可愛らしくても男
「そういえばマジュリス様」
「どうしたのダイス?」
日課になっているダイスとの稽古が終わり、休んでいる時にダイスが話しかけてきた。魔力切れをおかしかけているためにもうヘロヘロだ、魔法一発だって放つことはできないだろう。そんな私になんの用があるというのか。
「マジュリス様が性転換された姿を見たいんですが、見せていただけませんか」
「別にいいけれど……いきなりね」
「性転換された後もマジュリス様の面影が残っているのであれば困るなと思いまして」
「どうして困るの?」
「変な邪推をする者は少なくないのですよ。マジュリス様に似ていたら旦那様の隠し子かなんて騒ぎになりかねませんからね」
「それは困るわね、そういうことならばまぁ見せるわ」
お父様に変な疑いをかけられるのは困るし……と言っても似ている要素なんてないだろうから心配ないけど、従者がそう心配しているのであれば見せるのは当然のこと。私は性転換と呟く。そう呟いた直後魔力が全身にいきわたるのを感じる。ダイスからわずかにおぉと言う感嘆の声が漏れたので無事に異性になれているだろう。
「どうかしら」
「マジュリス様の面影はないですね。旦那様とは似ても似つかない。それにしても考えましたね。混血ですか」
「えっ混血?」
「ご存知ではなかったのですか?」
私が何が? と聞くとダイスは視線を私の頭の方に向けた。まさか猫耳やらうさ耳でも付いているとでも言うのだろうか。そんな想像はしていないのだけれど。
「その色ですよ。魔人族との混血の証ではないですか」
「魔人族? この黒髪が? 差別とかされてしまいそうで困るわね」
私が心配しているとダイスが不思議そうな顔でこちらを見る。黒髪は魔人族の証だったのか。勉強不足だった。使用人にも黒髪はいるし、たいして珍しいわけでもなかったからそんなこと聞こうともしなかったのだ。
「ご存知ではなさそうですから説明させていただきますけれど、魔人族は差別などされていませんよ。それこそずっと昔は今のような関係ではありませんでしたが、十年戦争をきっかけにそんなものは無くなりました」
「十年戦争って?」
「500年ほど前に起こった戦争です。人族・魔人族・獣人族の人種のいざこざで起こったものですね。その当時は1つの街に別の種族同士が暮らしているなど考えられないことでした。それほどまでに仲が悪かったのです。そのため長い戦争でたくさんの人が死にました。地面も赤く染まり、けれど終わりは来ずどの国も弱っていきました。ですが戦争を終わらそう、と言ってしまえばすなわちそれは負けなのです。ゆえにどの種族も終わらそうとはしませんでした」
「でも終わったのよね?」
「えぇどの種族もこんなことでこれ以上争うのは……とは思っていたらしいですからね。第三者の介入により戦争は終わったのです」
「へぇ誰?」
「月神様ですよ」
「はぁ?」
月神とはこの世界で信仰されている神だ。この世界では主に二神、陽神と月神が崇められている。それ以外の何かを信仰している者は滅多に見ない。陽神・月神とは簡単に言ってしまえばそれぞれ朝と夜をつかさどる神だ。まぁそれだけではなく、自然の恵みはこの二神のおかげだとこの世界では言われている。ちなみに親しみを込められてサン様とムーン様と呼ばれることも多々ある。だからといってその神様のおかげで戦争が終わったというのは、ちょっと神話じみてはいないだろうか。
「どういうこと?」
「戦争でボロボロになった者達の前に現れて、これ以上争うのはやめろと。誰もいなくなるまでやる気かと。その際に代わりに戦争でおった負のエネルギーを吸い取ってくださったのですよ。マジュリス様も窓越しに見たことがあるでしょう?月に一度、赤黒い月が出る日を。あれは死傷者の血を吸いとり、負のエネルギーを吸い取った代償としてムーン様が負ったものです。それほどまでに凄まじい状態だったのでしょうね。まぁ月に一度そんな月が出ることで、二度と同じことを繰り返すなよと言う意味合いなのかもしれませんが」
「へぇ。そんなことがあったのね」
「えぇ。ですからそれ以来小競り合いはあったものの、少しはずつ種族同士は和解していって今のような関係になったのです。人種で差別するなんて現在は滅多に見ないですね。多少の苦手意識や好き嫌いはあるでしょうけど」
「なら差別される心配なんてないわね。安心したわ」
ふぅと胸を撫で下ろす。私の心配事が解消されたからか、ダイスが何か聞きたそうな顔をしている。なに? と聞く前にダイスの口は開いた。本当に付いているのですかと。何が? と言いそうになるが言う前に推測することができた。男の身体に付いているあれかと。ブラブラと邪魔なものが付いているのが私にはちゃんと分かる。違和感ありまくりだから分からないはずがない。
「いや、すいません。マジュリス様が性転換されてもまだ子どもなために、中性的な可愛らしい子どもに見えたものですから」
「これから成長するから大丈夫よ」
確かに私が想像したのは漢らしい男ではない。だが女の子みたいに線の細い可愛らしい男なわけでもないのだ。眉目秀麗な特に男らしくも女の子みたいでもないイケメンを想像した。笑顔が素敵な人を想像したから中性的になってしまったのか……だが子ども時代なんて将来がどんなにかっこよかろうと可愛いらしいものだ。今の私が可愛らしい男の子でもなんら不思議はない。可愛らしくとも今の性別は男なのだからその象徴はついている。そんな疑問もかっこよく成長した時には、抱かなくなるだろう。成長が楽しみだ。
「あと、冒険者になるのであれば言葉使いをもう少し乱暴ものにしたほうがよろしいかと。男ならばなおさらに」
「そんなの簡単よ。俺は強いんだゼ。みたいな感じでしょ?」
「なんか違います」
「へいへいお嬢ちゃん。一緒にパーティ組もうぜー。って言えばいいのでしょ」
「普通のお嬢さんでしたら、きっと白い目で見られるでしょうね」
「つれないわね。ちゃんと分かってるわよ。僕と一緒にパーティ組んでくれない? とか言っとけば良いんでしょう」
「ちゃんと分かっていたのですね。ボロが出ないように気をつけてくださいよ。それに、冒険者の時の言葉使いも普段使ってしまうことがないように気をつけてください。とは言っても心配ですからそちらの方も指導させていただきますけれどね」
「えー」
そんなに心配しなくても大丈夫なのに。確かにこの世界ではずっとこの喋り方だけど、意識してそう話しているのだから。むしろ乱暴な言葉遣いの方が楽だ。前世でこんなお嬢様言葉で喋る人なんてめったにいないのだからそう感じるのはおかしなことではない。一般的にこんな喋り方の人なんていなかった。だから普通の喋り方になんてわざわざ指導されなくても喋れるのだ。ちょっと心配しすぎとは思うが、これからもこの喋り方で過ごしていくわけだから、もしかしたら意識して喋らなければボロが出るというのも考えられないことではないのかもしれない。
つい、"ワタクシ"なんて言ってしまった日には変な目で見られてしまうだろう。冒険者ではなく貴族の男ならば特別変なわけでもないけれど。気をつけよう。逆に冒険者の時の喋り方でマジュリスが喋ってしまった場合……この姿の時に僕なんて言ってしまった日には大騒ぎになるだろう。主にお父様が喚くのが想像できてしまう。
「というかお嬢様パーティ組まれるんですか?」
「組んだ方が良さそうじゃない。特に最初ならなおさらよ。でも組むのは1人か2人がいいわ。あんまり人数が多いと仲間割れなんてのがおきそうで嫌。あとは組むなら女の子がいいわ。いくら私が男の姿になっているとはいえ、野宿で男の人と2人きりだなんてなんだか緊張するじゃない」
「お嬢様にそんな気持ちが残っていたのですね。自ら男になろうとするのですから、恥ずかしいも何もないものかとてっきり思っていましたよ」
「それは、男の姿でなければ冒険者なんて絶対許してくれないだろうなって分かっていたからよ。私がこの姿のまま冒険者になってもいいならそんなことしないわよ」
そう、私は別に男になりたい願望があるわけではない。今の姿のままギルド登録をしていいのならば性転換のスキルを探すなんてことはしなかっただろう。どうしてもギルド登録したい。もちろん異世界らしい冒険者という職業にたいしての憧れなんてものもあるが、私がギルド登録したいと思ったのはそれだけではない。
退屈なのだ。お母様を見ているかぎり滅多に外には出ず、外出と言えば主に夜会だとかお茶会。家ですることと言えばレース編み。これはお母様に限ったことではなく大抵の貴族の婦人や令嬢はそう。そんなの私には耐えらない。
せっかくこの世界は魔法なんてものがあり、別の種族だっていて、不思議な生き物や魔物がいる。見たことない植物や食べ物だってたくさんある。それなのに家で退屈なことばかりするなんて私には無理。色々見たいし、体験したいに決まってる。ギルドはそういう私の欲望を吐き出すのにすごく適していると思う。それにクエストを受ければ人のためにもなるし、お金も貰える。良いことずくめだ。だから私はギルドに登録したいなと、男になれるのであれば大丈夫かなと思ったのだ。男である間は私は貴族のしがらみなんてのもないし、自由に行動できる。なんて素晴らしいことか。自由に過ごすために行動するのは当たり前だ。
「貴族の娘として当たり前のことをする人生なんて楽しくないでしょ。せっかく興味深いことが世界に溢れているのにそれに触れようとしないなんて損してるわ。着飾ったりするだけが生きがいなんて意味分からないじゃない」
「いやたいていの人はそれが楽しいのですから貴方様が異端だってことは理解してくださいね」
……手厳しい。この世界の感性しか持っていないからそんなことが言えてしまうのだ。私みたいにそんなことが想像の中でしか起き得ないところの記憶を持っているものから見ればわくわくしてしょうがないのに。このわくわくには危険を伴うから躊躇してしまうのも分からんでもないけど。このわくわくを共有できる友達を作れたらいいなぁ。貴族の子にそれを求めるのは難しいけれど冒険者として生きる子達の中にはきっとたくさん同士がいるはずだ。




