02.赤竜討伐編‐01
今から数百年前のこと。
人族は精霊と契約を結んだ。それによって、人族は多種族と同等、もしくはそれ以上の力を手に入れた。
精霊と契約した者たちのことを下等精霊士、その中でも特に強大な力を持つ彼らを高等精霊師と人族は呼んだ。
高等精霊師はエルフにも劣らぬ高等魔法を操り、その武力を持って、イツラトゥスの発展を支えてきた。
そのため、彼らは人族の英雄であり、精霊軍の長たちは特に絶大な人気を誇っていた。
◇
――精霊歴514年、牛の月。
かの有名な精霊軍、大将。
カルフ・アンドレラは王の命により、王都より遠く離れた地へと赴いていた。
鍛え上げられた屈強な肉体を覆い隠すように、白銀の鎧が包み込み、腰には黒い鞘に納められた短剣を差していた。
カルフの任務は、敵の討伐であり、そのため、カルフの後ろには部下たちが付いてきている。
皆が実力者であり、イツラトゥスでも、トップに立つ者たちだ。
そんな彼らを赴かせるほどに、敵は強大だった。
赤竜――
名の通り、全身を真っ赤な鱗が包む竜である。
魔晶石と呼ばれる竜固有の物質を体内で成長させ、それにより、高圧ブレスを放つ。
まさに、怪物の一つ。
遥か昔、人族がまだ精霊と出会う前のこと。
人族の半数以上を失ったことがある。その時の敵が赤竜であり、人族にとっては因縁深い相手だ。
だが、ここ最近は、精霊軍の活躍により、一般への被害はない。その代り、精霊軍はダメージを負ってはいるが、それでも、死者はほぼ出ておらず、人族の勝ちといっていいだろう。
そのため、カルフを含め、誰一人、緊張しているものは居なかった。
それは、己が負けることなどないという絶対的な自信からくるものだろう。
◇
王都を経って半月ほど。
流石の精霊軍とはいえ、長旅により疲れが蓄積していた。周りを見ても、部下たちは着いてはくるが、口数が少なくっていた。
先頭を歩く下等精霊士の少女は、キョロキョロと注意深く双眼鏡で確認していた。隣を歩く、大剣を背負う男は木の棒をつえにし、なんとか歩いている。後ろでは、大男が木車を牽き、その後ろには高等精霊師二人が後衛を務めていた。
総勢6人と、そこまで多くは無く、皆が鎧に身を包んでいた。そして、彼らの顔色は悪く見える。
このまま、赤竜と戦えるか少々不安に思いつつ、カルフは、足を止めた。
「ここで、休憩とする。皆休め。我は少し先を見てくる」
カルフは、汗一つ無く、まるで疲れていないように見える表情を部下に向け、提案した。それを部下たちは反対などせず、むしろ喜んでその場に寝転んだ。
これが、精霊軍。
なんとも情けない、もしも、今この場に赤竜が現れたら危険だなとカリフは考えつつ、一人先を偵察する。
「今回は何故こんな離れた地に現れたのだ……?」
一人呟くカリフ。
本来、赤竜は王都などの発展都市に現れてきたのが常だった。そのため、今回、このような離れたとこに現れたことに疑問をいだく。
それに、赤竜の討伐に己が赴くことも、珍しいことだった。
それほどまでに、今回の赤竜は人を喰い、厄介なのかもしれん。それか、地形が関係しているからか。
「どちらにせよ、分からずじまいか……」
「カルフ様?」
一人思案に拭けっていると、後ろから声を掛けられる。
声からして、どうやら、シルフィアみたいだ。
下等精霊士ながらも、潜在能力は高く、数年以内に高等精霊師になるだろう。
それに、我が部隊の中で、特に魔法の制御に優れており、細かな操作もお手の物。
そのため、赤竜討伐とは相性がいい少女だ。
そして、金髪碧眼と顔立ちがイツラトゥスでも珍しく、知名度もそれなりにある。
「どうした? 何か我に用か?」
「いえ、えーと、そうです。皆からの提案です。今日はここで一泊し、明日の早朝に旅立つという提案です」
そう述べるシルフィアの表所は少し、揺らいだ。
まあ、彼女は部隊一、生真面目な性格だ。そのため、ここで野宿することで、赤竜の討伐が遅れてしまうことを心配しているのだろう。
だが、それは彼女にとっては致命的な弱点となる、だから、今回の討伐で少しでも考えを変える様にあいつに頼まれたことを思いだした。
だが、無理やり言っても無駄だろう。それこそ、不信感につながる。
だから。
「まあ、いいだろう。その代り、明日は今日以上に進むと伝えておけ」
「は、はい!」
シルフィアは嬉しそうに返事をし、戻っていく。
その様子は、まるで子供のようだ。いや、彼女は14歳であったか。
まあ、年相応かもしれない。
『くそおおおおおおおおおおおおおおっ‼』
突然、後ろの方から奇声が聞こえた。
どうやら、明日、今日以上に進むことが嫌だったみたいだ。だが、日が暮れてないのに休もうとするのならそれくらいは受け入れるべきだ。
それこそ、精霊軍にふさわしいというもの。
だが、またもや、シルフィアがとぼとぼと歩いてくる。
その様子はかなり疲れているように見える。部隊最年少なのもあり、逆らえないのか。
嫌々しつつも、我との話の交換手の役を押し付けられたということか。
なんとも、申し訳ないことだ。
「カ、カルフ様……皆が」
「聞こえていた、これくらいで根を上げるとは情けない。彼らに伝えておけ、王に惨めな様子を後に伝えることになるとな」
「はい、ですが」
「ふむ、わかった。我が直接話すとするか」
「すみません……私が」
「気にするな、部隊を纏めるのは我の仕事であるのでな。それに、赤竜を倒すには彼らの力も必要だ」
これ以上シルフィアに迷惑を掛けられない。そもそも、彼女はまだ、下等精霊士であり、さらに精霊軍に入って日が浅い、そのため精霊軍の実情を知り、ショックなのかもしれない。
精霊軍と聞こえはいいが、実際はそこまで、崇められるような立派な組織では無い。
それこそ、様々な人がいる、ただし、全員の信念はただ一つ。
王都の守護ではあるのだが。
まあ、今日連れてきた奴らは、皆実力者だ。そのため、少しばかり……いや、かなり我が強い面々が揃ってしまった。
その中で一人だけ、新人。
これは、思ったよりも大変かもしれない。
旅の間、シルフィアに気を使ったほうがいいか、そう考えて我は部下の元へと向かった。