4.遺伝子
僕は能力という鏡野の言葉に過敏に反応した。汗がにじみ出てきた。鏡野はいったい何を言い出すんだろう。
「まあ、それは……とりあえずこの画面を見て」
鏡野は例の遺伝子とかの機械の画面を指差した。母親を殺した犯人の遺伝子でも入手したのだろうか。でも、それなら僕とどう関係があるのか。鏡野はもともとそこに置いてあった、遺伝子が入っているであろうサンプル二個を機械にかけた。そして、遺伝子の解析が終わったのか画面に二画面で遺伝子らしきものが映っていた。
僕は遺伝子に詳しい訳ではない。テレビドラマで見たり授業で習った程度の知識である。それに機械は古いのか見辛らかった。見てもどこを見ていいかさっぱりわからない。そんな僕を見て予測通りだったんだろう、鏡野はさっきまでの沈んだ様子は全くなく、軽快に説明を始めた。
「これは一つは私の遺伝子、一つは私たちの学校の生徒のもの。遺伝子って殺人事件とかで捜査に使用する遺伝子の部分ってほんの小さい一部分で、人間はそこ以外は全く変わりがないの。人からチンパンジーの違いだってほんの少しなのよ。で、ここが個人を特定する遺伝子。ここ以外人間であるなら他と変わってたらおかしいの。なのに、ここを見て」
鏡野は機会を巧みに操作して僕に説明していく。画面の指差された部分を比べて見てみた。右と左の遺伝子が変わってる。なんかの冗談だろうか。僕にはそれがどういうことなのか判断出来ないんだし、はじめから置いてあった物だし……などと、どうこの事実を受け入れていいか考えていた。けど、こんな大層な機械を使って僕を騙して何になると思っていたら鏡野に声を掛けられた。
「疑ってる?」
鏡野が沈黙を破らない僕の心見抜いてきた。
「いや、見てもよくわかんなくてさあ」
なんとか誤魔化したかな、と安堵した僕に
「柏木君の遺伝子でやるから、髪の毛もらうね」
「痛っ!」
と、背伸びをして手を延ばし僕の髪を抜き、あっという間に機械にかけられてしまった。ん?
「その機械使うの慣れてるね。ずいぶん早い」
本当に感心する程早い動きだった。普通の高校生が遺伝子の機械など触れない物なのに、鏡野は当たり前のようにセットし操作して行く。鏡野はちょっとため息混じりで答えた。
「だって、百人調べたからね。髪をバレないように取るのも苦労したし、この機械も母が書いてくれた使い方がなかったら、説明書だけじゃ無理だったよ。ホント大変だった」
「百人って! 犯人のもの? どういうこと? ってか、なんで鏡野のお母さんはこの機械の使い方を書いて残してるの?」
僕の中から疑問が山のように噴き出てしまった。もうこれ以上黙っていたら、鏡野の言いたかった話までたどり着けないように思えた。
「柏木君、限界だね。こんな宙ぶらりんな話ばかりで。まずは柏木君の疑問。百人は学校の生徒。犯人はこの際どうでもいいって言ったでしょ、もう探してない。母が使い方をわざわざ私にわかるように書いて残したのは、自分の研究を引き継げるのは私だけだと思ったから。いろんな研究者に聞いてまわったせいで母がこの研究をしているってバレたから、母は死んでしまったんだと思う。母はどの段階でわかったかはわからないけど、自分の死を予見していた」
「自分が死ぬのを知ってたって? どうやってそんなこと」
鏡野は首を傾けて答えた。
「多分なんらかの能力……を持っていたと思う。とにかく母が死んだ時遺言書があって、そこにはこの研究室をアリスに遺す、アリスが成人になるまでは研究室を壊すことを禁じる、と書かれてあった。まだ若い母が遺言書を作ってるもの変だし、遺言書の中身も私にわざわざ研究室遺すなんて変だし。そして、最大に不自然だったのは、沢山いたマウスが研究室にはいなかったこと」
「それって死期までわかっていたってこと?」
思わず話に引き込まれて行って僕は鏡野に聞いた。僕は僕の遺伝子がどうなってるのかなんてすっかり吹っ飛んでしまってる。
「多分能力で予期していたと思う。マウスはそれまでは沢山いたんだし、偶然にしては色んな事を、そして母が自分の死をわかっていたとしか思えない」
僕にいうというより自分に言い聞かすように鏡野はつぶやくように言っている。そんな様子を見ていて急に僕の遺伝子に興味が湧いてきた。さっきから鏡野の言う能力という言葉も気になるがそこには何だか触れたくなかった。
「僕の遺伝子はどうなったの?」
「あ、そうだった。じゃこれ見てね。学校の生徒の誰かと柏木君の遺伝子。ちなみにこれがさっきの結果を印刷した私と学校の生徒の誰か。こっちのは今のとは変えてるから、合わせて四人分」
二回目だったからか、それともさっきの結果と全く同じだったからか、説明を受けなくても今度はわかった。嫌な予感をずっと抱えていた。気付かぬようにもしていたが、こうもハッキリした形で浮き彫りにされるなんて。さっき違っていた遺伝子は鏡野と僕が同じで、後は無名の生徒が同じだった。これをどう捉えたらいいんだ。不安にかられた僕は鏡野に少し詰め寄った。残り少ない望みをかけて。
「百人調べたって言っただろう。他の人はどうなんだ?」
鏡野はもうこの展開を予想してたのだろう。沢山の印刷を取り出しながら語った。
「百人と言ったけど、本当はさっきの二人と合わせて九十七人なんだけど、この人達は全員同じよ。つまり普通の人間。母も同じことじことしていて研究室の人間三十人調べてる。全員同じ。これで百二十七人対二人になっちゃったね」
鏡野は残念そうに言ってる割には嬉しそうだ。
「僕のもその中に入っていたんだね。最初から調べて結果を知った上で………で、僕に話にきた訳か」
この事態をどうしていいか僕は困って鏡野に救いを求めた。鏡野は解答を知ってるんだ。だから僕を呼び出し今この話をしているんだ。




