私の知ってる人と違う……!?
「さぁお嬢様早く治してくださいませ」
目の前には手が血塗れになっている使用人……バイタルと、その横でナイフを片手にふんわりとした笑みを浮かべるテイラ。
いつもならば癒されるその笑みが今は非常に恐ろしいものに感じる。ナイフを持っていることは勿論怖いのだが、そんなものをもって笑っているという状況はなかなかにクレイジー。目を合わせたら殺られてしまいそうだ。こんな状態のテイラが恐ろしく感じるのはしょうがないだろう。そしてその横にいるバイタルも理由は違えどちょっと今は目を合わせたくない状態だ。
痛いの気持ちいい、なんて言いながら恍惚の表情を浮かべる男と誰が目を合わせたいものか。しかも手は血塗れ。狂っているようにしか感じない。いや狂っているのは確かなのだけれど、いったいどうしてこんなことになってしまったのか……
それは今日の稽古がダイスの都合がつかなかったという理由に限る。そのダイスの代わりにテイラが指導してくれるという話を聞かされていた。テイラが得意な魔法は治癒魔法らしく今日は治癒魔法について教わる予定だったのだ。
癒やし系のテイラが得意な魔法が治癒魔法だなんてイメージぴったりだなぁ。なんて心が温かい気持ちになったというのにも関わらず、鍛錬所で私に一通りの説明を終えた彼女は少し席を外し、バイタルを連れてきた。不思議に思っていると、彼女はどこに隠し持っていたのか、いきなりナイフを出しバイタルの手をグサリと刺した。私が顔面蒼白になっているであろう中、バイタルは特に驚くわけでもなく平然とそれを受け止め、血をダラダラと流し始めたのだ。恍惚の表情を浮かべながら。
彼女達は私に治癒魔法を教えるためにこのようなことをしたらしい。確かに治癒魔法なのだから、怪我人がいなければ魔法はかけることはできない。だからといって平然と人を刺すのはおかしいし、そして刺された人物もそれを喜ぶなんていうのは誰かどう見てもクレイジー。
そしてまず、私が知っているバイタルという人はこんな人ではなかったはずだ。使用人の中では珍しくチャラっとした雰囲気を持ち、私の好みの物をよくプレゼントしてくれる優しく軟派な男、それが彼だ。ちなみに劇団員たちが演技が下手だった頃、彼だけが私にプレゼントを渡し、なおかつ演技も上達していたという要領の良さ。そんな彼がこんな変態的性癖をもっていただなんて認めたくはない。が目を背けるわけにもいかないこの状況。
「えっとなぜバイタルはそんなに嬉しそうなのかしら」
「愛しのテイラが俺を痛めつけてくれたからです」
「あぁうん。そう……」
なんて言っていいのか分からないけれどきっと大人には色々あるのだ。愛の形というものは人それぞれ、性癖も人それぞれだ。うん。そう思い込むしかない。
「お嬢様?よろしいですか。さきほど説明したように治してみてください」
「えぇ、あぁうんそうね」
そう、今こうして私が彼らの異常性に動揺している間もバイタルの手からは大量の血が流れ出ているのだ。早く治さなければ大量出血で命が危ないかもしれない。私はテイラが説明したように、怪我をした部分を手で覆い、まぁ覆うというよりかは手で包み込み、ヒールと唱える。
「ヒールで治るような傷ではありませんからハイヒールで治してください」
私が初心者ってことを彼女は分かっているのだろうか。いきなり中級の魔法を使わせないでほしいものだ。初級魔法で治る程度の傷にして欲しかったと心の中で文句を呟く。
さきほどヒールをかけたバイタルの手は先ほどより少し傷が小さくなったかな? というくらいで、血はまだ出続けている。威力不足なのが目に見えて分かった。彼女の言う通りヒールで治るようなキズではないらしい。そのため初めて使う中級魔法に少し緊張しながらもテイラの指示通りハイヒールと唱えた。すると傷が先ほどとは比にならないくらいの早さで塞がっていった。ちなみにこぼれ落ちていた血もどういう原理なのかは分からないが消え去っている。
「さすがお嬢様ですね。1発で成功させるなんて素晴らしいですわ」
「テイラの教え方が分かりやすいからよ。それよりも聞きたいことがあるのだけれど……バイタルとはどういう関係なの?」
「恋人ですよ」
「恋人? テイラの犬的な存在なわけではなくて?」
「そんなんじゃないですよ~。お恥ずかしいのですが私、愛した人は傷つけたくなる性分でして……私がつけた傷が残っているのを見るともう堪らないんです。バイタルはそれを受け止めてくれる優しい人で感謝しています」
「あぁうん。そうなのね。お似合いで素晴らしいとおもうわ」
内心うわぁ、だ。どっちもちょっとおかしな性癖なようだ、この2人。見た目的には男美女カップルでお似合いなのに残念な人達だ。いやお似合いではあるんだけど……この2人のしていることはSMとは違うんだろうか。ちょっと奥が深すぎて私には分からない。分かりたくもないけれど。
こうして今日のテイラとバイタルのバイオレンスな鍛錬は終了した。いつもよりだいぶ疲れた。主に精神的に。
ふぅとため息をつくと、もうすぐお父様が帰ってくる時間だと気付く。お出迎えをしようと玄関まで小走りで向かった。お父様喜ぶかな。私が今か今かと玄関で待ち構えていると、ガチャリとドアが開く音と共に従者とお父様が帰ってきた。
「お父様!おかえりなさい」
「おぉマジュリスわざわざ迎えに来てくれたのかい。本当にマジュリスは優しい子だね」
「そんなことありませんわ。早くお父様に会いたくて我慢できなかっただけですもの」
私がそういうとお父様は顔をゆるめ優しい眼差しを私にむける。私も微笑み返す。あんなにもお父様が嫌いだったなんて嘘のよう。お父様は世界一素敵だなんて私は思ってしまっている。
私はお父様と共にお部屋に向かい、部屋に入るとお父様の膝の上に跳び乗る。ここはもはや私の特等席といっても過言ではない。まぁ眺めは悪いけどね。お父様のことは大好きになったが、目に痛い蛍光ピンクや魔獣の頭が壁から生えている趣味の悪いこの部屋は相変わらずどうかと。
「マジュリス今日はどんな話をしようか」
「お父様。私お母様のご家族のことが知りたいんですの。お母様のお父様はあまりよろしくない方だったのですか」
「アリアの? うーん。良くない人というよりかは、世間体を気にする人というイメージを受けたけどなぁ。良くないと言えばアリアの義理の母とその娘さんからは良くない雰囲気を感じたな」
「義理のお母様はお母様に良くしてくださったと聞いたのですけれど」
「そういえばアリアもそう言っていたな。でも絶対良い性格だとは僕は思えないけどね。大抵の人はごまかせても僕のスキルはごまかせられないよ」
確かにスキルの性能というものはすごいものだから、欺くことなんてことはできない。お父様が辛い過去を経て手に入れたものなのだから、実際お母様の義理のお母様には何かあるのだろう。まったくお父様の両親にしろお母様の家族にしろどうしてこんな問題があるんだ。私が娘として生まれたからにはどうにかしたい。まだ幼いからできることは限られている。それになにかしようとすれば周りの手もたくさん借りてしまうだろうなということも分かっているけれど唯一の大事な家族なのだ。幸せになって欲しい。
私にはお父様やお母様の過去を変える力なんてものはない。今まで負ってきた辛さを本当の意味で分かる事なんてのもできない。でも、娘だからこそできることだってある。仲の良い幸せな家庭をきづき、家族っていいものだと認識を変えられることならば私にもできるんじゃないかなぁ。辛さを負った分以上に幸せだと感じてもらえたならば私がこの2人の間に生まれた意味があるというもの。
そう考えると私のこの世界での目標というものができる。この世界はわくわくする世界だ。でもそれと同じくらい地球と違いすぎて怖気づいてしまうという気持ちだってある。でも家族を幸せにするという目標があれば乗り越えられる。乗り越えて見せる。




