囚われた
大学の同級生のAという男には、黒い影がちらりちらりとつきまとっていた。俺は幼少から、ほんの少しだけ霊感がある。だからと言って何かできるわけではないが……。おせっかいかもしれないが、俺はAに接近し、友達になった。そしてある時、さりげなく、心霊体験とかある?みたいな話を振ってみた。
Aの顔から笑顔が消え、少し陰鬱な表情になった。そして、この話をしてくれた。彼が小学低学年の時のことらしい。
Aは○○県の田舎の出身で、周りは山だらけ。小さいころから同級生や年上のお兄さんと一緒に山に遊びに入っていた。
ある日、あと他に二人の同級生、BとCとしよう、彼らと三人で山中につくった秘密基地にいた時のこと、日も傾いてきたので帰ろうとしていた。その帰り道の山道で、何か音がしたと思い後ろを振り返ると同じ背丈ほどの黒いワンピースをきた女の子が呆然と立っていた。三人とも驚いた。狭い村だ、人はそれほど多くない。学校の同級生とはみんな顔見知りだが、こんな女の子は見たことない。けれど、恐怖感とかは無かったとAは言う。全く幽霊とかそういう感じじゃなかった。生身の人間と雰囲気は変わらなかった。今でもそう思う。
少女は、もう帰っちゃうの?と言った。三人とも顔を見合わせ、うなずいた。
そっか。少女は言った。ねえ、もうちょっといいでしょ?大池で釣りしましょうよ。私、立派な竿持ってるんだ。そう言って、手を差し伸べた。オレンジ色の木洩れ日がゆらいでいる。もうじき日は山の裾に隠れるだろう。遅くなれば家の人に怒られる。でも、少女の誘いには、とても強い誘惑のようなものがあった。Aは足を一歩踏み出したくなる衝動にかられた。そこに、Bがいいよと言った。そして差し出された少女の手を握った。君たちはもう帰りなよBは言った。AとCはその通りにした。女の子の表情は全く変わらなかったが、Bを手を握る手は強く握り返していたように見えた。AとCはいつもより早足で山を下りた。その間一言もしゃべらなかった。このことは誰にも話してはいけないことのように感じたという。
Bは帰らなかった。
Aはその時の顛末を村の人に話したという。怒られるだろうと思ったが、親が一言二言注意しただけで、不思議なことに誰も咎めなかった。
Bの家族は村から引っ越し、出て行ってしまった。学校の教室のBの机は、知らぬ間に無くなっていた。学校の先生も、誰もがBについて言及しなかった。それが逆に恐ろしくて、Aは寮のある高校に入って、早々に家を出た。
「神隠し?」俺は言った。
そうじゃない。いや、分からない。そうかも知れない。Aは曖昧に返事をした。
「Cって子はどうなったの?」俺は尋ねた。Aはびくっとして、俺の方を見た。
「Cは……おかしくなった。神経の病気らしい。中学校のころからだ。いつからか、学校にも来なくなった。小学校の時は仲が良かったが、年を重ねるにつれ疎遠になる友達もいる。俺にとってはCがそうだった。実際は……お互いに意識して避けていたのかもしれない。学校に来なくなって以降のCを俺は見ていない。ただ、聞いた話だと、心ここにあらずというか、廃人のようになっていたらしい。そして、中学2年の冬、死んでいるのが発見された。かつて俺たち3人が遊んでいた山の中で」
「実はね、俺は、待っているんだ」Aは言った。奇妙なことにAの表情には笑みがあった。
「何を待っているんだい?」俺は尋ねた。
「あの時の、黒いワンピースを着た女の子が……俺たちと同じように成長した姿で、目の前に現れて……俺に、手を差し伸べてくれるのを」