旅行という名の修行
「マジュリス様。少々お時間大丈夫ですか?」
お昼すぎのお腹いっぱいになった午後の2時頃、ぽかぽかとあったかい気温とあいまって気持ちよくまどろんでいたところにダイスが話かけてきた。
「どうしたの?」
「お嬢様の使用人の半数ほど1週間ほど屋敷を離れても大丈夫でしょうか?」
「ダイスも?」
「えぇ。私もです」
「別にかまわないけれど旅行にでも行くの?」
「そんなところです」
「そう。楽しんできて。おみやげ楽しみにしてるわぁ」
眠かったこともありダイスとの会話を少しばかり適当に終わらせ私は夢の世界へと旅立った。
ダイス達が旅行に行ってから4日ほどたった頃ふとそんな会話をしたことを思い出した。そういえばいったいどこに旅行にいったのだろう。他の使用人に聞いてみれば分かるかもしれない。
「ねぇアベル。ダイス達はどこに旅行に行ったの?」
「旅行? 旅行じゃなくて修行ですよ。だってあの願いの泉へ向かったのですから」
「なにそれ?」
「ご存知ありませんか。隣の大陸にあるのですが」
「初耳よ」
「でしたら説明させていただきますね。願いの泉は名前の通りお願いごとをなんでも叶えてくれる泉です」
「なんでも?」
「そうなんでも。世界征服でも人類滅亡でもなんでも叶えてくれます」
「いやいやそんなものあっちゃダメでしょう!?」
「大丈夫ですよ。そこまで辿り着ける人なんて今までで報告されている限り10人に満たないくらいですから」
「それはそれで危険じゃない。そんなに難しい道を通らなくちゃ行けないの?」
「んーとヨムミル樹海の事はご存知ですよね?」
「知ってるわよ本に書いてあったもの」
ヨムミル樹海とは隣の大陸にある樹海だ。SSSランクの魔物がうようよしていて更にはXランクの魔物まで生息しているという。それに加え迷いやすい……まさに一度はいったら出られないといった噂がある恐ろしい場所だ。
「そのヨムミル樹海の中心部にある泉ですからねー。普通だったら辿り着けるはずありませんし」
「そんなっ……皆無事に帰ってこれるのかしら。いくらダイス達だといっても死なないなんて確証はないじゃないの」
そんな所にいくと知っていたら止めていたのに。どうしてあの時詳しく聞かず寝てしまったんだ私は。皆私が赤ん坊のころから接してきた者達だ。いきなりそんなところへ行ってもう二度と会うことができないなんてそんなのは耐えられない。嫌だっ。
つーと頬に温かいものが流れる。だって10人しか辿り着けない場所だ。ヨムミル樹海に入ったのだからその他の人はきっと死んでしまったにきまっている。そんな場所に行ってしまっただなんて。
「そんなに泣かなくても大丈夫ですよ。マジュリス様が思っている以上に私達は強いですから。死んだりなんかしませんよ」
アベルがポンポンと私の頭に手をやりあやす。アベルというか使用人がこんな風に私に接するのは滅多にない事だ。
「少しは落ち着きました?」
「えぇそうね」
「泣いたら少し疲れたのではありませんか。少しお休みしたほうがよろしいですよマジュリス様」
「そうするわ。アベル、ベッドまで連れて行ってくれる?」
「もちろんです」
そうニコリと微笑むとアベルは私をフワリと抱き上げ大丈夫大丈夫と呟きながらベッドまで運んでくれた。
きっとダイス達は無事に帰ってくる。ぽんぽんと再びあやすように私の頭を撫でる彼。僕たちがそんな場所で死ぬわけ無いじゃないですかと不安の欠片も見せない彼を見ているとそんな気がしてくるのだ。
ダイス達が旅立ってから今日で1週間が経つ。よくよく考えるとヨムミル樹海へ行って1週間で帰ってこれるわけがない。数年帰ってこないのが普通。いや普通ならばあの樹海へ入って帰ってこれるはずがないのだが。
「私に嘘をつくなんて使用人の風上にもおけないわ。ダイスのばーか」
数年も会えないだなんて寂しすぎるじゃないか。寂しさからかぽつりとこんなことを呟いてしまう。いつ帰ってくるの? もうすぐ来る私の誕生日にはきっと間に合わないし。私がギルドに登録する頃にはきっと帰ってくるんじゃないかな。長い長すぎる。そんなに帰ってこないなんて嫌。ダイスのばーかばーか嘘つき。
「誰が嘘つきだと?」
「ダイスよダイス。ヨムミル樹海に入って1週間で帰ってこれるはずないじゃない」
「そんなことなかったですけどねぇ」
「そんなことばっかり言ってまったくダイスは……ってダイス!?」
顔を上げると少しばかり痩せてボロボロの服を纏ったダイスがお久しぶりですとニコリと微笑む。
「ダイス! 本物なのね。無事にかえってこれたのね!! 他の皆は無事なの?」
「えぇ。皆帰ってまいりました。そんなの簡単にへばったりしませんよ」
「本当に心配したんだから。まったくもう。本当によかった。聞きたいことはあるけどあなたボロボロじゃない。今日はご飯食べたらさっさと寝なさい。ようやく戻ってきたのだからゆっくり休むといいわ」
「マジュリス様に心配をおかけしてしまうなんて、確かに使用人の風上にもおけませんね」
申しわけなさそうに苦笑するダイスをみてなんだか少しばかりいらつく。
「あなた達ほど信頼できる使用人なんていないの。いなくなってしまったら困るのよ寂しいじゃない。とりあえずさっさと寝たらどう」
頬がかぁと熱くなるのを感じる。恥ずかしさからダイスをグイグイと部屋の外まで押しバタンと扉を閉めふぅとひと息。面と向かって信頼できると言うのは思っていたよりも恥ずかしい。ともかく無事に帰ってきてくれてよかった。詳しい話は皆がゆっくり休んだ後に聞くことにしよう。
あんなところに行ったのだから数日間は皆へばっているだろうとたかをくくっていた。がそんなことはなかった。私の使用人だ。皆は私の予想以上の回復力を見せ次の日にはいつもどうり仕事に戻っていた。侮れない、流石私の使用人。
「それで、どうしていきなり願いの泉に?」
「男はいつだって冒険したいものなんですよマジュリス様。無理だと言われているものに挑戦するということは素晴らしいと思いませんか?」
問いかけると眩しいまでに自然な笑顔で逆に問いかけてくる。そりゃあそうだ。ダイスがぎこちない笑顔だとか胡散臭い笑顔なんて浮かべるはずがない、劇団員だし。でも私にはどこか怪しいような、そんな気がした。
「えぇ素晴らしいことね」
「私がいない間なにかございましたか?」
「いつも通りよ。アベル達がよく頑張ってくれていたもの」
ちょうど通りかかったアベルを横目でチラリと見ながらそう答える。私が名前をよんだからかアベルは足を止め、こちらの方に近づいてきた。
「ダイスさん、お疲れ様でした」
「あぁ、ありがとう。私がいない間頑張ってくれていたようで」
「もちろんです。マジュリス様の使用人ですから。………それで、頭の方の心配はもう大丈夫なんですか?」
途中まで真面目に報告していたにも関わらず途中の……詳しくいえば頭ののあたりから笑いを漏らしたアベル。
「頭薄くなってきたの?」
と思わず聞いてしまうだろう、この展開ならば。
「まだハゲになんてなるものですかこんなにもフサフサしているのが見えるでしょう!?」
「じゃあどうして頭?」
「あと1年の猶予だったんです……父様やお爺様の髪が薄くなり始めたのが私の1つ上の年の頃だったそうで」
「それは……焦るわね」
でしょう? といいダイスは苦笑した。最近ダイスをこうるさい爺を見る目で見てしまっていたが、彼はこれでもぴちぴちの21歳。そんな若さからハゲに怯えていただなんてなんて可哀想なんだ。
ハゲねぇ。私は過去に2、3度会ったことのあるダイスのお父様とお爺様の記憶をぼんやりと思い出す。あぁ確かにけっこう禿げていたなぁと思わず顔がにやけた。チラリと顔を上げダイスの頭を見つめる。もし、ダイスが禿げたら……
ププッと笑いがこみ上げる。似合わない。まったくもってダイスにハゲは似合わない。
「今私にはマジュリス様が何をお考えになっていたか手に取るように分かりましたよ? お嬢様覚悟はできているんでしょうねぇ?」
「ひっご、ごめんなさい。でも禿げる心配がなくなったのだからいいじゃないの。これからは薄くなる心配はしなくて良いのでしょう?」
「えぇ、もちろん。無事にたどり着きましたからね」
そう言って何かから開放されたような爽やかな笑みを容赦なくこちらに浴びせてくる。すっかり慣れてしまって忘れていたがこの人イケメンだった。笑顔が眩しい。その開放されたものがハゲからの開放ってのが残念だけど。
「いいなぁ俺も行きたかったです」
隣を見上げるとこれまたイケメンが口を尖らせ不満げにダイスに文句を漏らす。
「しょうがないでしょう? アベルまでいなくなってマジュリス様に何かあったらどうするのですか。半数近くいなくなった使用人のカバーができるのはアベル。あなたぐらいなんですよ」
「そりゃあ分かってますけど」
「大体あなただったら1人で行っても到着できるような気がするんですけどねぇ」
んん? なにかおかしなこと言わなかった? この華奢で色白で、か弱そうなアベルが1人で願いの泉まで辿り着けるとかそんなことあるわけない。ちょーと頑張れば私だって勝てちゃいそうなんて思えてしまえるような見た目だ。
「んー行けますかねぇ?」
「不安なようだったら居残りメンバー皆で行ってみたらどうです? まぁ私はあなた1人で行けると思いますけどね」
「いやぁ。やっぱ1人じゃ不安ですから皆で行くことにします」
「そうですか。頑張ってください」
「ってことなので明日から1週間ぐらいお休みもらえますかー?」
「えぇ」
じゃそういうことでと言いアベルはパタンと扉を閉め出ていく。あまりの衝撃で一瞬我を忘れてしまった。ん? というかそういうことってどういうことだ。
「よろしかったのですか」
「なにが?」
「アベル達が願いの泉に行くことについてです」
「えぇ? 良くないに決まっているじゃない。あんなところにか弱いアベルが行ったらきっと瞬殺よ!」
「それについては問題ないように思えますが……しかし先ほど自ら許可を出されたではありませんか」
「えぇ!? 嘘。私そんなこと言った?」
なんてことだ。2人の話が衝撃的すぎて全然聞いていなかった。このままではアベルが魔物の餌になってしまう。
「マジュリス様の考えていることがこちらには物凄く伝わってくるのですが、問題はないと思いますよ。彼、私達の中で1番強いですし」
「はい?」
「ですから彼が1番私達の中で強いんです。Xランク1人で倒せちゃうんですよ」
……ぱーどぅん? ちょっと理解が追いつかない。Xランクを1人で倒せるなんてどこの物語の主人公だよ。彼は確か15歳だったと思うのですが、その年でその強さとはなにごとなんだ。
「どうしてそんなに強いの?」
「どうしてと言われましても……戦闘のセンスの問題だと思いますが。マジュリス様専属の使用人になる前は一般的な強さでしたからねぇ」
「ふーん。じゃあダイスはなぜそんなに強いの?」
「私も専属になる前は一般的な強さでしたね。私というか皆もそうですけど。マジュリス様あなたには皆とても感謝しているんですよ」
感謝されることなんてしてないけど。過去の記憶を探るが思い当たることなんてまったくもってない。それどころかわがままを言って困らせてばかりな気が。
「あなたが生まれてからこのお屋敷の雰囲気はとても良くなったんですよ。旦那様も奥様も前よりもずっといきいきとしていますし。
それに私達はこのお屋敷でずっと働きたいと思ってはいるのですが、入れ替わりが激しいですからいつクビになるか毎日不安になっていました。
ですがマジュリス様が私達を専属にしてくださったおかげで不安なく生活できております。そんな将来の不安を消してくださったお方にお仕えしているのですから、日々切磋琢磨し自分を磨き上げようとするのは当然のことかと……マジュリス様に何かがあった時、弱いままでは守れないではないですか。皆あなたのことをお慕いしているんです。守らせてくれることを許可してください」
「ダイス……」
ダイスのその言葉が私の心に染みる。なんて嬉しいことを言ってくれるのか。私はその言葉に見合うような人物ではけっしてないというのに。こんなにも慕ってくれているだなんて……その言葉に見合うような人物になれるように私も自分を磨かなければ。
「マジュリス様は強気な性格をしておられるのにけっこう泣き虫さんですよねぇ」
「そんなことないわよ。泣いてなんていないもの」
「はいはい。そうですね。で、どうするのですか?アベルを止めますか」
「いえ、ダイスが大丈夫と言うんですもの。きっと大丈夫よ。私は皆のこと信じているわ」
といっても帰ってくるまできっと今回みたいに心配してしまうだろうけど。それでもアベルが行きたいと言っているのだから、その気持ちを尊重するのが彼らの主としてのつとめなのではないのかな、なんて思う。




