瞬のうちに赤竜の死体が消えていることに各々が驚き、辺りを確認するも、死体の塊はどこにもない。
「でも、血の痕跡がありますので、もしかして、生きていて、逃げたのでしょうか?」
「いや、我が止めを刺したはずなのだが……」
「ありゃあ、こりゃあ、磔にでもしとくべきだったかなあ……」
「人里に逃げていなければいいのだが、とりあえず、周辺を探すぞ」
「了解よー。まあ、人里はあいつらが居るし、大丈夫でしょ?」
「とりあえず、私、町を見てきます!」
「ああ、それなら我も行くとしよう……」
「じゃあ、私も行くよー、一人じゃあ、いくらひん死の赤竜といえ、きついしー」
カルフ、シルフィア、アンナの三人は、赤竜による被害が出ていないことを願いつつ、町へと戻っていく。
――その背後。
薄暗く、闇に囲まれた山々の中腹に位置する穴。
そこで赤竜は……――。