私専用劇団の誕生
あれからダイスがゲス豚に伝えてくれたおかげか屋敷にミニ演劇団なるものができた。たぶんゲス豚が寂しいのであれば演劇を、と謎の思考にいたったのだと思う。
が、今回ばかりは礼をいわねばならない。演劇の方がたくさん喋ってくれるから、言葉も早く覚えられるはずだ。難があるとすれば、演劇団の演技が見られたものじゃないということ。
なんたってこの演劇団素人なのだ。ちらほら見たことのある顔があるので、ここの使用人だろう。もう、本当にとんでもなく下手。棒読みなのは勿論、なんか動きがカクカクしていたりする。もう少しなめらかな演技はできないのだろうか。
今まさにその棒読みでカクカクの演技が私の目の前で行われているのだが……思わずロボットかっ、なんて突っ込んでしまいたくなる。我慢の限界だ。さすがにロボットのことをこの世界の人は分からないだろうし、この世界の言葉でそれをなんというのかも分からない。だから私は最近覚えたこの世界のひとつの言葉を言い放つ。
「奴隷」
あれ? 私の言い放った言葉が金色の文字で目の前に現れ間違いに気づく。奴隷と言いたかったわけではないんだけれど。下手と言ったつもりだった。発音の仕方が似ていたため間違えてしまったようだ。でも1回間違えたのでもう2度と同じ間違いはしない。失敗は成功のもとってやつだよ、うん。
「皆さん真剣にやらなければ奴隷行きかもしれませんね」
さらっとダイスが恐ろしいことを言う。それもこれも私が言い間違えてしまったからだ。こんな赤ん坊の言い間違えで使用人達を追いつめてしまうことになるとは……
「お見苦しい劇を見させてしまい申し訳ございません。彼らも初めての試みですので許していただけないでしょうか。特訓させますので」
私はダイスの言葉に必死に首を縦にふる。私のせいで奴隷落ちだなんて申し訳なさすぎる。
「皆さんよかったですね。お嬢様がお優しいおかげで今日は許してくださるそうですよ。旦那様であれば許してくださらないでしょうに。あなた達のすべきことがわかっていますね?」
その瞬間さっきまで青い顔でブルブル震えていた劇団員達がシャンと背筋をのばし次々に私にお礼を言い去っていった。そして別の部屋からバタンとドアを閉める音が聞こえた。
すると窓が開いているせいか別の部屋から練習している声が聞こえてくる。頑張っているなぁ。今度演技を見る時は棒読みでカクカクの演技が直っているといいんだけど。
練習中の声を聞いて応援していると、バタンと私の部屋を開ける音が聞こえた。そのためそちらに視線を向ける。劇団員の1人戻ってきたようだ。なぜかお花を抱えニコニコと私に笑いかけてくる。
「お嬢様にぴったりのお花をおもちしました。飾らせていただきますね。美しいお嬢様」
私のためにわざわざ彼女はお花をとりに行っていたようだ。そんなこと面倒なことをするなんてよっぽどこの女の人は花が好きなのだろう。
だけど演劇の練習はしなくていいのだろうか。次も下手であればもしかしたら奴隷行きかもしれないと彼女はきっと思っているだろうに悠長なものだ。余裕なのであれば問題ないけれど。
ともあれ彼女が摘んできた花はとても綺麗だ。思わず顔が綻んでしまう。その様子を見ると女の人は満足したような顔をして部屋を出ていった。
そして次の演劇を見るとき。そう練習の成果を見る時がやってきました。あの女の人がいなくなった後も、演劇の人達が何人か私の部屋を訪れプレゼントをおいていったけれどいったいあれはなんだったのか。ちゃんと練習していればいいけれど……それも今日分かることだし気にしなくていいか。
「お嬢様。劇の準備が出来ました」
ダイスに一声かけられたため、それに頷き劇を見る体勢へと変える。劇が始まるとこの前より断然よくなっているのが見てとれる。棒読みではなくなり、動きも滑らかだ。
だが劇が良くなっているぶん粗も目立つというもの。昨日とほぼ変わらない演技をしている者が何人か。そのほとんどがこの間私にプレゼントをくれた者だ。注意するのはひと通り見たあとでいいか。
劇は20分ほどで終わった。短い劇ではあったけれど、すごく良かった。努力は実をむすぶのだなぁ。こんなにもよくなるとは驚くばかりだ。もしかしたら才能があるのかもしれない。とはいえやはりこの間の者達は注意せねば。
私はこの間の者達と目を合わせ、手で招く。すると彼らは呼び出されるのが分かっていたかのようにすぐにこちらの方にやってきた。なぜかドヤ顔で。申し訳なさそうな顔をするべきじゃないか普通……私はそんな彼らにニコリと笑いかけ呟く。今度は間違えない。
「下手」
すると彼らは目をまん丸にし、驚いた様子でなぜと聞いてくる。そしてプレゼントはお気に召しませんでした? と見当違いのことを聞いてくるものだから意味が分からない。理解力がないのか? と思ったけれどふとあれは賄賂だったのではと気づく。賄賂にのってあげられない私でごめん。でも
「演劇団にいらない」
「では奴隷に落とします?」
ダイスがそう恐ろしいことを言うが、こんなことで人の一生が決まるなんて残酷だ。私は首を横に全力で振る。
「では通常どおりのクビですかね。それとも打ち首の方がよろしいでしょうか。お嬢様のチャンスを無駄にしたのですからしょうがありませんね」
なに人の人生勝手に終わらそうとしているんだ。そんな笑顔で言う事ではない。ダイス……恐ろしい執事。
「このお屋敷でいつも通りの演劇じゃない仕事する」
このままでは彼らの未来が危ないと思った私は必死で言葉を思い出し紡ぐ。たくさんの言葉を喋るのは難しい。出てくる言葉を見るとやはり少し言葉が変だ。
ダイスの様子を伺うとなんだか驚いた顔をしている。ふと冷静になって考えてみると6ヶ月しかたっていない赤ちゃんがこんなに喋るのはおかしい。異世界の基準はよく分からないけれど日本だったならば確実に恐れられるレベル。私は保険として
「父様と母様には喋れるの内緒」
ダイスにそうニコリと笑いかける。承知しましたと頷いてくれたので心配はいらないだろう。
さて、演技が上達していないものはまだいる。が彼らはこの間別の部屋から聞こえてきた声の持ち主達なので練習はがんばっていたことを私は知っている。これはもう才能の問題なんだろうなぁ。
私は彼らと目を合わせるとさきほどと同じように手で招く。
「下手。演劇苦手?」
彼らは申し訳なさそうにはいと呟いた。どうするべきか。悩むところだ。そういえば気になっていたことがある。
「衣装は買ったもの?」
彼らは不思議な顔をしながらはいと答えた。
「じゃあ、あなた達は衣装作り、そして衣装のデザインも考える。あとはメイクもする。脚本も考える」
ここの家お金を使いすぎだからな。私の娯楽のためにそこまでお金を使う必要はない。やるからには彼らのできる範囲でとことんやってほしい。
「ダイス演劇の人達みんな私専属の人にできる?」
「旦那様にお聞きする必要がございますが、おそらく可能かと」
ならよかった。彼らには頑張ってもらいたい。私専属になってもらえれば練習の時間も沢山とれるだろうし。私が言葉を覚えるためにも、素晴らしい演劇になっていくことを期待しよう。あっ。私は部屋から出ていこうとする劇団員達を呼び止める。そしてダイスにしたように喋れるのは内緒ね。と伝えておく。皆頷いていたので心配はいらないだろう。