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ゲス豚じゃないのかもしれない

 今日は稽古1日目。これから私の様子をみながら、ほぼ毎日稽古をするそうだ。ダイスを毎日付き合わせるのも悪いので1度は断ったのだけれど、私以外にも稽古をつけれる者はたくさんいますのでと笑顔で押しきられてしまった。私以外に稽古をつけれる者とは十中八九劇団員のことだろう。


 私は比較的動きやすい服装に着替え、ダイスと共に鍛錬所に向かう。屋敷に鍛錬所があるのは貴族のお屋敷では普通なのか。私はこの世界の常識について、まだ全然詳しくないので分からない。


 鍛錬所のドアをダイスが開くと、何人か劇団員の者が鍛錬しているのが視界に入る。私達がここを使うと知ると皆出ていくようだ。去り際に頑張ってくださいね。と皆言ってくれたのだから、期待に応えられるよう頑張らなければ。


「さて、今日から稽古をつけますが、何か使いたい魔法や属性はありますか。あるのでしたらそちらを優先的に鍛えさせていただきます」

「使いたい魔法というか…詠唱をなるべく唱えたくないのだけれど、どうにかならないのかしら」

「そちらについては問題ないと思いますよ。マジュリス様は魔導具作成のスキルがあるくらい魔力のコントロールが上手ですから、詠唱についてはする必要がございません。無詠唱で使えないものは詠唱しても意味がないくらい相性が悪いものだと思います」

「そうなの?ならば特に希望はないわ」

「ならば自由に教えさせていただきますね」

「よろしくお願いします」

「ではまず始めに冒険者として活動するのに基本的なものから教えていきますね」


 ダイスが1番最初に教えてくれた魔法は“ファイアボール”だった。野営をする際には必ずこの魔法を使うのだそう。焚き火をするにはこの魔法を使うのがちょうどいいと言っていた。


 何もないところへ火を出すというのは想像しにくいと思ったけれど、意外にも簡単に出すことができた。ダイスがいうにはイメージが少しあやふやでも魔力のコントロールが上手いのならばできる、とのことだったので私は比較的魔法を早く覚えられるのではないか。これは天才、さすが転生しただけのことはある。あれ、なんだかダイスの視線がいたい。


「マジュリス様。少し調子にのっていらっしゃるでしょう?魔法も簡単に覚えられて喋るのもお上手で、すべて自分の努力のおかげと思ってらっしゃいませんか」

「私の努力のおかげ以外に何があるのよ」


 私がそう言うと、ダイスがここ最近よく見る溜め息をまたついた。最近ダイスは私に対してちょっとばかし失礼ではないだろうか。しかもまた残念な子を見る目でこちらを見つめてくるし。


「マジュリス様に旦那様が魔力を与えていたことに気がついていないのですね?普通でしたら、6ヶ月しか立っていない赤ん坊が喋ったりスキルを使えるようになったりするはずがないでしょう。マジュリス様が健康で賢い子に育っているのは旦那様のおかげなのですよ。マジュリス様が奥様のお腹にいるときから魔力を与えてもらっているからこそ今のマジュリス様がいるってことを知ってください。旦那様が賢く強い方でなければ魔力を与えたって人並みでしかないのですからね」


 私が喋ったり、赤ん坊の時から歩けたりスキルを使えるのがゲス豚のおかげ…!?私が前世のことが記憶にあったからではないの。いや前世の記憶があることさえも、もしかしたらゲス豚が魔力を与えてくれていたおかげかもしれない。なんてことだ、もう心の中でさえもゲス豚だなんて呼んではいけない気がする。でも悪事を働いているのだから素直にお父様と呼ぶのもなんだか釈然としない。そして豚に近い体型であることもかわりない。閃いた! おトン様。おトン様がしっくりくる。これ以上にぴったりなものは私にはもう考え出すことはできない。ゲス豚改めおトン様と呼ぶことにしよう。あれ、なんだかまたダイスに残念な子を見る目で見られている気がする。


「マジュリス様また変なことを考えていらっしゃるでしょう? 貴方様は旦那様を偏見の目で見すぎなのですよ。どう思ってるかはなんとなく想像はつきますが、旦那様はマジュリス様が考えているほど酷い方ではありませんよ」

「使用人をすぐクビにしたりするじゃない」

「旦那様がどんな基準で使用人を選んでいるかは分かりませんが、クビになった使用人は皆、他のお屋敷などで不自由なく暮らしていますね。他のお屋敷ではここを出た後の使用人は気がきき、賢いと評判です。言葉使いも丁寧ですし、機嫌が悪い時は気分がよくなることをしてくれるとおっしゃっていますよ。見目もよろしいですし、近くにいるだけで癒されるとのことです」


「ここの領地って重税じゃなかったかしら?」

「軽い税だからこそ良いというものではありませんよ。懐に余裕があればお金にものをいわせて好き勝手する者も多くいますし。確かにここの領地は重すぎる税といってもいいくらいですが……そのおかげで道は綺麗に整備されていますから悪いことばかりというわけではないのです」


 なんということ。ダイスの話を聞いているとおトン様がむしろいい人のように聞こえる。でもあのとき私に話しかけた内容は酷いものだった。けっしていい人と言えるものではない。


「それにマジュリス様は他にも旦那様に感謝しなければならないことがあります。その誰もが目を惹く容姿は旦那様のおかげだと思いますよ。今はあのようなお姿ですが、私が屋敷に入ったばかりのころは、本当にお美しかった。背も高いですし、はっきりとした目鼻立ちに優しげな眼差し、そしてどちらかと言えば中性的な顔立ちで童顔でしたから童話の中から出てきたような独特の雰囲気をもっていらっしゃいました」

「お父様がかっこよかったですって?今があんな姿ですのに?」

「かっこいいというよりはお美しいといった表現がしっくりきますけども 。今があの容姿なのもしょうがないのかもしれませんね。あの時のお姿であれば他の貴族に嘗められること間違いなしでしょう。若くして当主になるということだけでも他の貴族に上手に出られるというのに、それに加え、か弱そうな雰囲気をまとっていたら他の貴族がいいように使おうとしてきたでしょうね」


 あのおトン様がか弱そう?美しい?まったく想像がつかない。1回痩せてみてもらわないと。


「今、あの時の姿にもどったら嘗められてしまうかしら」

「それはないと思いますよ。旦那様は他の貴族様と上手くやってらっしゃいますし、当主として経験を積み簡単に言いくるめられるほどの人物ではなくなりましたからね」


 それならばなおさらおトン様の太る前のお姿が見てみたい。もし痩せたならば心の中でもお父様と呼ぶことにしよう。どうせ悪事は私が阻止するのだから、おトン様は痩せるだけでいい。私、おトン様が痩せれるように協力する!



 稽古が終わったあと、おトン様を痩せさせようと心に決めた私は彼の部屋を訪れた。私が部屋に入るとおトン様はものすごい笑顔をこちらに向けた。


「マジュリスから父様に会いに来てくれるなんて珍しいね。すごく嬉しいよ」


 目の前にいるおトン様を改めてまじまじと観察してみるが、昔美しかったであろう要素はみてとれない。髪の毛はさらさらだけど、それぐらいだ。あいかわらず趣味も悪いし。おトン様が座っている大きなソファーは蛍光ピンクで目に優しくない色をしている。


 こんな肉付きのよすぎる手で小さなティーカップをよく持てるな。意外にも器用なのかもしれない。おトン様が紅茶を飲みほすと、すぐに使用人が新しい紅茶を用意をする。その様子を眺めていたのだが紅茶をいれている様子があきらかにおかしい。おかしすぎる。角砂糖の量が普通ではない。紅茶より角砂糖の方が量が多いでしょこれ。


 確かにおトン様はあの食事の日から食べる量を約束通りに減らしていた。あの日からそれなりに時間は経過しているのだ。痩せていないのはおかしい。そのことに気がついたために今この部屋に訪れたのだけど、おトン様……飲み物から凄まじいカロリーをとっていたか。これでは痩せるはずがない。


「お父様お砂糖を入れすぎではないでしょうか」

「マジュリスはこの紅茶に興味があるのかい?マジュリスも毎日飲むといいよ。甘いから女の子は好きなのかもしれないね」

「いや、私は遠慮しておきますわ。そうではなくてそんなに砂糖を入れると身体に悪いのではないでしょうか」

「父様のことを心配してくれるのかい?マジュリスは本当に優しい子だ。心配しなくても父様は大丈夫だよ」


 あいかわらず話が通じない人だこと。どうしたら私の思ってることが通じるのか。それとも話を逸らしているだけなのか。


「よくそんなに砂糖の入った紅茶を飲めますね」

「あぁ、だいぶ慣れたからね。問題ないよ」

「お父様は無理をして飲んでいらっしゃるのですか」


 そうおトン様に聞くとカチャン、と動揺したのがティーカップに伝わる。つい口を滑らせてしまったようだ。おトン様は痩せたくないんだろう。


「無理をしてわざわざ飲むわけがないだろう?これは父様の好みの甘さなんだよ」

「どうして嘘をつくのですか。お父様は痩せたくないのではないですか?」

「嘘なんてつくわけがないじゃないか。そういえば、ダイスとの約束があるんじゃないのかい?そろそろ行った方がいいんじゃないかな」


 やっぱりいままでは話をそらそうとしていたのか。そんなに痩せたくないのを知られたくないのか。ダイスとの約束なんてさっき終わったばかりだし、おトン様と話す時間は充分にある。



「約束はもう終わったから大丈夫ですわ。それよりもお父様ウソをついていらっしゃいますね。正直に話してください」

「マジュリス、あまり父様を困らせないでくれ」


おトン様はそう言うと切なそうな笑顔をこちらに向けた。いったいなんだというのだ。痩せたくない理由くらい話してくれたっていいじゃないか。私が納得のいかない顔をしていることに気づくとおトン様は話し出す。


「マジュリス。僕はね、マジュリスにとって頼れるお父様でありたいんだ。マジュリスは頭がいいし理解できると思うけど、情けない姿は見せたくないんだよ」

「そんな、お父様がどんな話をしたとしても、情けないだなんて思いません。だから話してくださいませんか」

「困った子だねぇマジュリスは。自分の娘に情けない姿なんて見られたくはないんだけれど……その様子だとそんなことを理解してくれそうではないね。話すまでここから動かないなんてことを言い出すつもりだろう? しょうがない。みんな部屋から出ていってくれるかい。マジュリスと大事な話があるんだ」



 お父様がそう言うと部屋にいた使用人達がズラズラと部屋を出ていく。そんなにも聞かれたくない話なのか。そんなのは想定外なんだけれど、彼にどんな秘密があるというのか。おトン様はふぅ、と一呼吸おくと私を見つめ話しだした。



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