美しい物には毒がある
土のにおいがやけにいい匂いに感じる。今わたしは庭にいる。この庭とんでもなく大きい。屋敷だけではなく庭でさえこんなにも広いとはさすが貴族といったところだ。とてつもない広さなので庭師の担当のスペースによって個性が出ているのは見ていて面白い部分の1つ。
そして私が現在いるスペースは綺麗ではあるが、どことなく毒々しい雰囲気をもった場所だ。このスペースだけあきらかに生えている植物が異質。だと言うのに周りと調和されているのが不思議でならない。
なぜ私がこんなところにいるかと言うと、あの悪夢が再びということだ。そう、ダイスの予定が再び付かず今日の鍛錬はテイラと行う。そんなテイラに魔法の練習ばかりでは息が詰まりますよ、とここまで連れてこられたというわけだ。可愛いテイラと外で鍛錬と喜んではいけない。前回のテイラのクレイジーな鍛錬を思い出すのだ私。あぁ恐ろしい。私がそんなことを考えているとは露知らずテイラはふわりとした笑顔をこちらに向ける。
「マジュリス様は冒険者になられるのですよね?」
「そうよ」
「でしたら、危険な植物について勉強された方がろしいですよ。食事を現地調達して毒にやられる方というのはけっこう多いですからね」
「勉強してるわよ。図書室で色々読んでいるもの」
「それは素晴らしい心がけですね。でも実際に見た方が文字で勉強するよりためになるとは思いませんか?」
「確かにそうね」
「でしょう? ここの植物は私が育てているのですけれど、図鑑に載っているようなものでしたら大抵はここにありますので覚えていきましょう」
テイラのふわりとした微笑みに釣られてこちらも微笑んでしまいそうになったが、これはおかしい。絶対におかしい。
まず彼女は庭師ではない。だというのにこんなにも綺麗に植物が手入れされていることは驚くべきことだ。私の使用人は基本的になんでもできるが、改めて考えるとやはりすごいことだ。
で、そのことについてより何倍も気になる部分はなぜそんな危険なものを育てているのかということ。しかも辞典にのっているような物ほぼ全てという植物に対する知識と収集力。あきらかにおかしい。
「なんでこんな危険な植物について詳しいの?」
「暗殺者の役をした際に毒殺に使われる植物について調べたからですよ。やはり役をするには徹底的に調べないといい演技ができませんから」
そういえば確かにそんな役をしていた。テイラは暗殺者と仲良くなったり気配の消し方を覚えたりとそんなことまで演技に必要なの? と聞きたくなることまでしていたなと。そう考えると危険な植物を育てているというのは納得できなくもない。
「でもこんなに育てていったい何に使うのよ?」
「使う用途なんて今のところはございませんよ。ただ私は植物が好きですので育てているだけです。危険なものですが、見た目はきれいですし、間違って食べたりしなければ問題ないですからね」
「そういうものかしら?」
「えぇ。そういうものです。ですからこの子達を使って勉強しましょうね」
「そうね。分かったわ」
そうして植物を使った勉強が始まった。テイラの教え方は非常に分かりやすく親切に教えてくれるため、図鑑で勉強した時とは比べ物にならないくらいするすると頭の中へ入ってきた。毒がある植物は綺麗なものが多く、美しいものには刺があるとはまさにこのことだなと感じさせられるばかりだ。
「ねぇテイラこれは何?」
「これはグロクノンという植物ですよ。酒酔いのような状態になるものですね。ほろ酔い程度ですから危険性はありませんよ。ですが、お嬢様はまだ3歳ですから果実をもごうとするのはお止めくださいね? それにお酒に弱い人が食べたら充分酔っ払うんですから」
私は美味しそうと思い伸ばした手を引っ込める。ほろ酔い程度ならばいいではないか。苺を5倍ほどの大きさにさせたような赤くてみずみずしい果実が私を食べてというかのように誘ってくるのだ。苺のようなプツプツはないが、この苺のようなものを食べたいと思うのは当然じゃないか。
「まだお酒に耐性のない身体なんですから食べるのを許可するわけにはいけないんですよ」
「はーい。分かったわ」
しょうがないから諦めよう。どうせもう少し成長したら食べれるんだ。テイラにわがままを言って困らせるのも可哀想だし。私が諦めたことに気づくとテイラは微笑み、ミルクティーのような色をした植物をぷつり、と千切る。
「お嬢様、こちらの植物の匂いを嗅いでみてください」
葉っぱを鼻に近づけ匂いを嗅ぐと、それはアセロラのような甘い匂いとわずかに鼻にツンとくるような刺激的な匂いがした。
「この甘い匂いがもし食事からしたら絶対に食べないでくださいね」
「どうして?」
「二度と私達に会えなくなってしまいます」
「死んでしまうの?」
「えぇ。だから絶対に口に含んではいけないですよ」
「そう、分かったわ。ちなみにこれなんという植物なの?」
「これは、キュグルリと言います」
「覚えておくわ」
とは言ってもこの匂いを嗅ぐ機会なんてのはそうそうあるものではないだろう。そうとう悪意をもたれなければこんな物を使われないだろうと思うのは私が平和な世界にいたからなんだろうか。
「それにしても身体に出る異常というのは植物によっていろんなものがあるのね」
「そうですねぇ。でも知っていれば怖くないでしょう?」
「知っていても怖いわよ」
吐き気や嘔吐、下痢、手足の痺れとかそんなもんではない。さきほどテイラが説明してくれた植物は恐ろしい物ばかりで思わずぶるりと身体が震える。
ツルギタケという茸は名前の通り剣のような見た目の白い茸で、食べてしまうと身体中が剣で刺されたような痛みに襲われるというもの。でもこの茸、調理しようと包丁で切ってもなぜか形を崩すことができず、切っても切っても剣型なので、毒殺には向いていないし、ひと目で毒キノコと分かるので被害を被る人は少ないそうだ。
同じように火炎茸という茸も見た目が真っ赤なため分かりやすい毒キノコなので食べようとする人はまずいない。この茸は食べた瞬間に火炎に包まれ絶命するという恐ろしい茸だ。
この他にもたくさんの恐ろしい茸があり、テイラが説明してくれるたびに身体がぶるりと震える。
「でもマジュリス様、今日説明したものなんてたいしてどれも怖くなんてありませんよ。どれも分かりやすい見た目をしていたでしょう? 本当に怖いのは地味なものであったり非常に食欲をそそる見た目をしているものですよ」
「それについても教えてくれるの?」
「もちろんです。少しずつ覚えていきましょうね」
「えぇ、お願いするわ」
美味しそうな物を食べてぽっくり逝ってしまうなんてそんなのは嫌。せっかく転生なんてものをしたのだから前世よりも長生きしたい。
知っている、知識があるというのは自分にとって大きな力になる。ただでさえこの世界は魔物なんてものがいて前の世界より死にやすいのだ。さらに私は冒険者として活動するつもりだからなおさら死のリスクは跳ね上がる。だから勉強することで少しでも生存率があげられるならば必死で覚えるしかない。頑張ろう。私はこぶしに力をぐっといれ、そう誓ったのだった。




